1話
ランカーズエイジを放置していますが、ちょっと書きたいと思ってこの小説を投稿しています。
数話で完結する短編ですが、楽しんで頂ければ幸いです。
……な・ぜ・こ・う・な・っ・た?
今、俺は学校に存在するのが疑問視されるレベルの広大な闘技場の上に立っていた。
対真魔獣のバリアシステムに対魔法用衝撃吸収材使用のバリケード。
これだけ丈夫そうなら高レベルの魔法を使ってもおそらく闘技場の外には被害が無いんだろうな。
中で戦う俺の安全は欠片も保証されて無いが!!
「模擬戦の相手は私。あの時に見せた力、隠したりしたら承知しないんだから」
そして目の前には先日助けた女が、魔法少女風のドレスに身を包んで立っている。
まあ、こいつは本当に魔法少女なんだけど……。
「手加減抜きで行くわ。あなたも実力を隠してないでマトモに戦いなさい……」
「実力も何もな」
「でないと。真っ黒焦げよ!!」
対戦相手は先日俺に転校の話を持ちかけてきた美剱瑞姫。
こいつじゃなけりゃ時間切れを狙っても良かったんだが、あの時に色々みられてるからな……。
「お手柔らかに……って。完全に魔法少女モードか?」
魔法少女に変身している美剱は、手にしていたのが高ランクの指輪だけあってその身を黄色を基調とした綺麗なドレスに身を包み、その手に大きなトパーズをあしらえた魔法の杖を握りしめていた。
一見防御力など欠片もなさそうな薄い布が鋼鉄以上の防御力を持つというのだから世の中分からない。
あの時……、中級の真魔獣と戦っていた時にはあの姿じゃなかったって事は、あの後で指輪に認められてのか。
もう少し早ければ俺がこんな面倒事に巻き込まれなくてすんだんだけど。
「当たり前でしょ? こっちは最初から全力で行くわよ」
開始の合図と共に魔法の杖に異様な高出力の魔力光が発生した。
マジ? なにその出力?
こいつ俺を殺しに来てない?
「火炎弾!!」
最初に放たれたのは炎系の魔法で割と高威力な火炎弾。
通常の模擬戦では禁止されているレベルの魔法だ!!
って、なんでこれ使ってくるんだよ!!
使用禁止されてるだろうが!!
「多重絶対防盾!!」
物理攻撃、魔法攻撃、その他諸々の攻撃をほぼ無効化して防ぐシールドを展開して火炎弾をやり過ごす。
こんな魔法をまともに食らえばこんがり焼かれちまうしな。
しかし、火炎弾は脅しで実際には外してくると思ったら、俺目掛けて撃ってきやがった。
容赦なしかよ!!
「やっぱりこのレベルでも防げるんだ。男の癖に中級真魔獣を倒せるわけよね」
「多重絶対防盾は得意中の得意でね。守りには自信があるんだ」
痛いのはやだしな。
正面に氣で作られた円形のシールドが幾重にも展開しているが、実際には俺を中心にした見えない球形のシールドも展開されている。
これを突破出来る奴はこの辺りだといない。
「それはともかく、火炎弾は使用禁止だろうが? 他の奴なら真っ黒焦げだぞ」
「絶対防ぐと分かってたから使っただけよ。コレを防げる人間が、な~んであんな底辺校にいるのよ? おかしいでしょ?」
「おかしいのは模擬戦で躊躇なく火炎弾を使うお前の頭だ!!」
底辺校で悪かったな!!
そんな事より模擬戦でのオーバーキルは普通なら大問題で、数時間後にはSNS辺りに、【模擬戦で高威力魔法? 男子生徒真っ黒焦げ】とかのタイトルで騒がれそうな案件だが、この学校なら隠蔽しそうな気はする。
だからあまり関わりたくなかったんだ。
今更遅いが。
まだ模擬戦は続きそうだが、俺は僅か数十日前の事を既に後悔し始めていた。
◇◇◇
まだ薄暗い朝にけたたましく鳴り響く目覚まし時計、セットしている時間は午前六時三十分。
この時間には誰もまだ起きていない筈にも拘らず、俺に起床を知らせている目覚まし時計は何者かの手で止められた。
「……ちゃん。朝だよ~。起きて……、んもう、こうしないと……」
ほぼ小声でしているそんな独り言の後、ベッドのクッションがぎしりと鳴って何者かがって…お前だってわかってんだよ!!
「起きてる!! 起きてるからベッドから降りろ!!」
避ける方向を確認してから俺は布団と枕を囮にベットから飛び起きた。
こいつは下手に避けるとそっちに回り込んで抱き着いてくるくらいはする女だ。
「ちぇ~っ。もう少し寝たふりしててくれたら、私が優しく目覚めのキッスをしてあげたのに~」
「実の兄にする行為じゃないな。それでどこにキスするつもりだった?」
こいつの名は鏡原紗愛香。
この俺、鏡原師狼の一歳年下の妹だ。
学校でも人気者というこの妹は多くの男を魅了して来たであろう天使の様な微笑みを浮かべ、悪びれもせずに「ここ♡」と、唇を指さして答えた。
もっともコイツが今通ってる学校は今となっては殆ど女子高の為に多くの敵と味方に囲まれているんだろうが、今はそんな事はどうでもいい。
「家族にキスするならせめて頬位じゃないのか?」
「なんで? 私はお兄ちゃんとなら平気だよ?」
「俺が平気じゃないんだよ!!」
どこでどう間違えたのか、紗愛香のブラコンは異常だ。
唇は死守していると思いたいが、すでに何度かは基本スペックが段違いな紗愛香に奪われていると考えた方が間違いないだろうな。今までにもやけに機嫌がいい日が何度かあったし。
「わざわざ魔法で鍵を開けた上に気配まで消して部屋に入って来るか?」
「え~、鍵は開いてたよ」
嘘だな。
夜中にトイレに行ったと仮定しても、いくら寝ぼけていたとはいえ俺がこいつ対策であの頑丈なドアに三つ付けている鍵をそう簡単にかけ忘れる事があるか。
大体夜中に鍵をかけ忘れていたら、キス程度じゃ済まさないだろう?
すこし頭を傾げて、どうしたのお兄ちゃん? みたいな顔をしても無駄だが毎朝の事だしな~。
これ以上追及してもこいつがその仮面の下の本性を現す事は無い。
藪をつついて本性を現されると俺としても困るし。
「もしかしてもう朝ご飯が出来たのか?」
「ううん。まだこれからだよ~。先に着替えとか済ましてから台所に来てね♪」
軽やかな足取りで階段を下りる紗愛香。
とりあえず毎朝の脅威が去った事に安堵して、いつの間にか学習机の上に用意されている第七百二十七統合高校の制服に袖を通した。
◇◇◇
この世界、俺達の住んでいる世界は、二百年ほど前に出現した真魔獣と呼ばれる半人半魔獣の襲撃により壊滅した。
こいつらが出現した経緯は馬鹿な奴らが面白半分で世界中に点在した封印窟を解放したせいだ。
開放された封印窟から姿を現した真魔獣は即座に世界中に被害を齎した。
神出鬼没な真魔獣に人は喰われ、街は破壊され、出現からほんの数年で当時の人類は自らの敗北と滅亡を予感したという。
しかも凶悪な事に真魔獣は人を初めとするありとあらゆる生物を貪欲に喰らい、その魂を永遠にその身体の中に閉じ込め、終わりの無い苦しみを与え続けている。
この事は人類をなぶり殺しにする真魔獣がわざと見逃した者を更に苦しめる為、笑いながら語った事で世界中に知れ渡り、人類は怒り狂って手に武器を獲って戦ったが銃や爆弾などの兵器では無数に襲い来る真魔獣を殲滅する事は出来ず、時の科学者はまだ研究だった技術を掻き集めて別の世界……異世界の技術を使って真魔獣に対抗出来る力を求め、そして別の世界から魔法少女と呼ばれる数人の少女と、数十個ほどの魔法の指輪を手に入れた。
魔法少女の助力で真魔獣との戦いは優位に進むと思われたが、世界の半分ほどを取り戻した五十年程前に膠着状態に陥り、一進一退の攻防が今なお続いている。
現在では壊滅していた国なども含めて統廃合が行われ、北東アジア地区……北半球にあったアジア諸国は四つほどのグループに分けられてそこで魔法使いなどの育成を行っている。
魔法少女の登場により、この世界に住む俺達の身体に眠る力の性質が突き止められ、真魔獣との戦いでも有効で魔法少女になる為に必要な力である魔力と、身体機能などを強化する力である氣の二つが秘められている事が分かった。
そして非情な事に、この世界の男性は基本的に魔力をほとんど持たず、その保有量は平均して二~三十。
天才的魔法使いと呼ばれる男性でも百が精々というありさまだった。
それに対して女性は最低でも百、最高ランクに属する者は千以上の魔力を秘めている。
このために対真魔獣用の特殊部隊は殆ど女性で構成されており、一部の優秀で高い魔力を有する少女は桜花魔法学校などエリート校に集められてそこで特に優秀な成績を収めれば魔法少女に変身できる指輪を手にする事が出来る。
男性は非常に高い氣を有する者も多かったが、氣千と魔力十がほぼ同程度の力。
一般的に氣の最高値が二千程と言われている為に真魔獣と戦わない別の職などでその真価を発揮する事が多い。
命懸けの戦場に足手纏いは必要ないって事だ。
俺は氣の保有量では自信があるが、難問ぞろいの筆記テストで高得点を取れるほど天才ではないからな。
まあ、そんな事情がある為に俺が桜花魔法学校に通える筈も無く、第七百二十七統合高校で普通の高校生活を送っていた所だ。
あんな学校に興味も無いしな。
◇◇◇
平凡な俺と違って割とエリートな部類に入る両親はそれぞれ単身赴任。
母さんは対真魔獣特殊部隊、通称【バスターズ】の隊長を務めており、今は欧州辺りのエリアを支えているらしい。
らしいというのは作戦行動など軍事秘密の詳しい情報は家族にすら教えられていないからだ。
親父は様々な武器などを開発している部門の開発主任。
ふたりとも年に一度家に帰ってくればいい方だ。
この割と広めの家にあの極度のブラコンである紗愛香と二人っきりで生活を強いられる事になる前、俺は藁にもすがる思いで学生寮の利用を申請したが通学可能な圏内に家がある為に却下された。
今のご時世、うちは割と恵まれている方で学生寮を利用するしか選択肢の無い生徒も多いために、申請が却下された事も仕方がなかった事は理解している。
ふたりっきりの生活な為に家事は分担制にしているはずだが、紗愛香が台所を俺に譲ることは滅多に無い。
台所やそれぞれの自室以外と毎日の風呂掃除は俺の担当で、洗濯と料理などは紗愛香が基本的に担当する事となっている。
俺も料理が出来ない訳ではないので去年まで働いていたバイト先であるレストランの厨房で鍛えた腕を何度か披露した事はある、しかしバイト先だけでなく様々な場所で腕を振るった時には絶賛された俺の料理は、普通に家事を担当しているだけの紗愛香の味に遠く及ばなかった。
食べさせる相手への愛の差だそうだが、愛情じゃない所が紗愛香らしい言い草だ。
そして悲しい事に親父が回してくれる小遣い以外の生活費などは全て紗愛香の口座に振り込まれ管理されている。
殆どは振り込み&自動引き落としな為に苦労する事などないがな。
◇◇◇
テーブルの上に綺麗に並べられた皿には目玉焼きとウインナー、レタスのサラダが乗ったプレート。
程よく焼かれたサケの切り身、豆腐とワカメの味噌汁に味付け海苔。そして茶碗には炊き立てのご飯が盛られている。
「今日も美味しそうだな。いただきます」
「たっくさん食べてね♪」
「いただきます」
ちょっと待て。なんでテーブルに三人いるんだよ!!
大体コイツ……誰だ? 制服のリボンの色が赤いから妹とは学年が違うはずだけど……。
「紗愛香、この人はお前の友達か?」
テーブルで暢気に飯を食っている少女は妹と同じ学校、この国でもトップレベルのエリートが通う桜花魔法学校の制服を着ている。
入学してまだ二月ほどだがもうこんなに仲のいい友達がいるのは良い事だ。
「え? お兄ちゃんの知り合いじゃなかったの?」
マテ。
それじゃあ、この状況で普通に飯食ってるこいつは何者だ?!
「失礼ですね、あなたとはちゃんと先日知り合ったじゃないの。ゴールデンウイークの一件を忘れたの?」
「ゴールデンウイークの一件?」
はて? 何か…………、まさかコイツあの時の!!
しまった、この女はちょっと助けただけで家にまで押しかけてくるストーカー気質の奴だったか?
「はぁ、……お兄ちゃんまた何処かで人助けしたの? あ、でもでもっ、さっき玄関ではお兄ちゃんに用があるって言ってたっけ?」
「ええ、妹さんは私と同じ学校だけど、あなたの制服、確かこの近所にある第七百二十七統合高校の物よね? どうしてあなたほどの力を持ってる人が、あんな底辺高校に通ってるの?」
底辺で悪かったな!!
同じ学校の奴らの名誉の為に言っておくが、これでもこの辺りでは有数の実力校だぞ。
大体俺達男は、基本的にそっちの高校に行けんだろうが!!
「うちの高校に通うには最低二百ほどの魔力が必要だったっけ? たまに高氣での特別入学が認められてるけど」
「書類選考の時点で落とされたさ。俺の持つ魔力は五十。男としては平均より上だが、たいして高いという事は無いからな」
人材の育成は世界規模での急務な為、進学前に全員魔力と氣の数値を計測され、それらはすべて内申書に記載されている。
桜花魔法学校に入学するにはその内申書に書かれている数値が氣二千以上の保有者で、高難易度の五千点満点とか言う鬼のような筆記テストで四千九百九十点以上取った男子生徒に限るけどな。
アレ共学ですよっていう建前だろ。
「嘘……、あんなに強いのに、書類選考で落とされたの?」
「少ない魔力や氣でも使い方次第。流石に苦労して覚えた技を人に教える訳にはいかないな」
氣の出力は魔力よりかなり調整がしやすい為、俺の本当の氣値を知る者はいない。
それに魔力や氣の使い方にはコツがある。
妹の紗愛香にすら教えていない秘密を、ちょっと助けてやっただけのこいつに教える義理は無い。
「ねえ。もしかして、お兄ちゃんもうちの学校に通える様になるの?」
「転校できるかどうかは上の判断次第だけど、可能性は高いと思ってるわ」
うわ、こいつ紗愛香を巻き込みやがった。
紗愛香も前々から同じ高校に通いたいな~って散々言ってたから、一目みてわかる位乗り気になってるし。
「実力不足なのに転校しても、進級するのに苦労するだけだ。うちの高校もそこまで悪くないが魔法学や模擬戦では雲泥の差があるからな」
「あなたなら模擬戦でも十分な成績を残せるでしょ? ……ご馳走さま。これ、魔力や氣の再測定申請書類と、うちの学校への転校申請用の書類。あなたみたいな優秀な人が書類選考で落ちたなんて絶対に間違いよ」
「うんうん。おにいちゃん、頑張って再検査と試験受けてね♪」
前々から同じ高校に通いたいといっていた紗愛香は上機嫌で俺の代わりにその書類を受け取っている。
あの高校を卒業すりゃ確かにエリートコース確定だが、俺はそんな物に興味が無いんだよ!!
俺は平凡な高校卒業して、普通の大学受験して真魔獣や半人半魔獣との戦いとは無縁の生活を送るつもりなんだから。
「そういえば先日助けて貰った上に私の名前を言ってなかったわよね? 私の名は美剱瑞姫。まだ初心者だけどれっきとした魔法少女よ」
美剱の右手の薬指には黄玉をあしらえた指輪がはめられていた。
男の俺には魔法少女の指輪なんて縁が無いから詳しくは知らないが、確かアレ高ランクの指輪じゃなかったか?
「すご~い!! 本物の魔法の指輪だ!! 美剱センパイまだ二年生ですよね? なのにもう指輪に認められるなんて本当にすごいです」
「ありがとう。でも、これは学校から授与されたモノじゃなくてうちに伝わる指輪なの」
にしても、この世界の魔法の指輪は余程の高魔力の持ち主か、指輪に認められるほどピュアな心の持ち主にしか反応しないはずだ。
中学生だと極稀にそんな少女もいるらしいが、高校生にもなってそこまでピュアな心の持ち主など居る筈も無い。
という事は、美剱は相当に高い魔力を有しているのか。
中級程度の真魔獣に苦戦してた筈なのに。
やばっ!! 急がないと遅刻する時間だ!!
「すまないが時間だ。急がないと遅刻しちまう」
「ごめんなさい、朝から失礼したわ。再検査と試験の日時は今週の日曜日。何か用事があるなら断りの電話とかしておいてね」
「なんで再検査と試験優先なんだよ」
まあ、常識的に考えりゃそうだろうな。
学校の連中に聞かれたら羨ましがられそうな幸運だし。
読んで頂きましてありがとうございます。