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16 さらば、ぼくらの理想郷


 この危機的状況において発現したスキル『弩拳骨1000t』は圧倒的な威力を誇った。

 天割れ地裂け――とは決して大げさな表現ではない。

 半径50mほどの地面が吹き飛んで、発散された衝撃波により、左右の雲海が割れた。

 雲海の割れ目よりスカイフィッシュが顔を覗かせ、自らの住処を無遠慮に荒らされたことにぎゃあぎゃあと鳴いて抗議する。


 ぱたぱたと茶色い雨が降り注いで、頬を汚した。

 近藤琢磨の吹っ飛んでいった跡には、さながら巨人が俺とヤツの間を指でなぞったかのように、抉れた地面が残っている。


 ゴーレムは言葉を失っていた。

 ただの拳骨というにはあまりにも圧倒的な威力を目の当たりにして、未だ状況が把握できていないと見える。

 それはまた俺自身も同様で――と言いたいところだったが、俺は自分でも不思議なほどに冷静だった。

 どうしてか、俺は初めから知っていたような気さえする。

 俺がいずれこのスキルを手に入れることを。


『ぐが……ご……巫山戯おって……』


 着地点、というよりは着弾点といった表現の方がしっくりくる。

 近藤琢磨は覆いかぶさった瓦礫を押しのけて、瓦礫の下より這い出してきた。


 彼の赤く輝く瞳には明確な殺意の炎が宿っている。

 チートの浸食は彼の暗い感情に呼応しているのか、更に浸食が進んでいた。


 顔の右半分が爬虫類じみた鱗に覆われ、しかしながらもう半分は醜く歪んだ金髪の美青年に変質している。

 右腕は風船のように膨張し、バランスがまるで取れていない。

 唯一彼の面影を残すのは、泥濡れになったアニメキャラのプリントTだけである。


『貴様は不要、我が楽園には不要、殺しテやル、殺シテヤル……』


 彼は瓦礫を押しのけ、不安定な身体を揺らしながらこちらへ迫ってくる。

 完全に殺意に支配された彼は、最早自我を保てているのかも怪しい。

 彼が望んだ主人公などとは程遠い――掛け値なしの怪物だ。


 しかし俺に恐怖はない。

 HPがまだ10万近く残っているから? それともチートに対抗できるほどの反則的スキルを所持しているから?

 違う――ヤツが紛れもなく人間であると知っているからだ。


 何もかもが思い通りにならない世界を、人並みにもがいて、泥臭くも生き抜いた人間であると、知っているからだ。


 ならばこれはただの喧嘩だ。

 魔物退治でもなく勧善懲悪でもなく、正義なんて大層なもの介在する余地もない、単純な喧嘩。


「青春しようぜ、近藤琢磨」


 だからこそ俺はすでに異形の怪物と化した彼のことを、やはり変わらずその名で呼ぶのだ。


 近藤琢磨は駆けだした。

 違う、それはもはや瞬間移動の域であった。

 一瞬の内にヤツの姿が掻き消え、気付くと目と鼻の先で拳を振りかぶっている。


 すかさず俺も右の拳を固めて拳骨を作る。

 ヤツの拳が消えたかと思った次の瞬間には俺の顔面に叩き込まれていた。


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  クワガワキョウスケに 27840 のダメージ!

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 伸びきった首の筋がぴきぴきと音を立てる。

 だが、さっきまでの馬鹿げた威力はない。拳骨のダメージが残っているのだろう。


 頭の中で「弩拳骨1000t」と唱える。

 全身を弱い電流の流れるような感覚が走って、強く握りしめた右拳が煌めいた。

 俺はさながらロープに投げつけられたレスラーのように、膝のバネで跳ね上がって、カウンターの拳骨を食らわせる。


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  コンドウタクマに 595867 のダメージ!

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 近藤琢磨の巨体が背中から地面に叩きつけられる。

 遅れて凄まじい衝撃波が地を這い、あたり一帯に生えた植物を文字通り根こそぎ剥がした。


『殺シテヤル……殺シテ……全部壊シテ……』


 再び近藤琢磨の巨体が掻き消えた。

 咄嗟に視線を巡らしてみれば、月明かりに影が落ちた。

 ――上だ。


 近藤琢磨の腕がめきめきと音を立てて膨張する。

 すでに腕の原型は失われており、それを形容するなら圧倒的なスピードで成長する大木のようであった。


 あ、これはやばいぞ。


 あっという間に肥大化した近藤琢磨の腕によって月明かりが完全に遮られる。

 回避行動をとることも忘れて呆然と立ち尽くしていると、ふいに――俺と近藤琢磨の間に泥でできた壁がせり上がってきた。

 これによって俺は我に返る。


 そしてすぐさま泥の壁を回り込んで、近藤琢磨の背後へ滑り込んだ。

 間もなくして近藤琢磨の剛腕が振り下ろされ、泥の壁は粉々に破壊されるが、同時に近藤琢磨は俺のことを見失ってしまったらしい。ほんの数秒だが動きが止まった。

 これを好機と見て、俺は再び拳を構える。


 弩拳骨1000t。


 強く握りしめた拳の一点に尋常ならざる力が集中し、煌めきを放つ。

 ここでようやく近藤琢磨がこちらに気付いた。

 が、遅い。

 近藤琢磨の顔面の左半分、爬虫類じみた部分に拳骨を叩き込む。


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  コンドウタクマに 589867 のダメージ!

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 近藤琢磨が身体ごとねじれる。

 そして空中で何度か回転すると、再び地面に叩きつけられた。


「ハハ……なんじゃ、タネさえ分かってしまえばどうということはないのう」


 振り返ると、ゴーレムが残った片腕を地面にあてがい、淡い光を大地に送り込んでいた。

 土の精霊と契約を交わすことで行使する神秘――だったか。そして今のは俺が以前に見せた手品そのものだ。


 やはり、ゴーレムは頭がいい。


 しかし、あまりに余所見をしすぎた。

 近藤琢磨は起き上がりざまに、長く伸びた腕をムチのように振るってきたのだ。


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  クワガワキョウスケに 16840 のダメージ!

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 完全に油断していた。

 俺はしなる腕での一撃を食らい、後方に吹っ飛んでしまう。


『最早修正ハ不可能、破壊スル、全テヲ無ニ帰ス……』


 近藤琢磨は起き上がるなり、何かぶつぶつと呟き始める。

 するとどうだ。ヤツの足元に巨大な魔方陣が展開され、やがて理想郷全体を覆いつくす。

 大気は震え、大地が鳴動し、ヤツの周囲に何がしかの力の奔流が精製されていくのを肌で感じる。

 この感覚はほんの最近味わったばかりである。


 ――そう、これはピクシーマウスの時と同じだ。


「ヤツめ、理想郷ごと自爆するつもりじゃぞ……!!」

「あーあーあー!! また自爆かよ!! なんで最近の若者っていうのはこんなに諦め早えーんだろうな! 草食え草!!」


 焼けぱちになって叫んでみたものの、状況はやはり最悪だ。

 まさかピクシーマウスの時のように近藤を呑み込むわけにもいかないだろうし、打開策がまるで浮かばない!

 そうこうしている内にも、ヤツの刻んだ魔方陣に凄まじい量のマナだかなんだかが蓄積されていく。


 ヤバいヤバいヤバい、どうにかしてこの危機的状況を抜け出さなくては!

 俺は頭を振り絞って考えた。

 最近どうも頭ばかりを使っているせいか、それとも近藤にバカスカ殴られたせいか、痛む頭を必死に働かせた。


 そんな時、耳先に乾いた風を感じ、俺の頭に一つ最悪のアイデアが浮かんだ。

 ……もう、これしか手段は残されていない。


「ゴーレム! お前走れるか!?」

「じ、自己修復機能のおかげで少しは動けるようになったが、もしも爆発が起きればどこに逃げても無駄じゃぞ」

「逃げるのは理想郷の中じゃねえ! 下だ!」


 俺は雲海を指す。ゴーレムは驚愕の声をあげた。


「む、無茶じゃ! 地上からいったいどれほどの高さか見当もつかんのに……!!」

「ここで死ぬよりかはマシだ! まずゴーレムお前は楽園の維持機能とやらを切ってくれ! そしたら俺たちが先にこの理想郷から飛び降りる! 悪いがその間に故郷への別れを済ませてすぐに追いかけてきてくれ!」

「お、俺たちって、キョースケおぬしどうするつもりじゃ!?」

「決まってるだろ!」


 俺は近藤琢磨めがけて駆けだした。


「ヤツと決着をつける!」

「ああ、もう知らんぞワシは!」


 ゴーレムのその言葉を皮切りに、明らかに理想郷全体を包み込む雰囲気が変わった。

 俺の言った通り、ゴーレムが理想郷の維持機能をオフにしたのだ。

 とあれば、理想郷は本来の地獄としての姿を取り戻す。


 そしてその後は俺の予想通り、理想郷に“風”が吹きすさんだ。

 いつもはパゼロに籠ってやり過ごすしかない自然の脅威。

 それが本来の姿を取り戻して俺たちに襲い掛かったのだ。


 凄まじい風によって瞬間的に呼吸が塞がれ、やがて俺の身体は宙を舞う木の葉のように、いとも容易く楽園から“追放”された。

 それは近藤琢磨でさえも同様だ。彼もまたおそろしい突風によって魔方陣から引き剥がされる。

 いかなチートによっても、この圧倒的強風を前に踏み止まることなどできるはずがない。あえなく宙を舞い、楽園から“追放”された。


 視界がぐるぐると回る。何が起こっているのか、自分が今どこにいるのかさえ定かでない。

 乾燥機にでもぶち込まれた気分だった。


 やがて回転が収まると、俺の身体は緩やかに放物線を描いて、雲海へとダイブした。

 視界が白一色に染まる。またも息が出来ない。

 そして俺の身体は、ぬらぬらと光る銀色の床にへばりついた。


 頭上から凄まじい爆発音が轟き、雲海にまでその衝撃が届く。


 さらば理想郷――

 俺の地獄のような異世界転生、その始まりの町。

 さらばパゼロ、さらば薬草サラダ、さらば、さらば……少し泣きそうになる。


 ややあって“床”が上昇を開始した。

 凄まじい勢いに振り落とされそうになりながらも、俺はなんとかへばりついて堪える。

 そしてようやくこの真っ白な海から、脱出することが叶った。


 ――スカイフィッシュが雲の上に顔を出したのである。


 目も眩まんばかりの朝陽が俺たちを照らしていた。

 たち、というのは、むろん、俺と、そして同じようにスカイフィッシュの背中にへばりついた近藤琢磨のことである。


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  クワガワ・キョウスケ Lv1


  農民


  HP 69125/999999

  MP 4/4


  こうげき  6

  ぼうぎょ  8

  すばやさ  9

  めいちゅう 11

  かしこさ  15

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