7 ゲテモノスキル
男は多くを語らない。
前の世界へ一人置いてきてしまった祖父の信条だ。
祖父は齢80を超えても、これを貫き通した。どんなに辛くとも、悲しくとも、決して口には出さなかったのだ。
だから俺もそれに倣い、心の中だけでこう叫ぶ。
――せめて金たわしならよかったのに!!
「……なぁ、そろそろやめてもいいんじゃぞ?」
「うるさい!」
今日も今日とて、俺はユートピア・ゴーレムの背中にこびりついた錆を一心不乱に亀の子たわしでこすり続けていた。
彼と出会ってから、はや一か月が過ぎた。
俺は毎日朝から晩まで、腕の筋肉が悲鳴をあげても構わず、この作業を繰り返し続けている。
この手を休めるのは、例の風に備えてパゼロへ避難する時、そしてパゼロの中で眠る時、最後に食事をする時だけだ。
初日に比べれば錆は確実に落ちている。
だが、それでも長い年月を経てべっとりとこびりついた錆は、そう簡単に落とせやしない。
亀の子たわしはすでにボロボロで、俺の方はというと頭のてっぺんからつま先まで吐き気を催すほどにきっちりと錆臭くなっていた。
「……しかし、このままではぬしの方が先に死んでしまうぞ、とりあえず今は飯にせい」
「う……分かったよ」
俺は渋々ながら作業の手を休め、一旦たわしを置いた。
手のひらからむせ返るような錆臭さが漂っている。この臭いはどうにも慣れない。
とはいえ、食事だ。
俺は一か所に集めておいたいくつかの種類の薬草を持ってきて、それらをむしゃむしゃと噛み潰していった。
全てゴーレムに選別してもらったものだ。
「どうじゃキョースケ、美味いか?」
「青臭くて錆臭い」
素直な感想だった。
もっとも、こんな場所で美味いものなど望むべくもないので、そもそも期待してすらいない。
しかしゴーレムは責任を感じているようで、あからさまに声のトーンが下がった。
「そうじゃろうなぁ……ワシは所詮ただのゴーレムじゃ、人の美味い不味いなんて分かるわけがないのじゃ……」
――ひと月の間でゴーレムについて知ったこと、こいつはかなり卑屈だ。
少しのことですぐに落ち込み、堂々巡りの自己嫌悪を始めてしまう。
口癖は「ワシ、どうせゴーレムだし」。
素晴らしい経歴を持つくせに長らく孤独であったせいですっかり卑屈になってしまったようだった。ずいぶんと人間味のあふれるゴーレムである。
そして彼が卑屈になると俺の行動は決まっている。
「いやしかし、ゴーレムの選んでくれた薬草サラダはうめえなあ!!」
俺はわざとらしいくらいの大声で言って、それらをまとめて口の中に詰め込んだ。
息を吐く度に青臭さが鼻を抜け、いっそ吐き出しそうになってしまう。
しかしそういった感情をおくびにも出さず、俺はそれを食うしかないのだ。
……だって、そうしないとゴーレムがいじけてしまうのだから。
「ほ、本当かキョースケ?」
「マジもマジ、大マジォェッ……大マジだぜ」
「今オエッって言わんかったか?」
「き、気のせいだよ、気のせェ゛ェッ……」
涙が出てきた……
ゴーレムのおかげで今日までなんとか生き残ることができているとはいえ、現代の料理に慣れてしまった俺にはもう少し時間がかかりそうだ……
――そうだ、言うのが遅れていたが、ユートピア・ゴーレムは俺が思っていた以上に博学だった。
“理想郷”に生える草の有害無害を判別してくれるのはもちろんのこと、それを摂取した場合の効果も教えてくれる。
これを食べれば身体が温まる、とか。
それとあれを組み合わせて食べれば効果は倍増される、とか。
単体で食せば有毒なあれもこれと組み合わせて食べれば無毒になる、とか。
そのおかげで、俺は安心してこれらの薬草を食すことができている。
初日あれだけ死ぬ目に遭わされた赤ゼリービーンズも、今じゃ食べ合わせ次第でなんとかなるもんな。ざまあみろ。
……ただ、確認するのが恐ろしいので初日以降ステータス画面を開いていない。
毎日毎日あれだけ色んな草をむさぼり食っているのだ。次にステータス画面を開いたとき、なんか聞いたこともない状態異常にかかっていたりしたらどうしよう……
「そういえばキョースケ、おぬしはスキルを確認したことがあるか?」
一抹の不安に駆られながら、なんとか薬草サラダを飲み込むと、唐突にゴーレムがそんなことを問いかけてきた。
俺は「スキル?」と、ゴーレムの言葉を反復する。
「日々の習慣や経験によって身につく、言うなれば称号のようなものじゃな。持っていることで何らかの効果を発揮する場合もある。ぬしがここに来てひと月、そろそろ何らかのスキルが身についていてもおかしくはないはずじゃ」
「スキル、スキルねえ……」
そういえば、前世で読んだ異世界転生モノには、そんなものもあったような気がする。
なんか一見使えなさそうに見えるスキルが使えたりするんだよな。
などということを考えていたら、頭の中にステータス画面とは別のウインドウが浮かんできた。
本当にこの世界は便利だなあ、なんて思いつつも、俺は表示されたそれを確認する。
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クワガワ・キョウスケ Lv1
農民
所有スキル
・環境適応(大)
・毒物耐性(大)
・ド根性
・野菜ソムリエ
・邪道喰い
・超野菜人
・ヤク(草)漬け
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……うん、さすがにこの厳しい環境下でひと月も暮らしていただけある。
環境適応と毒物耐性っていうのは、要するにこんな過酷な環境下でも対応できる適応力、毒物耐性っていうのは毒草をたらふく食ったせいで少しの毒ならなんともなくなったということだろう。
ド根性も、どういう効果があるのかは分からないが、どうしてその称号が俺に与えられたのかはなんとなく分かる。
次に野菜ソムリエ。
そういえば一時期流行ったよな。水ソムリエとか温泉ソムリエとか、胡散臭い資格を取るブームが。
――じいちゃん、俺異世界で野菜ソムリエの資格とったよ。
――そんなくだらないことしてないで、力こぶの一つでもつけてみろ、馬鹿せがれ。
じいちゃんに渾身のげんこつをもらう自分の姿が容易に想像できた。
……まぁでもないよりはマシだろう。仮にも農民なんだし、これもギリ分からないことはない。
問題は下三つだ。
なんだこの「超野菜人」って。
スゲー頭の悪いやつが酒の席で考えたようなこのネーミングは、なんだ。
いや、この際そんなのはもうどうだっていい。
許せないのは最後の「ヤク(草)漬け」とかいう、不名誉の極みのスキルである。
「え……なんじゃそのスキル、キモ……」
ゴーレムに尋ねてみたところ、ドン引きされた。
理不尽だ……俺のせいじゃないのに……
「高レベルの“観察眼”を持っていればスキルの詳細も分かるんじゃが、それ以外となると実際に発動するまでは分からんなぁ」
「ヤク(草)漬けが発動する状況ってなんだ」
禁断症状か。
「ていうか邪道喰いって、字面からしてこれ完全にゲテモノ食いに与えられる称号だろ、なんの嫌がらせだこれ……」
改めて自らのスキルを見直し、なんの気なしにぽつりと呟く。
そして口に出した後ではっと気づいてゴーレムの方を見ると、彼はぶるぶると体を小刻みに震わせていた。
「やはりゲテモノなのじゃ……人の役に立てぬゴーレムなぞ死んだ方がましじゃ……舌を噛んで死のう」
「ま、待て早まるな!!」
「あ、ワシゴーレムじゃから舌ないんじゃった、ワーハッハッハッハ!!」
「落ち着け! 落ち着け!」
こうなってしまうと手に負えない。
どこの世界、いつの時代でも老人介護は大変なのだ。