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魔王育成計画  作者: 千
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第十七話 『初依頼――決着――』

 跳ぶ、臥せる、転がる、余裕があれば剣で斬りつける。

 先程までの体力温存のために距離を置く立ち回りをやめ、俺に意識を向けさせるために、今は至近距離での戦闘――主に回避だが――を繰り広げている。

(体格の差が今は有利だな……)

 無謀にしか見えない至近戦だが相手は巨体のため死角も多い。着かず離れず自身の周りを逃げ続ける獲物の姿に魔物の苛立ちは最高潮のようだ。

 例えるなら、羽虫が自分の周りを跳び続けているようなもの。叩き潰そうとしては逃げられ、振り払おうとしても自身から離れず、視界の端にいつまでも居続ける。

 誰だって嫌だろうとは思うが、こちらの目的が時間稼ぎなのでもう少しだけ付き合ってもらう。

 同じ場所をグルグルと回り続ける俺達の姿は傍目からは滑稽に見えるだろうが、他に方法も余裕もないので勘弁していただきたい。

(――まだか⁉)

 内心で悲鳴にも近い思いを叫ぶ。体力はとっくに底をついている。気力だけでどうにか動き続けてはいるがいつまた意志に反して身体が動かなくなるかもしれない。これ以上時間はかけられないと焦りがつのる。

「………………」

 たまに見える時間稼ぎの目的のアルは、全身を魔力で淡く輝かせ、両目を閉じ剣の柄を両手で持って何か集中しているようだ。無防備すぎないかと思うが、こちらを信用してのことだろうと逃げる足にさらに力を籠める。


「っ――――‼」

 しびれを切らした魔物の雄叫び。この日何度も見た左前足での水平の薙ぎ払いがくる。

(跳んで躱して背後に逃げる)

 何度も繰り返した作業になりつつある動作を頭の中でイメージし跳躍する。その瞬間攻撃が止まる。

「…………は?」

 初めての魔物の動きに間の抜けた声がでる。魔物は左前足を止めたまま上半身を少し浮かせ中腰のような姿勢で右前足を振り上げる。

(――フェイント⁉)

 ここにきてまさかの行動に目を見開く。

 空中にいるため身動きができない。振り下ろされる右前足が直撃する。

「がっ……!」

 短い悲鳴を上げ地面に叩きつけられ、そのまま跳ねるように転がり広場の端にうつ伏せで止まる。

「かっ……、はっ……」

 思い出したかのように呼吸を再開する。飛びかける意識をどうにか繋ぎとめ、朦朧とする頭で現状を確認する。

(体中痛い、というか激痛。……けど、まだ動く)

 魔物も不自然な態勢での一撃だった為、威力が半減したおかげだろう。アルのように遠くに飛ばされることもなかったし死ぬほどのダメージでもない、骨折ぐらいしているかもしれないが、辛うじてまだ動ける。

 両腕に力を籠め上半身を起こす。

(……武器は?)

 手元に無い借り物の剣を探す。視線の先転がる途中で手放したのだろう、剣が地面に落ちている。

(拾わなきゃ……)

 這うように前に進む。すでに冷静な判断が出来なくなっている。本来なら武器を諦め回復に努めて、止めを刺そうと悠々と近づいてくる魔物から逃げるべきだ。

 魔物の足取りは余裕のつもりかゆっくりで、こちらが先に目的の物に触れる。

(剣を拾って……)

 その柄を握る。

(立ち上がって……)

 フラフラと立ち上がる。

(時間稼ぎ……)

 結局できることはそれだけかと視線をあげる。目の前にはすでに魔物の姿があり、俺を丸呑みできるであろうその大きな口を開けている。

「…………」

 もう何も考えられず、ただただその光景を呆然と眺める。

 鈍く光る牙が近づき生温かい息がかかる。


「――できたっ!」

 広場中に響き渡る歓喜の声のするほうへノロノロと顔を向ける。少女がいるのは広場を挟んでちょうど反対側。

「お待たせおにいさん!」

 珍しく真剣な顔のアルが両手で『淡く光る細剣』を持っている。

(……魔力の光?)

 それはアルがよく身に纏っていた輝きに酷似していた。

「ん~~、えいっ」

 その剣の出来栄えが気になったのだろう、試し切りでもするかのように近くの樹を横薙ぎにする。

 ヒュン、という剣を振るう軽い音。続いて、ズンッ、という地響きとともに衝撃が駆け抜ける。一振りで何十本もの木々を切り倒し、森の一部を破壊する。

「よし!」

 自身が起こした自然破壊を気に留めた様子もなく、魔物に向き直り右肩に剣を担いで前傾姿勢をとる。

 魔物もアルを脅威と判断したのだろう。目の前の俺を無視し少女のいる方へ向きを変え二本の足で立ち上がる。

「いくよっ!」

 正対したのは一瞬、短い掛け声とともに少女は駆け出す。身体強化しているのだろうその速度は速い。黒髪をなびかせ、まるで一本の漆黒の矢のように直進する。

(……正直すぎないか?)

 少女の突進に不安を覚える。確かに短期決着を狙うなら近づいて一撃で切り伏せるのが確実だろう。あの威力なら充分可能――過剰な気もするが――だ。

 それでも正面から斬りかかるのは危険すぎる。なにか策があるのかと見守る先、アルが飛び上がる。


(なっ⁉ あのバカっ!)

 まさかの無策に驚愕する。当然ながら間合いは魔物のほうが広い。これでは先程と同じくまた遠くに殴り飛ばされる。

(いや、魔力の防御が無いぶん今度は……)

 振り上げられる魔物の前足。

(このままじゃ駄目だ。隙を作らないと……)

 刹那の間に思考を巡らせる。

(俺の『力と技』じゃ足りない……)

 今立っているのがやっと、剣を握れているのは奇跡に等しい。

(『一級冒険者の技』なら力も十分補える)

 幸運にも『それ』は何度も近くで『見た』。リアのお手本を思い出す。

(もう後先考える必要はない。アルの攻撃が当たりさえすれば、それで終わる)

 覚悟を決め、頭の中でスイッチを入れるようなイメージをする。

 ――瞬間、満身創痍だった体が勝手に動く。

「ギャアァァーーー!」

 轟く魔物の悲鳴。その巨体を支えていた二本の足の片方が半ばまで断ち切られ体勢を崩す。

 それを成した俺は斬った勢いのまま前のめりに倒れる。今度こそ全てを出し切り身動き一つとれない。未熟な体で一流の技を『使った』反動なのか、全身がピクピクと痙攣し情けない姿を晒している。

「やあぁああああぁぁっ‼」

 裂帛の気合とともにアルが右上段から斜めに斬りかかる。

 分厚い毛皮も肉も骨もあれだけ苦労したのが冗談みたいに、魔物の左肩から右腰にかけて深々と切り裂かれる。

 断末魔の悲鳴を上げることもなく仰向けに倒れる熊型の魔物。

 傷口からは夥しい量の血液が流れ、その口からは、ヒューヒュー、とか細い呼吸音がする。

 徐々にその呼吸音が浅く短くなり、そして止まる。


(――勝っ……た?)

 体が動かないので、周囲の音と気配で判断するしかない。

(アルは無事なのか……?)

 魔物の体勢は崩した、攻撃は受けていないはず。

 俺のように力を使い果たし身動きがとれないのかと、痛む体をどうにか動かそうと力を籠める――。

「――おにいさん!」

 近づいてくる少女の声に安堵する。

 アルは心配そうな表情でペチペチと俺の頬を叩いたり体に触れてくる。 

「大丈夫? 痛い? 動ける? 死ぬの? 死ぬの?」

(……死なない。あと痛いからあまり触るな)

 残念ながら声を出すことが出来ないのでアルのされるがままになる。

 誰か助けてくれと切に願っていると――。


「二人ともお疲れ様」

 木々の間から平坦な、だけど優しさを感じさせる声が聞こえてくる。

「リア姉! 来てたんだ?」

 嬉しそうなアルの声。そのままリアに抱き着こうとする。

「ちょっとだけ待ってね、アーちゃん」

 アルの肩を抑え、俺に近づき膝をつく。

「これを飲みなさい」

 小瓶を俺の口に近づけ、青っぽい半透明の液体を流し込む。

(ちょっ、待っ……)

 倒れた拍子に口の中は土と砂埃で大変なことになっているのだ。そのまま飲ませるのは勘弁してもらいたい。

「これでよし」

 願い空しく小瓶の中身を全て飲まされる。喉のあたりがザラザラする気がする。

「……っ! がはっ、ごほっ、ぺっ、ぺっ」

 盛大にむせた後、口の中の土を吐き出す。

「もう大丈夫みたいね」

(口の中以外はなっ!)

 恨みがましく思いながら自身の変化に気付く。

(……体が動く)

 痛みこそまだ全身にある。それでも指一本動かせなかったころに比べれば劇的な変化だ。

「……それ、なに?」

 上半身を起こし、空になった小瓶を指差す。

「これ? 回復薬」

 当たり前のことのように答えるリア。

「そんな便利な物があるなら教えてくれればいいのに……」

「回復薬はもしもの時のためのもの。これがあるのを前提にしてたら戦えなくなる。なかには戦闘中に回復薬を使い切って、心が折れてそのまま殺された冒険者もいる」

「…………」

 正論に何も言い返せなくなる。それにしてもスパルタすぎるだろうと思うが、この教育熱心なエルフの女性は俺達が死なないギリギリのラインを絶妙に攻めてくる。結果的に今回も生き残ることが出来たが、その教育方針に背筋が寒くなる。

「リア姉、いつからいたの?」

 リアに抱き着きながらアルが問う。

「あなた達が森に入ってから、ずっとこの広場の近くにいたわ」

「ずっと? じゃあ、こいつが威嚇するような声を出してたのって……」

 仰向けに倒れている魔物に視線を向ける。

「えぇ、私に対してね。気配は消していたのだけど、さすがに臭いまでは消せなくてね。そのうち近づいてきたあなた達に気付いて標的を変えたみたいだけど」

「? どうしてリア姉は襲われなかったの?」

「前に教えたでしょ? 魔物化しても獣の特性はあまり変わらない。例外はあるけど、基本的に獣は『自分より強い相手』には挑まない」

「おぉー」

 感嘆の声を上げるアルがリアに尊敬の眼差しを向けている。それを自分で言うのかとツッコミたくなるが恐らく事実なので黙る。代わりに浮かんだ別の疑問を口にする。

「獣が強化・狂暴化したのが魔物なんだろ? 相手が強かろうが関係なく襲い掛かるんじゃないのか?」

「普通はそう。でもこの魔物は違う。冷静だった」

 そう言いながらある一点を指差す。その先には魔物の住処とその入り口付近にもぞもぞと動く二つの小さな影が見える。

(あれは……)

 その二つの影はキューキュー鳴きながらこちらに、いや巨大な魔物の亡骸に近づいてくる。

「……小熊?」

「そう。子供を守らないといけないから、自分が死ぬかもしれない相手と戦うことができなかった」

 小熊は鼻先を擦り付けながらその周囲をウロウロしている。母熊の『死』が理解できないのだろう。

「……………………『これ』、どうすんの?」

 たっぷり時間をかけて、絞り出すように問う。

「……同情しては駄目。情けを掛ければ、いつかこの子たちが人を襲う」

「…………」

「私がやろうか?」

「……いや、俺がやる」

 最後まで自分の手でやり遂げるのが筋だろう。近くに落ちていた剣を拾い、痛む体を引き摺り小熊達に近づく。

(せめて苦しまないように……)

 ――その心臓目掛け剣を突き刺す。



「そういえばアル、剣はどうした?」

 俺達はいま、近くにあるという村へ魔物討伐の報告を兼ねて向かっている。日が傾き西の空が赤く染まり始めたので、一晩泊めてもらえないか交渉するためでもある。

 俺とリアが並んで歩き、その前をアルが元気に手を振りながら歩いている。その腰に見慣れたものが無い。

「ん? うん、壊れた! こう、さらさら~って」

「さらさらって……」

 振り返り全身で『さらさら』を表現するアルに呆れた声で返す。

「ただの鉄の剣に無理矢理魔力を『通し』たのだから壊れて当たり前。一太刀保ったのは偶然、もうやらないほうがいい」

「えぇーー」

 不満気なアルを無視し訊ねる。

「じゃあ、それ相応の武器なら魔力を通すことは可能なんだ?」

「可能。要領は身体強化と一緒。剣を手の延長と考えればできる」

「なんだ、アルのオリジナルってわけじゃないのか」

「ええ、戦闘に長けたエルフなら誰でもできる」

「むぅーー」

『誰でも』という言葉が気に障ったのだろう、アルが頬を膨らませ不機嫌になる。

「フフッ、それでも教えてないのに自分で考えて実行したんだもの。アーちゃんは十分凄いわ」

 むくれるアルの頭に手を添え、リアが優しく微笑む。

 一転して上機嫌になったアルが、腰に手を当てふんぞり返る。

(お子様め……)

 リアの言葉に一喜一憂するアルに半目を向ける。

「あなたもよ」

「ん?」

 振り向こうとした頭に手を添えられる。

「あなたの最後の一太刀、あれは見事としか言えない。『一級冒険者に匹敵』する太刀筋だった」

「……あーうん、まあ、ありがとう?」

 リアに頭を撫でられ照れくさくて顔を赤くしていたのも一瞬、その誉め言葉に一気に気分が沈む。歯切れの悪い返事しかできない。

(……あなたの技を『使った』のだから当然ですよ)

 本当のことを言うわけにもいかず、暗い表情で下を向く。

「? どうかした?」

 リアが不思議そうにこちらの顔を覗き込む。

「いや、なんでもない。気に――」

「着いた!」

 ――しないでくれ、と続けようとしてアルに遮られる。

 会話に気を取られ気付かなかったが、いつの間にか目的の村に到着したようだ。

 そこは平地に数件の木製の家が建ち並び、周囲を木の柵で囲まれている。

 遠目からでも畑仕事帰りの人や馬を引く人の姿が見え、時折談笑するような声も聞こえてくる。広くはないが、静かでのどかな村といった印象。

 その光景に体の力が抜けていく。緊張の糸が切れると言ったほうが正確かもしれない。

「なぁわるい、あとは任せてもいいか?」

 村まであと数十メートルの距離に来た所で足を止める。

「おにいさん?」「ナナ?」

 二人の声が重なり、怪訝な顔でこちらを見ている。

 その場で膝をつきそのまま倒れる。もう言葉を発するのも億劫だ。


「……ええ、ゆっくりお休みなさい」


 ――そんな声が聞こえたのを最後に、意識を手放した。


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