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黒銀の魔女3




 魔女が子供を拾い、リヒトと言う名前を与えてから10年が経っていた。拾った当時は栄養失調気味で成長不良を起こしていた外見年齢5歳、実年齢7歳だったリヒトも、年相応の17歳の美青年に成長を果たしていた。

 空には再び二つ月の満月が上り、魔女は集会に出掛けるべく荷物をまとめていく。その様子を見たリヒトは慌てて魔女の元へやって来た。


「母さん!どこかに行っちゃうの?俺が嫌になっちゃった?」


 泣きそうな顔で畳み掛けるリヒトに、魔女は苦笑した。


「泣かないで。今日は魔女集会があるからこれから出掛けなきゃいけないの。少し遠いから明日の朝まで帰ってこられないだけよ。心配いらないわ」


「俺も行く!」


 魔女の言葉に被せるようにしてリヒトが言葉を発する。


「リトは魔女ではないでしょう?魔女集会への参加資格は、本人が魔女であること、もしくは魔女の使い魔であることだもの。例外としてあげられるなら、魔女集会への手土産か研究発表で使う実験体かしら。あぁ、魔女の伴侶も入っていた気がするわね。でもリトは私の家族だけどどれも違うでしょう?だから一緒に行けないの。ごめんね、リト」


 眉尻を下げてごめんねと繰り返す魔女に、リヒトは置いていかないでと言い募る。


「母さん、俺を置いていかないで。ひとりにしないで。『独り』は嫌なんだ。母さんが連れて行ってくれないなら勝手に着いて行くからね!」


 最後は半ば叫ぶようにして自分の言い分を叩き付け、リヒトは魔女の腕を掴み抱き締めた。


「おれをおいていっちゃやだ」


 まるで幼子のように駄々をこねるリヒトに魔女は溜息を吐く。


「リト」


 魔女を自分の腕の中に抱き込んだリヒトは無言で首を横に振り、腕の力を強める。


「リト」


 魔女がリヒトの背に腕を回し子供をあやすようにぽんぽんと数度叩くと、リヒトは腕の力を少しだけ緩め自分の顎の下にある魔女の頭を見下ろした。魔女の耳元に唇を寄せ、低く囁く。


「連れて行ってよ、母さん」


 拾い子とは言え魔女にとってリヒトは可愛い可愛い息子である。そんな息子が涙を湛えた瞳で魔女集会に一緒に連れて行ってほしいと懇願している。しかし魔女集会の参加資格を息子は持っていない。でも息子を泣かせたくない。魔女は非常に悩んでいた。そして溜息と共に下した決断は。


「今回だけよ、リト。だから泣かないで」


 魔女は息子に甘かった。大事な養い子を泣かせたくない気持ちと、彼が魔女集会に勝手に着いて来てしまった場合の危険を踏まえた結果でもあるのだが。魔女の言葉に笑顔を浮かべたリヒトがあまりにも眩しくて、今回だけ特別よと早口で言い含めるだけに留まった。


「ありがとう、母さん」


「あまり遅くなってもいけないし、集会へ行きましょう」


 魔女がそう言うとリヒトは一瞬残念そうな顔になり、魔女を腕の中から解放した。



 魔女集会は常世(とこよ)と呼ばれる異界で行われる。魔力を持っていなければ異界へ入ることは出来ず、十年に一度の魔女集会は名ばかりの魔女を振るい落す試金石ともなっていた。魔女は人間であるリヒトを常世へと連れて行っても平気かしらと心配していた。


「参加資格を持たないリトが一人で行くとどうなるかわからないし、手を繋いで行きましょう。(はぐ)れないでね、リト?」


 差し出された右手が、十年前の右手と重なる。リヒトは大きくなった自分の手を重ね、魔女の小さな手を握り込むように指を絡めた。その動きに不思議そうな表情を浮かべる魔女にさらりと嘘を吐く。


「母さん知らないの?人間では『手を繋ぐ』って言うとこうして指を絡めるんだよ」


「そうだったの?知らなかったわ。リトは物知りね!」


 魔女はリヒトの嘘を真に受け、所謂恋人繋ぎをしたまま家を出た。二つ月の満月の夜に現れる異界への扉を潜り、恋人繋ぎをしたままの魔女とリヒトは二人並んで集会場へと向かった。魔女にリヒトの嘘を教える者は居ない。

 異界への扉の先に広がる虚無。道標も何もないその中をリヒトの手を引きながら確かな足取りで進む魔女。どれ程進んだのか、辺りに色が広がり始め、やがて魔女達の魔力に照らされた色鮮やかな場所に着いた。手を繋いだままくるりと後ろを向き、魔女は笑顔でリヒトに言葉を投げる。


「ようこそ、魔女集会へ。『此処』は私達魔女の楽園。招かれざる者は蟻の子一匹、いえ、髪の毛一筋たりとも侵入はできない。さあ、今宵は泡沫の宴を楽しみましょう」


 こうしてリヒトは魔女集会へと招かれた。魔女の艶やかな表情に、リヒトは目を奪われた。

 詠うように、躍るように、軽やかに舞う魔女達が二人を迎え入れる。


「久方振りね、黒銀の。その子はなぁに」


「今回は遅かったのね、黒銀の。その子はだぁれ」


 ほのおを纏う緋色の髪の魔女と緑色の髪と頭部に羽を持つ魔女が二人の回りをくるくると回る。


「久し振りね。ほむらの、からの。出る準備に少し手間取ってしまって遅れちゃったの。私が一番最後かしら?」


「違うよ」


「大丈夫」


「「竜のがまだ来てない」」


 ほむらの魔女とからの魔女が声を合わせて黒銀の魔女に答える。


「それから、私の連れている子だけれど……この子はリト。私の養い子よ。前回の集会の直後くらいに拾った人間のオスなの。折角だし皆にも紹介しておこうと思って一緒に来たのよ」


 嬉しそうな微笑みを浮かべて傍らの青年を紹介する黒銀の魔女の姿を見た焔の魔女と空の魔女。彼女達は黒銀の魔女から見えないように威圧を纏う笑みを浮かべた青年を見て瞬時に悟った。「コイツ絶対人間じゃないし養子ポジじゃなく伴侶ポジ狙っとる……!」と。そして同時に、「何故人間じゃないと気付かないんだ黒銀の。おっとりにも程があるぞ』と呆れた視線を黒銀の魔女に向ける。しかしリトと紹介された青年の視線が真実を告げたら許さないと語っていた為何も言わずに終わった。


 黒銀の魔女は焔の魔女と空の魔女と別れると、会場を回り他の魔女達にリヒトを紹介しながら挨拶をしていく。皆がリヒトは人間じゃないと察していく中、彼を連れた魔女だけがその真実に気付いていなかった。しかしリヒトの殺気を孕んだ視線の意味に気付き真実を告げる事はなかった。

 ここにも黒銀の魔女に真実を告げる者は居ない。


 研究の成果を自慢したり情報交換をしたりと魔女達は忙しなく動く。時間が経つにつれ、それは飲めや歌えやの宴となり、魔女達は中央の篝火を囲いワルツを踊り出した。くるくるを回り、今はもう廃れた呪歌を口遊(くちずさ)む。



 二つ月の満月が 再び我等を繋ぐ

 愛しき友よ 愛しき我が姉妹きょうだい

 共に歌い 共に舞い

 世界に魔力()を贈ろう

 今宵は泡沫 我等に害成す者は無く

 我等は愛しき家族(世界)へ 魔力()歌う(贈る)

 さあ 今宵は泡沫

 魔力()は世界を巡り 生命いのちを育む

 愛しき友よ 愛しき我が姉妹きょうだい

 二つ月の満月が沈むまで 共に魔力()を歌おう

 出会い 別れ 生命は巡る

 さあ 愛しき同胞(きょうだい)達よ

 歌い 踊り 世界を巡ろう



 異界の空に響く美しい呪歌。その言葉の意味はもう魔女にしかわからない。魔女達は再び相見あいまみえる日を願い、互いに別れを告げた。

 また、次の魔女集会で会いましょう。




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