2話
短編の2話目になります。
楽しんで頂ければ幸いです。
全力疾走!!
送迎バスが常備されている桜花魔法学校と違い、第七百二十七統合高校にはそんな物は無い!!
この辺りは定期的にバスが走っているし、駅まで行けば学校のすぐ近くまで行く電車もある。
しかし今の時間だとどっちを利用しても遅刻は確実だ!!
全身に氣を纏わせると、身体能力を各段に強化できる。
自転車を使えばもっと速く走れるが、あっちだと速度規制やらで捕まる可能性があるため、この状態で走った方が断然速い。
塀の上からショートカットで数十メートル離れた場所まで跳躍し、学校までそれを繰り返す。
氣値が千以上の者しか使えない裏技だが、使える物は使わせてもらう。
たまに飛んでいる烏にぶつかるのが難点だ……。
◇◇◇
現在時刻は八時五分、異様に広い校内を全力で走れば十分に間に合う。
安堵すると同時に見たくも無い禿げ頭が校門前で目に入った。
生徒指導の岩頭だな。
「鏡原!! 氣を纏った跳躍は禁止だといっているだろう!!」
この学校の校則で特定の場所以外での氣を纏った跳躍は禁止されている。
高い場所から女性の着替えを覗いた不届き者が過去に居たせいと聞いているが、真相ははっきりしていないらしい。
「おはようございます岩頭先生。でもそれって校内ではですよね?」
「まあな。あと十分だぞ。間に合うのか?」
HRは八時十五分から。
この学校の広さを考えると少し厳しい。
「余裕ですよ。跳躍以外は禁止されてませんし」
「廊下は走るなよ!!」
校庭を全力で駆け抜け、靴を上履きに履き替えてから階段を駆け上がる。
手すりを利用してショートカットを繰り返せば五階にある教室まですぐに到達でき……。
四階の踊り場に到達した時、柔らかくていい匂いのする何かとぶつかり、そしてそのまま壁際に押し倒す形に。
「悪い!! 大丈夫か?」
ぶつかった相手が人だとはすぐに気が付いた為に、俺は瞬間的にその人の腰に手を回して空いた方の手で少女の右手首を押さえていた。
抱きかかえられた少女は顔を真っ赤にして、こくこくと何度か首を上下に頷かせる。
当たり所が良かったのか、幸い怪我はなさそうだ。
「あ…あの、もう大丈夫ですから」
「ああ、本当にごめんな」
少女は急いで階段を駆け上がっていった。
校章で今の少女が一年だと分かったが……、ってヤバイ、俺もギリギリか!!
教室に飛び込んだ時、丁度時計の針は八時十五分を刺した為、何とか遅刻は撒逃れた。
さっきの子はもしかしたら遅刻したかもしれない、悪い事をしたよな……。
◇◇◇
平凡な日々はごく普通に過ぎ、そして再検査と試験を受ける日になった。
前日の夜から紗愛香がこの上なく上機嫌で、更に夜や毎朝の襲撃も無かった為、桜花魔法学校で行われる試験を受けざるを得ない状況になっている。
問題は氣の数値は今の検査機ではかなりのブレ幅が存在する。
一応うちの学校側にも知られている千五百程度までなら問題はないだろうが、それ以上だと何か追求される恐れがある為に注意が必要だ。
俺は積極的に真魔獣だのと戦うのは嫌なんだよ!!
平穏最高。
このまま戦闘とは無縁の人生が送りたかった……。
◇◇◇
前回、中学で他の奴らと一緒に書類を送った時と違い、今回は最初に面接が行われるという事だったが。
「では、まず名前と年齢を聞いておこうか」
「鏡原師狼、五月七日生まれの十七歳です」
持ってきた書類にはその程度の事は書かれているが、一応確認の為なんだろう。
入れ替わった偽物じゃない事は、オマエが知ってるだろうからな。
「えっと、ここに書かれてる自己申請の氣値なんだけど。間違いじゃないの?」
「学校で測定した時もその位です」
「測定日は……、一年以上前じゃない!! まあいいわ、後で測定しますよね?」
面接官側のいかにも理事長っぽいおばさんたちに混ざって、美剱瑞姫の姿があった。
高ランクの魔法少女って事で無理矢理面接官になったのか?
「今回、筆記試験は免除。その代り氣値測定後にこちらが用意した相手と模擬戦を行う」
「分かりました」
筆記試験無しとか大盤振舞だな。
測定は何とかなる上に、模擬戦の方は適度に手を抜いてやれば良いし。
◇◇◇
「なんだよこれ?」
「最新型の氣測定装置です。今までのは欠点が多すぎましたので」
案内されたどう見ても学校にあるレベル越えてるだろって医務室の一角。
そこにはかなり美人な校医? の女性数名が待機しており、その上いつもの血圧計に毛が生えた程度の測定器じゃなくてMRIの様な超大型の測定器が用意されていた。
これどの位正確に測定できるんだ?
「それでは、それに着替えて」
「これですか?」
ご丁寧に専用の測定着まで用意してやがった。
仕方がないか、この学校に受かる為に腕輪とかに細工してインチキする奴もいるって話だしな。
俺は絶対に真似しないが。
「はい、楽にしてればいいから……、なにこれ?」
通話用のマイクが入りっぱなしで少し会話が聞こえたが、ディスプレイに表示された氣と魔力の数値のうち、氣の数値が異常な値を指してるっぽい。
今までの測定器だと調整しないと【測定不能】とか表示されてたからな。
一応感覚的には五千程度の数値になる様に出力を調整してる筈だけど、失敗したか?
「氣値の測定不能? 一万以上の氣保有者なのか?」
「魔力の方の数値は五十二。平均よりは少し高いけど、平凡な数値ね」
「リミットを切り替えて……、うわ、この子氣値が三万超えてるわよ。四万……、五万……、エラー? 測定…不能?」
「こっちでも測定不能? ありえないわ。なんでうちに入学できなかったの?」
焦ってるのかマイク入りっぱなしだから会話がダダ漏れだ。
そっか、この機械でも測定不能なのか……。
って、高いとは思ってたけどそんなに高かったのか?
「お疲れ様、測定終了よ。そこに用意している服に着替えて闘技場に移動して貰えるかしら?」
「分かりました」
用意されていた服は、模擬用の物ではなく、バスターズ用の戦闘服だった。
これ、結構高いって話なんだけど壊しても俺の小遣いだと弁償できんよ?
そんな事を考えながら戦闘服にそでを通すと、思った以上に動きやすい構造だと気が付いた。
なるほど、これならやりやすい。
◇◇◇
開始してから模擬戦は既に十分を超え、普通なら時間切れの判定の筈。
あの後も、炎華菊に火炎嵐まで使って来た美剱。
当然この二つも模擬戦では使用禁止で、そもそもこのレベルの火炎系魔法を使える魔法少女の存在自体が珍しい。
時折火弾や魔弾辺りの低レベル魔法を混ぜて仕掛けてくるあたり、こちらのシールドの使用回数の限度を計っているんだろうな。
「まだ時間じゃないのか?」
「今回は実力テストだから、上が納得しても私が納得しなくちゃ終わらないわよ!!」
「上が納得してるんならいいだろうが!!」
どうやら上の方は俺が転入する方向で話が進んでるみたいだな。
これだけ高レベルな魔法を防いだら普通転入には十分だし。
「あの時助けられた私が~、納得してないのよ!!」
「私怨じゃねえか!!」
しかも俺、こいつを助けたんだけどな。
感謝されても良いレベルで。
あの時助けなかったら、こいつ今頃真魔獣の腹の中だぜ。
「何か攻撃しかけてきなさいよ。あの時の技で良いから」
「あんな大技、そうポンポン使えるか!!」
中級の真魔獣程度なら、俺には倒す方法は幾つかある。
あの時は既に何人も真魔獣に食われてる人がいたし、緊急事態だった為に滅多に使わない大技で倒したんだが、マズイ奴に見られたもんだ。
と言いながら、もうそろそろコイツ相手なら十分な力を集めてある。
「そう、じゃあもう一回火炎嵐に耐えてみなさい!!」
「まだあの魔法使えるのか?!」
火炎嵐の魔力消費量は結構大きい。
この模擬戦で美剱が火炎嵐を使うのはこれで三度目だけど、普通の魔法少女なら一回が限度の筈。
三回も使えるって事は、相当に魔力値が高いって事か。
生徒なのに試験官に選ばれる訳だ。
「火炎嵐!!」
激しい炎の竜巻が三本、俺の周りに現れて俺を中心として合流し、巨大な炎の竜巻へと変化した。
多重絶対防盾越しとはいえ、あまり見たい光景じゃないよな。
こんな物に直接触れたら灰も残らない。
とはいえ、今までおとなしくしてたのは、この時を待ってたからだけどな!!
「魔力解放!! 風穿波!!」
「え? 高位魔法?」
多重絶対防盾には受けた魔力を保存し、攻撃用のエネルギーに変換する小型の魔方陣が四つ仕込まれている。
今まで防御に徹してきたのはこの魔法を放てるだけの魔力が溜まるのを待っていたからだ。
「ちゃんと耐えろよ!!」
「魔法防御壁!!」
美剱の奴、結構高レベルの魔法防御壁まで使えたのか。
これなら何とか無事に試験が終わりそうだな。
正直、意趣返しとはいえこのレベルの魔法はオーバーキルだし、下手をすりゃ病院送りじゃすまない所だ。
「模擬戦終了。勝者、鏡原師狼!!」
「お、ようやく模擬戦終了か。……美剱も無事っぽいな」
魔法で作り出されたドレスはボロボロだったが、身体には殆ど傷が見当たらなかった。
多少の傷なら魔法で後も残さず治せるご時世とはいえ、あまり歓迎される行為じゃないからな。
「……私の負けだわ。なによ、あんな高レベルの魔法が使えるんじゃない」
「裏技みたいなもんだしな。いつも使える訳じゃないし」
「何よそれ」
今回は溜め込んだ魔力が異様に多かったからあの魔法を使えただけで、いつもはそこまで高威力の魔法が使えない。
他にも奥の手が無い訳じゃないけど、試験の見世物ならこれで十分だろう。
「でも、完敗ね。私の目に狂いはなかったわ」
美剱は素直に敗北を認め、ボロボロのドレスから覗く右手を差し出してきた。
なんだ、素直ないいやつじゃないか。
そう思った俺の視界に、肌色の大きな球体が飛び込んできた。
「キ……」
「キ?」
「キャァァァァァァァァッ!!」
美剱は左手でその肌色の大きな球体を隠し、握手をする為に差し出していた右手で音速のビンタを俺の頬に見舞った。
いいビンタだ。
俺はシールドで防御する暇も無く、それをマトモに食らい、その場にぶっ倒れる事になった。
一時間後、医務室で目を覚ました俺に転入に必要な書類を届けに来た美剱は大変ご立腹だったが複雑な表情をしていた。
「さっきはすまなかったな、美剱……」
「瑞姫。今後私の事はそう呼びなさい!! それと、さっきの事は忘れるように!!」
「りょ……りょうかい。」
こうして波乱の転入試験は終わった。
転校は学校側の手続きがある為に七月かららしいが、その時期ならいっそのこと夏休み開けにして欲しいな……。
読んで頂きましてありがとうございました。