34 まつりのあと
結論だけ言わせてもらうと、巨大ヤモリの頭は、べらぼうに美味かった。
まあ俺は"邪道喰い"などという不名誉な称号を賜るほどなので、若干、というかかなり味覚がぶっ壊れている可能性も否めないのだが、それを踏まえた上で言わせてもらうと、やっぱり美味かった。
もちろん初めは躊躇したさ。
なんせ俺のことを散々追い回したあの巨大ヤモリの、その頭だぞ?
いざ目の前にしてみるとフラッシュバックが起こった。軽くトラウマである。
あと、普通にビジュアルがグロすぎる。
キョースケよ、なんでもここが一番美味いらしいぞ。
とか言って、ゴーレムがなんの躊躇いもなく白く濁った巨大ヤモリの目玉を抉り取った時は本当に吐くかと思った。
というかえづいた。ォエッ! と声が出てしまった。
それでいてゴーレムはいかにもやりきった風で、その抉り出した目玉をこちらへ勧めてくるのだから、もう、もう……
……しかし冷静に考えてみれば、別に爬虫類を食うのは初めてじゃない。
理想郷にいた頃は貴重なタンパク源としてずいぶんとお世話になったものだ。
そう考えると、要はサイズの違いだけである。
なにより、俺の空腹がいい加減に限界だったのだ。
というわけで、食った。
おそらく一生分の勇気を振り絞って。
いざ食ってみると、これがなかなか美味い。
独特の食感があって、口の中で軽く革命が起こった。
咀嚼の最中に何度かそれが巨大ヤモリの目玉であることを思い出して吐きそうになったが、それを差し引いてもやはり美味かった。
気付けば大玉スイカほどもあった目玉をぺろりと平らげてしまい、それでも足りずにヤモリ肉も食った。
ヤモリ肉は思ったよりも水っぽくて弾力に欠けたが、それでも肉は肉である。これもまた美味かった。
そして肉を食えば、当然次は酒だ。
まだ若干不服ではあったが、それはそれ、飯酒盃に頼んで酒を出してもらった。
ソーマや八塩折之酒を始めとして、ビールやハイボールなどの慣れ親しんだ我らが故郷の酒も、とにかくじゃんじゃん出してもらった。
酒とは偉大だ。
飲んで騒げば、イヤなことなんて全部忘れられる。
やがて俺は忌々しき薬草のベールを脱ぎ去り、アルヴィーの女たちと酒を酌み交わすと、ゴーレムの宴会芸で盛り上がって、すっかり出来上がったターニャと飲み比べをやってギャラリーを沸かせ、茂みの中でゲエゲエやるレトラの背中をさすった。
そして各々が一通りに騒ぎ切って、おおむね半数が酔いつぶれた頃合いになると宴もたけなわ。
後は三々五々に解散して、世にも騒がしき宴はこれにてお開きとなった。
ターニャから簡易的な寝床を勧められたが、これは丁重に断った。
なんせ俺には、帰るべき場所がある。
――そう、愛しきパゼロだ!
「はぁ~~~~! やっぱり慣れた寝床が一番だな!」
俺は集落のはずれに停めたパゼロへ意気揚々と乗り込むと、運転席のリクライニングを倒して、そこへ寝転がる。
ふかふかの布団や上等なベッドより、なんだかんだこれが一番落ち着く!
ウインドウも少しだけ下げているので、吹き込んだ夜風が火照った身体を撫でて、実に心地が良い!
「うらやましいのう、ワシもそこで寝てみたいのう」
とは、ゴーレムの言。
しかし彼の金属質な身体は、ちと大きすぎる。
よって彼は今パゼロの傍で仰向けになって、夜空の星の数なんぞを数えている。
理想郷ではずっと一人じゃったからのう、こうして星を数えるのがクセになっておるのじゃ。
これもまたゴーレムの言だ。
「それにしても楽しかったのうキョースケ、あんなにもはしゃいだのは初めてじゃ」
「俺も前世では飲み会自体は飽きるほどやったけど、あんなにも賑やかなのは、そういえば久しぶりかもな」
「ワハハ、飲み会というのは実に良いものじゃ、もしもワシに絶大な権力があれば毎日の飲み会を義務化してやるのじゃ!」
「アルハラって知ってるか?」
まぁ、ゴーレムの恐ろしげな野望については置いておくとして、確かに飲み会は良い。
ガス抜きだ。オイル交換だ。それになにより、いかなる不安とも無縁なのが良い。
あそこでは皆が進んで阿呆になる。踊る阿呆に見る阿呆、あらゆる阿呆をごちゃ混ぜにした阿呆の祭典だ。
思うに、人間の最大の欠点とは“無駄に頭の良すぎるところ”だと思う。
頭が良すぎるがゆえ、思考の堂々巡り、負の連鎖、抜け出せないマイナス思考のラビリンスへ容易く入り込んでしまう。
だからこそ、たまには阿呆にならねばならない。そして再確認する必要がある。
俺たちの前に立ち塞がる問題の数々は、その多くがたった一杯の美味い酒で笑い飛ばせてしまうほど、些末なことなのだと。
「最初は勝手に異世界へ転生なんて言われてふざけんな! と思ったけど、酒ってすげえな、案外どうでも良くなってきたよ」
「酔いが醒めれば、また後悔するやもしれんぞ?」
「その時はまた飲もう、それの繰り返しさ」
「ワハハ、キョースケがイサハイのようなことを言っておる、堕落の象徴め」
「不名誉なことを言うな、それに――」
俺はフロントガラスに映り込む満天の星空を見上げた。
「――今はゴーレムも飯酒盃もターニャもレトラも、それにマリンダもいる。後悔なんてねえよ」
そう、俺はこの世界で友人ができた。
古代兵器じみたゴーレムに、アル中女、あとは腹筋の割れたエルフもどきの女たち。
少しレパートリーに偏りがありすぎる気がしないでもないが、十分だ。
俺はこんなバカげた世界で、それでも生きていきたいと思い始めている。
「キョースケも大分酔っておるのう、そこそこ恥ずかしい事を言っておるぞ」
「いーんだよ、どうせ朝になったらうろ覚えなんだから。――ああ、飯酒盃といえば」
俺はちらりと助手席の方へ目をやった。
極力気にしないようにしていたのだが、やはり気になってしまう。
……何故、飯酒盃が例のヒョウタンを抱き枕代わりにして、パゼロの助手席で寝そべっている?
「恭介君、どうぞお構いなくぅ」
「構うわバカか、何普通に乗り込んできてんだ」
「私ぃ、ちっちゃい頃から車の助手席で寝るのが好きなんですよねぇ」
「知るか」
飯酒盃も相当に出来上がっているようで、こちらの言葉など意にも介さない。
頬を赤らめ、むにゃむにゃ言っている。
「常識的に考えて、嫁入り前の女が初対面の男と一つ屋根の下で眠るか? 普通」
「恭介君、意外に硬派ですねえ、嫁入り前って、ふふ」
「笑うな」
「どーせそんな度胸ないって知ってますから、大丈夫ですよぉ、ふふ」
「いや笑うな! お前に俺の何が分かるんだよ!」
翻って飯酒盃を責めたてるが、なんということか、さっきまであれだけ生意気なことを口走っていたのに、今はもうこちらへ背を向けてすうすうと寝息を立てている。
お前はのび太君か。
「キョースケの近くにいると賑やかでいいのう」
ゴーレムがワハハ、と笑った。
クソ……気にした俺がバカみたいじゃないか。
俺は寝返りを打って飯酒盃へ背を向け、右腕を枕に入眠の姿勢をとる。
酒をしこたま入れたことも手伝って、すぐに睡魔が首をもたげてきた。
「もう限界だ……俺は寝るぞゴーレム」
「ああ、ワシもひととおり星を数え終わったらスリープモードに入る、良い夢をな」
お、ゴーレムのくせに気の利いた挨拶だな……
そんなことを考えながら、俺はまどろみの中へ落ちていった。
――この時すでにアルヴィー族滅亡のカウントダウンが始まっていることにも気付かず。




