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森のげえむ屋さん  作者: 平野文鳥
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第30話 『トラちゃんクエスト』

 そのゲームを手にしたのは、ぼくが『森のげえむ屋さん』に入社して2年目の春を迎えようとしたころでした。


 『パミリーコンピュータ初の本格RPG、ついに登場!』


 そんな宣伝コピーで発売されたそのゲームのタイトルは『トラちゃんクエスト』。開発したのは『株式会社フェニックス』という、あまり聞いたことのない名前のメーカーでした。

 モグリンさんが言うには、フェニックス社は国内のパソコンゲームメーカーの中では、わりと知名度は高いほうだそうです。でも、パソコンゲームはほとんどやったことがないし、ましてや自宅にパソコンすら持ってないぼくにとっては無名のメーカーに等しいものでした。

 それなのに、そのメーカーの『トラちゃんクエスト』を買ってしまったの理由は、まずひとつに、キャラクターデザインがぼくの大好きなマンガ家『トリヤマアキポン』によるものだったから。次にゲーム音楽が、これもぼくの大好きな作曲家『スギヤマン』によるものだったから。


(トリヤマアキポンや、スギヤマンがどんなゲームの世界を作ってくれるんだろう? RPGってどんなおもしろさなんだろう?)


 ぼくの『トラちゃんクエスト(略してトラクエ)』に対する期待は、なみなみならぬものでした。


「ブブくんはRPGは初めてだったよね? オイラはパソコンでけっこう遊んでいてかなりくわしいから、わかんないことがあったら何でも電話できいてくれたまえ」


 仕事が終わると、モグリンさんはまるでRPGの師匠みたいな口ぶりでそう言いながら猛ダッシュで帰って行きました。

 ぼくは明日が日曜日だということもあって(よし、今夜は徹夜でこのゲームをやりこんでみるぞ!)と気合いたっぷりでアパートへ急いで帰りました。

 

 アパートに帰ったぼくは、あせる気持ちを抑えながらパミコンに『トラクエ』のゲームカセットをさしこみ、電源スイッチを入れました。すると、テレビ画面に『FENIX PRESENTS』というクレジットが出たあと、電子音のファンファーレが高らかになり始めました。


(おお〜っ! さすがスギヤマン。今までのゲーム音楽とはぜんぜんフンイキがちがうぞ!)


 ファンファーレと同時に、『TORACHAN QUEST』というタイトルが、まるで映画のそれのように画面下から登場します。


「おお〜っ! なんかそれっぽ〜い!」


 なにが、それっぽいのかは自分でもよくわかりませんでしたが、ぼくのハートは今までにないワクワク感でいっぱいになっていきました。


 そして、ゲームを始めて1時間たちました――


 ぼくはすっかり『トラクエ』の世界にのめり込んでしまい、夕食をとることさえ忘れていました。


(すげぇ……。ほんとうに主人公が成長しているみたいだ)


 最初はスライムという1番弱い敵も倒せなかった主人公が、ゲームを始めてから1時間後にはスライムを一発で倒せるぐらいに強く成長していました。


(これがRPGのおもしろさかぁ)


 ぼくは、モグリンさんがいつも『RPGは絶対おもしろい! いつかRPGはテレビゲームの主流になる!』と力説していたことを思い出し、モグリンさんの言ってたことは本当になるかもしれないなぁ、と思いました。

 それからぼくは、時間を忘れて、夕食も完全に忘れて、でもトイレは忘れずに『トラクエ』を遊び続けました。


 それから、いったいどれくらいの時間がたったでしょうか?

 ダンジョンの中で迷ってしまったぼくはちょっと休憩しようと思い、ゲームコントローラーを床に置き背伸びとアクビをしながら部屋の置時計を見ました。


(ゲゲッ!? 朝の5時!)


 プルルル……。プルルル……。


 突然、部屋の中を電話の呼び出し音が鳴りひびきました。


(だれだろ? こんな時間に)


 ぼくは眠い目をこすりながら受話器をとりました。相手はモグリンさんでした。


「ブブくん、今、レベルいくつ?」

「えっ? こんな時間にかけてきて、いきなりそんな質問ですか? う〜んと、レベル12ですね。モグリンさんは?」

「オイラ? オイラはレベル15……」

「へぇ〜。さすがモグリンさん。早いですね」

「ま、まあね。ところで、ブブくんはトロの村に入れた?」

「そんなの、とっくにですよ。モグリンさんもでしょ?」

「……」

「ん? どうしたんですか?」

「トロの村へ入る門のカギが見つかんなくてさ……。で、おなじ所をグルグル回って敵と戦ってばかりいたら、いつのまにかレベルが15になって……」

「へ?」

「ねぇ、ブブくん……。『トロの村の門のカギ』ってどこにあるの?」

「え? あのカギを見つけるのって、めちゃくちゃ簡単じゃないですか」

「…………」

「あのぉ〜、モグリンさん。まさか本当に見つけられないんですか?」

「…………………………」


 ぼくは、受話器の向こうからモグリンさんが出す、なんとも言えないイヤ〜なオーラを感じ取りました。そして、ここは素直にカギの場所を教えた方が賢明だと判断しました。


「わ、わかりました。あのカギはですね……」

「わかった! たぶん『バグ』だな」

「え?」

「ブブくんに簡単に見つけられて、ぼくが見つけられないということはありえない。こりゃ、ぜったい『バク』だな! あとでフェニックスに電話してみよう」

「てゆーか、今日は日曜ですよ。それに、それってバグじゃないと思いますけど……」

「いや、絶対『バグ』だ!」

「ヘンだなあ……。門からちょっと離れた木の後ろにいる少年からもらえませんでしたか?」

「木の後ろにいる少年? ちょっとまって……」


 モグリンさんは電話をきらずに受話器をいったん床に置き、ぼくの言ったことをたしかめるためにゲームを再開したようです。てゆーか、眠いんだからカンベンしてよ〜。


「あ!」


 受話器からモグリンさんのちょっとマヌケな声が聞こえました。


「あった、あった! なんだかなぁ〜。簡単すぎて気づかなかったよ〜。まいったなぁ〜」


(まいったのはこっちの方だよ! バ〜カ!)と、ぼくは思わず怒鳴りそうになりましたが、こんな時間にゲームのことでムキになるのも大人げないと思い、ぼくはグッとがまんしました。


「サンキュ、サンキュ! あっ、そうそう、ブブくん。あまりゲームをやりすぎるのは体に悪いから、そろそろ寝たほうがいいと思うよ。じゃあね! おやすみ〜」


 モグリンさんはそう言うと一方的に電話をきりました。


(ゲームよりモグリンさんの方が体に悪いよ……)


 ぼくはモグリンさんのせいで体から力がぬけてしまいました。

 

 ――しかし、ここまでぼくらを夢中にさせてしまう『トラクエ』……というか、RPGという遊びは、いったいどんな風にして作られているんだろう?


(こういう、みんなを夢中にさせるゲームを作ってみたい……)


 ぼくは窓の外の朝焼けを見ながら、こみ上げてくる今までにないゲーム作りへの情熱をおさえることができなくなりました。


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