第十一話 『冒険者登録』
既に太陽は中天に差し掛かろうとしている。
今いるのは、門前広場の片隅に建てられた、こじんまりとしたギルドの中。
室内は簡素な造りで、受付用の窓口が一つに、依頼用の掲示板、他にはテーブルがいくつかあるだけだ。暇なのだろう受付の獣人のお姉さんが大きな欠伸をしている。
「それじゃあ、この紙に必要事項を記入して」
リアが部屋の隅に置かれていた『登録申請書』と書かれた紙を俺とアルに手渡す。
近くにあった日当たりのいいテーブルを確保し、椅子に座りながら、内容を確認する。
(名前に種族と出生地、あとは特技と職業……だけ?)
疑問が浮かぶ。
「なぁ、『これだけ』でいいのか?」
「うん、『これだけ』。登録するだけなら誰でもできる。冒険者の『等級』と依頼の管理がギルドの主な仕事」
『なるほど』と思っていると、周囲を見ていたアルが口を開く。
「ねぇねぇ、ここだれもいないね?」
「あぁ確かに。もっとこう、冒険者で賑わってるのかと思ったけど、そうでもないんだな」
周囲を見渡すが、ここにいるのは俺達と受付のお姉さんくらいだ。
リアが補足してくれる。
「神樹に近づくほど魔物の数が減るし、狂暴な個体も出なくなる。冒険目的でハイウェイン領にいる人は少ない」
「……どうして魔物が少ないの?」
小首を傾げながら、アルが重ねて聞く。
「原因はわかっていない。『神樹の加護のおかげ』なんて言う人もいるけど……」
「そもそも魔物って何なんだ?」
(今のところ、『デカくて攻撃的な動物』くらいにしか感じないんだが)
――それでも何度か死にかけたりはした。拳大の虫の群れに追われた時は恐怖でしかなかった。
「それも、詳しくはわかっていない。仮説はいろいろあるけど……」
――動物の突然変異
――動物実験の産物
――こことは別の大陸があり、海を渡ってくる。
さらには、『魔王の復活が近い』なんてものまであるという。
「魔王なんているのか?」
気になった単語を、思わず聞き返す。
「お伽噺だけどね。『異界大戦』の時に異世界から攻めてきて、神様に封印されたって言われてる」
――『異界大戦』。遥か大昔に、この世界を創造した神様と異世界の神様達が喧嘩をして、自分達の眷属を巻き込んだ大戦争を起こした。――と、勉強会で教わった。
「封印? 討伐じゃなくて?」
「神様も他の神々との戦いで疲弊していたから、封印するしかなかったそうよ」
「ずいぶん凝った設定のお伽噺だな。魔王を倒して、めでたしめでたし、でいいじゃないか」
「……フフッ、本当にね」
リアが――珍しく――笑ってくれた。
(魔王、か……)
――話には聞いている。魔王が『実在』したことも、『神樹の下』に封印されていることも。そして、その封印が解けることは絶対にないとも言われている。
(神様でも封印するしかなかった太古の魔王。さて、『ウチの魔王様』はどうなることやら……」
いつの間にか、静かになっているアルに視線を向ける。
とっくに会話に興味がなくなっていたようで、手元の申請書に集中している。
項目も少なく、すぐに書き終わったようで、
「リア姉、できた‼」
と、元気よく見せている。
念のため、リアが内容を確認してくれるようだ。
(俺も早く書かないと)
慌てて申請書に記入しようとすると、
「……ねぇ、これどういうこと?」
アルが書いた申請書を俺に見せてくる。
疑問に思い、その大きく書かれた文字を目を追う。
【名前】――アルファ――。
【種族】――ダークエルフ――。
【出生地】――ハイウェイン領――。
【特技】――剣と魔法――。
そして――、
【職業】――『魔王』――。
(……あっ、ヤベ)
内心で己の失態に小さくツッコム。口止めするのを忘れていた。
鋭い視線のリア。いつものようにニコニコしているアル。
(……子供って素直だなぁ)
軽く現実逃避する。だが、そんな時間的余裕がないことに気付く。
――どう言えばこの生真面目な女性を納得させられるだろうか?
思いもよらなかった形でバレてしまった『俺達の目的』の一端。
おそらくこれから始まるであろう『尋問』に、恐怖で頭が真っ白になっていった。