前篇
第一章、アルメファス通りの通り魔
カツン、カツン、と。
扉の向こうから響く、無機質なリズムを刻む固い足音に、それを透明なガラス越しに聞く少年は揃えた膝の上に置く手を強く握りしめる。
やがて、足音は部屋へと近づき……キィ、と、軋みをあげ扉が開かれる。
現れたのは、二人の男だった。
片や、この国で一般的に見られる警察の制服を着ていた。全くの無表情を浮かべてる以外は特筆するところもないだろう。
その男の後に現れたのは、囚人服を纏った男だった。
見たところ四十代後半だろうか。小汚い囚人服と手にかけられた手錠に似つかわしくないほど、きれいに整えられたグレーの髪をしたその男の目は、狂気を表すかのように見開かれている。
「それでは、面会時間は――分までとなります」
刻限を告げ、警察の男は部屋を後にする。
それを見送り、囚人服の男はガラス越し、少年と向かい合うように椅子に座った。
ここは、アルメファス通りに立つ留置所。その面会室の一つであった。
本来なら親の保護のもと楽しげに遊びに興じるべき齢のその少年は、しかしその表情を固く引き締め、たった一人で囚人へと対話をしようとしているのだった。
「……はじめまして」
緊張の面持ちで、少年は囚人へと挨拶をする。
だが、囚人はそれに返すことはなく、ただじっと見開かれた目で少年の顔を見ていた。
「はて……私と君とは初対面だが、その顔はどこか見覚えがあるぞ……はてさて、どこだったかな……?」
うつむき、頭をかきむしりながら記憶を探る囚人。そして、ある一つの顔に思い当たり楽しげな声をあげた。
「そうか!8番目だ!君は8番目に殺したあの男によく似ているじゃないか!……なるほど、察するに君はあの男の息子かね?」
「……ええ。僕は、アレク・エバンズです」
楽しげな囚人とは対象的に、少年――アレクは極めて無表情に名乗る。
だが、幅の狭い机の下に隠された、握りしめられ震えてる両手が、ただ少年の感情を物語る。
「ふむ、エバンズねぇ。なるほど。それで、わざわざこんなところまで来て、謝罪の言葉でも聞きにきたのかね?それとも、恨み言でも吐きにきたか?」
嘲るかのように言う囚人に、少年は怒りを露わにすることも動揺することもなく、告げる。
「真実を。……真実を、聞きにきました」
――その言葉に、囚人の目が細められる。
「ふむ、真実ねぇ。それなら君はもう聞いてるはずだよ。『アルメファス通りを中心に無差別に17人を刺し殺した凶悪殺人鬼、警察の奮闘によりとうとう捕まる』。これで納得しないのかね?」
「……ええ。僕も、初めはそれは真実だと、そう信じてました」
一瞬目を伏せ、だがすぐに囚人の目を見据え、アレクは続ける。
「けど、それなら。なぜ、父の遺したメモ帳からあなたの名前が出てきたのでしょうか。本当にあなたがただの通り魔ならば、父はあなたのことなど知らないはずです」
囚人は、一瞬驚きの表情を浮かべ、そして嘲笑したように言う。
「そうか、私の名前が、か。そんなところに痕跡を残すとは、あの男にしては迂闊なことをするものだ」
やはり、真実は別にある。
囚人の様子に、アレクはそう確信した。
「ふむ、そうだね。確かに君の言うとおりだ。……だが、本当に真実を聞きたいのかね?」
囚人は、組んだ両手に顎をのせ、続ける。
「真実を知ったところで、私は君が幸せになるとは思えない。むしろ後悔するだろう。それならば、『ただの通り魔とその被害者』で終わらすのも一つの手ではないか?」
アレクは迷いの表情を浮かべた。言うとおり、このまま帰るべきだと脳裏で悪魔が囁く。しかしそれは一瞬のこと。
アレクの決意は変わらなかった。
「……それでも、です。たとえそれがどんなに残酷でも、僕は真実を知りたい」
返された答えに、囚人は満足そうに頷く。
「そうか、そうか!ならば、その決意に敬意を表して、警察にも裁判官にも話さなかった事実を君にだけ教えようじゃないか!……復讐に身をやつした、哀れな男の物語を」
そして、囚人は語り始める。
いつのまにか、囚人の目からは狂気の色が消えていた




