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草だけ食べてHP100万!~俺たちの最高に泥臭い異世界転生~  作者: 猿渡かざみ
第二章 地上に舞い降りた天使たち編
33/51

33 だから彼女は酒を飲む


 さて、本格的に一人になってしまったことだし、さめざめと泣くか。

 そう思って俺は藁のベッドの上で目頭を押さえ、俯いていると、


「――キョウスケ殿」


 声がした方へ振り返ってみると実に機嫌よさそうに口角を釣り上げるターニャの姿がそこにあり。

 そしてターニャの背中に隠れて、頬を赤らめたマリンダがちらちらとこちらの様子を窺っている。


「先ほどは災難だったな」


 よっこらせ、とターニャが地べたに腰を下ろす。

 それにぴったりくっついてマリンダも腰を屈めるが、やはりターニャの後ろに隠れたままだ。

 ……伝統芸能かなにかか?


「キョウスケ殿があれだけ私たちのために身を粉にして奮闘してくれたにも関わらず皆から英雄扱いされぬとは、おかしいな、何故キョウスケの魅力が皆に伝わらん?」

「羽虫みたく逃げ回ってただけだからじゃないっすかね」


 皮肉を込めて言ってやる。

 あの状況下で唯一の特技“超野菜人”からの“弩拳骨1000t”を封じられた俺には、もはや馬鹿げた数値のHPぐらいしか残っていない。

 そんな地味なものより、もっと華やかなゴーレムのレーザービームだの、飯酒盃祭のどんな酒でも無限に湧き出す魔法のヒョウタンだのが注目を浴びるのは、仕方のない事だ。

 

 ターニャは何がツボにはまったのか「わっはっは」と豪快に笑ってばしばしと背中を叩いてきた。

 痛い、傷にしみる、ような気がする。


「まぁまぁそんなに不貞腐れるな! 私はちゃんと見ていたからな! キョウスケ殿の雄姿を! それに私は前も言った通り貴様の心意気に惚れたのだ!」

「心意気、ねえ……」


 ホント、心意気だけでチヤホヤされるような世界だったら良かったのに。


「実際にキョウスケ殿のおかげで私たちは這う者の群れを退け、そして例の奇病も、ほらこの通りだ!」


 ターニャは楽しそうに腕をぶんぶんと振り回している。

 そう、巨大ヤモリどもを駆逐したのち、飯酒盃が神酒“ソーマ”を皆へ振る舞ったことによって、アルヴィー族の女たちは見事件の奇病から快復した。レベルは全員元通りである。


 ただし「今まで酒なんて見たこともない」という連中がいきなり神酒を煽ったのだから、それはもう大変な騒ぎとなった。

 美味い、もう一杯、美味い、気持ちいい、もう一杯、ああなんだかふらふらしてきた……

 気付けば無法地帯のどんちゃん騒ぎである。


「レベルは戻った。これで私たちは以前の生活と、アルヴィー族としての誇りを取り戻すことができる。家はほとんどが潰れてしまったが、まぁ、生きてさえいればいくらでも立て直せる!」

「それは良い事だ、レトラも一人で薬草を摘みに行かなくて済む」

「ハハハ、それは言ってくれるな。まぁ要するに、私はこれらが全てキョウスケ殿の功績だと思っている、それだけを伝えたかったのだ」

「さすがに持ち上げすぎだ」

「そうか? マリンダもそう思っているようだが」

「なっ! お、長!」


 ターニャの背中でマリンダが焦ったように叫び、そして不意にこちらと目が合うと、彼女は気恥ずかしそうにターニャの背中へ更に深く隠れてしまった。

 ……なんだ、少し前まではあれだけ野犬じみた敵意を発散させていたのに、一転してしおらしく、まるで小動物のようじゃないか。


「別に……そんなのじゃないわよ、でも、アンタなんかに借りは作りたくなかったから……」

「俺、なんか貸してたか?」

「ち、違うわよ、ほ……ほら、あの時、助けに入ってくれたでしょ、這う者に襲われてた時」

「あぁ……」


 マリンダを守ろうと巨大ヤモリに殴りかかるも、俺がポカして逆に返り討ちにあったアレか……

 全く、嫌なことを思い出させてくれる。


「アンタ、あんな感じで割り込んできたクセに全然弱くて、速攻やられちゃってたけど、でも、その、ちょっとアンタのこと信じてみようかな、って気持ちには、なった、かも……」


 言いながらどんどん語尾が弱くなっていって、やがて消え入るような声になった。

 ……なんだ、誤解していたが、意外と素直な子じゃないか。


「そ、それだけ! 私もう行くから!」


 ようやくターニャの背中から巣立ったマリンダは、早足でその場を後にした。

 あいつは昔から素直ではないのだ、とはターニャの言。

 彼女は琥珀色の液体に満ちた歪な器を傾けて、それを一口に飲み干す。


「ぷはぁ、いや、なんにせよ、これでキョウスケ殿との約束は完遂されたわけだな、私は信じていたぞ」

「期待に添えて何より、あとはなんの心残りもない、ゴーレムとの二人旅も再開だ」

「ということは、キョウスケ殿はこの集落を出ていくのか?」

「まぁゴーレムと相談して明日中には出ていこうかな、って考えてる」

「参考までに聞かせてほしい」


 ターニャは、ここで一拍置く。


「なにゆえ、旅に出る?」


 何故、旅に出るのか。

 俺はこの質問に答えない。いや、答えられなかった。

 はなから全く望まなかった異世界転生だ。俺たちに目的なんて呼べるものはない。

 宴の喧騒が、はるか遠くに聞こえる。


「いっそ私たちの仲間になってここで暮らす、というのはどうだ? キョースケ好みの女もいるだろう」

「……女だけの集落じゃなかったのかよ」

「なあに、私たちアルヴィー族全員をキョウスケ殿が倒せばよいだけの話、そうすればあっという間に一夫多妻、ハーレムの完成だ」


 そういえば以前レトラが言っていたな。

 アルヴィーの女たちは、自分よりも強い男と番になるのだ、と。

 異世界だからって安易にハーレムなどと言いやがって……


「無理無理、お前らに勝てるわけないだろ俺が。ただでさえ女に慣れてないのにハーレムなんて分不相応すぎる」

「謙遜を、レトラならばどうだ?」

「どうしてここでレトラの名前が出る」

「むろんレトラが素晴らしいからだ。掃除洗濯炊事なんでもできて真面目で、良い子だ! レトラは私にとって可愛い妹のようなものだが、キョウスケ殿にならば任せられる!」


 ううん、確かに。

 レトラの中には滲みだすほどの天然っぽさが多分に含まれているのだが、同時にそこはかとなく家庭的な部分も感じ取れる。

 というかお前、俺のこと過大評価しすぎでは?


「それともマリンダがいいか? あいつは掃除も洗濯も炊事もできないし、ちっこくて口うるさいが、まあ、なんか、良いぞ」

「一個も褒めてないからな、それ」

「では、まさか私か!? いや、しかしキョウスケ殿とならば……」

「お前酔ってるだろ」


 俺は勝手に妄想逞しくするターニャを制した。

 ターニャはやはり、わはは、と豪快に笑う。


「キョウスケ殿が望むのならばいつでも良いがな、私は」


 と、最後に冗談だかなんだかよく分からない一文を付け加えると、ターニャは何かを思い出したようにさっと表情を変えた。

 先ほどまでの軽い調子とは違う、なにやら真剣な表情だ。


「そうだ、伝えるのを忘れていた。キョウスケ殿、もし万が一この集落を出るのなら覚悟してくれ」

「なんでだ」


 ターニャがその美しい顔面をずいとこちらへ寄せてくる。

 そして囁くような声で言った。


「……這う者が群れを成して襲ってくることなど今までに一度もなかった。なにやら悪い予感がする」

「悪い予感、っていうのは?」

「そこまでは分からん、しかし這う者は本来狡猾なモンスターだ。あのように大群で集落へ攻め入るなど、これはどう考えてもおかしい」

「あんまり怖い事言うなよ……二の足を踏むじゃないか」

「くく、臆病風に吹かれたのなら、その時はこの集落に留まればいいではないか、いつまでも、なんなら子供をこさえてもいいぞ?」


 ターニャがいたずらっぽく言った。やはり酔っている。

 さてそれではおいとまします、という雰囲気をこちらが少しでも匂わすと、あの手この手で引き留めようとしてくる隣の家の婆さんにそっくりだ。


「まぁ、ゆっくり考えてくれ、美味い肉を食い、美味い酒でも飲みながら、しっかりと英気を養うといい」


 ターニャは最後にそう言い残すと、再びよっこらせと立ち上がって、その場を後にした。

 ……おそらく飯酒盃から次の酒をもらうつもりだ。

 まさかあれだけ厳格そうなターニャがこれほどの大酒飲みだったとは。

 やはり酒というのは飲んでみるまで分からないものなんだな……


 そんなことを一人しみじみと感じていると――突然、後ろから抱きつかれた。

 背中に感じる未知の柔らかさに、思わず情けない声が漏れてしまう。

 咄嗟に振り返ると、その犯人は予想外にもレトラであった。


「な、なんだよレトラそんな後ろから急、に……?」


 見るとレトラの様子がおかしい。

 目がとろんとなって頬は緩み、尖った耳の先に至るまで顔全体が紅潮している。

 加えてゆらゆらと、彼女の華奢な身体は揺れていた。

 右手には空になった器。


 経験から分かる。

 ――まずい、これは“悪い酔い方”だ。


「はれぇ……? すみまへんキョウスケ様ぁ、なんだかふらふらしちゃって……えへへ」

「れ、レトラ、お前飲みすぎじゃないのか」

「なにがですかぁ?」


 話が通じていない。

 しかもその間延びした喋り方、飯酒盃にそっくりだぞ!

 ……とか言ってる傍からあぶねえ!!

 俺は意図的としか思えない勢いでこちらへ飛び込んでくるレトラを、間一髪かわした。


「キョウスケ様ぁ、なんで避けるんですかぁ……」

「なんで突っ込んでくるんですか!!」


 勢い余って藁のベッドへダイブしたレトラは、こちらの質問に答えず、ただ熱のこもった視線を浴びせてくる。

 ――やめろ! なんかその目で見つめられると、こう、胸がざわざわする!

 俺は必死で彼女から目を逸らそうとするのだが、彼女もまた懐いた子犬のようにこちらへすり寄ってくる。

 そのせいで熱を持った柔らかい何かが色んなところに擦り付けられて、こっちまでどうにかなってしまいそうだ!


「ねぇ、えへへ、キョウスケ様、なんでこっち見てくれないんですかぁ」


 レトラは身体をこちらへ擦りつけつつ、俺の顔を覗き込もうとしてくる。

 こいつ、わざとか!? 年ごろの――と言っていいのかどうか微妙だが――娘が、出会って一日の男に酒の勢いで身体をすり寄せるなんて。

 もし俺がお前の父親だったら、お前には今後一生酒は飲ませねえ!


「キョウスケ様ぁ、お怪我の具合はいかがですかぁ」


 レトラは俺の身体に巻きつけられた薬草の上から、身体のラインを指でなぞってくる。

 ――いよいよ限界だった。


「コラ! おまっ……コラ!! 年ごろの娘がなにしてんだ!! このバカ野郎!」


 もはや脳味噌のリソースをボキャブラリーに割くほどの余裕はなかった。

 俺はベッドから跳ね起きて、レトラを叱りつける。

 しかし、どうも俺には祖父のような威厳が足りないらしい。

 怒られたにも関わらず、レトラは飼い主を前にした子犬のように、にへらっとだらしなく頬を緩めていた。

 しかも、こともあろうにレトラはその辺に落ちている小枝を二本ほど拾い上げて、


「キョウスケさまぁ、私とゲームをしましょうよぉ」


 などと提案してくるではないか。


「……ゲーム?」

「ええ……これはアルヴィー族に伝わるムランバというゲームで、片方の手に二本の小枝を握りしめて、それをお互いが交互に放り投げるんです……そして放り投げた時にできた二本の枝のかたちで、勝敗を決めるんですよぉ……」


 たとえばこんな風に、とレトラが二本の小枝を投げ放る。

 小枝は剥き出しになった土肌の上を軽く跳ねて、やがて二本の位置関係が垂直のかたちになる。


「この形は、一番弱いかたちですねぇ、1点です……重なり合ってバッテンになるかたちが一番強くて3点、次に強いのが、平行に並ぶかたちで2点です……」

「……これ、面白いか?」

「試しにキョウスケ様もやってみてくださいよぉ」


 レトラが二本の小枝を拾い上げて、こちらへ手渡してくる。

 なんだかなぁ……

 俺は半ば投げやりに小枝を放った。

 すると小枝は情けない音を立てて跳ね、やがて垂直のかたちになる。


「おいレトラ、確かこれって一番弱いかたちだったよな?」

「ぐぅ……」

「おいこらなんで寝る」


 お前が誘ってきたんだろうが。

 このままだと俺がそのへんに枝を放って一人でぶつぶつ呟いてるヤベーやつになるじゃねえか。

 俺はレトラの肩を揺すって、なんとか彼女の目を覚まさせる。


「ほら、お互いに放るんだろ、起きろ、ほら」

「……あい、わかりまひた」


 あんまり分かってなさそうだな……


 レトラは寝ぼけ眼をこすりながら、二本の小枝を受け取り、そして片方の手の内で握りしめる。

 そして――何故か粉々にへし折った。

 彼女の手の内から、ぱらぱらと小枝の残骸が零れ落ちる。

 俺はというと、唖然とするだけだ。


 しばらくしてレトラが口を開く。


「ああ、これは最悪のペナルティですねぇ、マイナス50点です……」

「マイナス!?」

「というわけで私の50回負けです……」

「50回負け!?」


 小枝折ったことに対してのペナルティでかすぎじゃねえ!?


「えへへ、私、キョウスケ様に負けちゃいましたねえ、50回も、えへへ……」

「お前がそれで納得できるんなら別に俺は構わないが……」

「えへへ」


 自分から持ち掛けたゲームで負けたくせに、なんかこいつやけに嬉しそうだな……


 ……しかし、何故だろうか?

 なにやら俺は、このどこが面白いのかよく分からないゲームを通じて、なにか取り返しのつかない事をしてしまったような気がする……


「――おおい、キョウスケぇ! 今戻ったのじゃあ!」


 得体のしれない不安を感じていると、ゴーレムの声が聞こえてきた。

 そうだ、そういえばあいつには肉と酒を持ってくるように言ってたんだっけ?

 八つ当たりも含めて、気の毒なことをしてしまった、せめて温かく出迎えてやろう。

 そう思って背後へ振り返り、絶句した。


「言いつけ通り、一番いいところの肉をもらってきたのじゃ! なんでもこの部位は普通長しか食べれんらしいぞ!」


 ――ゴーレムは、丸焼きになった巨大ヤモリの頭を掲げて、実に嬉しそうにこちらへ向かってきていた。


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