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草だけ食べてHP100万!~俺たちの最高に泥臭い異世界転生~  作者: 猿渡かざみ
第二章 地上に舞い降りた天使たち編
41/51

41 白い黒幕


 自らを鴻池拡と名乗った、白衣の少年はさながらマントのように白衣を翻し、くふふふ、と含み笑いをする。


「そうとも、僕が黒幕なのさ、黒幕、なんと良い響きか、T大医学部卒のクレバーな僕にぴったりじゃないか」


 彼は天を仰ぐ。どれをとっても、自らの言動、そして自らの振る舞いに酔っているような、芝居がかった仕草だ。

 最初呆気に取られていたレトラとマリンダも、彼が諸悪の権限と知ると、憎々しげに彼をにらみつけた。

 だが、本人はそんなもの目にも入っていないようだ。

 もう一度白衣を翻して、こちらへ向き直る。


「さて、黒幕にたどり着いた君たちには、冥土の土産に教えねばなるまいね、この騒動、その真相を――」

「んなことどうだっていいんだよ」


 俺はヤツの三流ミュージカルじみた茶番を遮る。

 彼の眉間に、ひくっと皺が寄った。きっと自分に酔いしれている時に水を差されたのが腹立たしいのだろう。

 だが、もう一度言ってやる。そんなことはどうだっていいんだよ。


 俺は彼をにらみつけた。

 ――俺が比較的短気な方であるというのは依然言ったと思うが、意外にもブチ切れたことはほとんどない。

 それはおそらく俺が定期的に発散しているためだ。我を忘れるほどの怒りを溜め込んだことなど、ほとんどない。

 だが、俺の怒りが一気に臨界点まで達する事柄が、二つ存在する。

 それは祖父を貶められた時、そして気心知れた友人に、危害を加えられた時だ。


 そしてヤツは二つ目の項目を満たした。十分すぎるほどに。

 これにより、俺の怒りはとっくに臨界点を振り切って、もはや俺の頭の中では煮えたぎったマグマがぶくぶくと音を立てていた。

 限界を超えた怒りは、自然俺の全身に宿る。

 この時俺が身に纏った怒りは、はたから見ていたレトラやマリンダが一瞬己の怒りを忘れてしまうほど、だったという。


「まず先に説明することがあんだろ、なぁ? ゴーレムに何をした?」


 自然と声も低くなる。鴻池が、一瞬ひっ、と短い悲鳴をもらしたが、すぐに例のキザったらしい笑みを取り戻し、鼻で笑う。


「ふ、ふん、そんなにそこの鉄の塊が大事かい? いいかい、物事には順序というものがある、まずは僕の話をだね……」


 いよいよ限界だった。

 俺は拳を握りしめて、その場を駆けだす。

 鴻池の野郎は反応する間もなかった。

 ヤツの童顔に拳骨がめり込む。やたらと鼻につくナルシズムな顔がぐにゃりと歪んだ。


 ----------------------------------------------------------------

  コウノイケヒロムに 27 のダメージ!

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「ぐえっ!?」


 ヤツの小柄な体が、ものの見事に吹っ飛んだ。

 吹っ飛んで、地面の上を滑り、その真っ白な白衣を土色に汚した。

 むろんこれで許すはずもない。

 俺はすぐさま距離を詰めて、ヤツの胸倉を掴んだ。

 彼はひぃっ、と情けない悲鳴をあげて、反射的に顔を覆い隠す。


「賢い賢い黒幕さんよ、インテリなだけあってどうやら喧嘩は慣れてねえみたいだな、俺ごときの拳骨でもこんだけダメージが入るんだからよ」

「な、なんて野蛮な」

「当たり前だろ、こっちは高卒の田舎猿、大学なんて見たこともねえよ。ところでHPはどんぐらいある? 例えHPが100万あったとしても、テメェが謝るまで殴り続けてやるからよ、なぁ?」

「ひっ……こ、こい! トカゲども!」


 トカゲども? 何を訳の分からないことを。

 そう思って、これ以上ふざけたことの言えないよう、とりあえず30回ほど殴り続けてみようかと拳を構えた時――俺の身体は後方へ弾き飛ばされた。


 ----------------------------------------------------------------

  クワガワキョウスケに 193 のダメージ!

 ----------------------------------------------------------------


「ぐっ!?」


 凄まじい衝撃に視界が明滅する。

 俺の身体は背中から剥き出しの土肌を滑って、鴻池との距離がどんどん離されていく。

 俺は途中でなんとか土埃を巻き上げながら、踏み止まる。

 見上げると、鴻池の背後には――


「は、這う者……! それもあんなに……!」


 レトラが驚愕の声をあげた。

 そう、どういうわけか鴻池の背後には這う者と呼ばれる巨大ヤモリが、横一列になって控えているではないか。


「よし、爬虫類の小さな脳味噌でよくやった! あの低学歴を引き剥がしたぞ! はは! なにが謝るまで殴り続けるだ!」

「てめえ……!」

「――おっと!」


 俺が再度ヤツへ殴りかかるべく走り出す構えをとると、鴻池の合図で巨大ヤモリたちが俺の前に立ちはだかり、鴻池を守る。


「はは! こいつの一撃を耐えたことは褒めてやるけど、もう通用しないよ! こっちには肉の壁ならぬ鱗の壁があるんだ! アルヴィー族の女どもが束になっても勝てないこいつらがね!」


 鴻池は巨大ヤモリの後ろで、はっはっは、と高笑いを上げる。

 自身の危険がないと分かると、急に強気だ。

 しかしヤツが一体どのような手段をもってヤモリどもを操っているのかは知らないが、実際これほど強固な守りはない。

 赤い舌をちろちろと覗かせる巨大ヤモリを前に、こちらが攻めあぐねていると、レトラが何かに気付いたように「あっ!」と声をあげた。


「あ、あの人! 以前長に勝負を挑んで、こっぴどく負けた人ですよ!」


 鴻池が「ぐっ」と呻く。

 そういえばレトラが以前言っていた。

 “見たこともない白装束の男性が、長にこっぴどくやられて逃げ帰った”と。

 それを聞いて、マリンダも何か思い出した風だ。


「ああ、あの“君が長というのなら、君を倒せば君たちは全て僕のモノになるということだね”とか言って、ボコボコにやられた男?」

「ぐうっ! あ、あの頃は転生したばっかりでチートの使い方がよく分かってなかったんだよ!」


 鴻池が例のキザったらしい口調をやめて本気で声を荒げていた。図星のようだ。

 しかし彼はすぐにその失態に気付いたらしく、再び汚れた白衣を翻した。


「――でも今は違う! 僕は完全にマスターしたのさ! 僕にぴったりの実にクレバーなチート“インフルエンサー”をね!」


 鴻池はそう言って懐からチートボックスを取り出す。

 そして、ようやく自分の話せる環境ができたと見るや否や、自慢げに語り始める。


「僕の“インフルエンサー”は自身にスキル“ウイルス作成(極)”を付与する、まさにT大医学部出の僕にうってつけのチートさ! このスキルによって、僕はまったくの無からどんなウイルスでも作れる! 多少荒唐無稽なものであろうと、そう――」


 彼はここでたっぷりと溜めた。


「感染した者を、一夜の内にレベル1にしてしまうウイルスだってね」

「なっ……!」

「えっ……!?」


 マリンダとレトラが驚愕の声をあげ、鴻池は予想通りの反応にうっとりしている。

 俺はというとあらかた予想はできていたので、反応らしき反応は見せてやらない。しかし彼は構わずに続けた。


「ああ、今アルヴィーの女たちが凶暴化しているのも、もちろん僕のウイルスのせいさ、その辺の蚊にウイルスを含ませて、アルヴィー族の集落に放ったんだ。そしたらあっという間」

「ど、どうしてそんなことを……!」

「そこのブリキ人形だってそうさ」


 鴻池はレトラの質問を無視して、向こうで項垂れるゴーレムを指した。


「ウイルスが生き物だけに効くものとは限らない。ウイルスと定義されれば、あとは知識次第。コンピュータ・ウイルスってあるだろう? それと同じさ」

「テメェ、ゴーレムによくも訳の分からねえもんを……!」

「訳の分からないなんて、いかにも低学歴らしい発言だよ。僕がちゃんとした理論のもとウイルスを作り出して、わざわざ大地の精霊に組み込んだんだ。発言を撤回するべきだよ」


 鴻池はこちらを見下して、ふっ、と鼻で笑う。


「実際、厄介なのはそこの馬鹿力のゴーレムだけだったからね、それさえ封じてしまえばあとは何も恐れることはない、安心して君たちを倒せる」

「このクソガキ……! なんでこんなことをする……! 目的はチートボックスか!?」

「チート?」


 鴻池が素っ頓狂な声をもらす。


「なんだいそれは? 僕はそんなもの興味ないよ、僕はふたつのチートボックスを持っている。これで十分に最強さ」

「だったらなんでここまでする! どうして俺たちを襲う!」

「俺たち? はは、違うね、僕が狙っているのは“天使たち”さ」

「天使だと?」


 俺は眉をひそめる。すると彼はやはり芝居がかった風に肩をすくめ、やれやれ、と溜息を吐いた。


「ああ、君のように下衆な本能が脳味噌の代わりに詰まってるような輩にはきっと理解できないだろうね、あのあどけない姿、純真無垢な瞳、それでいて瑞々しい肌……ああ!」


 彼が恍惚とした表情で語る。

 そして最後にたっぷり、たっぷりと溜めると、彼は信じがたいことにこう言った。


「――僕は、アルヴィーの子供たちをお嫁さんにしたいんだ」


「「「は?」」」


 俺たち三人の声が重なった。

 それでも鴻池は語り続ける。


「分からないだろうね、君のような偏差値弱者には、でも僕には分かるんだ。彼女らこそ本当の天使! 穢れなき彼女らを僕が全力で庇護するんだ!」


 レトラとマリンダが、一歩後ろに引いた。

 分かる、分かるぞその気持ち。


「現世ではとうに叶わなかったけど、こちらの世界なら無問題! それに彼女らはいわゆる合法ロリだ! ……でもアルヴィー族の女と結婚するには、戦って勝たなきゃいけない。僕があの天使たちを傷つけるわけにはいかないし、かといって長には勝てるだけのレベルがない」

「……だからアルヴィー族にレベル1化のウイルスをばらまいたと?」

「はは、高卒のくせに理解が早いじゃないか、つまりはそういうことさ」


 たまらず俺も一歩引いた。

 振り返って見ると、レトラとマリンダが遥か後方にいる。

 あの飯酒盃でさえ、酒を飲む手を止めて半歩後ろで固まっている。


「そんな理由で私たちの集落に……」


 もはや怒りを通り越し、更に呆れさえも通り越して遥か彼方、たどり着く先には生理的嫌悪しか残っていなかった、という感じだ。


「まぁ、そんなわけだから、レベル1化のウイルスが解除できる君たちが邪魔なんだよ、言ってしまえば君たちのせいだ」


 と、鴻池が俺と飯酒盃を指す。


「だから君たちには消えてもらうよ、僕のインフルエンサーでね」


 そして鴻池はぱちぃんと指を鳴らした。

 その瞬間、全く微動だにしなかったゴーレムへ、光が宿る。

 だがその光は、いつも通りのエメラルドグリーンではない。深紅の、ルビー色に変色していた。

 そしてその光は、俺と飯酒盃に向けられる。


 また、それと同時に鴻池の周りに控えた巨大ヤモリたちが、一斉にぎゃあぎゃあと鳴き始めた。

 鴻池は指揮者気取りにこれを制して、最後にこう言った。


「それと君、さっき僕のことをクソガキとか言ったようだけど――失礼な、こう見えても28だ」


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