22 異世界集落で褐色ハーレムを
「エルフ……長から聞いたことがあります。なんでもここから遠い北の地に住む、私たちアルヴィー族のご先祖様らしいですね」
と、ターニャの家へ向かう道中、レトラが俺の質問に答えた。
「エルフ族はたいへん頭の良い人たちだったと聞いています。薬学に精通し、奇跡のような魔法も使えたとか。しかし遥か昔に大きな戦争があって、その際私たちのご先祖様はこの地――イヘルキ大陸――に移り住み、魔法もほとんど使えなくなってしまった……そうですよ?」
「頭が悪くなったってことか?」
「うわ、神様もズバッと言いますねぇ、でも違いますよ。私たちの魔法はそもそもこの土地に合わないんです」
「合わない?」
「ええ、エルフ族の魔法は遠い北の地で生み出されたものですから、イヘルキの地では、なんと説明すれば良いんですかねえ、そもそも、空気が合わないというか、勝手が違うといいますか……まあ、要するに従来のエルフ魔法はこのイヘルキという地では根付かなかった、というわけですね」
「なるほど、魔法も色々あるんだな」
「代わりにイヘルキにはかの地にはなかった独特の植物が群生していますので、私たちアルヴィー族のご先祖様は、イヘルキの地で薬学を独自に発展させて、そこから呪術を極めたそうです! ……まぁ全部長の受け売りの知識なんですけど」
えへへ、とレトラは気恥ずかしそうに鼻の頭をかいた。
レトラの話の通りだとすれば、俺の推測は間違っていなかった。
すなわち彼女らはエルフ族から派生し、独自の発展遂げた一族というわけである。つんと尖った耳はその名残なのだろう。
俺は話の傍にちらと集落の様子を見やった。
木造の小さな家がまばらにいくつか建てられており、どの家の前にもきまって犬に似たなんらかの動物が縄で繋がれている。
そして、時たますれ違う人々は、やはり全てが端正な顔立ちの女性であった。
「ひとつ気になったんだが」
「なんでしょう?」
「アルヴィー族には男がいない、って確か言ってたよな、子供はどうやって作るんだ?」
「え!?」
突然レトラが大声を出すものだから、俺は驚いて振り向く。レトラは何故か顔を赤らめて、しどろもどろしていた。
「そ、そんな、はしたないですよ……で、ですが神様の頼みとあれば教えないわけにはいきません……まず懇ろの男女が夜半集落を抜け出して茂みの中で服を……」
「!? 違う違う違う違う! 作り方の話じゃない!!」
「それからお互いの体の火照りを感じながら、熱い吐息を交わして……」
「!? なんでやめねえんだお前!?」
咄嗟にレトラの顔面を鷲掴みにする。タコのように飛び出した唇の隙間から「むぎゅ」と間抜けな声が漏れた。
危ない! 危うく自分よりも遥かに年下らしい少女からとんでもない話を引き出してしまうところだった!
「俺が言ってるのは、どうやって男を見つけるのかって話だ!」
「ふぁ、そっひれふか」
タコのような口をぱくぱくさせながら、こころなしか残念そうに言うレトラ。
なんだ、思春期かこいつ。
「それに関しては、あるしきたりがあるんです」
「しきたり?」
「そうです。そのしきたりというのが、アルヴィー族の女性は自分よりも強い男性が現れた場合、その男との間に子を為す、というものです」
俺は自然、眉間にしわを寄せてしまう。
しかしそれについて言及することだけは、なんとか押し留めた。
「私たちの間では伝統的に狩猟が行われ、その時々の狩猟の成果で次の長が決まります。ですから、アルヴィー族は腕っぷしの強さがなにより重要なのです。私のおなかもほら、見てください」
レトラが、唐突にあの布のような服を捲り上げて、健康的な小麦色の腹を晒してくる。
俺は咄嗟に目を覆ったが、すぐにその光景に目を奪われた。
……可愛い顔に見合わず、綺麗なシックスパックだ。
さながらモナカアイスのように、くっきりと腹筋が割れている……
人知れず男としての敗北感を覚えて、ひとり落ち込んだ。
「キョウスケ様……恥ずかしいのであまりまじまじと見つめないでください……」
そんなに頬を赤らめられても、なんというか、イマイチ乗り切れないというか……
「長はもっとすごいですよ、私もまだまだ半人前です」
「いいから腹、しまえ」
年ごろの女の子が腹まくりながら喋るんじゃない。
俺はたくしあげた服を引っ張って、彼女の見事な腹直筋を隠す。
「アルヴィー族の女を自分のモノにしようとする男は絶えません、わざわざ海を越えてやってくる人たちもいます。先日も、一人」
「きたのか」
「ええ、見たこともない白装束の男性です。長にこっぴどくやられて逃げ帰りましたが」
それはまた、その男も災難だったな。
しかし俺だけは同じ男として、こんなご時世でも力づくで女を手に入れようとした名も知らぬ白装束の彼を評価しようと思う。
まぁ、異世界だとこんなご時世もなにもないのだが。
さて、そんな風に言葉を交わしていると、どうやら目的の場所へたどり着いたようだ。ひときわ大きな木造の建築物へと行き当たる。
ここがこの集落の長、ターニャ・エヴァンの住居。
集落にある他の家屋と作りは同じだが、言われてみれば威厳に満ちているような気もする。
「どうぞ」
ターニャが家の中へ飯酒盃を招き入れ、続いてレトラが、そして最後に俺が中へ入ろうとして、入り口の前で三角座りになってふてくされているゴーレムを見た。
「どうしたゴーレム」
「……ワシの大きさでは中へ入れんのじゃと」
「ああ……」
そりゃそうか。ゴーレムの巨体では入り口を破壊する羽目になってしまう。
しかしそれにしたって放っておくのはさすがに可哀想なのでどうしたものかと思案していると、アルヴィー族の二人がこちらへ駆け寄ってくる。
「ゴーレム様、でしたよね? よろしければ私たちが集落を案内しますが……」
「おお! 気が利くのう!」
単純なやつである。
ゴーレムは一転して声を弾ませ、「ではお言葉に甘えさせてもらおう!」と、嬉々として二人の後へついていく。
「キョウスケ様もどうぞ、中へ」
「あ、ああ、どうもご丁寧に……」
やはりもてなされるのは慣れていない。
俺はゴーレムの背中を一瞥すると、ターニャにぎこちない会釈をして、導かれるまま家の中へと入る。
家の中は、思いの外ひんやりとしていた。
おそらく全てが木でできているせいであろう。
家具や調度品の数々も全てが自然由来のもので統一されており、日本のスギやヒノキなどとは違った、独特の匂いが充満している。
そしてそれとは別に、ところどころから香の香りがする。
強い臭いではあるが不快ではない。そして初めて嗅ぐはずなのにとても懐かしい。
「では、こちらへおかけください」
部屋の中央あたりで、床に座るよう促される。
座布団代わりに藁のような植物が敷いてあり、そこへ腰を下ろしてあぐらをかくと、俺はなんだか実家を思い出してしまう。
近くにはすでにレトラと飯酒盃祭が腰を落ち着けており、飯酒盃は――驚くべきことに自前の赤い盃で酒を煽っている。
「……お前、招かれた時ぐらい酒飲むのやめたらどうだ?」
「へぇ? なんの話ですかぁ~、あ、恭介君も飲みたいんだったらお酌しますよぉ~~~」
ダメだ、話が通じない。
完全にぐでんぐでんになっている飯酒盃に呆れていると、なにやらレトラが飯酒盃を物珍しげに見つめている。
「どうしたレトラ?」
「ああ、いえ、その、飯酒盃さんには失礼な話になってしまいますが、私たちの集落でお酒は堕落の象徴とされていますので、その」
「こんなに堕落しきったヤツ見るのは初めてか?」
「レトラさんも飲みましょうよぉ~~お酌しますからぁ~~」
「飯酒盃うるさい、どう見ても未成年だろうがレトラは」
「? 私今年で120歳ですよ」
「マジかよ!?」
「わぁ! だったら先輩ですねぇ~~、先輩お酌しますのでぐいーっと行きましょうぐいーっと!」
「いかねーよ! 飯酒盃いい加減にしろ! 水のめ水!」
「私水割りよりロックの方が好きなんですぅ~~~」
「レトラ、バケツいっぱいの水とかないか、頭からぶっかけたら酔いもさめるだろ」
などと、三人でぎゃあぎゃあ騒いでいると、ターニャが両手に二つの器を持って現れた。
「三人とも仲良くなれたようで、なによりだ」そう言ってターニャは俺と飯酒盃の前に器を置く。
器には、なにやらどす黒い液体が満ちていた。
「私たちアルヴィー族は来訪者を歓迎する際にその長――つまり私――が、特別な薬草から作った汁を客人に振る舞う。客人がこれを飲み干すことで、ともに心を許し合った証とするのだ」
「へええ」
興味深い風習である。
しかし、理解できないというほどではない。
俺も向こうにいたころは用事があって村の誰かの家へ尋ねると、きまって試作の漬物やら味噌汁やらを「もう勘弁してくれ」となるまで振る舞われたものだ。
「レトラとターニャさんの分はないのか?」
「……ああ、私たちはあくまで招き入れる側だからな」
「そうか、じゃあありがたく、いただきます」
俺と飯酒盃は器を手に取り、一息にこの汁を飲み干した。
一瞬、ターニャがそれを見て目を丸くしていたように見えたが、この際気にしなかった。
――うまい。
俺はぷはあっ、と大きく息を吐いて、空っぽの器を置く。
多少エグみの強いような気もするが、なんにせよ一か月ぶりの文化的な料理である。
毒々しい色合いの草やカエルやトカゲと比べて、まずいわけがない。いっそあまりのうまさに涙があふれてしまいそうだった。
「――いや、うまい、おいしかった。ちょっと泣きそうだよ、強いて言うならアク抜きが足りないのかな、少しエグすぎる気がしたけど……」
素直な感想を伝えたつもりであった。
レトラは「わあ、それは良かったです!」などと手を叩いて喜んでいるが、ターニャはどうも様子がおかしい。
両目を見開き、なにか驚いたように固まっている。
はて、なにか失礼なことでも言ってしまったか?
そんなことを考えていると、突然、隣からごとんと音が聞こえてくる。
なにかと思って見てみれば、飯酒盃が床に頭を突っ伏している。
コイツまた酔いつぶれたのか……
そう思って飯酒盃の肩を揺さぶろうとすると――不意に頭の中にウインドウが浮かんできた。
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パッシブスキル 毒物耐性(大) が発動しました
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「レトラ下がれ!!」
さきほどまでの毅然とした態度とは打って変わり、叫んだのはターニャであった。
そしてその声を合図に、この狭い部屋の中へ怒涛のようにアルヴィー族の女たちがなだれ込んできて、あっという間に俺を囲む。
一人一人が、その手に物々しい武器の数々を構えながら。
「え、なんだこれ」
状況が理解できず困惑しているのは俺だけではなかった。レトラも同様に「えっ、えっ」とせわしなく周囲を見回している。
ターニャは自身もまた巨大な槍のような武器を構え、そしてその先端を俺に突きつけると、言った。
「――神の名を騙った不届き者め! 我ら誇り高きアルヴィー族を愚弄せんとする行為、万死に値する!」
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ターニャ・エヴァンが あらわれた!
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俺はゆっくりとレトラの方を見る。
レトラは、いかにも「しまった」といった風な表情で、口に手を当てていた。
――なにがきちんと伝えました、だ!!




