表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/51

5 毒草ソムリエ


 疑似的車酔いにより三半規管に甚大なダメージを負った俺は、その回復にしばらくの時間を要した。


 まぁステータスを確認してみたところ実際にダメージを受けていたわけだが、このダメージも俺の吐き気が収まる頃には回復していた。

 どうやら多少のダメージならば自然回復するようだ。

 そして、体力が戻ったからにはやるべきことがある。むろん食料の選別だ。


 状況を整理しよう。

 俺が今立っている場所はかつてどこかの馬鹿どもが雲の上に作り上げた町の廃墟だ。

 町全体に立ち込めた深い霧のせいで羽の生えた虫は生息しない。鳥だってこんな雲の上まではやってこないのだ。

 しかし足元に広がる雲海の中には“巨大な翼を持った恐ろしい声で鳴く何か”の影がいくつか確認できる。

 触らぬ神にたたりなし。


 そして、特筆すべきは町全体を定期的に吹き抜ける“突風”。

 これによりこの地には背の高い植物が一切生えない。木々なんてもってのほかだ。

 他の生物もこれによって淘汰されたのだろう。

 現状この廃墟にあるのは、背の低い植物と、虫とカエルとトカゲくらいなものである。


「これいけそうじゃねえか?」


 俺が初めに目をつけたのは、花弁のような葉を四方へ広げた黄色い植物だった。

 なんかたんぽぽとか菊とかハンカチとか、黄色には優しいイメージがつきものだろうという安直な考えだ。


 善は急げ。

 俺は葉っぱを一枚もぎ取り、おそるおそるかじってみた。

 しゃくしゃくと小気味のいい音を立て、俺はこれを咀嚼する。


 ……あれ? 意外といけるな。

 少し酸っぱくて青臭いのが気になるが、後味が爽やかだし葉が厚いから食いでもある。


 よしよし、幸先がいいな。

 これを仮に「黄色い花」と呼ぶことにして、ひととおり採集しよう。

 そう考えて「黄色い花」に手を伸ばした時だった。何かが「黄色い花」の中でうごめいているのが見えた。


「……?」


 なんだろう?

 俺は直上から「黄色い花」を覗き込んでみる。

 すると、そこには身動きがとれなくなり、惨めにもがく小さな虫の姿があった。

 ……よく見ると少し溶けている。


「食虫植物じゃねえか!!」


 悲しいことに、俺の思考レベルは虫と同じだった。

 あれ? そういえば心なしか舌がしびれるような……


 ----------------------------------------------------------------

  クワガワ・キョウスケ Lv1

 

  農民

 

  HP 15/15

  MP 4/4

 

  こうげき  6

  ぼうぎょ  8

  すばやさ  9

  めいちゅう 11

  かしこさ  15


  麻痺(微弱)

 ----------------------------------------------------------------


 ああっ!? 状態異常かかってんじゃねえか!!


 口の中に残った欠片を急いで吐き出す。驚きのあまり動悸がおかしくなってしまった。

 転生早々に食中毒で死ぬなんざ、それこそ惨めポイントが溜まっちまうぞ。


 ……しかし、麻痺か。

 推測するに、この植物は集まってきた虫たちを、こう麻痺毒的な何かで動けなくしてから捕食しているのだろう。


 逆に考えれば、虫が動けなくなる程度の毒である。

 しかも純粋な毒でなく舌が少し痺れる程度の麻痺毒、まさかこれで人が死ぬということもあるまい。

 だったら


「食えるじゃん」


 時として切り替えの早さも重要である。

 よくよく考えたら現世では虫の食った野菜も普通に食べてたしな。虫を食った野菜は食ったことないが。

 ともあれ食えるものを見つけただけで収穫だ。よし、この調子でどんどん味見していこう。


 なんだか楽しくなってきて、俺は色んな植物を一口ずつかじりまくっていった。

 見るからにヤバそうなものは避けて、絶妙にいけそうなものを次々に味見していく。

 青いの黄色いの尖ったの丸いの。

 ほとんどがとても食用にできないものばかりで、あまりのまずさに口に入れた瞬間吐き出してしまうものもあったが、アタリもいくつかあった。結果は上々である。


 そしてこれで最後にしようと思って、俺は足元に生えたある植物を見下ろしていた。

 ……なんて形容したらいいんだろうなあ、これ。

 例えるなら、そうだなぁ、真っ赤なゼリービーンズの実った植物?

 いかにも「危険です」と主張しているような色合いだが、いかんせんこの時の俺は気が大きくなっていたのだ。


「食っちゃえ」


 たわわに実ったゼリービーンズを一粒もぎとり、それはもうおやつくらいの感覚で口の中に放り込んだ。

 奥歯で感じるぷちりとした食感、はちきれんばかりのゼリービーンズからみずみずしいエキスがほとばしり、それと同時に口の中に広がる濃厚な――辛味。


「ヴぉえええええええええええっ!!」


 ----------------------------------------------------------------

  クワガワ・キョウスケ Lv1

 

  農民

 

  HP 7/15

  MP 4/4

 

  こうげき  6

  ぼうぎょ  8

  すばやさ  9

  めいちゅう 11

  かしこさ  15


  麻痺(中)

  毒(中)

  幻覚(微弱)

  混乱(微弱)

 ----------------------------------------------------------------


 俺は地べたに膝をつき、口の中のものと胃の中の残った僅かなものをまとめてぶちまけた。


 し、死ぬ!! HP半分以上持ってかれたし、ありえないくらい状態異常ついてる!!

 手足がしびれて自由に動けない! こんな状態でさっきの強風が起こったら……いや! その前に毒で死ぬ! HPが現在進行形でゴリゴリ減っている!

 チクショウ! 食わなきゃよかった! ファンタジー世界だからって油断した! こんなの現世でも散々学んだことなのに、このままだと本当に死ぬ! ドジっこ女神様助けて!!


「……なにをやっておるんじゃ、おぬしは」


 様々な状態異常と、なにより口の中を刺すような辛味にのたうち回っていると、背後から何者かに声をかけられた。

 苦しみながらも振り返ってみれば、そこにあるのは巨大な岩と、単なる瓦礫の山ばかりで声の主は一向に見つからない。

 なんだこのゼリービーンズ幻聴作用でもあるのか!? どんだけ危険な植物だよ!


「ぬしの足元に生えている種を食え、それで解毒できる」


 また聞こえた!

 しかしこの危機的状況から抜け出せるなら幻聴でもドジっこ女神の啓示でもなんでも構わない!

 俺は声の言う通り眼下に茶色い種を発見し、震える手でこれをいくつかもぎ取ると、力任せに口へと押し込んだ。

 顎まで痺れているのでぎこちない咀嚼になるが、時間をかけて、なんとかそれを嚥下することに成功する。


 ――するとどうだ。


 ----------------------------------------------------------------

  クワガワ・キョウスケ Lv1

 

  農民

 

  HP 5/15

  MP 4/4

 

  こうげき  6

  ぼうぎょ  8

  すばやさ  9

  めいちゅう 11

  かしこさ  15

 ----------------------------------------------------------------


 飲み込んでからしばらくの時間が経つと、先ほどまでの苦しみが嘘のように消え、あれほどの状態異常が一気に解除されてしまったではないか。


「た、助かった……! ありがとうドジっこ女神様!」


 俺は歓喜に打ち震え、天にまします我らがドジっこ女神様へと祈りをささげた。

 捨てる神あれば拾う神あり、ああ、こんな辺境の地まで救いの手を差し伸べてくれるなんて女神も捨てたもんじゃないな……


「誰に礼を言っておるんじゃ」


 声は再び俺の背後から聞こえてきた。

 振り返ってみれば、そこには変わらずごつごつとした大きな岩しか見えないが……


「ここじゃ、ぬしの目の前じゃ」


 よく見ると、目の前の岩が謎の声に合わせてかたかたと震えているではないか。


「岩が喋ってる……」

「誰が岩じゃド阿呆」


 驚愕のあまり思わず声に出すと、岩は先ほどまでより少し激しく、がたがたと震えた。


「――ワシはゴーレム、そして同時にこの理想郷の管理役でもある」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ