第三話 『リア』
「……遅い」
抑揚のない声。感情の読み取れない無表情で、こちらを見る女性。
「遅くなり申し訳ありません。師しょ……っ⁉」
――スコンっ――軽やかな音とともに、足元に短剣が刺さる。
「師匠はやめて……と、言ったはずだけど?」
変わらぬ無表情で、腰に差していた二本のうち一本を投げつける。
背筋に冷たいものを感じながら、平静を装う。
「そう言われましても、これだけ面倒を見てもらってますから、相応の敬意をですね……」
「『リア』」
「……」
――彼女と出会ってから数日間。毎日のように繰り返すやり取り。
彼女の主張としては、
『パーティーを組むのだから、名前で呼べ、敬語も禁止』
なのだが、こちらとしては、アルと一緒に魔物に襲われているところ――アルは楽しそうに笑っていたが――を助けてくれた命の恩人であり、その後も、野営の仕方や食料の調達方法など、冒険者としての技術を教えてくれている先生でもある。『一級冒険者』である彼女が、どうしてここまで面倒を見てくれるのか訊ねてみたら……、
『……旅の知識も技術もない子供をほっとけない』
根がいい人なのだろう。ただ淡々と、当たり前のことのようにそう言った。
あの時の、感謝の気持ちを思い出しながら、今の現状に意識を戻す。
(さて、どうしよう?)
と、目の前の彼女に視線を向ける。
「……………………」
無言の圧力、感情の読めない無表情――。
(美人だな~。……っじゃなくてっ⁉)
――数秒とはいえ、見つめ合っていたことに顔が熱くなる。恋愛感情ではないと思う。これは美しいもの、奇麗なものを見た時の純粋な感動に近い何かなのだと……。
肩まで伸びた金色の髪は、太陽の光を反射してキラキラと輝き、宝石のような蒼い瞳に、冒険者だというのに傷どころか日焼けすらしていない白い肌、軽装に身を包み長剣を腰に佩く姿は、一枚の絵画のようだ。
(年は二十歳前後に見えるけど、女性に年齢を聞くわけにもいかないしな……)
ようするに、年上の女性――しかも美人――と、一緒に行動したことがないため、距離感がつかめなくて困っているだけのことなのだ。
「あ~、わかりました。いや、わかったよ、……『リア』?」
この状況に耐えられず、根負けする。
(――メチャクチャ恥ずかしい! 本当にいいの⁉ 大丈夫これっ⁉ 『あっ、やっぱりやめて』とか言われたら悶死するよ俺っ⁉)
「……うん、よろしい」
相変わらず無表情のままだが、とりあえず悶死は免れたようだ。
「リア姉っ、ごはんっ‼」
俺たちのやり取りに我慢できなくなった、腹ペコのアルが両手のウサギを万歳するように掲げながらアピールする。
「では、食事の準備をしよう。手伝ってくれるか、『アーちゃん』?」
「うんっ‼」
――違和感がスゴイ。リアはアルのことを『アーちゃん』と呼ぶ。別に呼び方は人それぞれなのだが、クール系美女が使うと少し驚く。――偏見だろうか?
「? 見てないで、あなたも手伝いなさい。」
アルにウサギの捌き方を教えながら、俺にも指示を出す。
「いや~、こうして見ると『仲のいい美人姉妹』みたいだなと思って」
「? あなたの美的感覚はわからないけど『エルフ』なのだから、どこにでもある普通の顔よ? そんなことより、食事が終わったら剣の稽古をするからね?」
――言い忘れていたが彼女、リアは『エルフ』である。
会話しながらも、コマ送りのようにウサギが解体されていく。速すぎて何をしているのか、まったく見えないのだが、アルは目を輝かせながら、その様子を凝視していたかと思うと、もう一羽のウサギを同じように解体し始めた。
(……え? 見えてたの?)
相変わらず出鱈目な速度で『成長』するお子様を見ながら、一つ忘れていたリアの情報を脳内で付け足す。
『追記:胸は無い』
――ズゴンっっ――軽くない音とともに、足元に二本目の短剣が深々と突き刺さる。
「……………………」
変わらぬ無表情――、だが、確かな殺意を感じる。
(あれ? 声に出してないよな?)
背筋に冷たいものを感じながら、足元の二本の短剣を拾う。
――午後の訓練は死ぬかと思いました。




