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草だけ食べてHP100万!~俺たちの最高に泥臭い異世界転生~  作者: 猿渡かざみ
第二章 地上に舞い降りた天使たち編
36/51

36 がるるるる


「えい“ソーマ”」


 飯酒盃が手の甲でぽこんとヒョウタンを小突いた。

 これによって飯酒盃の抱えた魔法のヒョウタン“ほろ酔い横丁”の中には神酒“ソーマ”が満ちたわけだ。

 ……いや、マジでうらやましいなそのチート。

 望んだ酒が望んだだけ出てくるとか、そういうチートだったら俺も欲しかったのに……


「ええと、ソーマは病や病気と定義されるものなら、なんであれぇ、たちどころに治してしまうとてもありがた~いお酒なんですよぉ」

「そのありがたい効果は実証済みだから、早くレトラに飲ませてやれ」


 ちなみにレトラはというとパゼロの後部座席シートに体を横たえて、うんうんと唸っている。

 さすがに正気を失っているとはいえ地べたに転がしておくのは忍びなかったので、一応車内へ運び込んだのだ。

 しかし、これは失敗だったかもしれない。


 先ほどからレトラが断続的に「うっぷ」と苦しそうな声を漏らしている。

 レトラの事も心配だが、できれば寝ゲロだけは勘弁してくれ、パゼロは広義的に言えば俺の寝床と同義なんだ。

 俺は知っている。自分の布団でゲロを吐かれた時ほど絶望的な状況はない。


「ええ、もちろん飲ませろと言えば飲ませられますがぁ……」

「なにか問題があるのか?」

「確かレトラさんは、突然恭介君に襲い掛かってきたんですよねぇ、こう、がぁっ、と」


 飯酒盃が両手をあげて熊かなにかの物真似をする。

 そんなに間の抜けた感じではなかったが、まぁそうだ。


「ソーマは万能の神酒です。飲ませればどんな病でも、たとえ酒酔いや二日酔いですらも病と定義して、たちどころに解消してしまうんですがぁ……」

「八塩折之酒の酔いが醒めた途端、また襲い掛かってくるかもしれないと?」

「可能性はありますよねぇ」


 なるほど、一理ある。

 例えば俺に襲い掛かってきたことがそもそもレトラの意思であった場合、レトラは文字通り再び俺に牙を剥くことだろう。

 あの狂気じみたさまがレトラの意思だとはにわかには信じがたいが、可能性はなくもない。

 しかし


「いいよ、その時はその時だ」


 どのみちレトラが正気を取り戻してくれなくては話が進まないのだから、ここはすぱっと決断する。


「安心せい、もしもまた飛び掛かってくるようなら、今度こそワシが土の神秘を行使して土饅頭にしてやるのじゃ」

「いや殺してんじゃねえか、砂風呂ぐらいで勘弁してやれよ」

「あ、じゃあそうなったら私がまたお酒をかけてあげればいいんですねぇ~、次はスピリタスとかどうです?」

「殺す気満々じゃねえか、頼むからやめてくれ」


 ちなみにスピリタスとはポーランド原産のウォッカであり、アルコール度数96%という馬鹿げた数値を叩き出す世界最強の酒、というよりほぼただのアルコールである。


 何故そんなにも詳しいのかと言うと、前世の数少ない友人の一人がある日ふざけてこれを買ってきて

「すげえ、見てみろよ恭介! フライパンに垂らすと一瞬で蒸発するぜ!」

 などと言ってはしゃぎ、あろうことかその直後にタバコなんぞを吸い始めたせいで、タバコの火が気化したスピリタスに引火し、軽い騒ぎになった経験があるからだ。

 ちなみに少しだけ舐めてみたが、舌が痺れるばかりで味なんぞ微塵も感じられなかった。

 あれは人の飲むものじゃない。まして人の頭からぶっかけるものなどでは、決してない。


「とにかく、そういうわけだからやってくれ飯酒盃」


 正直、これ以上ひどい酒酔いに見舞われるレトラを見ていられないのだ。

 いつゲロゲロやられるか分かったもんじゃない。


「はあい分かりましたぁ、ではレトラさん、ぐいーっと!」


 飯酒盃はヒョウタンから盃へとソーマを注ぎ、そしてソーマで満ちた盃をうんうん唸るレトラの口元まで持っていくと、わずかに開いた唇の隙間へソーマを流し込んだ。

 ソーマの効果はすぐに現れた。

 レトラの乱れていた呼吸が穏やかなものに変わり、全身から余計な力が抜けていく。

 そしてソーマを全て飲み干したのちにレトラはゆっくりと、まるで快適な睡眠から自然と目覚める時のように、目を開いた。

 瞳の色は、元の宝石のように綺麗な翡翠色に戻っている。


「おーいレトラ、気分はどうだ?」

「天にも昇る気持ちです……」


 レトラは夢見心地に呟いた。

 なるほど、ひどい二日酔いが突然に解消されると人はそんな感想を抱くのか。

 まあなんにせよ良かった、レトラはどうやら正気を取り戻したようだ。


「あれ、そういえばここは……?」

「集落から少し離れた場所に停めておいた俺のパゼロ……って言っても分かんないよな、まあ、移動式の寝床みたいなもんだ」

「へ? キョースケ、この鉄の塊は動くのか?」

「ああそうか、ゴーレムは知らないのか。燃料を補給する手段がないからいざっていう時に使おうと思ってな」

「私、恭介君の運転見てみたいですぅ~」

「話聞いてたか飯酒盃、運転してほしかったらそのヒョウタンからガソリンでも出してみろ」


 えー、と不満の声をもらす飯酒盃。

 そんな顔をされても運転はしないぞ、異世界にはきっとガソリンなんて存在しないだろうからな。

 なんてやり取りをしていると、突然レトラがシートから跳ね起きた。


「キョウスケ様! 大変なんです!」

「うおっ、な、なんだ?」


 レトラはかなり興奮した様子で、俺の肩を掴んでくる。

 そして更にまくし立てた。


「――み、皆が突然凶暴になって、仲間を襲い始めたのです!」


 凶暴に?

 言われて思い出すのは先ほどのレトラの姿。

 歯牙をむき出しにして、獣のように唸りをあげて、こちらへ飛び掛かってくるレトラ。

 なにより印象的だったのが、その深紅に染まった瞳だ。


「あの、その明け方のことです! 突然、仲間の一人が凶暴になって、他の仲間たちに噛みつき始めて、そしたらなんでか噛まれた人も凶暴になっちゃって……! 今では集落のほとんど皆が凶暴になってしまいました!」


 それを聞いて、俺はひくっ、と顔の筋肉を引きつらせる。


「噛まれたら凶暴に、じゃと?」

「は、はい! がぶっ! って首元とか手首とかに! そしたら、もうぐるるるっ、って!」


 興奮のあまりに語彙が少なくなっている。

 これを聞いて、ゴーレムは怪訝そうに首を傾げた。


「そんな現象、ワシは知らんのう。聞くところヴァンパイア、とも違うようじゃし……キョースケは何か知っているか?」

「知ってるというかなんというか」


 俺はそれによく似た現象を、知っている。

 というより現世では嫌というほど見たのだ。映画で、海外ドラマで。

 いやでも、まさかこんなファンタジー世界で……ねぇ?


 そんなことを考えていた矢先のことであった。

 レトラが何かに気付いて悲鳴をあげる。

 俺たちが一斉にレトラの視線の先へ目をやると、なにやら集落の方からこちらへ向かってくる大勢の人影があった。


「おやぁ、皆さんでお出迎えですかねぇ」


 飯酒盃が呑気な声で言う一方、俺の顔からさーっと血の気が引く。

 ……悪い予感がした。


「き、きき、きてしまいました!! 私、また齧られてしまいますっ!!」

「おいおいおい冗談だろ!」


 俺は咄嗟に後部座席から飛び降り、運転席へと飛び乗った。

 飯酒盃も何を勘違いしたのか、満面の笑みで助手席へ乗り込んで、ご丁寧にもシートベルトなんぞをしている。

 俺は急いでキーを取り出すと、これを差し込み、回して、車のエンジンを始動させる。

 不本意だが、古来よりヤツらから逃げ切るためには、車がマストアイテムだと相場が決まっている!


「ど、どうしたのじゃキョースケ?」


 その巨体からパゼロに乗れないゴーレムは、窓の外から中の様子を窺ってくる。

 俺はその質問には答えなかった。

 もうすぐそこまで、“出迎え”の皆さんが迫ってきているのだ。

 俺は簡潔に、ゴーレムへ伝えるべきことだけを伝える。


「いいかゴーレム! ヤツらと戦うんだったら、絶対に調子に乗ったりするなよ!? それに後ろを振り向くときは素早く、なるべく開けた場所にいろよ!」

「な、なんじゃキョースケ、やはり何か知っているのか!?」


 ああ、知っている、知っているとも!

 俺はギアを1速に入れる。

 それと同時に、ちょうどお出迎えの連中がこちらへ到着した。

 レトラがひときわ大きな悲鳴をあげる。


 その数おおよそ10人前後、なべて瞳を深紅色に染めたアルヴィー族の女たちである。

 皆が皆、歯牙を剥き出しに、がうがうと唸りをあげていた。


「――完全にゾンビじゃん!」


 しかも全力疾走できるタイプの!

 俺はアクセルを目いっぱい踏み込んで、生ける屍と化した彼女ら、そしてゴーレムを振り切る。

 レトラの悲鳴が車内に響き渡る中、飯酒盃は――やはり何か勘違いしているようで、パゼロへ攻撃をしかけようとしてくる彼女らへ手を振っていた。


「きょっ、きょきょ、キョウスケ様ぁっ!? 一体あれはなんなんですか!? ゴーレム様置いてきてよかったんですか皆どうしちゃったんですかぁ!?」

「あれ、恭介君マニュアルなんですねぇ、私も一応免許は持ってますけどもう無理でしょうねぇ」


 レトラは叫ぶし、飯酒盃はどうでもいいところに関心しているし、この車内での温度差がすごい。

 苦渋の決断でゴーレムは置いてきてしまったが、まぁヤツは金属製であるから、一人になってもまさか彼女らの“仲間”となるようなことはないだろう。

 それにゴーレムの素早さや土の神秘をもってすれば、逃げ切ることも容易なはずである。

 問題は俺たちだ! 俺たちは少し油断すればすぐ彼女らの仲間に加えられてしまう可能性がある!


 何故、アルヴィー族の女たちがそんなことになってしまったのか、俺にその原因は分からない。

 例の傘をトレードマークにした会社が異世界に支社を出していたというわけでもあるまい!

 ……しかし、これだけは分かる。

 こんな事態を引き起こすことが出来るのは、きっとヤツらしかいない。


「また転生者かよ!」


 ヤケクソになって叫び、ギアを4速に切り替えると、飯酒盃がぱちぱちと拍手を送ってきた。

 

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