最終話 じゃあ、またな
驚くべきはゴーレムの性能か、それとも底なしの律儀さか。
そろそろアルヴィーの集落を出て行くぞ、という段になってゴーレムの様子を見にいってみれば、なんとヤツはほんの半日かそこらで原型も留めなくなるぐらい破壊された家々を、全て元どおりに修復してしまっていたのだ。
……いや、元どおりは嘘だ。
少し大きめのテントぐらい簡素な作りだった住居が、劇的改造、おしゃれなコテージに変貌している! 文化侵略も大概にしろよ!
と思ったのだが、意外にもアルヴィーの若い女たちがこれを喜んでいたようなので、あえてはつっこまなかった。
加えて、ゴーレムがいかにもやり切ったような雰囲気を醸し出していたので水を差すのは躊躇われたのだ。
しかし、ああ、俺がアルヴィーの集落に感じていた親近感が……
まあそれはさておき
「いくか、ゴーレム」
「……うむ、そうじゃな」
ゴーレムがついぞ脱輪したまま放っておかれていたパゼロを片手でひょいと持ち上げ、名残惜しそうに俺の後に続いた。
別れの挨拶はひととおり済ませてある。
ターニャは「そうか、気をつけてな」とだけ言って笑った。
飯酒盃は「では、私たちの旅路に乾杯」などと言って、やはり酒を飲んだ。
鴻池は助けを求めるような視線を投げかけてきたが、アルヴィーの子供たちに任せた。今ごろ野を駆けまわっていることだろう。
ちなみに一通りの挨拶が終わった後、はたと思い出してターニャへ“天上天下唯一無双俺俺俺”のチートボックスを返しに行くと、目を丸くされた。
そしてそののちにこれでもか、というぐらい笑われた。
「はっはっは! やはりキョウスケ殿は筋金入りのお人よしだ! それは元々キョウスケ殿のものだろう?」
「まぁ厳密には違うけど……そうだな」
「ならいらぬ、もう箱はこりごりだ。――これを受け取ってくれ」
ターニャが俺の差し出したチートボックスを突き返して、更にある物をこちらへ握らせてくる。
それは、未だ俺の見たことのないチートボックスであった。
「アルヴィー族の保管していた箱だ。キョウスケ殿に持っていってほしい」
「え、なんでだよ、大事なものなんだろ?」
「とんでもない、私たちにとってはただ厄介な代物だ、今回は違ったが、いつまた他のテンセイシャがこれを狙って集落へ攻め入ってくるとも分からない」
「でも」
「キョウスケ殿を見込んでの頼みだ。どれほど強大な力であっても、キョウスケ殿が持つならば安心できる。さあ受け取ってくれ」
と、半ば無理やりもう一つのチートボックスを預けられた。
俺としてもチートボックスなどもうこりごりなのだが、それで彼女らの安全な暮らしが守られるのであれば、引き受けよう。
そういうわけで、俺の懐には二つのチートボックスが収まることとなった。
唯一の心残りは、レトラの姿がどこにも見つからなかったことだ。
そもそも今回のアルヴィー族との長いようで短い、たった二日間の異文化交流の発端は、レトラである。
追い回されたり、食われかけたり、殺されかけたりしたが、今となっては良い思い出だ。
レトラには感謝してもしきれないくらいで、それだけに残念だ。
アルヴィーの皆から、弁当代わりにヤモリ肉をいくつか分けてもらい、ご丁寧に新しい服までもらって、さて俺とゴーレムがいざ集落を出ようという時、彼女らは俺たちを迎えた時同様、ターニャを先頭にして一族総出で送り出してくれた。
「本当にありがとうございました」
「私たちの家まで直していただいて」
「必ず、またこの集落へ立ち寄ってくださいね!」
なんと涙ぐましい言葉の数々か……ただ、そのほとんどがゴーレムに対して向けられた言葉だが。
けっ、と不貞腐れてみる。
しかし捨てる神あれば拾う神あり、心優しいターニャとマリンダは、こんな俺にも対しても言葉を投げかけてくれる。
「達者でな、キョウスケ殿」
「……気を付けるのよ」
「ああ、またな!」
俺は大きく手を振って、アルヴィー族の皆に別れを告げた。
さらば、とは言わない。何故なら彼女らはこれからもずっと生きていく。
女神も言っていただろう「グランテシアは地球の半分ぐらいの大きさしかない以外はほとんど地球と変わりない」と。
つまり、グランテシアも丸いのだ。亀の背中に大地が乗っているわけでなし、生きていりゃあいつかはまた会えるはず。
そう、レトラともまたいつか会えるさ――
「――キョウスケ様!」
聞き覚えのある声で、名前を呼ばれる。
振り返ると、そこには女たちをかき分け、飛び出してきたレトラの姿があった。
彼女は俺たちにも聞こえるよう、華奢な身体からめいっぱいの大声を張り上げて宣言する。
「私! 次にキョウスケ様が戻ってくるまでに、必ずもっと強くなって、この集落の長になります! だから、その時は――」
そこまで言ってから、レトラは少し言いよどんだ。
しかし、しばらくすると彼女は太陽のような笑顔を作って、こう言うのだ。
「――褒めてください!!」
なんだ、そんなことでいいのか?
「いくらでも褒めちぎってやるよ! じゃあレトラも――またな!」
俺は満面の笑みで、彼女らの集落を後にする。
レトラもまた、晴れやかな笑顔をもって俺たちを送り出した。
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「キョースケも罪作りな男よのう」
「は?」
もはやアルヴィー族の集落が完全に地平線の彼方に消えたのち、ゴーレムが訳の分からないことを言って、鋼鉄の肘で俺のわき腹をつついてくる。
ちょ、こら、おい、まて。
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クワガワキョウスケに 5 のダメージ!
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クワガワキョウスケに 7 のダメージ!
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クワガワキョウスケに 4 のダメージ!
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「脇腹を小突くのをやめろ!! ちょっとずつダメージ入ってんだよ!」
「どうせ減るもんじゃなかろう」
「目に見えて! 数字で減ってんだろ!」
「HP100万もあるくせに、ケチ臭いのう」
「ぐっ……!?」
なんで俺がせこいみたいな言い方されなきゃならんのだ……!
何度も言うが、俺のHPがどれだけ高かろうとその他諸々の数値はレベル相当だから痛いことには変わらないのだ!
「というかなんだよ、その気持ち悪い反応、俺がいつなんの罪を作ったって?」
「……うわ、ドン引きじゃ、ゴーレムであるワシすら気付いたのに」
「私も気付きましたよぉ、ホント恭介君は鈍いですねぇ」
「何にだよ」
「いや、本人が気づいてないのならワシが言う事ではないのじゃ、ゴーレムは黙るのじゃ」
「なんだそれ、感じ悪いな……って、ん? 今なんか三人いなかったか?」
「ん?」
軽く流しかけたが、今俺とゴーレムの会話に何気なく一人紛れ込まなかったか?
俺とゴーレムがゆっくりと後ろへ振り返る。
何故か、俺たちの背後に歩きながら酒を煽る飯酒盃の姿が。
「……お前、なんでついてきてんの」
「はぇ? いやですねぇ恭介君、私言ったじゃないですか“私たちの旅路に乾杯”って」
あれってそんなダイレクトな意味だったのかよ!?
てっきりもっと遠回しな、気の利いた挨拶か何かだと思ってたのに!
「まぁまぁ、旅は道連れ世は情け、こういったことは仲間の多い方が楽しいでしょう?」
「間違いなくお前の台詞じゃない、百歩譲ってそれは俺たちが言う台詞だ!」
「魂胆はなんじゃ酔っ払い!」
「魂胆だなんてそんな……うふふ、これですよ」
飯酒盃は背中にしょったバカでかいヒョウタン――“ほろ酔い横丁”を指す。
「私の“ほろ酔い横丁”は、どんなお酒でも湧き出る魔法のヒョウタンですが、しかし私が知識として知らないお酒は出せません」
「というと?」
「この世界、グランテシアのお酒が出せないんですよ、つまり飲み歩きがしたいのです」
俺とゴーレムは閉口してしまった。
なんと見上げた飲兵衛か――現実世界の酒や神話に語られる酒だけでは飽き足らず、異世界の酒まで揃えようというのだ。
「というわけで張り切っていきましょ~! いえ~い!」
そんな風に言って、飯酒盃が一人酒を煽る。
顔を赤らめ、吐き出す息は白い。すでに出来上がっていた。
「……ヤベーやつを仲間にしちゃったんじゃないのか」
俺はひとりごちる。
いかにもファンタジー然とした異世界、これがRPGなら仲間となるのは戦士や僧侶に魔法使いなどが鉄板のはずだが、俺たちに関しては農家、古の殺戮兵器じみたゴーレム、そしてアルコール依存症だぞ。
いささか奇をてらいすぎではないか……? 徐々に王道を踏み外しつつある気がする……
――しかし、まぁいいか。
最初から王道なんて、望むべくもない。
草食って、泥にまみれて、串刺しにされて、むろん英雄扱いもされない。
何をいまさら、どうせ俺たちは、とうの昔に――最高に泥臭いのだ。
了
たいへん長らくお待たせしてしまいまして、申し訳ございません!
これにて「草だけ食べてHP100万!~俺たちの最高に泥臭い異世界転生~」完結でございます!
まずはこういったかたちでの幕引きとなってしまうこと、今まで応援してくださった読者の皆様方には大変申し訳なく思います。
しかしそれ以上に、ここまで読んでくださった読者の皆様方に多大なる感謝を!
もしよろしければ新作も応援よろしくお願いいたします!




