歩きスマホするひとって何を考えているのだろうか?
大学生になると飲み会なるものに参加した。
みんながビールジョッキを片手に顔を赤くしながらめいめいに好きなことを話している。
こういうときはもっぱら聞き役に回ることが多い。
何かおもしろいことを話せといわれることもあるけれど、平々凡々で山も谷もない人生を心がけてきたので、聞かせておもしろいことなんてあるはずもない。
そういえば、ひとつだけ印象に残っていることがある。
友人がバラバラに四散する瞬間を見たことがある。
それは衝撃的なシーンだったはずだ。しばらく人間を見ると、人間とは何かというテーマについて考えこんでしまうほどであった。
しかし、人間というのは忘れる生き物で、講義のレポートをどうするかとかバイトがかったるいなーとか、そんな目の前のことばかりを気にしてしまう生き物である。
彼女との出会いは高校だっただろうか。
出席番号順にならんだ席で後に座っていたのが彼女で、だいたいの授業が彼女といっしょになる機会が増えた。
中学で仲の良かった友人がクラスにいなかったこともあって彼女とは仲良くしていた。
お昼になると向かい合わせになって弁当を見せ合いっこもした。
しかし、付き合いが長くなると彼女は隙を見せるようにスマホ見ていることが多くなった。
うつむいてぽちぽちとタップする彼女の細い首筋がよく見えていた。
彼女は休み時間になると決まってスマホにばかり視線を落としていた。指で操作しながら会話をするのだが、目と目が合う瞬間がなく居心地の悪さを感じることが多かった。
現代っ子ならばそれぐらい普通だろうと思い、彼女のそんな態度を諦めまじりに静観することにしていた。
しかし、歩きながらスマホを見ているのは感心できなかった。
廊下を歩きながらポチポチ、すれ違う人は道の脇によけなければならず不快そうな顔をしていた。
ある日、隣を歩いていた彼女の姿が突然消えたことがあった。
視線を下に落とすと、階段の踊り場に倒れている彼女の姿があった。
慌てて声をかけると、彼女の第一声はスマホが大丈夫かというものだった。
それから、彼女の動向に気をつけるようにしていた。
町中を歩く彼女の向かい側から自転車がきたら、腕を引っ張ってよけてあげる。
階段が近くなったら注意してあげる。
そうしていると、いつのまにか彼女はわたしの言葉に反応して止まったり進んだりするようになっていった。
まるでラジコンのようである。
その日もいつものようにスマホを片手に歩く彼女の隣を歩いていた。
目の前で横断歩道の信号が点滅し赤くなった。
ここで、ふと思うことがあった。
もしも、ここでわたしが声をかけなかったら彼女はどうするかと……。
わたしは黄色い点字ブロックの前で足を止めたが、隣の彼女はスマホを見たまま前に進んでいく。
どこまで行くのかと観察していると、彼女が横断歩道の中ほどにさしかかったとき左側から重いエンジン音が聞こえた。
彼女とは比較にならないほど巨大なトラックが彼女を跳ね飛ばした。
跳ね飛ばしたというよりは破壊したといったほうがいいだろうか。
さっきまで手足を動かしてた彼女のパーツがそこらじゅうに散らばった。
本当にそんな事故が起きた。
もちろん彼女は即死だろう。
赤信号であり、彼女にとってはそれを無視した結果の罰である。
同時に、青信号で走っていた運転手にとっては惨い悲劇である。
目の前を通り過ぎたトラックからすぐに甲高いブレーキ音が響く。
しかし、既に事は終わった後で間に合うはずもなく、車体が交差点で止まっただけである。
正直、困った。
飛び散った血が服にかかってないか気にしながら、周囲の様子に目を配った。
めんどくさいから逃げようとも考えたが、学校内ではわたしは彼女の一番の友達ということになっている。
そういう場合、世間からどう思われ、どうやって呼ばれるのかはなんとなく予想がつく。
小市民であるわたしとしては、そういった非難はあまりうれしいものではない。
周囲に聞こえるように悲鳴を上げながら、彼女だったものに駆け寄る。
精一杯泣き声をあげて、友達を失った悲劇のヒロインを演じる。自然と涙もでてきたのは驚いた。
周囲が騒然とした雰囲気につつまれ野次馬が集まる。
ひとびとはスマホを片手に写真撮影会を始めた。
いまごろ、知人にむけて自分がみたことを自慢しているのだろう。
視線を横にむけると、右手に握られたままの彼女のスマホが目に入った。
あの事故の中で奇跡的に無事だったスマホの画面には、なんてことのない会話がつづらられているだけだった。
彼女が命を代償に得た情報は、はたして釣り合いの取れるものだったのだろうか?