32 おかしくない?
かくしてアルヴィー族の危機は去った。
視界を埋め尽くすほどの巨大ヤモリの軍勢はゴーレムの究極奥義とやらによって見事に駆逐された。
集落中に燃え広がった炎は、近くに小川があったことや、ゴーレムが土の神秘を駆使したことなどが手伝って、すぐに消し止められた。
家屋のほとんどが押しつぶされ、焼け焦げ、かわいらしいワンちゃんが数匹犠牲になったことを考えれば、被害は甚大だ。
しかし、驚くべきことに今回の騒動による死傷者はゼロ。
厳密に言えば巨大ヤモリから逃げる際に転んで怪我をした者や、燃え広がった炎にまかれて軽い火傷を負った者もいたが、まぁこれはあえて数に数えずともいいだろう。
なんと出来すぎた話があったものか。
異世界万歳、ファンタジー万歳、ご都合主義万歳。
ああ、しいて言うなら。
――俺は巨大ヤモリどもに踏みしだかれた上に全身を鉄製の剣で串刺しにされたが、もうこれも数に数えなくてもいいだろう。
いいはずだ。
皆が無事なことを考えれば、俺一人の犠牲なんて、どーーーでもいい話だ。
「なぁ、キョースケ、いい加減に機嫌を直すのじゃ……」
ゴーレムは俺の顔を覗き込んで、いかにもばつが悪そうに言った。
俺はこれに対して無視を決め込んでやる。
「あの状況では仕方なかったのじゃ、それに、その、キョースケの馬鹿げたHPなら問題ではないと思って……」
「いくら体力馬鹿でも防御力はレベル相応だ。痛いもんは痛いんだよ」
あんなにバカスカ遠慮なく串刺しにしておいて、なにがベストパートナーだ。
そりゃあもちろん俺のHPは100万あるから?
ゴーレムの攻撃の巻き添えを食ったところで死にやしないし? 命に関わることでもねえよ?
もちろん、飯酒盃のチートで生み出した八塩折之酒を使って巨大ヤモリたちを一か所に誘き寄せ、ゴーレムに一掃させる作戦、ある程度は俺が巻き添えを食うことも想定内だ。
でも、あんなに遠慮なくやることねえじゃん! ちょっとは手加減してもいいじゃん!?
当たり前の話をするが、全身を刃物で切り刻まれる感触、俺は初めて味わったぞ!?
死にゃあしないが本気で死ぬかと思ったわ! 血はドバドバ出るし、冗談みたいにいてえし!
ちなみにあの後、レトラをはじめとしたアルヴィー族の女たちがすぐに手当てに当たってくれた。
今は地べたに藁のような植物を敷き詰めた簡易ベッドで体を横たえている。
ご丁寧に全身薬草でぐるぐる巻きにされて、笹団子の気分だよ!
……どうでもいいが、地上に降りてなお薬草に縁があるのはそこはかとなく微妙な気分だ。
もっと言えば、あんなズタズタの状態になってなおピンピンしている俺を見て、手当てに当たった女たちが露骨に引いていたことも後味が悪い!
「なぁ、そんなに腐れんでくれ……ほれ! 肉もあるぞ! 傷を治すにはまず精をつけねばな! 食え! キョースケ!」
ゴーレムがぐいぐいと焼いた肉を押し付けてくる。
肉汁が滴っていかにも蠱惑的だが……それヤモリ肉だろ!
あそこで山のように積み重なった巨大ヤモリどもの屍から切り分けた肉だろ!
俺は深い溜息をつく。
「……ゴーレム、俺だって別にそれだけの理由でここまで怒ってるわけじゃないんだ。実際ピンピンしてるし、こんな風に重傷患者じみた恰好に甘んじてるのも、ひとえに気分の問題だ」
「というと?」
ぴくり、と額に青筋が浮かぶ。
全く白々しい――そう口に出しかけたその時、頬を赤らめたアルヴィー族の女たちが、何人かこちらへ駆け寄ってきた。
正確にはこちらではなくゴーレムに、だが。
「――ゴーレム様! 皆、貴方を待っていますよ!」
「さあ是非こちらへ! 貴方様ほどの豪傑となれば、さぞかし語るべき武勇をお持ちの事でしょう!」
「さあさあ、ご馳走も用意しておりますゆえ!」
「い、いや、ワシはキョースケを看ていなくてはならん、それに飯は食えん、ワシ、ゴーレムじゃから」
「キャーっ! 出ましたキメ台詞! “ワシ、ゴーレムじゃから”! 渋いですぅ!」
「どうかご謙遜なさらず! 子供たちも貴方様を待っています! あの、その、キョウ、ええと……そこの殿方はレトラが看護にあたりますので!」
「そ、そうか? それならば仕方ないな……」
ゴーレムが緩み切った口調で言って、それからはっと、何か気付いたようにこちらへ振り返った。
ご名答、お前の視線の先では笹団子と化した俺が冷め切った目でお前を見据えている。
「ち、ちがっ……! キョースケ! これはな、その、えと……」
「なんだ? 別にいいぞ、行って来いよ英雄様、こんな名前もロクに覚えられてないヤツのこと放っておいて、向こうで思う存分語ればいいじゃないか、俺はそのへんの草食ってるからさ」
「す、すすすすまん!! 本当にすまん!! 許してくれキョースケ!!」
そのへんの雑草を引きちぎると、ゴーレムが慌てて土下座の体勢をとる。
俺はそんなゴーレムを鼻で笑って、向こうの、賑やかな宴の中心へ目をやった。
ひときわ大きな薪の炎を囲んで、アルヴィー族の女たちがどんちゃん騒ぎの真っ最中だ。
皆一様に頬を赤らめ、目はとろんとして千鳥足、平たく言えば酔っ払っている。
そして宴の中心に鎮座し、神のごとく崇め奉られるは――
「いえ~~~い、皆さん飲んでますかぁ~~」
――摩訶不思議、飲兵衛である。
彼女を囲むアルヴィー族の女たちは、粗末なつくりの器を高く掲げて、舌っ足らずに「いえ~い!」と応えた。
「私たちをお救いくださった救世主、イサハイマツリ様に乾杯!」とも。
いえ~い、ハハ、楽しそ~~、ハハハハハ、ハハ、は。
「おかしくない?」
俺はそちらへ目をやったままゴーレムに問いかけた。
ゴーレムは無言で土下座の体勢を続けている。よく見るとわずかに震えていた。
「いや、ゴーレムは分かるよ? 実際巨大ヤモリのほとんどはお前が倒しちゃったわけだし、でもあいつはおかしくない?」
「お、おっしゃる通りなのじゃ」
「あいつ、終始飲んだくれてただけだよ? 巨大ヤモリに集落が滅茶苦茶にされてる時も、それを肴に酒飲んでたようなやつだよ? なんで崇め奉られてんの? 救世主? アル中が?」
「で、でも、あやつの“ちーと”があったおかげで、アルヴィー族の奇病も治って這う者を引きつけられたわけじゃし……」
「うん、引き付けたの俺だよね? 巨大ヤモリの大群から必死の思いで逃げ回って、最終的に囮になってヤモリごと串刺しにされたの俺だよね?」
「その……」
「あと、もっと言えば飯酒盃のチートで病気が治せるって気付いたの俺だよね? あいつただ最初っから最後まで飲んで潰れて温泉で溺れてただけだよね?」
「おおおおおおっしゃる通りなのじゃ! じゃからその! 頼むからこっちを見て喋ってほしいのじゃ!!」
ゴーレムが必死に懇願してくるが、振り返ってやるわけにはいかない。
なぜなら少し涙が滲んでいるから。
なんかもう色々限界になって、俺はこの藁ベッドから立ち上がり、声を荒げた。
「おかしくない!? この扱いはさすがにおかしくない!?」
遥か後方では飯酒盃が胴上げをされている。
一方でゴーレムは今や子供たちに一躍大人気の戦隊ロボ的な扱いだ。
そりゃあ、俺だって別に「救世主様、救世主様」と崇め奉られたいわけじゃないけど、これはひどすぎるだろ!
俺は決して勇者を夢見る誇大妄想狂ではないが、かといって無償で人を助ける仮面ライダーじみた正義漢でもない!
普通の人間であるからして相応の行いには相応の報酬が欲しいのだ!
具体的に言えば、もう少しちやほやしてほしいんだよ!
それがなんだ!? 楽しげな酒盛りを遠巻きに眺めながら笹団子で、あまつさえ名前もロクに憶えられてないって! こんな仕打ちがあるか!?
「なにこの人……」
「こわい……」
「ねえ、行こ? ゴーレム様も気が向いたらぜひこちらへ……」
女たちはそれだけ言い残すと、そそくさと立ち去ってしまった。
じわり、と涙が滲む。
「……ゴーレム、早く行って来いよ」
「じゃ、じゃがキョースケが……」
「だったら肉の一番美味いとこと飯酒盃から一番美味い酒もらってこいよコノヤロー!!」
「ひ、ひぃ」
滲んだ涙を隠すように怒鳴り散らすと、ゴーレムもまた足早に逃げ去って行ってしまった。
異世界転生って、こんなにしょっぱいもんだっけ?




