黒銀の魔女1
予約の日付間違ってました……
その日、百年に一度、数百年に一度とも言われる赤い二つ月の満月が上った。緋色に輝く二つ月が天を妖しく彩り、鮮やかな魔力が魔女達の集う異界を満たした。魔女は集会へと向かうべく魔の森から姿を消した。いつもの見回りと吸魔草の採取は集会から戻ってからにしよう、戻ってからでも問題は無いはずだもの、と。
魔女集会の翌日、魔女は帰路のついでに延期していた見回りと吸魔草の採取を行なった。薄くなった結界を魔石で補強し、大きく育った吸魔草を採取していく。そしてその最中に不自然なほどざわついている場所があることに気付いた。不審に思った魔女はざわついている場所を探し森を歩き回り、森の入り口で森に在るはずの無いモノをみつけた。
襤褸雑巾のような布を纏った傷だらけの子供が森の入り口で倒れていた。魔女は身に纏う深緑のマントの下で眉を顰め、魔法で子供を摘まみ上げた。
余りにも見窄らしいその姿に、魔女は思わず正直な感想を漏らす。
「うわ……汚ない子供ねぇ。人間の落とし物って何処に放り込めば良いんだっけ?教会?」
如何したものかと思案し、ふと、暇潰しに子供を育ててみるのも良いかもしれないと思い立った。これから先の長い時間のうち数十年ばかし人間と家族ごっこをするのもまた一興、他の魔女のように家族ごっこをして遊んでみるのも悪くはないだろう、と。だって魔女は変わらない日々に退屈していたのだ。
だから魔女は子供に提案したのだ。居場所が無いならうちに来るかい、と。
「黒いから教会に放り込んだら殺されちゃうかしら?確か黒って人間は嫌ってるんだった気がするのよね。人間って難儀よねぇ。高々色が黒いってだけで異端扱いなんだもの。行く場所が無いならうちに来るかい?」
子供はフードの下に隠れた魔女の視線が自分の身をまっすぐ射抜くのを感じた。
ボサボサになった漆黒の髪。それは魔力の強い証。黒髪の人間は存在していないのだが魔女はそれを知らない。
前髪に隠れた双眸は緋色。それは人間には発現しない魔族の持つ色。しかし魔女はそれに気付かない。
魔法で持ち上げられ、命を握られていると言っても過言では無い状況にも関わらず、子供は魔女を警戒し歯をむき出して威嚇する。
「くる、な!!!」
「そう警戒しないでよ。折角見つけた”お揃い”だもの。お前が一人で生きていけるようになるまで暫く面倒みてあげる」
目深に被ったフードの隙間からサラリと黒銀の髪が一房流れ落ちた。人間では有り得ないその色に子供は目を見張った。その様子が可笑しく思え、魔女は小さく笑いを零した。そして、ゆっくりと両手を持ち上げフードを外した。笑みを湛えた声で魔女はうたう。
「ほら。”お揃い”だろう?」
フードの下から現れた魔女の素顔はとても美しかった。
透き通った白磁の肌。それはまるで人形のようで。
銀色の混ざる漆黒の髪。それは色鮮やかな黒銀。
緋色の右目と金色の左目。それは悪魔と天使の色。
人在らざるその姿に、自分に向けられたその艶やかな微笑みに、子供は一目で恋に落ちた。
「おね、がい……し、ます」
微笑みと共に差し出された右手に、子供はその小さな手を重ねた。