43 圧倒的な力や知力でもなく
「クソッ、チートが発動した……! これだからアル中はイヤなんだ! やっちまえトカゲども!」
ウインドウが表示されたその刹那、鴻池の合図により、飯酒盃の下へ巨大ヤモリの群れが殺到する。
避ける隙などあるはずもない圧倒的質量、視界全体を覆いつくす鱗の津波。
しかしこれを前にしても飯酒盃は一歩も退かなかった。
それどころか例の巨大ヒョウタンをほとんど逆さまになるまで傾け――あろうことかヒョウタンから直接に酒を飲み始めたのだ。
ごくりごくり、と飯酒盃の喉が大きく鳴る。
それを見ていた俺とレトラとマリンダが、同時に顔を青ざめさせた。
そして飯酒盃は巨大ヤモリたちが飯酒盃の下へ到達するまでの間に相当量の酒を煽ると、ようやくヒョウタンから口を剥がす。
ほんのりと頬に赤みが差し、吐き出す息は白い、完全に酔っていた。
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イサハイマツリの こうげきが 250アップ!
イサハイマツリの すばやさが 250アップ!
イサハイマツリの かいひが 250アップ!
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飯酒盃のチートボックス“エンター・ザ・ドラゴン”の“酔えば酔うほどステータスアップ”の効果により、彼女のステータスへ上昇補正がかかる。
その直後、押し寄せた巨大ヤモリたちの攻撃が、飯酒盃目掛けて放たれる。
爪、牙、見上げるほどの巨体にものを言わせた体当たり。
飯酒盃は身体を前後に大きく揺らすと――この怒涛のように押し寄せる攻撃の数々を紙一重で、さながら風に舞う木の葉のように躱し始めたのだ。
「なっ!?」
鴻池が驚愕の声をあげる。それも無理からぬことだ。
爪の一撃は目にも止まらぬ足捌きで躱し、噛み付きには体勢を低くして顎の下をくぐり、そして尻尾の薙ぎ払いにさえ高く飛び跳ねることで対応した。
巨大ヤモリたちの攻撃によるほんの僅かな隙間を、まるで針に糸でも通すかのように、次々と躱していく。
ヤツらの攻撃は、ただの一度でさえ、飯酒盃の身体を傷つけることは無かった。
「す、すごい! 這う者の攻撃を、全部躱すなんて……!」
「ふふ、効きませんねぇ――では、反撃です」
巨大ヤモリたちの攻撃をことごとく躱すと、飯酒盃は攻撃に転じた。
近くにいるヤモリを拳で打ち据え、蹴り上げ、武器代わりにヒョウタンを振り回す。
攻撃に至っても、こちらの目を奪ってしまうほど、流麗であった。
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這う者に 213 のダメージ!
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這う者に 234 のダメージ!
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這う者に 227 のダメージ!
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飯酒盃の攻撃ののち、無数のウインドウがぽんぽんぽん、と浮かび上がる。
そしてほとんど同時に、巨大ヤモリたちの内数匹が、悲鳴もあげずに崩れ落ちた。
全くの無傷で、鍛え抜かれたアルヴィーの女たちですら苦戦を強いられる、あの巨大ヤモリの数匹を倒してしまったのだ。
俺たちはというと、もはや言葉を失うほかなかった。
……あれ、本当に飯酒盃だよな?
いつでもどこでも酒を飲みまくって「いぇ~い」などと間延びした声で言っていた、あの飯酒盃だよな?
本当に、本当に悔しいのだが、彼女と、中国の某有名アクションスターの姿が重なる。
すなわち――メチャクチャにカッコいい。
「な、なんだよ! クソ、なんでそんなふざけたチートに僕のトカゲどもが……!」
鴻池がヒステリーを起こして頭を掻きむしった。
しかしその一方で、飯酒盃は相変わらず夢見心地にぽへーっとしている。
いや、ぽへーっとしているのはその表情だけで、その身のこなし自体はすさまじい。
未だに続く攻撃の嵐の中、彼女は巨大ヤモリの亡骸の上を滑り、時に腰かけ、時に跳ね上がって、たまに酒を煽ったりもしている。
「――すみませんね恭介君、今まで隠してて。正直に言うと、私は最初あなたのことをあまり信用していませんでした」
飯酒盃は巨大ヤモリの爪の連撃を、揺らめくような最小限の動きで躱しながら言った。
「私は、転生者なんて初めから信じていません。私が今まで出会ってきた転生者たちは、得てして己の利しか考えていなかったのです。異世界などという都合の良い物に、悪酔いしてしまったのですよね」
彼女は巨大ヤモリの攻撃を躱し、ヒョウタンを蹴り上げて、向かってきた巨大ヤモリに一撃を加える。
「ですが、あなたは別でした。こんな世界においても、素直であり続けた。自分を失っていなかった。それはあまりに無防備で、場違いなものなのでしょう」
二匹の巨大ヤモリが同時に押し寄せる。
飯酒盃は助走をつけて跳ね上がると、巨大ヤモリの鱗を踏み台に、いわゆる三角跳びをもって、あっという間に彼らの巨体を駆けあがる。
飯酒盃の身体が、頭上の太陽と重なった。
ヤモリたちが一斉に頭上を見上げたが、もう遅い。
流星のごとく飛来した飯酒盃が、落下の直線状にいた巨大ヤモリたちへ、目にも止まらぬ蹴りや突きの雨を降らせたのだ。
飯酒盃が軽やかに着地する。
その直後、彼女の周囲に群がった巨大ヤモリたちが、ぐらりとくずおれた。
そして彼女は、最高の笑顔で言うのだ。
「――ですが、だからこそあなたは人を惹きつけるのです。圧倒的な力や知力でもなく、その“心意気”で」
俺は、言葉を失った。
不覚にも、本当に不覚にも、感動してしまっていたのだ。
彼女もまた人を見ていた。
なんてことだよ、自分自身が恥ずかしい。
単なる飲んだくれに見えようとも、ただのアッパラパーに見えようとも。
――彼女もまた、人を思う、人なのだ。
こちらが感動していると、彼女は一転していつもの調子に戻り。
「ところで恭介君、トカゲのしっぽ酒ってどう思います? ハブ酒みたいにお酒に漬け込んで……」
「……は? どうって、ハブみたいに毒はないからあんまり美味くないと思うけど……」
「そうですかぁ、そうですよねぇ、残念です……」
心底残念そうに、がっくりと項垂れる飯酒盃。
その気の抜けたようなやり取りに、俺はたまらず噴き出してしまった。
――ああそうか、どれだけカッコよくたって、飯酒盃は飯酒盃なのだ。
「ぐ、ううううっ……! アル中のくせに図に乗りやがって!」
その時である。
鴻池が怒りから地団太を踏むのと同時に、今まで後方で沈黙を貫いてきたゴーレムが、突如、凄まじいスタートダッシュを切ったのだ。
「なっ――!」
ゴーレムが後方から一直線に駆けてくる。
しかしその標的は俺でもレトラでもマリンダでもない。
彼の狙いは――飯酒盃だ。
「させるかぁっ!!」
俺は咄嗟にゴーレムの前に立ちはだかる。
意思を持って突っ込んでくる金属の塊、そしてそのスピードは自動車などの非ではない。
瞬間、全身が引きちぎれたのではないかと錯覚するほどの、衝撃が俺を襲った。
「うぐぁぁぁっ!!」
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クワガワキョウスケに 514 のダメージ!
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撥ね飛ばされる――そう思ったが、俺は一瞬にして手元を離れかけた意識を根性で引き戻し、これを堪えた。
力任せに押し出されて、足元の地面が抉れる。
――ゴーレムに食らいつくことが叶った。
「……ッチ、邪魔が入ったか」
「キョウスケ様!?」
「あ、アンタ、何を……!!」
「くるな!!」
こちらへ駆け寄ってこようとするレトラとマリンダを制し、俺はゴーレムとの“相撲”を続ける。
俺は筋肉があげる悲鳴を押し殺し、そしてやせ我慢に、彼女らへ向かってにかりと笑って見せた。
「あのアル中女にあそこまで言わせたんだ、上等だ! 俺だって男だ! やってやるよ!! 俺がゴーレムを食い止めてやる! 100万発殴られようとも、ぜってーに離さねえ!!」
ゴーレムが深紅色の結晶体をこちらへ向けてくる。
飯酒盃を排除するよりもまず、先に俺を始末しようというのだろう。
「で、ではキョウスケ様、せめて“箱”を……!」
「そ、そうよ!」
マリンダが懐から慌てて“天上天下唯一無双俺俺俺”のチートボックスを取り出す。
攻撃、防御、素早さに999のステータス上昇補正をかける最強のチート。
確かにそれをもってすればゴーレムを倒すことも、ゴーレムの攻撃をほとんど無傷で耐え切ることも可能だろう。
しかし――
「いらねえっ!!」
俺はその提案を一蹴する。
「ど、どうしてですか!?」
「――いいか!? 単純な話だ!! 俺がここでゴーレムの攻撃を受けきる! その間にお前らは飯酒盃と協力してあの巨大ヤモリどもを倒せ! そして鴻池の野郎をふんづかまえろ!! ウイルスが作れるなら、ワクチン的なものも作れるだろ!」
「で、ですが……!」
「ゴーレムの攻撃を受けきるだけならチートなんていらねえ! どのみち、ゴーレムの攻撃を受け切れるのは俺だけなんだ!! いいから早く行けっ!!」
「……! わ、分かりました! すぐに倒してきます!!」
レトラとマリンダがこちらに踵を返して、巨大ヤモリの群れへと向かっていく。
その背中を見送ったのち、俺はゴーレムに向き直った。
そして、いつも彼と話すときのように、微笑む。
「……お前だってあのチートにはいい思い出ねえだろ? ここはひとつ、友達らしく殴り合おうぜ。俺が勝ったらごめんな」
ゴーレムの鉄拳が、脳天に振り落とされた。
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クリティカル! クワガワキョウスケに 780 のダメージ!
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