19 次は私たちですか
「いえ~い、昇り龍だなんて最高に縁起がいいですねぇ~~」
パンツスーツの酔っ払い女は、いかにも夢見心地という具合に盃を傾けた。
それが限界だったらしく、彼女はモンスターの群れに囲まれながらもかくんと頭を垂れて、そのままぐーすかと寝息を立て始めた。
……あの女に触れるのは後回しにしよう。なんというか、面倒そうだ。
さて彼女のことは置いておくにしても、もう一方の褐色肌で銀髪の少女は、俺たちを見て「神様」と言った。
俺とゴーレムは、再び顔を見合わせる。
「ゴーレム、お前神様なの?」
「え? キョースケのことじゃろ?」
こんな全身泥だらけの神様がいてたまるか。よくてレンコンの化身だろ。
二人して状況が把握できずに立ち呆けていると、褐色の少女が再び声を張り上げる。
「神様! ここは危険です! モンスターは私が食い止めますので早くお逃げください!」
こいつ? 俺とゴーレムはお互いを指し合う。
彼女はその美しい眉間に皺を刻んで、いかにも訝しげな表情を作る。
……そんな顔をされてもどうしようもない。
こちとらあのテーブルマウンテンの上で一ヶ月も仙人のような、もしくはミミズのような生活を送ってきたのだ。
その間ゴーレムとしか喋ってないし、多少の世間ズレは大目に見てほしい……
などと考えていると初めにしびれを切らしたのは例の青い怪物であった。
怪物の内一匹が長い足を竹馬のようにぎこちなく動かしながら、ずんずんとこちらへ向かってくるではないか。
近くで見てみると分かるが、なかなかにでかい。
2m……いや、3mにも届きそうだ。
恥ずかしい話、俺は田舎の出なので、こういうタッパのあるやつを前にすると過剰に反応してしまう。
隣町の高校で悪名を轟かせた伊勢先輩よりでけえ。
「い、いけません! 神様!」
少女は怪物の背に弓を向ける。
しかし直線上に俺がいるせいであろう、弓を引き絞った手がそれ以上動かない。
向かってくる怪物を見据えながら、ああ神様って俺の事だったんだな、なんてどうでもいいことに気が付く。
「うお、やべえなんかこっち来たぞ、どうするゴーレム」
「あの大砲みたいな拳骨をかましてやればよいのではないか? ずばーん、と。あんなモンスター余裕じゃろう」
「軽々しく言うな、余波だけでドラゴンを殺す拳骨だぞ、下手したら勢い余ってこの場にいる全員死ぬ」
「物騒な拳骨じゃのう」
「爺さん譲りだ」
「じゃあワシがいくとするか」
うーん、とゴーレムは背伸びのような真似をして俺と怪物の間に割り込む。
「お前さっきの近藤との殴り合いでもうボロボロなんじゃ?」
「ワシには自動修復機能があるからのう、もげた腕はまだ治らんが、それなりに回復しておるよ」
「というかお前そもそも強いのか?」
「つ、強!? な、なんじゃぬし!? 理想郷でのワシの勇姿を見ておらんかったのか!?」
「いや勇姿じゃなくて前前前! 前見ろ!」
「神様!」
褐色の少女が叫ぶ。
青い肌の怪物は、いよいよゴーレムの目と鼻の先で、ムチのような腕を振りかぶっている。
鋭い爪がぎらりと光を返した。
だが、ゴーレムの反応速度は俺たちの想像を遥かに上回っていた。
ゴーレムが振り向きざま、鋼鉄の裏拳を放つ。
振るわれた拳は緑のカーペットをめくりあげ、そして今にも爪を振り下ろそうとするモンスターの身体へとめり込んだ。
その枯れ木のような身体は「メキメキ」や「バキバキ」というより「クシャクシャ」と変形した。
遠目に見ると、細長くまとめた消しゴムのカスのようである。
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???に 476 のダメージ!
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ユートピア・ゴーレムは ???を たおした!
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――ああ、そうだ。
心配する必要など、はなからなかったのだ。
なんといっても彼はチートによる反則的な身体能力を手にした近藤琢磨と戦った。
結果として負けはしたが、しかし彼は殴り合ったのだ。
あの近藤琢磨と、そしてチートなどという世界の理に反する力と、真っ向から殴り合える力を持っているのだ。
かくして哀れな青肌の怪物君は、少し早めの一番星と化した。
「……すげえ飛んだな」
「どーじゃ見たか! ワシが本気を出せばこんなものよ!」
ゴーレムは実に楽しげに拳を振り回して見せ、一方で褐色肌の少女はあんぐりと口をあけて言葉を失っている。
そんな反応に気を良くしたのか、ゴーレムはどすどすと地面を踏み鳴らしながら一直線にモンスターどもの密集したところへ向かっていく。
上機嫌にも、名乗り口上なんぞをあげながら。
「やあやあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。我こそは楽園の管理人ユートピア・ゴーレムなるぞ! ワシとキョースケに手向かう者は、まとめて全部この拳のシミとしてくれるのじゃ!」
むろんヤツらに脅しなど効こうはずもない。
それはむしろ注目を集める結果となり、ヤツらは一斉にゴーレムへ襲い掛かる。
……脅しの効く連中ならどれだけ良かったかだろうか、と思う。
ゴーレムは向かってくる青肌の怪物どもを殴り、蹴飛ばし、ちぎっては投げ、ちぎっては投げた。
比喩でもなんでもなく本当に千切って、投げた。グロすぎる。
ちなみに怪物の中には時たまメダパニとかマヌーサみたいな、いかにも精神に干渉してきそうな波動を放ってくる者もいたが、そこはそれ、ゴーレムである。
確かに彼は人間じみてはいるが、人間とは根本的に身体の仕組みが違うのだ。
結局その怪しげな波動はゴーレムに当たりはするものの、当の本人は不思議そうに首を傾げるだけ。
次の瞬間には鉄槌が下る。
なんというか、ゴーレムの見てくれも相まって「復活した古代兵器が力なき人々を蹂躙する図」にしか見えなかった。
怪物は全身が真っ青で枯れ木のようにひょろ長く、爪は鋭く尖り、目と鼻がない。
いかにもモンスター、もしくはUMAという感じのいでたちだが、さすがに可哀想である。
道徳的にも倫理的にも、よろしくない。
このようにして、かの哀れな青肌のモンスターたちは、一匹残らず駆逐された。
カップラーメンが出来上がるにもまだ早いくらいの間の出来事である。
「わはは! 痛快痛快! 久しぶりの運動じゃ! 気持ちがいいのう!」
おいやめろ、スプラッタな光景を見せつけたそのすぐ後にそんな爽やかなことを言うな。
褐色肌の彼女が見るからにドン引いているじゃないか。
ちなみに例のOL風の女性は――なんと驚いたことに、ほとんど目と鼻の先であれほどのことが起こったのに、未だぐーすかと気持ちよさそうに寝息を立てているではないか。
呆れるやら尊敬するやら、である。
「えーと、そこのお姉さん?」
「ひぃっ!?」
少女の華奢、というよりは引き締まった健康的な身体がぴょいんと跳ねた。
死角から声をかけた俺も悪いのだが、それを差し引いても驚きすぎだ。
見ると、彼女のいわゆるエルフ耳が中に針金でも通したかのようにぴんと張っていた。
なんとなく小学校で飼っていたウサギのことを思い出す。
咄嗟にこちらへ振り返った彼女の表情には、あからさまな恐怖の色が滲んでいた。
それどころか「まさか次は私たち……?」みたいなことまで考え始めている顔だぞあれは。
「まさか、次は私たちですか……?」
実際に思っていたようだ。
わははは、ゴーレムの高笑いを聞きながら、俺は頭を抱える。




