29 毒を食らわば盃まで
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アクティブスキル 観察眼(初級) が発動しました
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天上天下唯一無双俺俺俺 チートボックス
俺TUEEEEここに極まれり、文字通り唯一無双の力をあなたに。開放時、攻撃防御素早さが999アップ。
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改めて見てみると、やはり凄まじいチートである。
全くのノーリスクで身体能力へこれだけの上昇補正がかかったとなれば、単純な殴り合いで並び立つ者など存在しない。
俺、こんなチートを持ってる相手によく勝てたな……
まぁ、今となってはあまり関係のない話だが。
「はいよ」
俺はターニャにボックスを手渡す。
ターニャは神妙な顔で「いいのか?」と再三の確認をとり、俺は一も二もなく頷いた。
宵闇の中、焚き火の炎に照らされたターニャの顔が少し綻んだ。
そして彼女は、広場に集まったアルヴィー族の女たちに向かって、宣言する。
「皆も知っての通り、彼らは転生者だ。転生者に対して良い印象を抱かない者がいるのは私も重々承知している。しかし彼は私たちへ箱を預けた。それはすなわち彼らにとっての命を私たちへ預けたということだ」
女たちの間でざわめきが生じる。
ターニャは変わらず毅然とした態度で、このスピーチを続ける。
「レトラの言っていた通り、私たちは誇り高きアルヴィーとして恩義に報いなくてはならない。それにはまず彼らを受け容れることだ。さすれば、彼らもまた私たちをこの危機的状況から救うと約束した」
「危機的状況とは、この病のことですか」
群衆の中の誰かが言った。
病、とは言うまでもなく、アルヴィー族の集落を突如襲った“感染したもののレベルを1に戻す”原因不明の奇病の事である。
その言葉を皮切りに、闇の中のざわめきは一層強さを増す。
「この厄介な病を、あの転生者が治すと?」
「薬草の類も一切効かなかったのに」
「このままじゃ狩りもできやしない、集落が滅んでしまう」
「あの男は這う者をたった一人で倒したのでしょう? それだけの力があれば、あるいは……」
「箱がなければあの男もただの人間だ」
「いや、いや、そもそも転生者などという悪辣な輩に頼るという事自体がアルヴィー族の沽券に関わります、長だって先代のことを忘れてしまったわけでもないでしょうに……」
アルヴィー族の女たちが口々に言って、焚き火の明かりに照らされた広場が混沌に包まれる。
転生者に対しての溜まりに溜まった不満が、ここにきて一気に表出してしまったかたちだ。
この混沌のさなかでは、前回あれだけの啖呵を切ったレトラでさえ、どうしていいか分からずおろおろしてしまっている。
もちろん俺だって分からない。どうやって収集つけるんだ、こんなの。
「ともかく、私はアルヴィー族の長として彼の助力を仰ごうと思う。そのためには私たちが彼を受け容れなくてはならない。今日はそのための宴だ」
ターニャが長、という肩書きをちらつかせると、幾分か場に秩序が戻った。
しかしそんな方法で人の心がまとまるのなら、誰も苦労はしないのだ。
その証拠に、皆口を閉ざしてはいるものの、こちらを見る目からは隠し切れない不満が滲みだしている。
少なくとも客人を迎えよう、などというムードでは決してない。
そりゃあそうだ。
一族全員が母のように慕っていた先代の長が、転生者とかいう訳の分からん奴に殺されたのだ。
同じ転生者である俺たちを、そう易々と受け容れられるわけがない。
「さあ、キョウスケ殿も是非一言」
ターニャがこちらへスピーチをするよう、促してくる。
この雰囲気の中で俺が喋るのか? 無茶ぶりが過ぎるぞ。
「あー……」
俺は考える。
――受け入れられないのであれば、それはそれでしょうがない。
人は誰しもが、誰しもを、さした理由もなく嫌いになるような生き物だ。
顔が気に入らないだとか、喋り方がムカつくだとか、昔フラれた元カノに似てる、だとか。
その手の、本人とはほとんど関係のない部分で、その人間を一切受け容れないことができる、そういう理不尽な生き物だ
しかし、これは悪ではない。自然、自然なことなのだ。
皆が皆を好きになろう、なんて都合の良い話、あるわけがない。
例えば当事者の間で、いくら青春ドラマばりの熱い展開があったとして、それはそれ、これはこれ、嫌いなものは嫌いである。
だから、彼女らが俺たちを受け容れる必要なんてこれっぽちもない。
それならそれで、俺はただ淡々と“約束”を果たすだけである。
「――その病気の件、実はもう解決しました」
えっ?
彼女らは声を揃えて、一様に目を丸くした。
彼女ら、にはターニャとレトラとマリンダも含まれる。だって、3人にもまだ伝えてない。
これを知っているのは、屋根の修理に勤しんでいたゴーレムと、そして彼女だけである。
「飯酒盃」
「はあい」
暗闇の中より彼女は千鳥足で現れて、灯りの下に自らの姿を、もとい醜態を晒した。
せっかく着せてもらったアルヴィー族の民族衣装はだらしなく着崩して、肩をはだけさせている。
顔は上気して、舌もうまく回っていない。
背中に背負うは巨大なヒョウタン、右手に掲げるは真っ赤な盃。
飯酒盃はアルヴィー族の女たちが見渡せる位置までくると、そこで一息つくように、盃の酒を飲み干した。
俺は彼女の肩に、ぽんと手を置く。
「――こいつが、例の病からアルヴィー族を救う鍵になる」
一斉に、彼女らの美しい眉間に深いシワが刻まれた。
誰か一人でも「ふざけるな!」と声をあげれば、すぐさま暴動が起こりそうな、一触即発の雰囲気である。
いや、その気持ちは分かるんだ。痛いほどに。
俺だって、こんな馬鹿げた解決方法があっただなんて、未だに信じられないのだから。
「キョウスケ殿、これは、そのいったいどういうことか?」
ターニャが尋ねかけてくる。
俺はその質問に、広場のアルヴィー族全員へ聞こえるように答えた。
「飯酒盃祭、こいつの持ってるヒョウタンは魔法のヒョウタンだ。ありとあらゆる酒が、無尽蔵に湧き出てくる」
彼女たちがざわめいた。
当の飯酒盃は、まったく見上げたマイペースで、盃へ2杯目を注いでいる。
「酒、がどうしたと?」
「ありとあらゆる酒だ、それは遥か遠い国の神話に登場する酒ですら例外じゃない」
「いや、キョウスケ殿には失礼だが、それがなんだと言うのか、それがどうしてこの病から私たちを救うというのか」
「ううん、イマイチピンときてないみたいだな……飯酒盃」
「はあい」
飯酒盃はヒョウタンを傾けて、盃にほんのり赤みがかった酒を注ぐ。
そして盃が酒に満たされると、俺はその盃を飯酒盃から受け取り、そしてターニャへ差し出した。
「これはソーマという神酒だ。飲めばどんな傷も、病も、たちどころに治る」
――そう、それがこのバカげた奇病に対する、バカげた解決策。
酒、と定義されるものならどんな酒でも無限に湧き出すこのヒョウタンを形取ったチート"ほろ酔い横丁"は神話に語られる神酒ですら、例外ではない。
そして神酒の中には血の巡りを良くする、気分が良くなる、以外にも「病を治す」という途方も無い作用を持つものも存在する。ソーマも、その一つだ。
そして神話というのはえてして大雑把なものである。
つまり神話にて「病を治す」と語られた酒が実際に再現された場合、それはなんと言われようが「病を治す酒」なのだ。
流行り風邪であれ、麻疹であれ、末期ガンであれ、レベルを1に戻す奇病であれ、病と名のつくものならばなんであれ、たちどころに治してしまう荒唐無稽な代物となるはずなのだ。
「――バカ言わないでよ」
声を発したのはマリンダであった。
「どんな病も治す酒なんて、そんな都合のいいものがあるわけないじゃない」
アルヴィー族の女性たちの何人かが、そうだそうだと声を上げる。
むろん、こういう反応も想定してはいた。それに、アルヴィー族にはあの考え方がある。
「――それに、私たちはお酒なんて飲まないわ」
酒は堕落の象徴。
アルヴィー族にそういう考え方があるというのは、以前レトラの口から聞かされていた。
全ての病を治す酒などという、得体の知れないものを、彼女らがそう簡単に受け入れられるはずもない。
誰かが、見本でも示さない限り。
「私が飲もう」
ターニャは、凛として言った。
彼女の言動に場は騒然となる。
「お、長! いけません! そんな得体の知れないもの!」
「アルヴィー族の長たる貴方がそのような……!」
「毒が盛られているかも――!」
毒、というワードがあがった途端、ぴくりとターニャの尖った耳が揺れた。
そしてターニャは、俺の手から盃を受け取り、それを天高く掲げる。そして言った。
「――彼は、毒さえ飲んだ」
水を打ったような静寂が、場を満たした。
「最初に言っておこう、私が彼ら、転生者を信じようと思ったのは、キョウスケ殿のおかけだ」
俺?
「レトラをブルーマンの群れから救ったこと、圧倒的な力を持って這う者を倒してしまったこと、そんなことではない。私は彼の心意気に惚れたのだ。皆は覚えているか? 彼を初めて私の家に招いた時のことを」
初めて家に招いた時、といえば、あれか。
俺と飯酒盃が、睡眠毒入りの汁を飲まされて、アルヴィー族の女戦士たちに囲まれた時のことか。
「彼は、こちらが振る舞った睡眠毒入りの汁を、なんの疑いもなく飲み干した。そして、あろうことか"うまい"とまで言ったのだ」
「キョウスケ殿はただ愚直に私たちへ歩み寄ろうと、自らの腹を晒した。それがどれほど難しいことか、皆は知っているだろう」
「なればアルヴィー族の長たる私がこれに応えることこそ道理。――毒? 一向に構わない。私はたとえこれが毒の煮こごりであったとしても、彼のように笑って飲み干すだけだ」
そう言って、ターニャは盃を一気に傾け、豪快にぐびりぐびりとこれを飲み干した。
長! アルヴィーの女たちが次々に声をあげる。
そして女たちの注目を一身に集めて、ターニャはいっそこちらが気持ちよくなるぐらい、にっかり笑って言うのだ。
「――うまい!」
その直後、集落のはずれから轟音が響き渡った。




