3話
これでこの短編のラストになります。
楽しんで頂けたら幸いです。
七月一日。
妹の紗愛香と共に送迎用のバスに乗り込み、桜花魔法学校へと向かう。
バスの中の男は俺だけで後は全員女性だ。
女性特有の何となく甘酸っぱいにおいと香水など香りに包まれながら、ほぼ死んだ表情で学校へ向かっている。
前の学校の友人たちは「どんなイカサマ使ったんだ?」「クソ!! 俺と代われ!!」「かわいい子と仲良くなったらこっちにも紹介しろよ」などと生暖かく送り出してくれた。
妹以外、『何コイツ?』『なんで男がうちの送迎バスに乗ってんの? 不審者?』『うちに転校するってどんなコネがあるのよ?』などと様々な声が聞こえそうな程に敵対心丸出しのバスの車内は、生き地獄そのものだな。
学校の校内に停車したバスから降りた俺を見る目は様々だった。
妹とは学年も違うし、俺は転校手続きで職員室に行かないといけないらしいからバスから降りたすぐ後に別れたし、余計に目立つんだろうな。
とはいえ、妹に案内して貰うのも気が引ける。
しかし、ここまでとは思わなかったな。
まるで珍獣か何かを見る様なまなざしを送って来る者。
汚物でも見る様な目で見る者。
理解が追い付いてないのか、目が点になっている者。
早速近くの教師に確認し、不審者ではないかと問い質す者……、って、ちゃんとここの制服を着てるだろうが!!
「ちょっとあなた!! 無断で校内に足を踏み入れるなんてどういうつもりですの?」
いかにもお嬢様という感じの女生徒が大勢の取り巻きに囲まれて俺にそんな事を言って来た。
と言ってもここには俺以外ホントに男子生徒がいるのか怪しい所だが。
リボンの色からお嬢様っぽい女生徒は三年。取り巻きは一年から三年までの生徒がいるみたいだ。
こいつ等も高レベルの魔法使いだろうから多分無断で足を踏み入れてたらあっさり捕まるか、校門の所にいる警備員や校内になぜかいるSPっぽい奴らに捕まってるだろう。
やれやれ……。
「今日から俺もここの生徒だ、不本意ながらな」
「不本意? この学校に転校してこれたのに、不本意とはどういう事ですの?」
「そうよ!! あんたなんか何やって転校できたのか知らないけど、ここは世界でも有数のエリート校なのよ!!」
「どうせ落ちこぼれて退学になるなら、早いほうがいいんじゃない?」
やっぱり、歓迎されて無いようだな。
俺だって転校しなくて済むんならそうしてたさ。
「あら、ちゃ~んと転校してきたのね。感心感心♪」
後者の入り口方面から、俺の転校関連の元凶と言える美剱瑞姫が優雅な足取りで近付いてきた。
やけに上機嫌に見えるのは気のせいだろうか?
「ああ、瑞姫か。ちょっ……」
「貴方、誰にことわって美剱さんのファーストネームを読んでますの?」
「うわぁ。こんな無礼な人がいるなんて……」
「名前が穢されてしまいますわ!!」
美剱の名を呼んだとたん、取り巻きの女生徒が一斉に騒ぎ始めた。
仕方が無いだろう、名前で呼べって言われてるんだから。
この前の試験後に一度「美剱」と呼んだ時、殺気混じりの瞳で睨まれたからな。
マトモな神経の持ち主なら、こいつがメデューサでなくても石化しそうな勢いだったぜ。
「私がそう呼んでっていったのよ。三年にもなってまだ指輪を授けられないような人は引っ込んでいてくれます?」
「な……。自分がちょっと名家の生まれで、指輪に認められたからと言って……」
違うな。
あの魔法の指輪は高ランクだけにそう簡単に認められる事は無い。
おそらく、瑞姫はあの指輪に認められるために血のにじむような努力を積んできたはずだ。
「努力なしで認められる指輪があるのか? あるならお前もそんな指輪を探せばいいだろ?」
「失礼ですわね!! もうすぐ前期試験ですわ。その時魔法の指輪を授かったら、模擬戦の相手にあなたを指定して差し上げます」
「こんなやつ、消し炭にしちゃえ」
「溶けない氷に閉じ込めるのもいいかもしれませんわ」
腹を立てたお嬢様とその取り巻きはそう言い残してこの場から立ち去ってくれた。
そしてここには微妙な表情の瑞姫と俺が残され。
「ありがと。……しょ、職員室はこっちよ!!」
「なんだ? ああ、そっちに行けばいいのか」
最初の言葉はあまりに小さくて聞えなかったが、問題無いだろう。
毎日こんな生活が続くのかと少しだけ気が重くなった。
◇◇◇
案内された教室は二年G組。
なんでも此処には他にも男子生徒がいるそうだ。
なお、全校生徒で男子生徒の数は僅かに五人。
肩身が狭い事この上ないな。
俺が教室に入ろうとドアに手をかけた瞬間、聞いた事のある音が鳴り響いた。
次の瞬間、各教室から全生徒が飛出し、一斉に階段を駆け下り始める。
校内放送が鳴り響き、魔法少女および高ランクの魔法使い以外は対真魔獣用のシェルターへ避難する様に何度も伝えられた。
俺はまだそのシェルターの位置なんて知らんのだが。
「やっぱり今のは真魔獣が出現する歪の揺らぎ警報か。何処だ? 近いのか?」
真魔獣は突然出現する歪の揺らぎから姿を現し、その近隣にいる生物を貪欲に食らい尽くす。
真魔獣の捕食方法は様々だ。
単に人をそのまま貪り食うタイプ、様々なタイプの管を突き刺して内部をとかして吸い尽くすタイプ、魔法か何かの力で人をお菓子や宝石などに変えて食らうタイプ、引き千切るなど残忍な方法で少しずつ食らうタイプ……、他にも色々知られているが高ランクの真魔獣であればある程奇異な捕食行動をとる事が知られている。
真魔獣のランクや出現数にもよるが、低ランクでも数匹出現すれば数時間で数キロ四方の生物は喰い尽くされるといわれている。
バスターズをはじめとする対真魔獣戦闘部隊は各地に存在する為、今はそこまで被害が拡大する事はないが、誰も犠牲がでませんでしたなどと言う幸運な事は滅多に無い。
「あ、ここに居たのね。学校に近くに真魔獣が出現したの。一緒にお願い」
瑞姫が制服姿のまま俺の下に駆けつけてきた。
一緒にお願いって、まあこいつは魔法少女だからいいけど、俺はな……。
「お願いって。まさか戦うのか?」
「当たり前でしょ!! このまま放置したらまた人が食われてしまうのよ。あのゴールデンウィークの時や、十年前みたいに!!」
「っ!!」
十年前、この街にかなり強力な真魔獣が出現した。
出現数は僅かに一匹。
しかし、その時街にいた人間のうち一割以上は食い殺されたといわれている。
十年前に現れた真魔獣はほぼ人型で背中から四本の細い腕を生やし、その手でつかんだ人間を等身大のクッキーに変えて耳障りなサクッサク……という音を響かせながら次々と貪り食った。
一割近い街の住人を食らった事で十分にその腹を満たしたのか、最終的にバスターズに少しダメージを受けた時点で出現した歪の揺らぎに飛び込んで姿を消したのだが、逃げる前に憂さ晴らしの為か、食われた人が真魔獣体内で地獄の様な苦しみを味わい続ける事を、笑いながらバスターズや周りにいる人に教えたのもコイツだ!!
「行くさ、倒せる保証はないけどな」
「あんなに強い癖に……。あ、変身するからこっち見ないでくれる?」
「了解……」
魔法少女に変身する時、着ている物は一度分解され、指輪に収納された後で魔力を使ってあの魔法のドレスが構成されるらしい。
らしいというのは俺がそう聞いてるだけで詳しい話を知らんからだが。
なお、変身中は一旦全裸になるそうなので、今振り向いたら命の保証はないだろうな。
「……ふぅ、変身完了。もう持っち向いても良いわよ」
「お…おう。で、何処に出たんだ?」
「この近くだそうよ。通りすがりの人を襲って食いながらこの学校に向かってるみたい」
「急がないといけないな」
勝てる保障は無い。
しかし、俺がいれば余程に高ランクの真魔獣でない限り長時間拘束する事が出来る。
その間にバスターズかその他の戦闘部隊が来てくれれば……。
◇◇◇
桜花魔法学校の校門。
そこでは一体の真魔獣が暴食の限りを尽くしていた。
「いや……、こっちに来ないでぇっ!!」
「ルイ助け……、ああぁぁぁっ!! 身体がぁぁっ!!」
「海咲っ!!」
応戦に向かった魔法使いや魔法少女達。
そのうちの一人がカエルと人と熊か何かを混ぜた様な姿の真魔獣に掴まれていた。
まるで煤の様な黒い粒子がその手から溢れ出て、その粒子が女生徒の身体を甘い匂いを漂わせるチョコレートに変えていく。
女生徒の身体だけでなく身に纏っていた服や靴までチョコレートに変わり、絶望に彩られた瞳から溢れていた涙はそのままチョコに変わって地面にころがっていた。
そして完全にチョコレートに変えられた女生徒は長くて大きな舌に巻かれて、溶かされながらゆっくりと飲み下されていた。
舌の隙間から時折溶かされてほぼ原形を留めていない女生徒の姿が見えるが、あれはトラウマモノだろう。
あの女生徒を助けようとして周りの女生徒が懸命に攻撃を加えていたが、殆どダメージを与えてない。
それどころか、そう簡単に逃げ出さないと気が付いた真魔獣は恐怖を煽るように、勇敢に立ち向かう魔法少女や魔法使いたちを一人ずつゆっくりと捕食していた。
逃げようとすれば真っ先に捕まり、そしてプライドを全て投げ捨てて真魔獣に見逃して貰えるように頼んだが、恐怖と絶望で歪んだ顔のまま無残にもチョコレートに変えられ、刃向う他に女生徒に見せつける様に師も舌で溶かし飲んでいく。
この討伐に抜擢されたという事は高位の魔法使いなんだろうが格が違い過ぎた。
「ああっ!! この私が……、こんなところ…で……」
「卯月さま!!」
「ああ、お姉さまが!!」
俺が校門にたどり着いたとき、今朝、大勢の取り巻きに囲まれていた三年の女生徒が、真魔獣に捕まり、ゆっくりと一メートル程持ち上げられていた。
取り巻きの数が随分と少ないが、既に食われたのか、それともこの討伐に選ばれなかったのか……。
選ばれなかったならばラッキーだな。
あの真魔獣は人間をチョコに変えて溶かしながら食うタイプみたいだが、手で掴んだあの女生徒をまだチョコに変えない所を見ると恐怖で怯える姿を愉しんでいるんだろう。
悪趣味め!! だが!! 今はこの俺がここにいるんだ!!
「無影斬!!」
全身に氣を纏い、多重絶対防盾のシールドを一枚剣に変換して目標を斬り殺す大技。
しかし今回は無理をせずに女生徒を掴んだ手を斬り落すだけに留め、チョコレートに変えられて無残に食い殺されそうだった女生徒の救出を優先した。
一撃で倒せなかった場合、この女生徒が最低でもチョコに変えられるのは間違いないしな。
地面に着地した瞬間に掴んでいた腕を引き剥がし、女生徒を抱えたままでとりあえず真魔獣と少し距離をとった。
ここまで離れれば大丈夫だろう。
「無事か?」
「あなたは今朝の……、あの、私……」
「無事なら下がってろ。コイツは強敵だ」
人をチョコにした上、犠牲者の恐怖を愉しむ嗜虐嗜好タイプ。
かなり高ランクの真魔獣に違いない。
マトモに戦ったら、俺でも話にならん相手だ。
「火炎嵐!!」
俺があの女生徒を助けている隙に周りにいた女生徒がいなくなったため、瑞姫が大技である火炎嵐を真魔獣に向けて放った。
巨大な炎の竜巻が真魔獣を呑みこみ、そしてその巨躯を紅蓮の炎が包み込んだ。
チョコにして溶かし貪った報いか、その身はドロドロに溶けはじめ、辺りには弛緩した空気が流れた。
戦いが終わった、誰もがそう思った瞬間、炎が原形を留めない程に溶けた真魔獣に飲み込まれ、全く別の姿へと変わり始める。
「アアア、ヤッパリ、アンナ借り物ノ姿ジャ駄目ダナ」
スズメバチのような目、狼のような口と鼻、そして特徴的な背中から生える四本の細い腕。
十年前、この街を恐怖のどん底に叩き落とした真魔獣が其処に存在していた。
「アイツは……」
「コノ姿ニ戻ッタラ、ハラガ減ッタ……ナ!!」
「えっ? いやっ!! 誰かたす……」
真魔獣は背中の腕を数十メートル伸ばし、離れた場所にいた女生徒を一人捕まえてそして周りにいる者の目の前でクッキーへと変え、頭からサクッサクと耳障りな音を響かせながら貪り食った。
ほんの数秒まで間で少女だったクッキーの欠片が真魔獣のいびつな口からボロボロと零れ落ちている。
「ルイさんが……」
「助けられなかったか……」
「私がここにいたのに……」
真魔獣の動きがあまりにも早く、しかも一瞬で人をクッキーに変えたため俺や瑞姫ですら助ける事が出来なかった。
「アア、ナカナカイイ食イ応エダッタ。オ前ガ居ナケレバ、ユックリトクッキーニ変エテ、存分ニ恐怖ヲ味アワセテヤレタノニナ」
「俺にその細い腕を斬り落されると思ったって訳か……」
勘違いだが、これは利用できるか?
正直、この状態の俺にかなり上位と思われるコイツの腕を斬り落すなんて出来はしない。
先日の模擬戦で蓄えてた魔力はさっきの無影斬でほぼ使い切ったし、後は多重絶対防盾でもう一度魔力を集めるか、氣を使った技を仕掛けるか……。
「火炎嵐!!」
「ヌ?」
さっきと同じ様に瑞姫が火炎嵐を真魔獣に仕掛けた。
しかし、今回は僅かなダメージも与えられず、めんどくさそうに細い腕をひとはらいされただけで、まるで何も無かったかのようにかき消された。
こいつ……、どれだけ強いんだ?
「ヌルイヌルイ、コノ程度ノ炎デ、ヌシラニ戦士級ト呼バレル我ヲ倒ソウナドト、片腹痛イワ」
「せ……戦士級?」
「まさか……」
真魔獣のランクはまず下級、中級、上級の三種類があり、その上に戦士級、騎士級、王級が存在する。
今まで出現した王級は僅かに一体で、その一体だけで幾つもの国が壊滅している。
戦士級の出現自体もかなりレアケースで、ここ十年で数度しか確認されていない。
「十年前、この街を襲ったのもテメエか?」
「ヨク知ッテオルナ。十年程昔、コノ街ニ現レ、母親ヲユックリトクッキーニ変エラレテ泣キ喚ク幼子。恋人ヲ守レズ、絶望ト怒りニ任セて我ニ刃向イ、クッキーニ変ワリ果テて食ワレル愚カ者。ソノ他ニモ多クノ者ヲクッキーニ変エテ食ライ尽クシタ存在。ソレハ我ヨ」
あの一件以来この街ではクッキーを取り扱う店が激減した。
理由は簡単で、店頭に並べても売れないからだ。
十年経った今でも、クッキーを見るだけで当時の記憶がよみがえり、気分を悪くする者も多いという。
「あなたが……、あの時の……」
割と特徴的な姿をしていても、比較的似ている真魔獣の見分けなど人間には付きにくい。
俺も過去に何度かコイツとそっくりな真魔獣と遭遇している。
全部低級か中級の真魔獣だったがな。
「ソウダ。コノ腹ノ中ニハ、イマダニ地獄ノ様ナ苦シミヲ味ワウ奴ラノ魂デ満タサレテオル。我ヲ倒サヌ限リ、先程ノ小娘共モ同ジ運命ダ」
「ゆるせない……。ねえ、アイツを倒せる技は無いの?」
「俺の強さには色々制限があってな。奥の手も含めて今の状態だと厳しいな」
俺にはこいつを確実に倒せる方法が幾つかある。
しかし、その力は大きすぎる為に普段は使えない。
その力を起動させようと右手に力を送ったが、まだその力が俺には足りていないようだ。
「そう……、こんな勝ち目のない戦いに巻き込んで悪かったわね」
今は魔力の消費を抑える為に、真魔獣に魔弾で牽制の攻撃を加え、真魔獣の攻撃は俺が多重絶対防盾で防いでいる状況だ。
しかし、多重絶対防盾に攻撃を受けても魔力が溜まって行く事は無く、俺の氣が消費していくだけだった。
無尽蔵とはいえ、このまま攻撃しても氣単体ではやつにそこまでダメージを与えられないのがきついな。
「まだ負けると決まって無い。問題は、奴を逃がさないかどうかだ」
「手が……あるの?」
今やっているように、多重絶対防盾でやつの攻撃を防ぎ続けて時間を稼げば、バスターズ辺りが援軍に駆けつける筈。
しかし、それでは十年前の様に奴は逃走して奴に食われた者の魂はこの先も奴の腹の中で地獄のような苦痛を味わい続ける事になる。
「一か八かの賭けだし、成功率は低い」
「良いわ、それ、教えてくれる?」
俺はあまり他人に教えたくない秘密を瑞姫に話した。
当然驚いたが、先日、俺がどうやって中級の、真魔獣を倒せたのか理解したようだ。
「チャンスは一瞬。次にあの腕の攻撃を防いだら仕掛けるぞ」
「了解。私もとっておきを使うわ」
もう校門周辺に女生徒たちの姿は無く、俺達を除く全員の避難が完了していた。
この状況なら多少大技を仕掛けても人的被害は出ないだろう。
「ソロソロ観念シテ我ニ食ワレヨ。ソノ身ヲクッキーニ変エテ喰ロウテヤロウゾ」
「人間てのは諦めが悪くてな」
「これでも食らいなさい!! 輝く妖精の輪舞!!」
瑞姫も他人には秘密にしていた魔法、輝く妖精の輪舞を放ち魔法の杖から放たれた虹色に輝く無数の光の弾が俺の多重絶対防盾を内側から突き抜けた。
多重絶対防盾に少し魔力を使って魔力増幅装置の特性を持たせる俺のとっておき。
元々威力の高い輝く妖精の輪舞は虹色に輝く無数の光の弾で真魔獣の身体を粉々に打ち砕き、その原型を殆ど留めない状態まで追い込んだ。
「もう一つおまけだ!! 神穿波!!」
全氣を拳に集中し、光を纏った螺旋状の衝撃波を殆ど原形を留めていない真魔獣に叩き込み、その残った身体を粉々に打ち砕いた。
これで氣が回復するまで碌に高速で走れやしない。
奴を倒せた証拠として、奴の腹に囚わられていた魂が解放され、光に包まれて天へと昇って行った。
見覚えのある女生徒の顔も混ざっていたが、真魔獣との戦いでは犠牲者が出ない方が珍しい。
助けられなかったのは可哀想だが、この短期間で魂が苦痛から解放された事で許して貰おう……。
「倒した……の?」
「ああ、こっちはもう弾切れだけどな」
正直、戦士級の真魔獣を倒せるとは思ってもいなかった。
勝因としては瑞姫が輝く妖精の輪舞を使えたのも大きいけど……。
「よかっ……た……」
瑞姫は倒せたことを涙を流して喜んでいた。
もしかしたら十年前、誰か大切な人をアイツに食われていたのかもしれないな。
◇◇◇
翌日、送迎用のバスに乗り込んだ俺と紗愛香を見つめる視線に変化が訪れていた。
というか、昨日よりも背筋が寒くなるような視線だ。
特に俺の隣から。
「ねえ、あの人が昨日の?」
「ええ、あの真魔獣を美剱様と倒したっていう……」
「わ……私は昨日からあの人の事を信じてました。昨日、気味が悪いだの、不審者だの言ってたあなた方に権利はありませんわ」
「ちょ……、あなただって、散々……」
そんな声が聞こえる度に、横に座っている紗愛香の機嫌が悪くなる。
その上。
『やっぱり先に既成事実を……』
などと怖い呟きが聞こえてくる。
横顔を少し覗き見たが、この顔はマジだ!!
今日帰ったら部屋の鍵をもう少し増やしておこう。
俺の身の安全を確保する為……。
学校の校内に停車したバスから降りた俺を見る目は様々だった。
とはいえ、昨日のような敵対心丸出しの視線は殆ど無く、割と好意的な視線が……、いたたた、抓るな紗愛香!!
「あの……、昨日は失礼な事をいたしました。それと、助けてくださってありがとうございます」
「昨日の……」
昨日のお嬢様がバスを降りた俺に気が付き、傍に来て昨日の事を素直にあやまった。
別に謝られるほど気にしちゃいないけど。
よく見なくても取り巻きの数はかなり少なくなっているが、おそらく俺があの場所に行く前にあの真魔獣に食われてたんだろうな。
まだ正確な数は発表されていないが、あの短時間でこの学校周辺にいた人を含めて百人以上食われているのは間違いない。
チョコレートの売り上げも今後は落ちるだろうな……。
「私は三年の卯月咲と申します。よろしければ、今後……」
「へぇ~、随分態度を変えるじゃない!! 昨日の啖呵は何処に行ったのよ!!」
「あ、瑞姫。おはよう」
「おはよう師狼。じゃあ、行こう!!」
突然現れて俺の手を掴んだ美剱は卯月先輩や他の取り巻き、そして妹の紗愛香を置き去りにして走りだした。
ちょっ……、俺、氣が尽きてるからその速度はきついんだけど……。
「ああっ、お、お兄ちゃん!! もう、もっと早くしとくんだった!!」
何をもっと早くしておくんだったのかな? 我が妹よ?
よし、今日は絶対に対魔法加工済みの鍵と設置道具を買って帰るぞ!!
俺が望んでいた平凡な生活は、どうやら手に届かない場所に行ったみたいだ。
まあいい、こんな人生も悪くないだろう。
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。