第四話 『座学』
「今日は勉強をします」
朝食をすませ、野営で使った荷物を片付けていると、今日の訓練内容をリアが言う。
俺たちがいるのは、領境付近の街から徒歩で一時間程度の森の中。
(森での野営も、ずいぶん慣れたな……)
隣を見ると、アルが楽しそうに片付けをしている。
――というか野営しかしていない。近くに街があるのに、ずっと野営である。
『冒険者になるのでしょう? それなら最低限、戦う技術と旅の知識。それと一般常識くらい身につけなさい。このまま街に行っても、無知な子供が二人、騙されて身ぐるみ剥がされて終わり』
否定できる要素が一つも無かったので、冒険者になると決めてからの数日間、熱心な『教育』を受け続けている。
(戦闘訓練では何度か死ぬかと思ったけど、そのおかげで『まぁまぁ……かな?』と、一級冒険者の評価をいただいた。――ちなみに『アーちゃんは、経験をつめば二級でも通用する』……年下の女の子より弱い俺)
「……勉強?」「……べんきょう?」
「そう、二人とも冒険者としての力量は及第点。だから今日一日、一般常識を勉強して明日は街に入る」
「まちーーーー‼」
アルが嬉しそうに叫ぶ。
興奮するお子様をなだめながら、気になったことを聞いておく。
「今日一日? そんなに必要か?」
「必要」
「…………俺たちって常識無い?」
「無い、絶望的」
淡々と返すリアの言葉に危機感が増す。
(一般常識……まぁ無いよなー)
俺もアルも、普通なら人が生きていく中で、経験したり学んだりすることを『していない』のだから。
「それで? 教育内容は?」
「……神代から現代までの歴史、『神様』と『異世界』と『異界大戦』、『神樹』と『神樹教』、『魔物』と『魔人』の発生、この大陸の統治者たちと各領地の説明に現存する『種族』について、冒険者協会設立の事情に冒険者の『等級』、明日行く『領境の街ゼルド』の内情、あとは……」
「ちょっと待ってください、リアさん‼」
指折り数えるリアを、慌ててとめる。
「……なに?」
話を途中で遮られ、不満そうな顔――最近、表情が読めるようになった、気がする――で、こちらを向く。
「いまの全部、今日中にやるんですか?」
「? まだ他にもあるけど、今日中にやる」
まだ不満そうな顔――これは俺が敬語になってるから、だと思う――で、当たり前のことのように告げる。
「いや、もう何日か野営を続けるとか、街に入ってからでも……」
「街に入ってからも、教えることはたくさんある。それに冒険者登録して依頼をこなさなきゃいけない」
「そんなに急がなくても……」
「街に行けばお金がかかる。……お金、持ってる?」
――持ってない。多少の路銀は受け取ってるが、何日も宿屋に泊まれるほどではないと思う。食事代もかかるだろうし。
「……じ、じゃあ、野営を……」
「それはイヤ」
即答される。
「『イヤ』?」
――違和感。リアは今まで、俺とアルの力量や状況を判断して発言することが多かったのだが、その言い方だと、リア自身になにか理由があるのだろう。
「……………………お風呂に入りたい」
「…………」
リアの顔が少し赤い。
確かに、いくら旅に慣れた冒険者とはいえ、野宿続きで近くの小川で体を拭くぐらいしかできない状況は辛いのだろう。俺はそんなことを気にしている余裕が無かったし、アルにいたっては『お風呂』自体知らない可能性がある。
「それは、一大事ですね……」
「……うん、一大事」
悲痛――そうに見える――な顔で頷くリア。
「べんきょう楽しみだね! おにいさん!」
この死刑宣告にも等しい状況を理解していないのか、アルはニコニコしている。
――今日は戦闘訓練以上に大変な一日になりそうです。