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草だけ食べてHP100万!~俺たちの最高に泥臭い異世界転生~  作者: 猿渡かざみ
第二章 地上に舞い降りた天使たち編
20/51

20 命だけはお助けください


 聞く話によると、どうやら褐色肌の彼女の属するコミュニティには、独特の信仰があるらしい。


 なんでも、分厚い雲海で覆われたテーブルマウンテンの頂上には神の住まう地があり、偉大なる神様ははるか上空より下界の民の行いを見守っている。

 人々が信仰心を忘れなければ大いなる恵みをもたらし、逆に神様をないがしろにすれば天罰が下る。

 むろん神の住居に人が立ち入ることは決して許されず、愚かしくも土足で踏み荒らした者は、神の怒りに触れて天罰覿面、下界まで真っ逆さまというわけだ。


 そして下界と天界の橋渡しするのが、雲海を飛び回る水の大蛇ウガルム。

 察するに大蛇ウガルムとは“スカイフィッシュ”のことを言っているらしい

 その話を聞いて先の神様呼ばわりにも合点がいった。


 神の眷属たる大蛇ウガルムに跨り、神の住まう山から舞い降りた俺たち。

 いかに全身泥まみれのツナギ姿であろうと、なるほど彼女のように信心深い者からすれば、俺が「地上に降臨せしめし神様」に見えても仕方なく思えた。

 それゆえに、面倒である。


「神様どうかお許しを!!」


 彼女は両の手をがっちりと組み合わせて頭を垂れ、おそらく最上級の畏敬の念を払っている。

 あろうことか一介の農家たる、俺に。


「まさかモンスター退治に神様のお手を煩わせるなど、このレトラ・デューパ一生の不覚です! ですからなにとぞ! なにとぞお許しを……!」


 褐色肌の少女レトラは驚くほど早口でまくし立て、短く切り揃えられた銀髪頭を俺の足元に差し出し、尖った耳をぶるぶると震わせながら、最後に小さく「命だけはお助けください」と付け足した。


「毎日三度のお祈りは一度も欠かしたことがありません! 供物も捧げています! 大地に敬意を払い、お母さんの言いつけも守っていますし、あと、あと……」

「待て待て待て! 別に殺さない! 殺さないから!」


 初対面の少女にいきなり懺悔を始められても困る!

 俺は慌てて彼女を制止するが、一向に顔を上げてくれない。

 そんなこちらの様子を見て、ゴーレムは茶化すように「ひゅーひゅー神様ー」などと言っている。他人事だと思いやがって!


「言っとくけど俺はお前の思ってる神様みたいな大層なもんじゃないんだよ! そもそも……」


 言いかけたところで、レトラがなにやら足元でもぞもぞとやっていることに気が付いた。

 ……靴を舐めようとしている!!


「あっぶねえ!!!」


 俺は咄嗟に足を引っ込める。

 その際に意図せずして長靴の爪先がレトラの高い鼻をかすり、彼女は「ひっ」と短く悲鳴をあげた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 殺さないでください!!」

「あ~あ、キョースケがおなごを泣かせた~」

「ち、ちがっ……! こいつが……!」


 ――ああ、もうしゃらくさい!

 こんなところまで爺さん譲りとは思いたくないが、俺は元から気の長い方ではないのだ!


 俺は勢いに任せるまま、がっ、とレトラの顔を鷲掴みにした。

 彼女はタコのようになってしまった唇の隙間から「むぎゅ」と間抜けな声をもらす。

 そして再び懺悔などを始めない内に顔を寄せ、有無を言わせぬ口調で言った。


「頼む、頼むから、普通に話をさせてくれ」

「むぎゅ」


 ……どうでもいいが、女の子の頬というのは思った以上に柔らかく、自分でやったのに少し恥ずかしくなった。

 仕切り直し。


「俺は桑川恭介、恭介でいい」

「キョウスケ、様、ですか……?」

「うーん……」


 曖昧に頷く。まぁ神様よりはマシだ。


「そしてさっきのバカみたいな名乗り口上を聞いてたら分かると思うが、アイツはユートピア・ゴーレム」

「こらキョースケ、バカみたいとはなんじゃ」

「ところでレトラ……でいいか? いまいち状況が呑み込めないんだけど、なにやってたんだ?」

「お? 無視か? 無視じゃな?」


 ゴーレムがぶんぶんと拳を振り回して何か言っているが無視だ無視。これ以上話をこじれさせてたまるか。

 少し時間を置いて、レトラは喋りながら自らを落ち着かせるかのように、実にゆっくりと語り始めた。


「薬草を摘みにいくところだったんです。そしたら、丘の上であの人がお酒を飲んでいるのが見えて」


 俺は例のOL風の女性を見やる。彼女はいつの間にか目を覚ましていた。

 女性は、背の丈ほどもあるバカでかいヒョウタンを傾けて、盃に酒らしき液体をとくとくと注ぎ、「おっとっと」などと言っている。

 ……面倒だが、そろそろこの女性にも触れないといけない。


「お姉さん、あんた転生者だろ」

「んん?」


 彼女は実に気持ちよさそうに、なみなみと注がれた酒を一口に飲み干してしまうと、ようやくこちらへ振り返った。

 後ろで縛った黒い頭髪、開いているんだか開いてないんだかよく分からない、俗に言う糸目、その他諸々、純度100%のアジア顔だ。

 歳のくらいは俺と同じか少し上か、少なくとも20代であるのは間違いないだろう。

 酒のせいでだらしなく緩み切ってはいるものの、よく見ればかなりの美人である。

 あと、はだけたワイシャツから谷間が覗いていて、目のやり場に困る。


「てんせいしゃ?」

「転生者、現世で死んで、あのふざけた女神さまにこの世界に送られたんだろ」

「さあ、そんなことが、あったような、なかったような、よく分かりませんねえ」


 ふふふ、と夢見心地に笑って、彼女は次の酒を盃に注ぎ始める。

 こちらとしては、あまりのマイペースさに舌を巻くばかりだ。 


「あ、私はぁ、飯酒盃祭(いさはいまつり)といいます。飯、酒、盃と書いて飯酒盃です。珍しい苗字でしょう、うふふ」


 名が体を表しすぎだ、と心の中だけでツッコむ。

 とにかく、この女性に関してまともな受け答えは期待できそうもない。


「この人、あのモンスター――私たちはブルーマンと呼んでいますが――に襲われていて、それでもずっとこの調子なので、慌てて助けに入ったんです。そしたら仲間を呼ばれてしまって……そこで困っていたところに、キョウスケ様が」

「なるほど」


 要するに、レトラが善意でこの飲んだくれをモンスターから救出しようとしたところ、運悪く囲まれてしまい、絶体絶命というまさにその瞬間、俺たちがスカイフィッシュに乗って理想郷から降りてきた、ということか。

 レトラと、あのモンスターの力関係は分からないが、この飯酒盃とかいう女を守りながらの戦いはさぞつらかったことだろう。

 なるほど改めてすごいタイミングに遭遇したものだ。


「まぁなんにせよ良かったな、ゴーレムのおかげで二人とも助かったみたいで」

「ワシ、完全に忘れられとると思ってたのじゃ」


 ゴーレムがぼそりと呟く。

 ヤバい、いつもより声音が低い、ずっと放っておいたせいで卑屈スイッチが入りかけている。

 これ以上ここに居座り続けても面倒なことになる予感しかしないので、さっさと立ち去ることにしよう。


「じゃあ、とりあえずレトラも飯酒盃さんも気を付けて帰ってくれよ、俺はそろそろ行くから」

「えっ!? ちょ、ちょっと待ってください!」


 踵を返したところで、後ろから襟首を思い切り引っ張られた。

 そのせいで首が締まって、潰れたカエルみたいな声が漏れてしまう。


「な、なんだよ!?」

「ああああ!! ごめんなさいごめんなさい! そんなつもりは!! 殺さないでください!」

「殺さねえよ! なんだよ!!」


 レトラは再び両手をがっちりと組み合わせて懇願の姿勢である。


「神様! どうか私たちの集落をお救いください!」


 俺が訝しげに目を細めると、レトラは有無も言わさずに語り始めた。


「私たちの集落では今謎の奇病が蔓延り、危機的状況にあります! どんな薬草も効果を為しません! どうかキョウスケ様の偉大なる力をもって私たちをお救いください! どうか!」


 言いながら再び靴を舐めようとしてきたので、俺はすかさず足を引っ込める。


「どうか、って言われても……俺は医者じゃないんだが」

「そこをなんとか!」

「なんともできそうもないから無理だよ、妙な期待を持たせるのは酷だ、あと俺は神様じゃない、悪いけど、じゃあな」


 俺は再び身体を翻して、ゴーレムとともにその場を後にしようとした。

 すると再び後ろ襟を引かれて、ぐえっ、と声がもれる。


「呼ばれれば振り向くんだから普通に呼び止めろ! 殺す気か!」


 呼吸を整えつつまくし立てると、レトラは無言でびっと指を指した。

 その指の示す先を視線で追ってみると――飯酒盃祭が、また随分と気持ちよさそうに寝息を立てていた。


「神様は、私にあの人を引きずって集落まで帰れと言うのですか!?」

「うっ……」


 確かに、彼女の細腕ではそれはキツそうだ。

 まさかその女を見捨てろとは言えないし、ここで帰ったら神様どころか人間としての品位だって疑われる。

 しかしその言い方はもはや脅迫の域じゃないか!


 俺にはぐぐぐ、と数秒うなった挙句。


「……レトラの集落まで運ぶだけだからな」


 そういう条件で折れるほか、選択肢は残されていなかった。


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