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草だけ食べてHP100万!~俺たちの最高に泥臭い異世界転生~  作者: 猿渡かざみ
第二章 地上に舞い降りた天使たち編
45/51

45 私の炎は皆のもの


 遥か後方から、凄まじい衝撃音が響く。

 また、キョウスケ様がゴーレム様の一撃を食らったのだ。


 キョウスケ様を助けなくては――と衝動的に考えましたが、咄嗟にその考えを振り払いました。

 キョウスケ様は私たちを信頼してくれている。こんなにも、何もできない私を。

 ――なら、私はそれに答えなくてはいけません。

 彼を思えばこそ、私はより早く、より確実に、這う者たちを倒して、この戦いを終わらせる必要があるのです。


 一射入魂。私は弓を射る。

 矢は風を切って、這う者の目玉を貫きました。


 ----------------------------------------------------------------

  クリティカル! 這う者に 143 のダメージ!

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「やった……!」


 唐突に光を失い、痛みから怯んだ這う者を、イサハイ様が蹴りの一撃で仕留めます。

 でも、喜んでいる場合じゃない。敵の数は膨大。私は第二射へ備える。

 その時、マリンダさんがこちらへやってきて言いました。


「レトラ! これじゃキリがないわよ! あの男、ここら一帯の這う者を集めてきてる!」


 レトラさんは前線で戦っているだけあって、全身に生々しい傷跡があります。

 彼女が弱いわけじゃ決してない、そもそも這う者というのは、長が全力で戦って、ようやく一匹倒せるぐらい強いのです。

 イサハイ様が、たった一人で這う者たちを薙ぎ倒しているのはすさまじいことだけど、これでは絶対に間に合わない――


「はっはっは! いい加減に諦めたらどうかな!?」


 這う者たちに守られながら、例のコウノイケと名乗った転生者が高笑いをあげる。

 悔しいが、彼の言う通り、これではいくらイサハイ様が強くても間に合わない――


 私が絶望しかけたその矢先、コウノイケの頭上に光が差しました。

 一筋の光、光明。それは、研ぎ澄まされた刃の返す光――


 ――長槍を構えたターニャ様が、高く跳ねあがって、背後からコウノイケの首筋を狙っていたのです。


「なっ……!?」


 コウノイケは寸前でそれに気付き、驚愕の声をあげました。

 彼は前方からの攻撃に警戒するあまり、這う者に背後を守らせてはいなかったのです。


「――油断したな転生者! これで終わりだ!!」


 もはや避ける間もありません。

 私もマリンダさんも、完全に勝利を確信しました。

 しかし、コウノイケは慌てながらも一言。


「ぼ、ボックス開放!」


『ボックス開放、“SEKAI NO HANNBUNN”起動します』


 瞬間、彼の手元から淡い光が放たれます。

 ――あれは箱だ、もう一つの箱だ。

 長は顔を歪めながらも、そのまま長槍の穂先を、彼の首筋へ突き立てました。


 槍は、きぃんと、甲高い音を立て――粉々に砕け散りました。


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  コウノイケヒロムに 2 のダメージ!

 ----------------------------------------------------------------


「なっ……!」


 長が驚愕の声をもらし、私たちも同様に驚愕の声をもらします。

 ――彼の剥き出しになった肌には、まるで這う者のように硬質な鱗が生え揃っていたのです。


「はっはっは! その通り油断したよ! 少しひやっとしたが、まさかまだアルヴィーの女たちの中にゾンビ化してないやつがいたなんてね! 僕ももう一つのチートボックスを使わざるを得なかった!」


 コウノイケが首筋の鱗をこつこつと叩き、口元を歪めます。

 鱗には傷一つありません。


「これは“SEKAI NO HANNBUNN”、かつて大陸を統べたという大魔王の真の姿、伝説の邪竜に変質できるという実に野蛮なチートさ。先日、偶然山のふもとで拾ったんだ。まさか、こんなスマートじゃないものを僕が使う羽目になるとはね!」


 そ、そんな……!

 私たちの胸を絶望が満たしました。

 たった一つの箱、そして這う者の群れとゴーレム様だけでも厄介なのに、この上新たな箱まで――!


 長が、這う者の爪の一撃を受けます。

 咄嗟に長槍の柄でガードしましたが、その一撃はすさまじく、長も遥か彼方、鱗の壁の外側まで弾き飛ばされてしまいました。


「ぐっ……!?」


 ----------------------------------------------------------------

  ターニャ・エヴァンに 72 のダメージ!

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「お、長!」


 マリンダさんが、深手を負った長の下へ駆け寄ります。

 しかし、彼女が長のところまでたどり着くことは叶いませんでした。


「えっ……?」


 マリンダさんがその場に力なく膝をつきます。

 よく見ると、あれだけ素早い身のこなしで縦横無尽に飛び回っていたイサハイ様も同様でした。

 もはや体勢を保つことすらできないようで、やがて二人とも、地面に倒れ伏します。顔は真っ赤で、目もうつろに。


「あ、あえ……? 飲みすぎましたかね……?」

「ど、どうなってんのよ……! 体が……動かない……っ!」

「ま、マリンダさん!? イサハイ様!? 一体どうしたのですか!?」


 くははははっ。

 コウノイケが心底おかしい、とでも言いたげに笑いました。


「ようやく僕の作ったウイルスが効いてきたようだね! この短時間だ、あまり複雑なものは作れなかったが、もはや立つこともままならないだろうよ!」

「そ、そんな……!」


 私もまた、膝をつきました。

 彼女らのような理由でなく、絶望がそうさせたのです。


「――おっと、そうはさせないよ!」


 コウノイケが叫ぶと、這う者の内一匹が爪を振るい、イサハイ様の掲げた“無限にお酒の湧き出る筒”を弾き飛ばしました。

 筒は鈍い音を立てて倒れ、中身の赤みがかった液体がとくとくと地面に漏れ出していきます。

 あれはソーマだ。あらゆる万病や傷を治すと言われるお酒――しかし、もう使えない。


 目の前には、数十匹単位の無傷の這う者たちが目をぎらつかせており、こちらで戦えるのは――私だけ。

 私は絶望に打ちひしがれました。


「……ふむ? 君にはウイルスの効果が表れてないようだが、そういえば君“レベル1化のウイルス”も効いてなかったようだし、特殊な体質なのかな? でもまぁ関係ないな! ハハハ!」


 這う者たちがぞろぞろとこちらへ集結してきます。

 もはやそれは戦いなどと呼べるものではなく、単なる捕食。彼らの琥珀色に光る眼も、力なき獲物を狙うものです。

 私はただ、彼らに食べられるのを待つしか――


「レトラ……」


 ふいに、マリンダさんが口を開きました。

 顔は紅潮し、息は荒く、意識を保つのもやっとという様子なのに、それでもマリンダさんは言葉を絞り出しました。


「アンタ、は……昔っから、自分を……はぁ……過小評価、しすぎなのよ……」

「こ、こんな時に何を言うんですかマリンダさん! それ以上、喋ったら……!」

「胸を張りなさいよ、もっと、堂々と……」


 マリンダさんは、こちらがいくら言っても話すのをやめません。


「アンタは自分が思ってる、より、ずっと、できる子なんだから……!」

「そんなことありませんよ……! 私は現に今、何もできないんですから……!」

「いいえ……!」


 マリンダさんが、震える手を伸ばして、私の手を握り込みます。

 火傷をしてしまいそうなほど熱くなった彼女の手の内に、なにやら硬い感触。

 マリンダさんはどこか遠くを見つめるような視線で言いました。


「私はね……自分こそ次の長にふさわしいと思ってた。誰よりも仲間のことを思ってるもの、アルヴィーの誇りを守るためなら、なんだってできる……でも」


 マリンダさんは、息も絶え絶えに私の手を、強く握りしめます。


「――アルヴィーの誇りの為に、誇りを捨てることだけはできなかった……! アンタの演説で気付かされたわ……結局のところ私は表面のことしか見えてない……アンタ、レトラ・デューパーが誰よりも長に向いてるってね……!」


 きっと、死ぬほどつらいはずなのに。

 彼女は、マリンダさんは、顔中に脂汗を浮かべながらも、今まで誰にも見せたことのないような優しい笑みを浮かべて、私の髪を撫でました。

 その手は、まるで母のように暖かく。私は、はっとしました。


 そうだ。

 私は誇り高きアルヴィーの女。

 強敵との戦いにも決して退かず、誇りを守り続けたアルヴィー族、先祖代々受け継がれてきた血脈が私にも流れている。

 この熱い血潮がそれだ。全身を巡るこの思いこそ、アルヴィーの証。

 マリンダさんからも、ターニャ様からも、今は亡き私の母からも――全ての意志を受け継いで、私は今ここに立っている。

 すなわちここに立っていることこそが、先代の長――私の母への手向けの花。


 私は、這う者たちの群れへ向き直った。


「はっはっは! どうやら観念したようだね! 低俗な爬虫類どもの血と肉となること、せいぜい後悔しながら――死ぬといいよ!」


 這う者たちが、私めがけて押し寄せます。

 以前ならば恐れたでしょう、以前ならば逃げ出したでしょう。


 ――しかし、私の胸には炎が宿っています。

 アルヴィー族が先祖代々、誰一人絶やすことなく灯し続けてきた決意の炎が、絶望の闇を、赤々と照らしていたのです。

 だからこそ私は唱えました。

 彼のように、そして彼女のように。高らかと


「――ボックス開放」


『ボックス開放、“天上天下唯一無双俺俺俺”起動します』


 私の全身を目も眩まんばかりの光が包み込んだ。


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