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森のげえむ屋さん  作者: 平野文鳥
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第25話 『科学とゲーム』

 今夜はひさびさに会社のなかま全員で『飲み会』をすることになりました。場所は『コーエンジ』という名前の小さなバーで、ピコザさんの音楽なかまが経営するお店でした。


 店に入ると、そこには壁一面にロックミュージシャンのポスターや、常連さんが写ったコメントつきのポラロイド写真がたくさん貼られ、お店というよりまるでサークル活動の部室のようでした。お店のゴリラのマスターがピコザさんに声をかけました。


「よお、ピコザ、ひさしぶり! 今日は友だちとかい?」

「ああ、会社のなかまなんだ。マスター、きょうはサービスたのむよ」

「あいよ。ピコザのなかまだったら大歓迎さ!」


 そう言うと、マスターは店内にかかっていたロックのBGMをとめ、ぼくたちが話しやすいように静かめの曲に変えてくれました。


「かんぱ〜〜い!」


 ぼくたちはグラスを高くかかげて乾杯をしました。そして、とてもおいしいマスターの手料理に舌つづみをうちながら、みんなで時間のたつのも忘れて盛り上がりました。


「そういえば、ピコザってテレビゲームを作ってたんだよな」


 マスターがピコザさんにききました。


「ああ、そうだけど……」

「先日、息子にきかれたんだけど、テレビゲームを最初に考えた動物ってだれなんだい?」

「えっ?」


 思わぬマスターのマニアックな質問に、ピコザさんはちょっととまどってしまいました。


「だれなんだろ? そうだ、モグリンなら知ってるよな。だってゲームの企画屋だから」


 ビールをグイグイ飲んでいたモグリンさんは、いきなり質問をふられたせいで、ウッとむせて鼻からビールを吹き出してしまいました。


 「キャッ! きたない!」


 となりにすわっていたミーちゃんがビックリして飛び上がり、思わずモグリンさんの頭をはたきました。


「イテテ……。最初にテレビゲームを作った動物さんですか? えっと、それはですね……」

「それは?」


 ピコザさんとマスターはモグリンさんの次の言葉をまって身を乗り出しました。


「だれだっけ?」

「なんだよ〜!」


 ピコザさんとマスターがなかよくズッコケました。


「もしかして、『ポン』というゲームを作った動物さんじゃないですか?」


 ぼくは以前読んだゲーム雑誌の記事を思い出して言いました。すると、今まで静かにお酒を飲んでいたゼロワンさんが、グラスをテーブルの上にタン! と乱暴に置いて大声で言いました。


「ちがいますワン! ゲームの世界で仕事をしているのに、そんなことも知らないとは、まったくけしからんですワン!」


 いつもとは違う、ちょっと乱暴な態度のゼロワンさんにみんな驚きました。ゼロワンさんの顔は赤く、目がすわってました。どうやらゼロワンさんはお酒に酔うと、ちょっと怒りっぽくなるようです。ピコザさんは苦笑いしながらゼロワンさんの肩をポンポンとたたいてなだめました。


「まあまあ、ゼロワンくん。じゃあ、聞かせてくれないか? その動物のことを」

「わかりましたワン! その動物さんは『ウイリー・ヒギンボーサム』という名前の科学者ですワン。1958年のことですワン。彼は自分が所属していた国立研究所に見学にくる学生さんたちに、もっと科学を楽しんでほしいと思っていましたでワン」

「ふ〜ん。最初にゲームを考えた動物さんって科学者だったんだぁ……」


 ミーちゃんが意外そうな顔で言いました。酔いが手伝っているのか、ゼロワンさんの説明はよどみなく進みます。


「それで、5インチのオシロスコープに今のテニスゲームのようなものを作り、研究所の見学コースに置いたんですワン。見学に来た学生さん達は大喜びしましたでワン」

「ほぉ〜。ずいぶんサービス精神のある学者さんだったんだな」


 マスターがアゴをさすりながら感心するように言いました。


「ただ、そのサービスにはちょっとしたわけがあったんですワン」

「わけ? わけってどんな?」


 ぼくはお酒を飲む手を止めて、モグリンさんの話に聞き入りました。


「実はその科学者は、戦争中に核爆弾開発計画のスタッフの1匹だったんですワン。彼は祖国のために良かれと思いその開発にたずさわったんですワン。しかし、その結果は――」


 みんなはゲームを最初に考えた動物さんが核爆弾の開発スタッフと聞いて驚き、黙ってしまいました。なぜなら、その爆弾がどんなに恐ろしいものか、みんな良く知っていたからです。


「科学は人を幸せにするものだと信じていた彼にとって、自分がそのような恐ろしい爆弾開発に参加してしまったという事実はとてもつらかったでしょうワン……。つぐないの意味もあったのでしょうか? 戦争が終わると、彼は世界平和のために『核拡散防止運動』にその身をささげたんですワン」


 ぼくはテレビゲームを誕生させた動物さんにそんな過去があったとは知りませんでした。ミーちゃんがゼロワンさんにききました。


「ゼロワンさん。つまり、その科学者さんは、科学はみんなを悲しませるためではなく、みんなを喜ばせるためにあるんだということを知ってほしくて、その最初のゲームを作ったということなのね」

「そのとおりですワンッ!」


 ピコザさんがカラになったグラスにお酒をそそぎながら言いました。


「みんなに喜んでもらうためか……。それって音楽にも共通する大切なハートだよなぁ」

「ステキなお話ね……。あれ? モグリン、あなた泣いてるの?」

「ううっ、シクシク……。なんか感動するなぁ……」


 ミーちゃんのとなりにいたモグリンさんが泣いていました。そして、涙といっしょに流れ出た鼻水をピッ!と指ではじいたら、それがミーちゃんの顔についてしまいました。


 「キャ〜~~ッ! きたない!」


 ミーちゃんは、またモグリンさんの頭をはたきました。


「いやぁ、いい話を聞かせてもらったよ。うちの子どもの良いみやげ話になった。そのお礼といっちゃなんだが、みんなにお酒をごちそうするよ。さあ、好きなのを言ってくれ」

「はい! じゃあ、オイラは生ビールを大ジョッキで!」


 今、泣いていたのがウソのようにモグリンさんが笑顔でマスターに注文しました。まったく、モグリンさんの性格にはついてゆけないなぁ……。


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