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魔王育成計画  作者: 千
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第九話 『回想 ――旅立ち――』

 あれから二日が経った。

『ここで待つように』と言われ、今は森の出口に立っている。

 正面には整備された街道が、丘の向こうまで続いている。

 振り返れば背の高い木々の奥に、この世界の中心『神樹』がそびえ立っている。


「……でかいな」

 思ったことをそのまま言葉にする。自分の表現力の乏しさに嫌気がさすが、そうとしか言えない。

 神樹を中心に広がる大森林を隔てても、あまりの大きさに遠近感がおかしくなる。


「おにいさん‼」


 見上げていた視線を下へ向ける。

 旅の衣装に身を包んだ『ダークエルフの少女』が駆け寄ってくる。

 その後ろには、白装束に白い覆面の女性――体の輪郭で判断――がついてきている。

(確か、俺とこの子に食事を運んでくれてた人だよな……?)

 表情が見えないので同一人物かどうかはわからない。


「どうしたの、おにいさん? こんなところで?」

「ん? 聞いてないのか?」

「?」

「俺と一緒に旅にでるんだ」

「? たび?」

 『旅』がわからないのだろう、小首をかしげる。

「あー、えっと、……そう、旅。一緒にいろんな所に行って、いろんなものを食べて、いろんなものを見て、いろんな人に会うんだ」

「おにいさんと?」

「うん、俺と」

「今から?」

「うん、今から」

「もう、地下に戻らなくていい?」

「ああ、これからは君の好きにしていいんだ」


「――――――!」

 少女が目を見開く。期待に瞳をキラキラと輝かせながら。


「うん! 行くっ!」

 俺の手を掴み、ピョンピョン飛び跳ねながら少女は言う。


「それじゃぁ、俺達は行きます」

 少女についてきていた女性に声を掛ける。特に何か反応を期待した訳ではないのだが――。


「………………」

 無言で頭を下げる白装束の女性。

 まるで『この子をお願いします』とでもいうように。


(ダークエルフを嫌ってる人ばかりじゃないのかもしれないな……。まぁ、だから世話係ができたのかもしれないが)


 ――歩き出す。

「行こうか」

 長い間、地下にいたせいだろう。初めて見るものばかりの外の世界に、キョロキョロと視線を動かしている。

「どこに行くの?」

「この道沿いに行くと、大きな街があるらしいんだ。まずはそこを目指そう」

「うん! わかった!」

 気持ちのいい元気な返事。動き回る少女。

(ちょっと危なっかしいな……)

 微笑ましく見守りながら、今更なことに気付く。地下牢で何度も顔を合わせておきながら聞いていなかったことだ。


「……そういえば自己紹介してなかったよな?」

「じこしょうかい?」

 ずっと地下牢にいたせいで、誰かに『名乗る』という行為自体知らないのだろう。

「え~っと名前とか、年齢とか…」

「なまえ? ねんれい?」

 ――戸惑う。

「……君は、他の人から何て呼ばれていたの?」

「ん? ん~?」

「…………」

『何を言っているのかわからない』という少女の表情に愕然とする。


(……嘘だろう?)

 来た道を振り返る。今いるのは小高い丘の頂上付近、見下ろせば先程の森の出口――白装束もいる――、視線を奥に向ければ神樹の根本にこの数日間お世話になった神殿のような建物が見える。

 この地の領主だという女性との会話を思い出す。

(なるほど……、『あれ』呼ばわりだったのは、そもそも名前が無かったからか……)

 あの時に感じた以上の怒りが沸く。


「? どうしたの、おにいさん?」

 視線を少女に戻す。

(……気持ちを切り替えろ。目的を果たす『理由』が増えただけだ)

 怒りを抑え、『何でもない』と首を横に振り自己紹介の続きをする。


「俺の名前は『ナナ』っていうんだ。ナナでもおにいさんでも好きに呼んでくれていい」

「ん~じゃあ、おにいさん!」

 元気に答える。


(……まぁ、偽名だからどっちでもいいんだけどね。さて、ここからが問題だ)


「……わたしのなまえは?」

 初めて見る淋しげな表情で、少女が見上げてくる。


(これは……、俺が名付けるしか、ないよな?)

 そもそもペットすら飼ったことがないので、名付けるという経験がない。


「ん、ん~~~~~~~~っ」

 意味のない唸り声しかでない。不安気に見上げる少女。


「あ、あ~~~~~~~~っ、『あ』っ!」

 ――閃く。


「あ、『アルファ』っていうのはどう? 君の名前」

「『アルファ』?」

「そう『アルファ』! 俺がいた世か……じゃなくて、え~~と国? で『はじまり』を意味するんだ。これから始まる君の人生にぴったりだと思う、んだけど、……どうかな?」

 声が少しずつ自信のないものに変わる。思いつきにしては悪くないと思う。安直な気もするが……。


「……アルファ」

 確かめるように繰り返す。


「アルファ……、うん、アルファ! わたしのなまえ、アルファ!」

 満面の笑み。この表情を見れただけで、少しだけ救われた気になる。


「じゃあ、これからよろしくな! 『アル』っ!」

「? ……『アル』?」

「あ~えっと、『愛称』っていうのがあって――」

 教えることは、まだまだありそうだ……。


 ――ふと、『この世界にきた理由』と『アルファ』と名付けた少女のことを想う。


「……なぁ、アル。これからやりたいこととか考えてるか?」

 ――生まれて初めて自由を得たばかりの少女には、酷な質問だと思う。


「やりたいこと?」

 今日何度目かの疑問の表情。当たり前だ。『やりたいこと』なんて考えることも、想像することも許されてこなかったのだから。


 だから、これは俺の我儘。

 よく言えば、『俺の目的に協力してもらう』

 悪く言えば、『無知で無垢な少女を利用する』

 ――自嘲する。


(アルをここから助け出した気になって、なのに彼女に酷いことをさせようとしている)

 

 ――『矛盾してるな』と思う。


「ああ、すぐに思いつかないならさ――」


 ――『せめてこの子が、本当にやりたいことを見つけるまで……』と、自分に言い訳をする。



「――『魔王』にならないか?――」



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