表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/51

2 ドジっ子女神は存在しない


 俺は死んだ。

 死んだら異世界に転生してチートハーレムやりたい放題できる! などと宣うキ○ガイ教団“リライフ教”の信者によって、あっさりと殺された。

 自分で言うのもなんだが、トチ狂った信者に殺されるなんて考えうる中でもかなりダサい死に方だと思う。


 そしてまぁ、なんとも皮肉なことに俺は今、死後の世界にいた。


「桑川恭介さん、21歳、職業は農家」


 勧められた安っぽいパイプ椅子の座りが妙に悪く、それが気になってもぞもぞしていたら目の前の女性が手に持った書類を読み上げた。

 なんでも、バインダーに挟まれたその書類には俺の生前の経歴すべてが記されているのだという。

 そして勘のいい人はもうお気づきだろうが、デスクを挟んで向かい側、書類とにらめっこをするOL風の女性こそが、俺の命運を握る“女神様”なのだ。


「特に目立った経歴はありませんね、いじめられた経験なし、引きこもりの経験もなし、可愛い幼馴染はいましたっけ?」

「いません」

「前世の未練は?」

「あんまり」

「ありきたりな日常を繰り返すことに退屈を感じる?」

「別に」

「ふーん……」


 女神は、書類にさらさらと何かを書き足してゆく。

 街頭アンケートじゃあるまいし、今の質問のいったいどこを書き出す必要があるというのだろう。


「あなたを異世界へ送る際の参考とさせてもらいますから」

「うお、心を読まれた」

「女神ですからね」


 女神様は実にドライな受け答えだ。

 話に聞いていた“ドジっこ女神”とはだいぶ違うようだが?


「それはそうでしょう、毎日あなたのような転生者を相手にしているのですから多少事務的になるのも当たり前です」

「……毎日? 転生者ってそんな毎日くるもんなの?」

「昔から一定数いましたよ、でもここのところは特にひどいですね。最初の内はマンネリ防止でお茶目に対応してみたりしていたのですが、あんまりやるとつけあがってタメ口とか使い始めますんで、彼ら。この前なんて突然襟首掴まれて『即刻チートハーレムをよこせ』ですよ。こちとら仕事で仕方なくやってんだっつーの」

「なんかすみません……」


 申し訳ない気持ちになってしまったし、口調も自然と丁寧語になってしまった。

 しかし転生者が何人もいるという点は納得だ。

 そうでなければ俺のようなつまらない人間がいわゆる転生者候補に選ばれるはずもない。


「ひとつ純粋な疑問があるんすけど」

「はい、なんでしょう」

「女神様は、どうしてこんなことをしてるんすか?」


 大抵、こういう時に女神様が人を転生させる理由と言えば、気まぐれか、もしくはなんらかの手違いと相場が決まっている。

 信者からもらったありがたい教本を読み込んだおかげだ。

 しかしこのいかにも事務的な感じを見るに、それらの理由はどうも考えにくい。

 ならば俺がこれから送られる世界はなにか滅亡の危機に瀕しているとか?


「残念ながら、それも違います。あなたがこれから送られるであろう異世界“グランテシア”は、実に平和な場所です。まぁあなたが暮らしていた地球の日本に比べれば多少劣りますが、なんとかやっていけていますよ」

「じゃあ、どうして俺は転生させられるんすか?」

「時代が、人が、そういった役割の神を必要としたからですよ」


 女神様はやはり淡々と、書類に何かを書き込む片手間で答えた。


「あなたたちは神が人を創造したと思っているようですが、違います。正確には自分たちの上位の存在を必要としたために、人が神を創造したのです。人なくして神は存在しえない」

「人を異世界へ転生させるための“装置”を人が創造したために、あなたたちがいると?」

「そういうことになりますね」

「どうして人は異世界へ行く?」

「ざっくり言って逃避願望でしょうね。現代人は心を病んでいるのです」

「現世へ戻してもらうことは可能だったり、しません?」

「現世のあなたの肉体は死んだことになっていますので、無理です」

「俺は別に異世界へ転生したいわけじゃないんすけど」

「すみませんが、決まりですので」


 ばっさりと切り捨てられてしまった。俺の意思は関係ないらしい。

 まさに役所対応という感じである。


「では、これからあなたの転生することになる“グランテシア”についてプレゼンさせていただきます」


 女神様は手元のパソコンを操作して、壁のスクリーンに映像を映し出した。

 スクリーンには、「グランテシアについて」と表示されている。


「グランテシアは土地面積で言えば地球の半分ほど、それ以外はほとんど地球と変わりありません。大地が亀の背中に乗っている、ということもありませんのでご安心を」

「安心しましたよ」


 若干の皮肉を込めて言うが、女神は気にせずに続けた。


「この世界において特筆すべきは、魔力の存在や能力の数値化など、まぁ異世界転生モノにありがちな魔法とステータスですね、これについて詳細な説明は必要ですか?」

「本を読んだんで知ってますよ」

「助かります、では次のスライドへ」


 スクリーンに映し出された映像が別のものへ切り替わる。

 活気にあふれた都市の画像だ。どうやらこれはグランテシアとやらで見られる風景らしい。


「図1をご覧になれば分かる通り、グランテシアの文明レベルは現代と比べるとおおよそ500年ほど遅れています。ある程度は魔法で補っていますが、主な移動手段は馬車となるでしょう」

「なるほど」

「更にこの図から見て分かる通り、グランテシアには多種多様な種族がいます。人間はもちろん魔族やエルフ、ドワーフなどなど、その他人間に危害を及ぼすモンスターなどの存在については詳細な説明が必要でしょうか」

「それも本で見たから大丈夫っす、なんかこう種族ごとに得手不得手があって、そのせいでいがみ合ってたりして、モンスターは剣と魔法で倒すんすよね?」

「理解が早くて助かります。では次のスライドへ……」

「ちょっと待ってください、そのスライドあと何枚あるんすか?」

「あと230枚ですね」

「大体知ってるんで!」


 それだけは断固拒否だ。

 女神は少しだけ口先をとがらせる。


「せっかく徹夜して作ったのに、結局誰も最後まで見てくれないじゃないですか……分かりました。プレゼン終わります」


 女神はぶつくさ言いながら、スライドを最後のページまでスキップした。

 画面には『より良い異世界生活をお楽しみください!』とポップな字体で記されている。


「では最後に、女神のドキドキ☆チートボックスの交換に移らせていただきましょう」

「は?」


 今なんて?


「ですから、女神のドキドキ☆チートボックスです。平たく言って、異世界転生につきもののチート能力であったりチートスキルであったりをプレゼントしようと言っているのです」

「……真ん中の☆は」

「お茶目要素です」


 しまった、この女神どこからどこまでが本気なのか分からないぞ……


「グランテシアではここで受け取ったボックスを解放することにより固有のチートを発動することができます。ちなみに桑川様のポイントに応じて交換できるボックスが決まりますので」

「ポイントって?」

「惨めポイントです。私の信者が言ってませんでしたか? 惨めな生を送った者ほど転生後は好き放題できると」


 ああ、あれってそういうシステムだったのか……


「ちなみに桑川様の惨めポイントは18ptです。こちらがボックスのリストになりますので、どうぞご確認ください」


 なんだかなぁ、などと思いつつも、俺は女神からリストを受け取り、軽く目を通す。

 目につくのは「獲得経験値100倍」「伝説のドラゴンに変身」「全ステータスアップ」などなど、なるほどチートの名にふさわしい能力だ。

 しかし交換可能なポイント欄を見て、俺は眉をひそめた。


 おおむね全てのボックスが、交換可能ポイント100を超えている。

 というか100ポイント刻みだ。

 もしやと思って上から下までざっと目を走らせたのだが、二桁のポイントで交換できるボックスは一つとしてなかった。


「……おい、女神様」

「はいなんでしょう」

「もしかして俺の惨めポイントって」

「低いですね、かなり」

「交換できるボックスは……」

「一つもありませんね、というわけで残念賞のたわしをプレゼントです」


 デスクの上にぽん、と置かれる茶色いたわし。

 どこの家庭にもあり、ホームセンターならば百円ほどで購入できる、なんの変哲もないただの亀の子たわしだ。

 そう、たわし。


「……え? いや待てよ、もしかして女神様、俺のことたわし一つ持たせて異世界に送ろうとしてる?」

「そうなりますね」

「あ、もしかしてチートとまでいかなくても普通より少し高めの能力が……」

「職業は農民、レベル1からスタートです」

「んな馬鹿な話があるか!!」


 とうとう我慢できなくなって、デスクを叩いて身を乗り出した。

 女神はあくまで涼しい顔だ。


「大体、惨めポイントっていうのがすでにおかしいだろ! 俺確かあんたの信者に殺されたんだぞ!?」

「えーと直接の死因は高所からの転落による頸髄損傷なので適用外ですね」

「保険か!」

「あそこで刺されて死んでいれば一気に100ptくらい入ったんですが」

「鬼か! つーかたわし一個で何をしろって言うんだ! 異世界で水回りの掃除でもしてろってことか!?」


 そう言われましてもねえ、とあからさまに困った風の女神様。

 うんうん唸りながら、再び俺の書類に目を通しはじめ、しばらくすると――ぽんと手を打った。


「ああ、忘れていました。そういえば桑川様は777人目の転生者なので、特典を差し上げないといけないんでした」

「それそれ! そういうのだよ!!」


 そういう偶然的要素が俺たち転生者には必要なんだ! まさに地獄に仏! 女神様万歳!


「では、こちらをどうぞ」

「あざーっす! ……って、なんだこれ」


 女神より渡されたのは、女神のドキドキ☆チートボックスとかいうものでなく、どう見ても一本のダーツだった。

 これで、何をしろと?


「というわけで転生者777人目記念、ドキドキ☆女神ダーツを開催させていただきます」


 女神はそう言って、どこから引っ張ってきたのか一枚のダーツボードを持ってきた。

 ボードには「最上位回復魔法」「どこでも四次元ボックス」「伝説の剣エクスカリバーZ」など、見るからにすごそうなチートばかりが記されてある。


「ではボードを回転させますので、好きなタイミングでダーツを投げてください。ダーツの刺さったところにある景品を差し上げますので」

「はあ……」

「では回転スタートです」


 女神の合図でダーツボードが激しく回転する。

 分かっていたことだが、初めから狙ったボックスを獲得することは不可能なようだ。

 一方で女神は「パ・ゼ・ロ! パ・ゼ・ロ!」の掛け声とともに手を叩いている。


 なんだかなあと思いつつも俺はいよいよ腹をくくって、ダーツを投げた。

 ダーツは一直線にボードへ飛んでいき、しっかりと回転するボードに刺さる。

 回転は徐々に緩やかになり、やがて俺は自らが何を獲得したのかを知り、そして――絶望した。


「おめでとうございます! 大当たりです!」


 パゼロ、当てちゃった……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ