もしもシンデレラの姉が○○だったら。
シンデレラの姉が○○でも、きっと最後はハッピーエンド。
……ああ、こんなことってあるんだなあ……。
私、エイリーン。17歳。今、世界の神秘を体感中。
私の目の前には、長いローブに三角帽の、性別不明の人物。その人物は、さっき窓から不法侵入かましてきた挙句、これまた性別不詳な声で宣いやがった。
「初めましてぇ、魔法使いだよっ! 今夜の舞踏会のために、あなたを可愛くドレスアップさせてあげるよ☆」
……わーお(棒読み)。
幼くして母を亡くした私は、10年前まで外交官の父と二人暮らしだった。二人暮らしとは言っても、父は子爵位を持っていたので、屋敷には少ないながらも使用人がいたけれど。
父は周辺諸国を飛び回り、忙しい毎日を過ごしながらも、仕事の合間に時間を作っては私と遊んでくれたり、私がある程度大きくなってからは勉強を見たりなんかもしてくれた。
そんな中、父と遠縁の未亡人との縁談が持ち上がった。
お相手は、父より三つ年下の妖艶系美女。一年前に男爵だった夫を亡くして以来、二人の子供と共に何とか家を切り盛りしてきたが、やはり女手一つでは限界を感じたため、新たに男爵位を継いだ夫の弟の伝手で再婚することを決意したのだそうだ。相続関係のごたごたを防ぐため、子供二人も連れての再婚である。
初め、私は幼いながらも『お父さん、色香で誑かされたんじゃ……』なんてマセたことを考え、義母を警戒していた。
……まぁ、それは杞憂だったが。父と義母の仲は良かったが、恋人や夫婦というよりむしろ友情とか同士とか魂の友とかそういう仲の良さだった。政略カップルのお手本のような二人だった。空いた時間に二人で出かけることもあったが、その行先は美味しいウイスキーが飲める酒場だとか、穴場なステーキハウスだとか、外国製品を主に扱う商会だとかだった。因みにデートらしいお出かけは、結婚前の顔合わせも含めての観劇ぐらいだ。いや、デートとは言えないか。何せ子供たち同伴だったし。
……何してんだろうね、うちの親たち。というか酒場は荒くれものも出入りするらしいから危ないのでやめて欲しかった。あと、商会に行ったときはお買い物デートかと期待したのに、ふたを開けてみれば只の商談だった。それお仕事だよね。
まじデートしろや。エイリーン泣いちゃう。
義母の連れ子とは、割とすぐに仲良くなった。というか、そのおかげで義母とも仲良くなった。二人は前から妹という存在が欲しかったらしく、新しくできた義妹をそれはそれは可愛がってくれた。因みにこの歳になっても少々過保護なのでちょっと鬱陶しいなと感じることも、うん、無くはないね。
そんなこんなで。
私達一家はそれなりに楽しく、『普通』で、『当たり前』の生活を送っていた———父が亡くなるまでは。
いつものように外交官として隣国に赴いていた父の訃報を耳にしたのは、父の帰宅予定日の夕方だった。夕食後のデザートを義母と作っている最中のことだった。
義母はしばらく茫然とした後、呆けた顔のまま、「お葬式の準備をしないと」とつぶやいた。私は、義母と同じように茫然とした後、ぐるぐると視界が回るのを感じ、そのまま厨房の床にへたり込んでしまった。
徐々に眩暈が収まるのを感じながら、私はふっと調理台の上を見上げた。作りかけのプディング。父の大好物。父が長期の出張から帰るときの定番メニュー。
これ、どうしよう。そんな的外れな感想が途方に暮れた頭に浮かんだ。
父の葬儀はしめやかに行われた。義母は淡々と喪主を務めていた。口さがない親族連中が、金目当ての子持ち未亡人がどうとか、子爵を誑かした魔女がどうとか、夫をまた死なせた疫病神がとか、こそこそと、でも周りにばっちり聞こえるように噂していた。彼らは私達子供が睨みつけるとすっと視線をそらし、噂話なんて不謹慎なことしてませんよ、というように取り繕って口をつぐんだ。
義母は、葬儀の間中、一度も涙を見せることは無かった。
墓地に父が葬られ、屋敷に戻って、ふと、父の書斎を覗いた。普段は入ることはほぼ無かったその部屋の扉はほんの少しだけ開いており、中から押し殺された嗚咽が漏れていた。
私はそのままするりと書斎に入り込んだ。ソファーに腰掛け驚いた顔でこちらを見上げる義母の前に立ち、義母の頭をそっと胸に抱え込む。
きっと義母は、子供たちに涙を流す姿を見られたくはないだろうから。
そうしていると、扉の外で聞き覚えのある足音が二つしたが、部屋の前まで来るとぴたりと止まり、足音を忍ばせるように去っていった。
私は心の中でありがとう、とつぶやいて、義母が落ち着くまでそのまま抱きしめていた。
それからというもの、私たちは生活に必死だった。父は多額の遺産を遺してくれていたが、そんなもの、屋敷や領地の整備などに使えばどんどん減っていく。親戚連中は家を乗っ取ろうと画策しているし。切り詰めてはいるが、必要なものはどうしてもあるので、何とか支出を減らそうと、使用人を減らして通いにしてもらったりとか、屋敷の整備も、自分たちでできることは自分たちでやったりした。
使用人たちを解雇した時、恨み言ではなく、励ましの言葉を言われて思わず涙が出そうになった。屋敷を出ていく前、彼らは私達ができる限り困らないように家事や大工仕事などを丁寧に教えてくれた。おかげで、屋敷が雨漏りした時、子供3人で応急処置を施すことや、朝昼晩の食事を作ることもできた。
また、私があと数年で成年になることにより、私が成人するまでの間、義母が臨時の当主として家を切り盛りする許可が下りた。やり手の義母は親戚連中や父の政敵の干渉をひらりふわりとうまくかわし、隙あらば法に触れない範囲で反撃してのけている。連れ子二人も勤め先のコネをうまく使い、義母のサポートを行っているようだ。
結果、我が家に対して後ろ暗いところのある家の者は、偶に出る夜会などで義母を見かけると、揃って顔をすうっと青ざめさせてそっと視線を逸らす。そして、触らぬ神に祟りなしとすすっと壁際に姿を消していくのだ。……義母上、一体彼らに何をしたんですか。怖くて聞けないけど。
流石、黒い腹に一物も二物も抱えて他国の高官たちと渡り合う百戦錬磨の外交官だった父の類友ですね……! 多分私が考えてる以上にえげつない方法をとったんですね……!?
怖くて聞けないけど。
そして私が成年になる今年。王家から国中にお触れが出された。
曰く、
『国中の年頃の令嬢を集め夜会を開く』
王家には今年22歳になる王子がいるが、婚約者は不在だ。つまり十中八九、この『夜会』は即ち『見合い』なのだろう———と多くの者が考えた。私もそうじゃないかと思った。
義母の驚異的かつ極めてグレーな情報網によると、王子は立太子が内定していることから、『王妃』の苦労をよくご存じの高位貴族のご令嬢はことごとく王子との縁談をあらゆる理由をこさえてお断りしてしまったそうで、夜会の出席者に『貴族令嬢』でなく『令嬢』としたのは、男爵以下の零細貴族や大商人の令嬢の出席も促すためだとか。実際、慣例として王太子の正妃になれないはずの下級貴族や商人の娘にまで王家から招待状が届いたそうだ。
何それ超ウケる。
……まぁ、余裕でいられたのも我が家に招待状が届くまでだったけど。
何かよくわからないけどいい香りの封蝋で閉じられた高級紙の封筒が家に届きました。ご丁寧にも封蝋には王家の紋章付きですよ。……そういえばうちって子爵家だったな……。
もう笑うしかない。目が死んでるのが自分でも分かったね。
届いた封筒を見た義母は背後に黒いものを漂わせてにっこり微笑むし、連れ子二人は氷雪も斯くやという冷たすぎる無表情をして、絶対零度の視線を封筒に落としていた。招待状を持ってきてくれた通いのメイドは、異様な空気に耐え切れず、忍び足で後ずさりして部屋から出て行った。
カオスな雰囲気の中、私は義母に言った。
「ねぇ、私きっと舞踏会当日に風邪を引いてしまうと思うの」
「まぁエイリーン私達やっぱり気が合うわね。私もそう思うわぁ」
義母はうふふふふと低い笑い声を零して同意してくれた。後ろで連れ子sも激しく頷いている。
うん、風邪引いたら当然舞踏会への出席はキャンセルだよね。王子様に風邪を移すわけにはいかないから仕方ないよね(笑)
やだなぁ、一応王家からの『お願い』なんだから、出席する『つもり』だよ? でも『偶然』『偶々』風邪を引いちゃうだけなんだよ?
———ということがあって。
今日の夜会は、『風邪で仕方なくお休み』することになっていた。うん、『お休み』のはず、なんだけど。
そうは問屋が卸さないらしい。
部屋でまったりのんびりしていたら、いきなり窓を開けてローブを着た不審者が入ってきたのだ。ちゃんと窓に鍵掛けてたんだけどなぁ。恐怖で叫びだすより、唖然として声が出なかった。
そういうわけで冒頭に戻る。……回想長くてごめんねぇ。でも思わず現実逃避したくなったんだよ……。
「ねー聞いてるぅ? ドレスアップさせてあげるから舞踏会行こう?」
自称魔法使いが甘ったるい声でしつこく誘ってくる。私は踵をコツコツ鳴らしながら答えた。
「……私、風邪なので」
「えぇ、風邪ー!? それは大変だ! すぐに治してあげるねっ!」
「いえ結構ですむしろやめてください」
「大丈夫、ほんとにすーぐ治るから。そんで舞踏会行こうねぇ」
「今からでも大声で助け呼んで警備隊連れてきてもらいますよ不審者さん」
「もー照れちゃってぇ。遠慮しなくていいんだよぉ?」
「うざい」
しつこいというか粘着質だな。思わず顔が歪む。
……え、こんな変態じみた不審者が不法侵入してきたのに、なんか妙に落ち着いてるね、って?
うん、だってそろそろ来るからね。
突然部屋のドアが勢いよく開かれたかと思うと、背の高い人影が飛び込んできた。その人影は勢いのまま不法侵入者を蹴り飛ばす。
「おい、うちの可愛いエイリーンに何してるんだ犯罪者。死にたくなけりゃさっさとうちの敷地から出ていけ」
低い、唸るような声が部屋に響く。日が沈んで薄暗い部屋でも分かるぐらいに鮮やかな翠の双眸が、床に転がったローブの人物を睨み据える。———待ち人来たり。
私はむうっと頬を膨らませて、飛び込んできた人に言った。
「遅いよ、アンソニー。何回も信号送ったんだからね!」
「悪い」
王都の貴族街に立つこの屋敷は、領地のものに比べて幾分か簡素な造りになっている。元々父の王都での仕事の拠点として造られたため、表は貴族らしく小綺麗だが、客の目に決して触れないような部分は費用対策で多少手抜きなのだ。例えば———屋根裏部屋とか。
私は昔からこの屋根裏部屋がお気に入りで、秘密基地としてよく遊んでいた。成長してからは息抜きのために部屋を訪れ、来るたびに自分用にカスタマイズしていた。今夜も夕食後にこの部屋のソファーでお行儀悪くも寛いでいたのだ。
そこに不審な自称魔法使いが侵入してきたので、私は幼い頃よく遊びに使っていた信号を靴音で下の階にいる人物に送った。———『手抜き』の影響で屋根裏はほかの階よりも床が薄く、踵のある靴だとちょっと歩き回るだけでも階下に音が響くため、私の救難信号を受け取ったアンソニーは大急ぎで屋根裏に突入してきたのだ。
「———っ、いきなりひどいじゃないかぁっ! なんなのっ、君!!」
自称魔法使いは痛みに震えながらも身を起こし、涙目でアンソニーを睨んだ。
アンソニーは氷点下の瞳で相手を見下ろし、鼻で笑った。
「何って、こいつの義兄だが」
「え、義兄……? 義姉じゃなくって……?」
何故か自称魔法使いが呆然として言った。
「どこをどう見たら女に見える?」
気色悪いこと言うな、とアンソニーは唇を歪めて言った。確かに、アンソニーは体格が良く、風貌も雄々しい方だ。女に見えたなら医者に診てもらうべきだね。
不法侵入者はしばらくポカンとしていたが、やがて怒りの表情を浮かべた。……なんでだ。
「何なの一体! シンデレラは灰まみれどころか小綺麗な恰好してるし、義理の姉は兄になってるし、なんか仲良さげだしっ! 意味わかんないよぉっ!」
そんなこと言われても。てかシンデレラて何。
「折角『シンデレラ』の世界で魔法使いになれたんだから、そこの娘が可愛くドレスアップして王子とくっつくのが見れるとおもったのにぃ!!」
その時、空気が凍り付いた。
「……あ゛?」
流石の自称魔法使いも自分を取り巻く空気が真冬より冷たくなったのに気が付いたか、アンソニーの声にびくりと身を竦めた。
「エイリーンが……何だって? もう一回言ってみろ不審者」
「え……あ、いや、そのぉ」
アンソニーは目を爛々と見開いて、刃物で刺すような視線を侵入者に向けた。その姿は猛獣そのもの。
「何も言ってないよなぁ? あ゛ぁ?」
「はははい言ってません!」
手のひら返し早ぇな。
アンソニーはつかつかと自称魔法使いに歩み寄る———自称魔法使いは恐怖に身体をガタガタ震わせて「ひぃっ」と悲鳴を上げた———と、胸倉を掴み上げた。
……あ、失禁した。自称魔法使いの足元に水溜まりが広がってる。床掃除大変なのに。
「こいつは俺のだ。王子に会わせるとか冗談じゃねーよ」
……ん? 床に突如出現した池に気を取られてよく聞こえなかったけど、あらぬ方向に話が進んでる気が。
「さあ、歯ぁ食いしばれよ。———俺は騎士団所属だから、手加減してやれるかは分からんがな」
あ、やばい。不審者さん死ぬな。
「はーい、ストップ」
アンソニーに蹴り破られた(と、思われる)ドアのところに、柔和な笑みを浮かべた若い男性が立っていた。私は思わず呟く。
「ドリュー義兄さん」
グーパン止められたアンソニーは渋い顔で振り返った。
「……兄貴」
「そんな不満げな顔してもだめだよ。不法侵入者捕まえたのはいいとして、そいつ殴ってアンソニーも捕まったらエイリーンまで白い目で見られるよ」
その言葉を聞いてアンソニーは渋々手を離した。
あ、自称魔法使いが救世主見る目でドリュー義兄さんを見てる。———でもその人、アンソニーよかやばいと思うよ。
「ふふ、アンソニー、心配いらないよ。幸いここには現役の騎士がいるんだ。一度警備隊に引き渡してから騎士団に連れて行けばいい。『もしかしたら』他国の間者の証拠が見つかるかもしれないし、ねぇ?」
怖っ! それって暗に『冤罪で断頭台にご案内しましょう?』って言ってるよね? ドリュー義兄さん確かそういう捜査行う部署に勤めてるから、全く不可能じゃないのが怖すぎる。
一筋光明を見いだせたかと思ったら一転地獄に叩き落された自称魔法使いは、悪魔か魔王を見るかのように兄弟を交互に見つめた後、私をすがるように見た。
「ねぇ、助けて……! 不法侵入如きで死にたくない!!」
私ははぁ、と溜息を吐いた。
「アンソニー、殴って」
「なんで。警備隊に引き渡せばいいだろ」
アンソニーはドリュー義兄さんの代替案がお気に召したようです。
「さすがに不法侵入で冤罪かぶせて処刑はやりすぎだし、二人にこんなつまらないことで手を汚してほしくない。それに警備隊につきだすと事情説明しなきゃだから、変な噂が立って醜聞になるかもしれない。でも怖かったのも凄く気分が悪かったのも事実だから、『正当防衛』でもみ合いになった時に『うっかり』殴っちゃったということで折り合いをつけたい。———あなたもそれでいいよね?」
最後の自称魔法使いに向けた言葉に相手は激しく頷いた。
「———二人は?」
「はぁ……いい案だと思ったんだけどね」
「……分かった」
何とか不審者の処刑エンドは免れました。二人のこういう、やり方がえげつないあたり、義母上の血を感じる……。
アンソニーに一発強烈なのを死なない程度にお見舞いされた自称魔法使いは金色の粉を飛ばしながら、入ってきた窓からフラフラと飛び去って行った。妖精か。というか一応本物の魔法使いだったらしい。
アンソニー曰く、『骨は砕いてない』そうだけど、殴られた顔が風船みたく膨れ上がってた。暫く痛いだろう。まぁ、年頃の娘がいる部屋に不法侵入したんだ。窓から入ってきたときは、あわや貞操の危機かと実は内心ガクブルだったので、そのぐらいは甘んじて受けてほしい。
「おい、もう大丈夫だ。気ぃ張らなくていい」
ぼうっとしているとアンソニーが声をかけてきた。
「……え? 別に、気なんか」
「嘘つけ」
ぐっとアンソニーが私の右手を掴んだ。自分では気づかなかったけど、爪が食い込むほどに握りこまれていた。
……あれ、おかしいな、手が開かない。
アンソニーはそのまま私の右手を包み込み、温めるように優しくマッサージしていった。———それまでこちらを見守っていたドリュー義兄さんは、「エイリーンを頼んだよ。ちょっと母さんに説明してくる」と部屋を出て行った。アンソニーはそれに小さく頷き返しただけで、あとは熱心に私の手を揉み解していく。
「ん。できた。左手も貸せ」
私が今度は左手を差し出すと、そちらもゆっくりと解きほぐされていく。私はそれを見ながらぽつりとつぶやくように言った。
「ありがとう」
アンソニーの手が止まる。私の手に向けられていた瞳をこちらに向けてくる。
「来てくれて、ありがとう」
私はうつむいたまま繰り返した。
アンソニーの大きな手。剣を握るからか、堅い掌をしていて、ごつごつと節くれだった指は長い。まくられたシャツの袖から覗く上腕には、しなやかな筋肉の筋が見える。
うちに来たときはもっと華奢な手をしていたのに。
不意にアンソニーが先程魔法使いを掴み上げながら放った言葉が不意に蘇った。
『こいつは俺のだ。王子に会わせるとか冗談じゃねーよ』
……どこまで本気なんだろう。
未だ混乱の残る頭で答えを紡ごうとするが、思考がうまくまとまらない。
いつの間にか左手のこわばりもほぐれて、アンソニーの手に包まれるのみとなっていた。
アンソニーはそのまま私の手を握りこむ。———まるで、大事で大事で仕方がない、愛おしいものを壊れないよう、壊さないよう包み込むように。
「さっき言ったことだが、俺は本気だ」
「好きだ」
「愛してる」
……頬が熱い。心臓の音がうるさいくらい身体中に響く。
アンソニーの、飾らない、単純すぎるにもほどがある、それだけにあまりにも真っ直ぐで真摯な愛の言葉が私の心を射抜き、奪い去っていく。……この、大泥棒。騎士のくせに。
私は茹だった顔をそろそろと上げて彼を見上げると目が合った。
新緑より深く、エメラルドより鮮やかな瞳に私だけが映りこんでいた。狂おしさを孕んだその瞳に一瞬で吸い込まれて囚われた。———違う、私は、もうずっとずっと前から、
「エイリーン、お前は兄貴のことは『ドリュー義兄さん』と呼ぶが、何で俺のことは『アンソニー』なんだ?」
「どうして、俺のことは『義兄』と呼ばない?」
「なぁ……俺は、期待しても、いいのか?」
ぎゅっ
と、私はアンソニーの身体を抱きしめる。
そのまま胸板に顔を埋めて、背中に回した手でシャツを掴む。
「私も、ずっと前から、すき」
はっと息をのむ音。一瞬遅れてはっきり男の人のものだと分かる腕が私を抱きしめ返した。
何が『好きだ』『愛してる』だ。馬鹿じゃないの。私なんてとっくの昔にあなたに囚われて、あなたの何倍もあなたを愛しちゃってるのに。
ああもう、アンソニーのせいできっと明日は熱が出る。
だって身体がこんなに熱くて、回された腕の感触が甘くて、全身溶けて爆発寸前なんだから。ばらばらになったら責任もって拾え、ばーか。