46 悪を倒せと俺を呼ぶ
『ボックス開放、“天上天下唯一無双俺俺俺”起動します』
発動、できた――
私の手の内でぱたぱたと開かれた“箱”は、内側より神秘的な光を溢れださせて、そして体の中へ溶けてゆく。
まるで“力”というものそのものが、肌の上から沁み込んでくるよう。
言いようのない充足感が私の中を満たす。
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レトラ・デューパ―の こうげきが 999アップ!
レトラ・デューパーの ぼうぎょが 999アップ!
レトラ・デューパーの すばやさが 999アップ!
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ステータスの上昇を伝える“ういんどう”が私の目の前に現れる。
身体の奥底から、凄まじい力が湧き出してくる。これなら、これならば這う者の群れであってもなんなく倒せる!
そう思って、私は気を緩める。
――しかし、それも一瞬のこと。
とってかわって襲い来る突然の痛みに、私は立っていることすらできなかった。
「――っっっ!!?」
体中の筋肉という筋肉の、びきびきと悲鳴をあげる声が聞こえるようだ。
追って出てくるのはどうしようもない吐き気、眩暈、倦怠感――全く周りに気を配る余裕がない。
気が付けば、這う者がすぐそこまで迫って来ていた。
爪が振るわれる。
躱す余裕なんて、ない。
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レトラ・デューパーに 1 のダメージ!
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「うぐっ……!?」
這う者の攻撃によるダメージ自体は、ほとんどない。
しかし、それがトドメとなった。
『深刻なエラー発生、“天上天下唯一無双俺俺俺”強制排出します』
私は路端の石ころみたいに弾き飛ばされて、その挙句、身体から箱を吐き出してしまう。
箱がすぐ傍の地面に落ちて、情けない音を立てる。
体には、痛みだけが残っていた。
「ははははは! まさかまだチートボックスを隠し持っていたとはね! 少し驚いたけど――なんのことはない!」
全身に黒い鱗を生やしたコウノイケが、私の無様な姿を見て、嘲笑する。
「いいかい? チートボックスには“適正”ってものがあるんだ! 同じ転生者ですらボックスの向き不向きがあるというのに、こちらの世界の住人がボックスを使えるわけがないだろう!」
這う者たちが、さながら死肉をついばむ狡猾な鳥類のように、私の周りへ群がってくる。
もはや指一本動かすことすら億劫になるほどの倦怠感が全身を包み込んでいた。
でも、それでも私は、奥歯を噛みしめて――箱を掴み取る。
「ボックス開放……っ!!」
『ボックス開放、“天上天下唯一無双俺俺俺”起動します』
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レトラ・デューパ―の こうげきが 999アップ!
レトラ・デューパーの ぼうぎょが 999アップ!
レトラ・デューパーの すばやさが 999アップ!
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「はは! 懲りないね! 馬鹿はすぐに同じことを繰り返す! また吐き出させてやるよ!」
這う者が再び爪での一撃を加えようとしてくる。
そこで私は、さながら風のように駆けだした。
「なっ!?」
コウノイケが驚愕の声をあげる。
私は一陣の風となって這う者たちの隙間を縫うように駆け、そして拳を打ち込む。
一匹、二匹、三匹――
箱によって強化された私の拳は、這う者の強固な鱗を打ち砕いて、あっという間にあたり一帯の這う者たちを絶命させる。
しかし、すぐに全身が悲鳴をあげて、私は顔を歪ませた。
「っっっ!!」
『深刻なエラー発生、“天上天下唯一無双俺俺俺”強制排出します』
私はその場に膝をついて、同時に箱が身体から吐き出された。
視界がぐるぐると回り、足元の地面が波打っているかのように錯覚する。
「は、はははははっ! 無理無理! 適合しないチートボックスを使うのに一体どれだけの苦痛が生じると……」
「ボックス開放っ!!」
私は彼の言葉を遮って、再び箱を身体に取り込みます。
全身が引きちぎれそう、息が苦しい、視界が霞む。
でも、私は――
『ボックス開放、“天上天下唯一無双俺俺俺”起動します』
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レトラ・デューパーの こうげきが 999アップ!
レトラ・デューパーの ぼうぎょが 999アップ!
レトラ・デューパーの すばやさが 999アップ!
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――たとえ全身がバラバラになろうとも、仲間たちのために戦い続けるのです。
「うあああああああああっ!!!」
雄たけびをあげる。
野を駆ける。
目につく這う者たちを、手当たり次第に殴り倒す。
鱗が爆ぜ、肉が飛び散り、這う者たちは声もあげずに絶命していく。
しばらくすると、内臓を力任せに鷲掴みされたような感覚があって、箱が飛び出す。
私はそれを掴み取って、何度でも叫ぶ。
「――ボックス開放! ボックス開放!! ボックス開放っ!!!」
この時、私はアルヴィーの誇りを捨て、一匹の獣となりました。
それは全身を襲う痛み以上の苦痛で。しかしそれでありながらなによりも誇り高い行為であると、私は信じていたのです。
「な、なんだあの女、なんで動けるんだよ!? 死ぬ以上の痛みだろうに、こんな……バカな!!」
「うああああああああああああっ!!」
コウノイケを覆う鱗の壁が、次々と剥がれ落ちてゆく。
全身を襲う痛みなんて、もはや問題ではなかった。
何故なら、私には皆がついている。
マリンダさんやターニャ様、そして先代の、そのまた先代。
長い長い年月、気高く、誇り高く、その炎を守り抜いた。アルヴィーの皆が、私とともに戦ってくれている!
――とうとう、最後の這う者が倒れた。
コウノイケを守る分厚い鱗の壁が剥がれ落ち、コウノイケは丸裸になる。
『深刻なエラー発生、“天上天下唯一無双俺俺俺”強制排出します』
箱が吐き出されて宙を舞う。私はそれを掴み取り、コウノイケめがけて走る。
「レトラああああっ!!!」
マリンダさんが私の名を呼ぶ。
「レトラ……! これで決めろおおおおっ!!」
ターニャ様が私の名を呼ぶ。
私は、弱い。
力はないし、頭もそんなに良くない。
でも、私は皆を守りたい。そして皆が私に全てを託してくれている。
そう、今、この時に限り、私は――
――天上天下、ただ一人、最強なのだ!
「ボックス、開放っ!!」
今までとは明らかに違う、ひときわ強い光が箱より放たれた。
コウノイケが、こちらの攻撃に備えて身構える。
「くっ……! 舐めるなよ女ぁっ!! こっちには“SEKAI NO HANNBUNN”がある!! 付け焼刃のチートで伝説の邪竜の鱗が砕けると思うなよ!!」
コウノイケの全身を覆う鱗が更に密度を増し、彼はほとんど黒光りする塊と化す。
強大な敵だけど、私に砕けないはずがない! 私は――最強なんだ!!
『――ボックスが変質しました。ボックス開放、“天上天下唯我独尊超激無双俺俺俺”起動します』
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レトラ・デューパーの こうげきが 999アップ!
レトラ・デューパーの ぼうぎょが 999アップ!
レトラ・デューパーの すばやさが 999アップ!
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『追加効果発動――周囲500mに存在する“天上天下唯我独尊超激無双俺俺俺”以外のチートボックスを全て強制排出します』
「なにっ!!?」
コウノイケの顔が驚愕に染まり、そして――彼の身体から箱が吐き出される。
それと同時に、彼の全身を覆う漆黒の鱗が全てチリとなって霧散した。
「く、クソっ! ぼ、僕のチート、僕のチートが!!!」
私は拳を突き出す。
その先には、もちろんコウノイケが。
「く、くるなっ! くるなああああああああああああ!!!」
コウノイケが叫ぶ。
振るわれた拳は、一直線にコウノイケの顔面に叩き込まれる――はずでした。
ぷつり、と糸が切れたように私の身体が崩れ落ちます。
突き出した拳は凍ったように固まってしまい、私の意思とはまるで無関係に、もはや指先一つ動かない。
私はその場に倒れ伏しました。
ほんの目と鼻の先に、コウノイケがいるというのに。
『深刻なエラー発生、“天上天下唯我独尊超激無双俺俺俺”強制排出します』
箱が身体から吐き出されました。
もう、箱を、拾うことすらできません。全身の感覚が、ないんです。
顔を覆い隠していたコウノイケが、おそるおそるといった風にこちらを見下ろし、そして――勝ち誇ったように笑いました。
「は、は、はははははははっ!! ざまあみろ!! ようやく限界がきたみたいだな!!」
コウノイケがうつ伏せに倒れた私の頭に足を乗せ、そのまま踏みにじってきます。
――悔しい。悔しいのに、もう何もできない――
「レトラ!」
「くっ……! 薄汚い転生者が!! レトラを離せ!!」
「はっはっは!! なんとでも言うがいいさ!! 僕の勝ちだ! 僕の勝ちだ! やったぞ! さすがは天才! この人数差で堂々の勝利だ!!」
私はぱくぱくと口を動かします。か細い息のようなものが漏れたばかりで、声になりません。
コウノイケが「んん?」と得意げに、私の顔を覗き込んできます。
「なんだい、命乞いかい? それとも恨み言? 辞世の句かな?」
私は、最後の力を振り絞って、言葉にします。
「たす……けて……」
「ははっ、命乞いか、一番つまらないパターンだったね。残念、あそこまでやってくれたんだ。間違いなく殺すよ」
違う。違う――
それは命乞いではない。私の言葉には続きがある。
私は、続けた。
――キョウスケ、様。
「天が呼ぶ」
マリンダさんも、ターニャ様も、イサハイ様も、コウノイケも皆が一様に声のした方向へ振り返りました。
私は、そうはしません。もはや身体が少しも言うことを聞いてくれない、というのもありますが、それ以上に、信じていたのです。
「地が呼ぶ」
彼はいつも、私が信じた通り、さも当然という風に現れるのです。
私がたった一人、ブルーマンの群れに囲まれて絶体絶命、という時も。
ターニャ様とともに、這う者に襲われた時も。
集落が這う者たちに襲われた時も。
「レトラが呼ぶ」
ああ、本当は最初から知っていたのです。
彼は神様ではありません。そんなにも神々しい人ではないのです。
私たちと同じように笑い、同じように泣き、そして雲の上なんて遠い所じゃなく、すぐそこで私たちを見てくれている。
「悪を倒せと俺を呼ぶ」
だからこそ、私は彼を――好きになってしまったのでしょう。
「――待たせたな、で、あのムカつくインテリ、ぶん殴っていいんだよな?」
彼は顔中をぼこぼこに腫らして、しかしそれでもにっかりと、いつも通りに笑うのです。




