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竜神との契り

作者: belgdol

 彼には幼い頃から惚れていた女、他人から見れば彼がその相手を女などというのは不敬だというほど、身分差のある雲の上の女性がいた。

彼女への懸想を人に打ち明けるたび、口々に漏れるのは止めろ、諦めろ、畏まれという否定の言葉。

しかし彼は十二になった年のある夜、愛する竜神の住まう洞穴に単身忍び込み、人々から『恵みの慈竜』や『守護竜』、『裁きを下すもの』と呼ばれる彼女に求婚した。

隠すことなく言えば、求婚する事自体が不敬だと多くの人々が言うだろう相手を前に、彼の瞳は熱を帯び、体を震わせるのは恐れではなく目の前の美しい人身を取る竜への狂おしいほどの興奮だった。

彼の恐れた事は唯一つ、殺される事でもなく、彼女の不可思議な吐息で石にされる事でも無く、求婚を拒絶される事、それだけだった。


「アール」

「はっ。竜神様」

「貴方の気持ちは私にも良く解りました」

「……それでは」

「ですが」


 思わず喜びの声を上げそうになった彼、アールの言葉を竜神が遮る。


「神として祀られる者を妻にせんとするならば試練を与えなければなりません」

「覚悟の上です」


 ひたむきなアールの視線と、細く釣りあがったその中に納められた瞳孔が縦に裂けた金眼の、躊躇うような視線が交差する。


「ではアールよ。期限は問いません。婚姻の契りとなるような揃いの装飾品を、金を使って用意しなさい」


 この言葉にはさしもの無謀な若者もひと時呼吸を忘れた。

竜神の支配するこの世界で普通の人間が金をその手にする事はまず無い。

なぜなら金は各地の金山や金の取れる川を支配の領分とする竜神の支配下に置かれ、他所の竜神の民がそこに触れることを許されない。

素材となる金鉱石や砂金の入手でさえその様に厳格に管理されているのだ。

ただの農民の息子であるアールにとって、その条件は九割九分九厘、婚姻の願いを断られているのと同じであった。

そもそも、彼の住む竜神エレミアの納める土地には金の産出地が無い。

ことごとく竜神が金製品を好み、その産出地を巡って竜神同士で争うことも珍しくないのに、彼女はそれを求めない。

恐らく、納めて見せろと言ったのはこれが初めてのはずだ。


 こういったこと全てをアールが把握しているわけでない。

ただ漠然と、大変な試練を出されてしまったと思っただけだ。

彼は金の取れる場所も知らぬし、どうすれば金などという竜神に捧げる供物を分けてもらえるかなども解らない。

それでも、彼はエレミアへの愛の為にそれを成そうと腹を決めた。


「竜神様のお望みどおりに致します」

「よろしい。では行きなさい」


 エレミアは努めて冷たい声で洞穴の最奥から出て行くアールの背中にを送り出した。

だが本当なら試練など無くともあの小さなヒトの番になっても良いと思う心はあったのだ。

この周辺の民草は全て彼女の子であり孫であり家族であった。

既に数千年、この地に君臨する彼女を畏怖し敬愛する人間は居ても、番にと求める雄は初めてだった。

親しまれると同時に畏れられるのが常であった彼女にとって、初めての純粋な愛を求められた相手。


 できればそれに答えたかった、だが何の条件もなしに彼を夫に据えたならどうなるだろう。

自分自身が認めても恐らく周囲の民が彼を認めない。

それではダメなのだ。

故に彼女は常人には不可能と思える条件を課した。

ただただ、他の地の竜神達がこの始めての愛を助けてくれる気まぐれを祈ってエレミアは待つ事になる。

自分を畏れぬ、強い愛を持った一人の農民を。




 そうして十年、エレミアは日々畑の土地を肥やして欲しい、水の足りない土地に水をもたらして欲しい、徒党を組んだ無法者を罰して欲しいなどの陳情を、ささやかな供物を受け取り解決していた。

その間も、あのアールという農民の子を忘れたことは無かった。

農作業で体が鍛えられていたのか、年の割りにがっしりした身体。

意志の強そうな強い眼と真っ直ぐな眉。

そんな彼を少し幼く見せる丸めの鼻と、男らしいとは言いかねるふっくらとした唇。

大雑把に刈っただけの乱雑に伸びた髪型は、この辺りでは珍しくない。

彼女の支配地域では金属器が銅くらいしかないので散髪の機会は貴重であるからだ。

更に貴重な鉄器は豊作の年に交易で得た小さな刃物やヤスリ程度で、一般の家庭などには勿論無い。

出来れば特産品を作り鉄器と交換できれば……などと彼のことから思考を逸らし始めた矢先であった。


 エレミアの鋭敏な嗅覚がその臭いを捉える。

彼女は胸と尻尾を振るわせた、思わず優美な細く高い鼻を何度も引くつかせてその臭いを確かめる。

途端に彼女の脳を酔いのような感覚が襲った。

帰ってきた。

十年の月日を越えて、アールが帰ってきた。

それは断念の告白かもしれないが、十年待った男をエレミアはやや興奮して出迎えた。


 彼女の視界にゆっくりと入ってきたのは、動物の毛皮をなめした貫頭衣を着た、右腕を失い隻腕になり体格がぐっと大きく逞しく、顔に幾筋もの傷をつけて人相も変わったアールだった。

ただ、顔の傷で面相が変わっても、力強い意思を秘めた双眸からは放たれるエレミアへの深い情愛の視線は変わらなかった。

そんなアールを、人がいないとはいえエレミアは思わず掻き抱いた。

試練を課した時は自らの胸ほどの高さしかなかった身長を、エレミアより頭二つ高い所まで伸ばして、傷だらけで帰ってきた初めての番候補。

腕までなくして帰ってきた彼の姿に竜神の眼にも涙がうまれ零れ落ちる。


 涙を落とす優しい竜神を、アールは力強く抱き返す。

しばらくそうしてから、エレミアは身体を離しアールの瞳を見つめながら彼に問うた。


「アール、貴方はどうしたのですか。その腕は」

「覚えていてくれたんだな竜神様。俺は金を求めてさすらって、八年砂金のでる川を支配する竜神様の元で戦士として戦いました。砂金を採る為の交換条件として」

「そうですか、砂金を……」

「腕は一年前の最後の戦いのときに失いました。幸いその頃には竜神様の傍近くで戦うことを許されていたので、即座に傷口を焼いていただいて死は免れました」

「そんな事が。十年、その間の話を聞かせてはくれませんか」


 そっと、すでに上腕の半ばから失われた腕の先端を覆う、焼いたためだろうつるりと産毛も生えない肌をなぞりながらエレミアは言った。

だがアールは彼女を抱きしめていて、今は空いた腕で腰の後ろをごそごそと探ると跪きながらエレミアに告げた。


「試練、果たしてきました。指輪をお納めください」


 エレミアは呆然とする。

だって目の前に差し出された、残されたアールの左腕の掌には僅かに差し込む月光で輝く金の指輪が二つ載っているのだ。

到底不可能だと思っていた試練をねじ伏せた、愛の強い男の姿が目の前にあった。

腕一本無くしてまで、自分への愛を貫いた男の姿が、そこに在った。


 竜神であるエレミアからすれば、アールは本当にちっぽけな存在だ。

人間から見たミジンコ程度の存在だ。

そんな存在が今彼女の心に波紋を起こすのはどうだろう。

歓喜、慙愧、興奮、哀しみ、陶酔、驚愕。

それら様々な感情が一つとなって、長く生きた彼女の心を揺さぶり先ほどとは比べ物にならない涙の瀑布を生じる。

口も限界まで開き嘆く声はヒトの耳には捉えられない音となり彼女達のいる洞穴から遠く離れた所に居る耳に優れた動物達をたたき起こした。


 だが目の前の男は生物的に鈍すぎてその狂おしいまでの哀しみの声を耳にする事は無い。

ただ心配そうに自分の胸辺りまでの身長しかない、梳かずとも青銀に輝く髪を無造作に足元に届くほど伸ばし、調和を持って美とする完全な比率を持つ竜の眼と高い鼻と柔らかな唇を膨らませた、掌に余る乳房の周囲を鱗で覆い、一対の翼と身長と同じ長さの尻尾を丸める竜神に対して。


「やはり、私と番うのはお嫌ですか?」


 と聞いた。

その言葉にエレミアは涙を流しながら顔を振り、そうではないという意思を示す。

エレミアがその正確な意思をアールに伝えられたのは外を照らす月が幾分傾いてからで。

彼女は明日、アールを自らの番とする事を直接彼女の配下にある村々に示しに行く事をアールに伝えた。

アールは酷く喜び、エレミアはその後彼にねだり、長い夜を縮めてしまうほど長い、十年の話を聞いたのだった。





 エレミアは夕方になり起き始めた、今日の朝方まで同じ寝床で語らい会った男を抱き寄せて言った。


「アール、今日はこれから村々にあなたが私を妻とすることを知らせに行きます。行けますか」


 労わりを込めて問うエレミアに、アールは胸を張って答えた。

彼の表情は愛し続けた人の夫になれる希望に輝き、精力に満ちていた。


 エレミアの棲家をでて村から村へ移動するのにはエレミアの翼を使った。

彼女は竜神であり、日本で言う香川県ほどの広さの支配領域の中を行き来するのに、その翼を使えば十分と掛からない。

それこそアールが瞬く間に村から村へである。


 そして、問題はアールの生まれ育った村にあった。

村が悪いのではない。

どちらかといえば家の仕事を放り出し出奔したアールの側に問題はある。

彼は貴重な働き手だったのに、家を飛び出し試練を受け、他の竜神の領域で戦士として過ごしてきた。

この間、その収入の全ては試練を越えるために使われ、一度たりとも家に仕送りをしたことなど無い。

当然、かなぐり捨てたに等しい家族との対面は重苦しいものになった。


「久しぶり。父ちゃん」

「……」

「母ちゃんも久しぶり」

「あんた!飛び出していったと思ったらこんな……バカだよ!あんた本当にバカだよ!」


 無言の父と、泣く母を前にアールは挨拶以上の言葉を伝えられないで居た。

微妙な彼ら家族に、エレミアは冷たい事実を伝えなければならなかった。

それは、僅かな申し訳なさと、切なさを彼女に覚えさせた。


「家族の交流を暖めようとしている所もうしわけありませんが。アールは我が夫として神籍に登ります。今後一切、貴方達とは家族として顔を合わせないでしょう」


 その言葉に、アールは覚悟を決めていたが、母と父は違った。

特に父は神にも等しいエレミアの前で大きく取り乱し、彼女に掴みかかった。


「か、勘弁してくだせぇ!こいつは馬鹿な息子だが俺の息子なんです!それだけは、それだけはご勘弁を!」


 母はすでに状況に対応する力が限界を超えていたのか、アールに縋って泣くばかり。

それを見るアールの兄弟達は、アールを挟んだ。


「おい。お前どんだけ親父とお袋達を心配させたと思ってるんだ!神籍に入るなら入るで、親父達の面倒を見てやったらどうなんだ!」

「そうだそうだ!十年分の親孝行をしてやれよ!」


 口々にアールを責め立てる兄弟に、エレミアが言葉を下そうとするのを制してアールが自分からその言葉を発する。


「それは出来ない。俺はエレミア様の夫となって俗世とは切り離される。心配させたことも、出て行ったことも悪いとは思う。だが、親孝行は出来ない。エレミア様の力を夫である俺の家族に偏らせるわけにはいかないんだ」


 毅然と言い切ったアールの言葉に、アールの二つ上の兄が殴りかかり、アールはそれを甘んじて受けた。


「馬鹿やろぉ!親父が、お袋がどんな気持ちでお前を、お前を……本当にクソ馬鹿野郎が!」

「……すまない兄ちゃん」

「うるさい!お前に兄ちゃんなんていわれる謂れは無い!とっととエレミア様と一緒にどこへなりと行っちまえ!」

「そうだ!もうお前の家にいる場所なんてねーからな!エレミア様に捨てられても俺達を頼るんじゃねーぞ!」

「解った」


 アールを微妙な視線で囲んでいたのは家族だけではない、彼を知る村の同年代の男女達も同じだ。

そんな彼らにエレミアはアールを娶った事によるいかなる要因においてもこの村を特別に厚遇も冷遇もしないことを告げた。

また、他の村々でもしてきたようにアールは神籍だが二人の子供は只人である事も周知し、その様に教育する為に抽選で選んだ村に預ける事を発表した。

ここまでせねば竜神と人間達の間にある圧倒的な生物としての力の差があると、公平さが保てないのだ。

救いといえば、竜神の力は子に遺伝しない事だろうか。

悠久の中に生きる竜神の、生物としての力を残す能力は極めて低い。

それこそ、同じ竜神同士で子を成さねば竜神は増えないほどに。

これらの事もはっきりと伝え終わると、エレミアはアールを棲家へと連れ帰った。


 洞穴の中、捧げ物の麻の敷物を中心に、穀物の詰まった袋や、煮炊きに使う壷がある部屋でエレミアはアールに言った。

その瞳は細められ、一見怒りを覚えているかのように見えたが、尻尾は力なく地を這い、感じているのは怒りではないとアールに伝えている。


「アール。私と番うのが嫌になりましたか?」

「なんでですか」

「家族と、あんな辛い別れをさせてしまいました」


 家族の無い自然発生の竜神であるエレミアにも、ヒトにとって家族というのが大切な繋がりであると言うのは経験で解る。

過去、死んだ家族を生き返らせて欲しい、何を代償にしてでもという民の姿を幾度も目にした事がある。

彼らの眼はいつだって真摯で、本気で、悲しみと僅かな希望に満ちていた。

優しい彼女はその願いを断るのにいつも身を切られるような想いをしてきた。


 そんな家族から、エレミアは自分の勝手でアールを切り離してしまったと思っているのだ。

ついに見つけた番うに相応しい雄だが、その事にエレミアは罪悪感を覚えずには居られなかった。


「エレミア。全てを選んだのは俺自身だ。番う事を持ちかけたのも、試練を受けてそれをこなすと決めたのも、家族を捨てたのも。もし道半ばで死んでいたなら無念もあったろうけど。俺は今エレミアの傍にいる。後悔なんて何も無い」

「アール。あぁ、アール。コレが恋なのでしょうか。私は貴方に心臓を取られたような気分です。強きものである竜神が、貴方の言葉一つで浮き立ち、貴方が辛いだけで沈み込む。これが、恋ですか?」

「俺にとって恋とは、心の楔、支え、死中で活となる強い思いだった。エレミアが同じかは解らない」

「……そうですか。それでも、後悔は無いのですね?」

「無い。俺はお前に惚れたんだ。どうであれ惚れた女と番になって後悔する男がどこに居る」


 原始的な求愛と価値観のこの世界で、アールは単純明快だった。

ただエレミアが欲しいから、エレミアが自分を与える条件を満たした。

苦難はあったがそんなものは今はどうでもいいのだ。

結果こそが全て。

それはある種危険で愚かな思考かもしれない、だがそれはエレミアの心に確かな救いをもたらしていた。


「アール、私はそこまで思ってくれる番と出会えて幸せです」

「俺もそう思う。俺のエレミア……子供の頃に見てから、ずっと俺の物にしたいと思っていたエレミア。愛していないわけがない」


 暗い洞穴の麻の座敷の上で、ピタリとエレミアの冷たい鱗の感触を感じるほど近く、残された腕でその存在を確かめるように寄り添うアール。

そんな彼の抱擁に、本来バランスを取る為に力を抜くことは無い尻尾をくたりと脱力させ、その逞しい胸に持たれ掛かるエレミア。

彼女は自分でも驚くほどに変わってしまっている。

アールを番だと強く認識したその時から変わってしまった。

彼は確実に今まで逆鱗など存在しなかった彼女の逆鱗になるだろう。


 ちなみに、エレミアは全裸である。

これは文化的とか野蛮とか関係なしに、彼女が意識して力を抑えなければ耐えられるような服の材料がないという、なんとも切ない理由が原因だ。

自前の鱗が翼の生えている背中から乳房の周辺、尻尾の生えている臀部の上半分から太ももの半ばまでを覆っているだけのエレミアの肉体の感触に、徐々にアールも穏やかな気持ちの中に興奮を覚え始める。

彼とて木石ではないのだ。

愛する女性が裸で寄り添っていれば、当然そういう欲もでる。


 しかし、今はまだそれをするわけには行かないのだ。

今交われば確実にエレミアは快感により微細な力の制御を誤りアールを抱き殺してしまう。

それを避けるためには一つの儀式を行わなければならないのだった。





 エレミアとアールが番う為にこなさなければならない儀式、それは『血分けの儀』といわれる、人間を神籍に上げる為の儀式である。

内容は簡潔、エレミアが与える血をアールが飲み、それに適応すればいい。

言うは易いこの儀式、一度神に属する竜神の血を塵芥に等しいヒトが飲めば七日七晩、強烈な身体を形作る根本から変わる激痛に苛まれる。

そのショックで死ぬことは無いが、逆に言えば死すら許されずに苦しみを味わい続ける事になる。

これも竜神に番となることを申し込むのと同じ程度に覚悟の居る儀式なのだ。


 だがアールはここでも迷わなかった。

客観的に見れば、彼はある意味狂人に近い。

愛に狂った男は幸運か否か、ついに想い人と並ぶ時を迎える。


「覚悟はいいですかアール。神籍に登る苦しさは全身から血が吹き出るかというほどの……」

「エレミア様。俺は大丈夫です。血ならあの試練を課された十年前から幾度と無く流してきました。その痛みは知っているつもりです」

「……では、行きます」


 エレミアはぶつりと、同じ竜神でなければ噛み裂くことの適わぬ指先を傷つけ、そこから流れる血を赤子に乳を与える母のようにアールに与える。

僅かでも早くエレミアと同じものに成れる様にというかのように無心に吸い付いたアールを、やがて激痛が襲う。

そして思わず身体を固めて痛みに備え、激痛に歯が砕けるかというほど食いしばっていながら。

アールはエレミアに、こんな物はなんでもないというように笑って見せた。

その姿に、竜神は生まれてからの数千年内、片手で足りるほどの回数の落涙を誘った男のその姿に、涙の数を一回増やした。


 そして八日後の昼、アールは激痛の中で襲って来た強烈な睡魔によって就いた眠りから覚めた。

激痛の中で眠りに就いたアールをエレミアはどう思ったのか、彼は必死に自らを抱きしめる彼女の胸の中で目覚めた。


「エレミア、もうそんな柔い抱き方はしなくて大丈夫だ。力一杯、抱きしめてくれ」

「ア、アール!アールゥ!」


 その外見からはとても想像できない生物の埒外の力がアールの体に掛かる。

だがすでに彼もヒトではない、その力は真正面からアールの肉体に受け止められた。


 さて、その様な激しい抱擁を行えば当然、エレミアの柔肌と乳房はアールの身体に密着する。


「なぁ、エレミア」

「なんですかアール。痛かったですか」

「いや。心地良いくらいだ。それより……これで俺は正式に君の番になれたんだよな?」

「はい。アール、貴方は誰に見せても恥じない立派な番です」

「そうか、そうか」


 身体に刻まれた傷は消えずとも、竜神の血を受け竜人となったアールの心にある温もりは変わらず。

アールの側からも抱擁に力を籠める。二人の間でエレミアの乳房が形を変える。

アールは柔らかさを、エレミアは硬さを感じながら抱き合い、いつしか頬を寄せ合い互いに微笑みを作る。


「ああ、なんて幸せなんでしょう。愛する人を抱きしめるというのは」

「同感だ。俺は融けてしまいそうだよエレミア」


 エレミアが尻尾を揺らしながら陶酔する。

まさに酔うという言葉が似合う様相だった。

頬は紅く染まり、顔は表情が緩くなり口元が弧を描いている。

そして美しい声で鼻歌を歌っている。

 その歌声はアールの耳元で歌われ、彼の心を満たしていき、それと共に残った左腕はエレミアの背中にある翼に伸びていき、それを撫ぜる。

その刺激にエレミアは翼を軽くはためかせる。

同時に彼女の心が高まっていく。

彼女が生まれてから他者に触れられなかった場所、自分でも早々触る場所でもないので彼女自身も知らなかった、敏感な場所。

そんな場所を愛しい人に触れられて、存在することを確認すると普段は平静な彼女も舞い上がってしまう。


「エレミア……」

「アール?」

「少し緩めてくれないか」

「何故?」

「口づけするには近すぎる」

「……はい」


 互いに、相手の背に廻した腕を緩め、体の間に隙間を作る。

そして、再び緩やかに接近して、何時しか二人の唇は柔らかく繋がれた。

 再び離れるのまで、互いに感じたのは永遠の時か、刹那の時か。

ただ一つ解るのは、互いに強く求めあい、これからは互いに傍に居る事。

誓約は成された。

それから、アールとエレミアは生きられる時の長さの違いにより離別するまで、末永く幸せに暮らしたのだった。

この作品は古代龍先生の経緯より以前に書いていたのですが放置していたのを発掘したものです。

今見ると一行が長い…。

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― 新着の感想 ―
[一言] 語彙力消失… 素敵‼︎です‼︎
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