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草だけ食べてHP100万!~俺たちの最高に泥臭い異世界転生~  作者: 猿渡かざみ
第二章 地上に舞い降りた天使たち編
30/51

30 地獄絵図


 彼女らにとって、それは全くの不意を突かれる出来事であった。


 なんせターニャが「万病を癒やす神酒」などという胡散臭いものを威勢よく一気に飲み干し、皆がその様子に度肝を抜かれていた、その時の出来事である。

 集落のはずれより謎の破砕音があがった。

 そして突然の出来事に皆が驚きながらも身構えたその直後――家屋の一つを薙ぎ倒して、ヤツが現れたのだ。


 見上げるほどの巨大ヤモリ、彼女らは確か"這う者"と呼んでいたな。

 ヤツは瓦礫を踏みしだいて、真っ赤な舌をちらちらと覗かせながら、こちらを見下ろしている。

 なんと間の悪いヤモリがいたものか!


「這う者よ!」

「ああ、何故、どうしてこんな時に!」


 思いがけない闖入者により、アルヴィー族の集まる広場は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌した。

 ある者は叫び、ある者は子をかばい。

 またある者は勇猛果敢に、自らの体躯の数十倍はあるであろう巨大ヤモリに向かって弓を構えた。

 ――しかし皆一様に怯えている。

 それもそのはず、レベル1化の奇病が蔓延したこの集落には“這う者”へ対抗するだけの戦力がないのだ。


「放て!」


 その号令を合図にして這う者へ立ち向かったアルヴィー族の女戦士たちが一斉に弓を引いた。

 しかし


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  這う者に 1 のダメージ!

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  這う者に 2 のダメージ!

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 ----------------------------------------------------------------

  這う者に 1 のダメージ!

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 放たれた矢は這う者の頑強な鱗にことごとく弾かれ、力なく地に落ちてゆく。

 普段ならいざ知らず、謎の病によってレベルを1に引き下げられてしまった彼女らでは、あの巨大ヤモリに太刀打ちできるはずもない。


 そして当の巨大ヤモリは怯む様子もなく、琥珀色の眼をぎょろぎょろと動かしながら獲物を見定めていた。

 お眼鏡にかなう餌さえ見つかれば、すぐにでも頭からかじりついて、そのまま丸呑みにしてしまいそうだ。

 勇敢な女戦士たちがたじろぐ、反対に巨大ヤモリは彼女らへじりじりとにじり寄り、舌なめずりをする。

 当然、見過ごすわけにはいかない。


「――ゴーレム!」

「ワハハ! 最近露骨にワシの出番が減って正直腐れておったが、絶好のチャンスじゃ!」


 ゴーレムはなんだか妙な方向にテンションを上げて、その場から大きく跳躍した。

 瞬間、周囲に突風が吹き抜け、俺たちは目を覆う。

 ゴーレムの黒鉄の身体が、アルヴィー族の頭上を飛び越えて宙を舞ったのだ。


「――前回あまり見せ場がなかったからのう! ここぞとばかりにユートピア・ゴーレム戦闘モード解禁じゃあ!」


『ユートピア・ゴーレム、戦闘モードに移行します』


 ゴーレムの身体より電子音声が響いて、ゴーレムの全身に張り巡らされた碧い光の血脈が深紅に染まる。

 頭部と胸部に埋め込まれたエメラルド色の鉱石も、ルビー色に変質する。

 ずううぅん、と腹の底まで響くような音を鳴らして、ゴーレムは巨大ヤモリの正面に着地した。


 ゴーレムの巨体をもってしても、巨大ヤモリは見上げるほどの巨体だ。

 しかし、ヤツも本能でゴーレムが敵に値すると判断したのであろう。

 先ほどまでとは打って変わり、巨大ヤモリは臨戦態勢になって鋭い爪を振り下ろした。


 だが、相手はアルヴィー族の長ターニャですら恐れるモンスターだ。

 体格差もある。さすがのゴーレムでもこれは苦戦するかと思われたが――


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  ユートピア・ゴーレムに 6 のダメージ!

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 ――どうやら余計な心配だったようだ。


 研ぎ澄まされた爪は、哀れ、(くろがね)の城に弾かれ、粉々に砕け散ってしまった。

 巨大ヤモリが悲痛な叫びをあげ、反対にゴーレムはわっはっは、と豪笑する。


「ワシにダメージを通したことは褒めてやろう! しかしただのトカゲ風情が最新魔術の粋を凝らして作られたワシに勝てる道理などあるものか!」


 さて、少しばかり古すぎる気もするが、鉄の城とくればブレストファイアーである。

 ゴーレムは胸部のルビー色をした鉱石へ目も眩まんばかりの光を収束させ、そして熱線を放った。


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  這う者に 389 のダメージ!

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  ユートピア・ゴーレムは 這う者を たおした!

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 放たれた熱線は、巨大ヤモリの鱗に覆われた胸部から背中にかけてを貫いた。

 胸にぽっかりと穴をあけた巨大ヤモリは、ぐらりと揺れて、そのまま地面に沈む。

 さてその一方でゴーレムはというと、すでに巨大ヤモリの屍に背を向けて、勝利の余韻に浸っていた。


 ゴーレムは機械なので、表情の変化はない。

 変化はないが、あんな何もない場所で一ヶ月も顔を突き合わせていれば分かるのだ。

 彼は今、最高のドヤ顔を披露している。

 そして彼の思惑通りになったようで本当に悔しいが、滅茶苦茶カッコいい……


「す、すごい! 這う者をたった一撃で!」


 アルヴィー族の女たちからわっと歓声があがる。

 ゴーレムはすっかりご満悦のようで、ギャラリーに手なんぞ振って英雄気分だ。

 そして俺は観衆の最後尾でぼけーっと突っ立ってそれを眺めている。


 ……もうこの異世界転生もの、あいつが主人公でいいのでは?

 一周回って卑屈になり、そんなことを考え始めた矢先のことである。


 ――再び、凄まじい破砕音が連続して届いた。

 そして間髪入れず、更にもう一匹、いや二匹。

 いや、いや――とかく多勢の、巨大ヤモリの大群が、家屋をなぎ倒しながら怒涛の如く押し寄せてきたではないか!


「なんだと!?」


 この異常事態に、ターニャを始めとしたアルヴィー族の女たちは驚き戸惑った。

 巨大トカゲたちは立ち並ぶ家屋をまるで空き箱でも潰すかのようにくしゃりくしゃりとやって、地面とともに踏み均してしまう。

 そして各々の家に繋がれていた犬のような生き物は、ことごとく呑み込んでしまった。

 そんな風にアルヴィー族の集落を蹂躙しながら、ヤツらは四方から俺たちを追い詰めてくる。


 歓声は、一瞬にして悲鳴へと変わった。

 この圧倒的な力の前では、もはや抵抗の意思を示すこともままならない。

 なべて逃げ惑い、なべて許しを乞い、なべて神へ祈った。

 しかし彼女らの祈りもむなしく、蹴散らされた焚火の炎が家屋の残骸へと燃え移る。

 アルヴィー族の集落が赤々と燃え盛る炎に包まれ、阿鼻叫喚の地獄絵図が再び展開された。


「なんだよ! あの巨大ヤモリはこんな群れでやってくるものなのかよ!?」

「ち、違います! 這う者は群れを成したりしません! こんなことは今までありませんでした!」


 レトラが俺の言葉を強く否定する。

 しかし、事実として奴らはそこにいて、アルヴィー族の女たちを襲っている。

 危機的状況だ。


「キョースケ! 一匹や二匹ならともかくこの数……! ワシ一人では到底守り切れんぞ!」


 ゴーレムもこれに対応するべく襲い来る這う者を一匹ずつ剛腕で殴り倒していくのだが、間に合わない。

 ヤツらは同胞の屍を踏み越えて絶えず侵攻してくる。いくら倒してもキリがない!

 どこからかまた甲高い悲鳴があがった。


「マリンダおねえちゃん! 死んじゃうよう!」

「……大丈夫、あんたたちはお姉ちゃんが絶対に守るから」


 振り返ると、そこには這う者へ立ち向かって、怯える子供たちを守るマリンダの姿が――


「くそッ!」


 俺は逃げ惑う人々をかき分けて、疾走した。

 燃え盛る炎に照らされた巨大ヤモリは、赤い舌をちろちろと覗かせ、今にもマリンダへ噛みつかんとしている。


 俺の攻撃はともすれば這う者に限らず、その余波でアルヴィー族へ被害を及ぼすおそれすらあるが、この際そんなことは言ってられない!

 せめて弩拳骨ではなく、いわゆる通常攻撃。それならば威力は十分の一まで抑えられる。


「伏せろマリンダ!!」


 マリンダがこちらへ振り向くよりも早く、俺は彼女らの傍を走り抜け、飛び跳ねた。

 目標は目の前の巨大ヤモリ、その鱗に覆われた胸部。

 俺は拳を振るって、“ただの拳骨”を繰り出す。

 だが、


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  這う者に 2 のダメージ!

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「なっ!?」


 俺の拳は情けない音を立て、巨大ヤモリの鱗に弾かれた。

 巨大ヤモリは反撃に腕を振るい、俺は逆に吹っ飛ばされてしまう。


「ぐえっ!?」


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  クワガワキョウスケに 188 のダメージ!

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 俺の身体は勢いよく地べたを転がった。

 な、なんでだ!?

 弩拳骨を使わず、威力を十分の一に抑えたとはいえ、たった2のダメージしか通らないなんて!

 俺は痛みに呻きながら、ステータス、と口に出さず唱える。


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 クワガワ・キョウスケ Lv7


 農民


 HP 999623/999999

 MP 12/12


 こうげき  17

 ぼうぎょ  21

 すばやさ  18

 めいちゅう 15

 かしこさ  17

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 ああ!? 3桁しかなかったHPがほとんど全快している!?

 これじゃあHPが五分の一を切ることで発動するスキル“野菜超人”が発動しない!


 そこまで考えてからようやく思い出した。

 ――そうだ、俺は飯酒盃のソーマを飲んでHPが全快したんじゃないか! なんたる間抜けだ!


「な、なにしてんのよアンタ!?」

「助けようとしたんだよ! でもこれは完全に俺のミスだ! 甘んじて受け入れるから罵れ!」

「いいから! 罵らないから! 早く逃げなさいよノロマ!」


 罵ってんじゃん!

 などというのは置いておくにしても、ヤバい、巨大ヤモリが完全に標的を俺に切り替えた。

 舌なめずりまでして、ノロマな俺がそんなに美味そうか。


 こうなったら腹をくくって食われてやる。

 俺のHPならすぐに消化されて死ぬこともないだろうから、腹の中で暴れまくって、一寸法師でもなんでもやってやる!

 そう思ってマリンダの声も無視し、大の字に寝転がっていると――目の前で、巨大ヤモリの上顎が斬り飛ばされた。


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  クリティカル! 這う者に 162 のダメージ!

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 這う者の巨体が、ずううんと地面に沈む。

 もはやぴくりとも動かない。

 なんせ頭の上半分がごっそりなくなったのだ。生きていられるはずがない。

 問題は、誰がこれをやったのか、という点だ。


「――ステータス」


 背後から凛とした、よく通る声が聞こえてくる。

 その瞬間、目の前に一枚のウインドウが表示された。


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 ターニャ・エヴァン Lv31


 アルヴィー族の戦士


 HP 209/209

 MP 141/141


 こうげき  113

 ぼうぎょ  97

 すばやさ  93

 めいちゅう 101

 かしこさ  70

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「――やはり信じてよかったぞ、キョウスケ殿」


 本来の力を取り戻したターニャ・エヴァンは、炎を背に立って、槍にこびりついた巨大ヤモリの血を振り払うと、嬉しげに笑った。



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