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草だけ食べてHP100万!~俺たちの最高に泥臭い異世界転生~  作者: 猿渡かざみ
第二章 地上に舞い降りた天使たち編
42/51

42 そして彼女は酒を注ぐ


「ご、ゴーレム、お前……!」


 ようやく目を覚ましたゴーレムへ歩み寄り、そこまで言いかけたところで俺の顔面に文字通りの鉄拳が打ち込まれた。

 全くの不意を打った神速の一撃、避けようとすることすら叶わなかった。


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  クワガワキョウスケに 661 のダメージ!

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「ぐうっ!?」


 巨大ヤモリの攻撃など、まるで問題ではなくなるほど強烈な一撃。

 俺は大きくのけぞってそのまま地面に打ち付けられ、足元にクレーターを作る。

 あまりの衝撃に、大地が揺れたほどだ。


 ぐわんぐわんと世界が揺れる。自分が今どこにいるのか、よもや宙に浮いているのではないかと錯覚した。


「キョウスケ様!」


 揺れる視界の中で、レトラが俺の名を叫んで、マリンダとともにこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。

 しかし深紅の光を宿したゴーレムが、彼女らの前に立ちはだかる。


「な、何故邪魔をするのですかゴーレム様!? キョウスケ様は友人だと言っていたじゃありませんか! 目を覚ましてください!」

「――無駄無駄、もう全身を流れるマナに僕の作ったウイルスが行き渡っちゃったから、今の彼は破壊しか能のない操り人形だよ」


 キザっぽい口調で言うのは、もちろん鴻池のクソ野郎である。

 ヤツは巨大ヤモリどもの群れに守られていかにも得意げだ。


「僕のチート“インフルエンサー”はその気になれば国さえ亡ぼせる最強のチートなのさ。ペストやコレラなんて朝飯前、医療技術の進んでいないグランテシアにこれをばらまけば効果は絶大だろう。準備に時間のかかることと、僕自身の身体能力は何一つ上がらないのが玉に瑕だけどね――まぁ、なんにせよたかがゴーレム一匹おかしくするのなんて訳もないってことさ」


 よくもまぁべらべらと、お喋りな奴だ。

 自分のチートを明かした上、聞かれてもいないのにその弱点まで喋るとは。

 しかし、同時にヤツは臆病な男である。

 今までどこかしらで息を潜めていたにも関わらず、この局面で姿を現してきたことも含め、全ては自らの勝ちを確信した上での振る舞いだろう。


 確かに、状況は最悪だ。

 ヤツの周りには巨大ヤモリの群れ、そしてゴーレムは鴻池のふざけた“ウイルス”とやらで正気を失っている。


 まだ若干めまいはしたが、俺はこの危機的状況を打破すべく、ふらふらと立ち上がる。

 そして頭の中で「ステータス」と唱え、ウインドウを開いた。


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  クワガワ・キョウスケ Lv8


  農民


  HP 998934/999999

  MP 12/12


  こうげき  18

  ぼうぎょ  23

  すばやさ  19

  めいちゅう 17

  かしこさ  17

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 多少HPは減っているものの、これしきでは全然届かない。

 せめて弩拳骨1000tだけでも使えれば勝負にもなろうものを。

 だが、弩拳骨はHPが3分の1を切ってから初めて使える奥の手であり、それにはHPを33万以下まで削る必要がある。

 悠長にHPが削られるのを待っていれば、それまでに全てが終わってしまう。


「くっ……! 這う者がこんなに……! 昨日集落を襲った時より数が多いじゃない……!」

「キョウスケ様、無理です……! ゴーレム様まで敵に回っては勝てるはずがありません……!」

「はっはっは、絶望したかい? チェスで言えばチェックメイトというやつさ、もはや勝ち目などないんだよ――時にそこのアル中女」


 鴻池が飯酒盃を指した。飯酒盃は「私ですか?」と首を傾げる。


「君以外に誰がいるんだい、まぁ、それはともかくとして君に提案がある。もはやこの状況、僕の勝利は決まった。そこのアルヴィーの二人は知っちゃいけないことを知ったから消す、そしてそこの低学歴は生意気にも僕の顔をぶん殴ったから消す」


 鴻池は突き出した人差し指をスライドさせていって、最後にもう一度飯酒盃を指す。


「――でも、君だけはこの集落へ二度と近寄らないと誓うなら、同じ転生者のよしみで見逃してやってもいいよ」


 俺は思わず声をあげた。

 鴻池の野郎、この状況、このタイミングでなんて悪魔的な提案を……!


 飯酒盃がいなくなるということは、同時に彼女のチート“ほろ酔い横丁”が使えなくなるということ。

 すなわちヤツが作り出したウイルスを唯一無効化できる神酒“ソーマ”を手に入れる手段がなくなるということだ。

 そうなればアルヴィーの女たちは一生ヤツの言いなり、俺たちの敗北が確定してしまう。


 一方で飯酒盃はといえば、酒さえ飲めればなんでもいいような女だ!

 こんな提案、アイツがなんと答えるかなんて分かり切っているじゃないか――


「お断りしまぁす」


「はは、そうとも、それが賢明な判断だ……ん? なんて言った?」

「お断りしまぁす」


 飯酒盃祭は、間延びした声で二度言った。

 鴻池はこの反応にたいそう驚いたようであったが、それは俺たちだって同じだ。

 俺も、レトラも、マリンダも、目を剥いて飯酒盃に注目している。


「な、何故かな? この状況でそれはあまり賢明な判断とは思えないな、君一体どこのFラン出だい!?」

「何故、ですか、そうですねえ」


 飯酒盃は衆目の中、おもむろに地べたへ座り込んであぐらをかくと、ヒョウタンから盃へなんらかの酒を注いだ。

 そしてそれをあっという間に飲み干すと、ぷはぁと熱を帯びた息を吐き出す。


「これは新潟県佐渡島で作られた最高級の雫酒、雑味が少なく、繊細な味わいが特徴で、一本20万超しますね」


 続きまして、と言って、飯酒盃は再び手酌をし、それを豪快に飲み干す。


「こちらはダルモアの62年物、素晴らしく香り高いウイスキーですね、なんとボトル一本で約600万円もするそうです。一口で飲み干してしまいましたけど」


 続きまして、続きまして。

 飯酒盃はウンチクをたれながら次から次へ、魔法のヒョウタンから世界各国の最高級の酒を湧き出させ、盃へ注いではぱかぱかと飲み干していく。

 あれだけ高級な酒をジュース感覚で飲んでいくのも当然こちらとしてはハラハラものなのだが、それ以前に――なんというウワバミか。

 これを遠巻きに眺めていた鴻池が「うっぷ……」と声をもらした。


 そして飯酒盃は軽くリットル単位の酒を飲み干すと、空の盃を高く掲げてこう言うのだ。


「――ほら、一人で飲むお酒は、こんなにも美味しくない」


 飯酒盃は、言い切った。

 いつも通りの間延びした口調ではなく、はっきりと、意思を持って。


「彼女らは、そして恭介君は、私のようなアル中女を見捨てずに、あまつさえ私のお酒を飲んでくれました。こんなよく分からない世界で、私の注いだお酒を飲んでくれる人がいるんですよ? こんなにうれしい事が他にあるんでしょうか?」

「さ、酒がなんだっていうんだ! アルコールは脳味噌を委縮させるんだぞ! 肝臓も傷めるし、依存症が……!」

「日本には盃を交わすという言葉があります。私たちは盃を交わしました。ああ、昨日の飲み会は久々に、とても楽しかったですねえ」


 声を荒げる鴻池のことなど無視をして、飯酒盃は心底楽しそうに呟き、よっこらせ、とその場から立ち上がる。

 そして彼女は服についた土埃を払うと、こちらへ振り返って言った。


「恭介君、あなたが初めてですよ。こんな世界でも私のお酒を飲んでくれた人。私、正直に言うととても嬉しかったんです。それだけじゃありません、恭介君は、私みたいなアル中女を決して見捨てたりしませんでした。いつだってそれが当たり前みたいに助けてくれて、私も少し甘えちゃいましたよ」


 こちらへ振り返った際の飯酒盃の柔らかな微笑に、不覚にもどきりとした。

 あれ? 本当にこいつ飯酒盃だよな?

 あの終始酔っ払ってぐでんぐでんになって、だらしなく笑ってた飯酒盃だよな?


 飯酒盃は鴻池へと向き直り、自らの懐へ手を差し込んだ。


「同じ酒の席で同じ阿呆になった仲、これを裏切ることは無粋の極み、せっかくの酔いも醒めてしまいます――というわけで、私、頑張っちゃいますよ」


 引き抜いた手が握っていたのは、黒い立方体。

 テニスボールほどの大きさで、表面にデフォルメ化された女神のイラストが描かれており、そこに文字が添えられている。

 あれは――


「ち、チートボックスだ! トカゲども! さっさとやれ! チート発動される前に殺してしまえ!」


 鴻池の合図で、背後に控えた巨大ヤモリどもがきしゃあきしゃあと鳴きながら、怒涛のように飯酒盃へ押し寄せる。

 飯酒盃は押し寄せてくる巨大ヤモリの群れを前にして、ただの一歩も退かなかった。

 そして彼女は、お決まりのあの台詞を吐く。


「――ボックス開放」


 飯酒盃の手の内にある未知のチートボックスが光に包まれ、展開される。

 そして光の粒子が全身に溶け込むと、彼女は片足を高く上げて両手を突き出し、独特の構えを取りながらゆらゆらと揺らめいた。


 娯楽に乏しい寒村に育ち、VHSで昔の映画ばかり見ていた俺は、それを知っている。

 あれは中国の某有名アクションスターがやっていた、例の構え――!


『ボックス開放、“エンター・ザ・ドラゴン”起動します』


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  スキル “酔えば酔うほど攻撃力アップ”付与!

  スキル “酔えば酔うほど素早さアップ”付与!

  スキル “酔えば酔うほど回避率アップ”付与!

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 ……一つだけ言わせてもらうと、エンター・ザ・ドラゴンはブルース・リーだ。

 そんなツッコミをすることが野暮だと思われるくらい、今の飯酒盃はカッコよかったわけである。


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