異世界の魔法
そして次の日からこの世界で生きていくための力を身に着けるための訓練を開始した。
「じゃあ、これから魔法についての説明するね」
「おお~!待ってました」
場所は変わって廃城の一角。魔導訓練所という広い空間に俺とレイアはいた。
何でもかつてこの城の住人達が戦闘訓練などを行ってきた部屋らしい。
コンクリートのような硬質な素材で一面を覆い、その上には蛇がのた打ち回っているような妙な文様が描かれている。
防壁が強化されているため、滅多なことでもヒビ一つ付かないとか。
ここで今回、魔法について学ぶ。
魔法、それは俺の世界でも概念だけは存在していた。だが、所詮、架空の技法に過ぎず物語の中だけの存在だったはず。
だが、この世界では確かに実在して、鍛錬さえ重ねれば基本的に誰でも使えるものらしい。
「じゃあ、訓練を始める前に……タケは魔法についてどれだけ知っている?」
魔法か……俺のイメージでは呪文を唱えて様々な異常な現象を引き起こすってな感じだな。炎を出したり、凍らせたり、後は傷を癒したりなどなど。
ほかにも魔法陣とか描いたりして物体を変形させたりってのもあったな。
……あれ?それは錬金術だっけ?
駄目だな。設定が色々混じり合って、漠然としかイメージが出来ない。
この世界の魔法を理解するためには先入観を取っ払って、一から聞いたほうがいいのかも。
「……あんまり知らないかな?出来れば基礎的なことから教えてもらってもいいかな?」
「うん……魔法っていうのはね、特殊な才能を持ったものだけが使える現実を改変できる力……まず魔法を発動するために必要なのが魔力と呼ばれるえねるぎー。これは人の生命力とされる【オド】と世界に満ちる【マナ】を混ぜ合わせることで生成されるの」
「ふむふむ……」
オドといい、マナといい、厨二ワード全開ですね。大好物です。
その後もレイアから魔法について詳しい説明を受けた。それを一言一句聞き漏らさないように神経を集中させながら聞いていく。
この間も聞いた話だが、何でも魔法には六つの種類があるらしい。
四精属性、強化属性、空間、召還、そして神聖属性と暗黒属性という六つに分かれている。
ほかにもさまざまな派生が存在しているが、大別するとこれらに類型されるという。効果については名前のまんまでまさにイメージ通り。
四精魔法というのは火、水、土、風の四つ。これらを自由に生み出す、または操作することが四精魔法という。
人を治療をしたりする魔法は強化属性に含まれるらしい。
魔法を発動する際に必要なのは先ほどもレイアが言っていたが、人間の生命力もしくは体力とされる【オド】と【マナ】を合成することで作られる魔力だ。
そして魔法陣、もしくは詠唱を通して単なるエネルギーの塊である魔力に指向性を与える。
性質、形質、威力を効率よく組み立てていき、うまくすれば発動といったところか。魔法を使うのに必要なのは集中力と想像力だ。
「じゃあ、まずお手本見せるから……」
簡単な説明を受けるとレイアは誰もいない空間に向かって手をかざした。
数秒後、彼女の体からびりびりとしたエネルギーを感覚で感じ取った。
これが……魔力?
そして彼女が何事かを唱えると手のひらに拳大の炎が生まれる。
離れているのに何て熱さなんだ。
むき出しになっている顔にすさまじい熱が叩きつけられる。
「我が手に集いて、万象を灰に帰せ。【業火球】」
そして燃え盛る火の玉はレイアの手を離れて、訓練所の壁に激突する。
瞬間、封じ込められた膨大な力が炸裂した。
炎は空間を焼き払い、室内の温度が急激に上がったような気さえした。
爆音と爆風に体がよろめいた。
「これが……魔法!」
そしてこんな凄いことも訓練すれば俺も出来るという。漫画やアニメに慣れしたんだ現代の青少年として沸き立たないわけがない!
「こんな感じだね……まず最初にやるべきことは、自分の体の内にある【オド】の流れを知ること、そして【マナ】を感じ取ること」
興奮で思わず体が前のめりになってしまう。
「そ、それはどうやったら感じ取れるんだ?」
「瞑想とかの精神修行かな?自然と一体化することによってマナとオドの流れを知ることが出来るの……才能ある人なら一週間もかからずに」
「う~ん……俺は才能無いだろうからな。一般人ならどれぐらい修行をすればいいんだ?」
「えと……確か、五年ぐらいかな?」
「そうか、五年か……ん?五年……って五年ッ!」
思わず目を見開いてしまった。
五年ってちょっと長くない!いやちょっとじゃない、かなりだ!
何だよ!簡単に使えないかもしれないとは覚悟していたけど、まさかこんなオチかよ!
才能のあるやつなら一週間で、一般人は五年……。
ふざけんなッ!魔法って才能に依存しすぎだろう!
そりゃこの世界で生きていくのなら五年の修行などわけないだろう。
だが、俺の最終目的は元の世界へと帰ること。
それなのに五年の月日を修行だけに費やすなんてさすがに無理だ。
煮えたぎっていた俺のハートは一気に冷めて、いやそれどころか期待した分、深く落ち込んでしまった。
「さすがに五年は長いな……う~ん、魔法は諦めたほうがいいのかも」
使ってはみたかったが、当面の目標は強くなること。この世界で生きていく力を身に着けることだ。
魔法にこだわる必要はない。
なら別のことに力を注いだ方がいいのかも……。
そう思いかけた所でレイアが無表情のまま、背中を叩いた。
「大丈夫だよ、すぐにでも魔法を使えるようになる方法があるから」
「え!?ホントに!」
弾かれたように俺は顔を上げた。期待に胸が高鳴ってくる。
わくわくした目でレイアを見ていると彼女は懐から一つの小瓶を取り出した。
中には少量の青い液体が入っていた。血のようなドロリとした粘性のある液体だ。
「これを呑めば一発で解決。さぁ、ぐいっと」
「……ぐいっと……これを?」
手渡されて飲むよう催告されたのだが……う~ん、大丈夫なのか?
何だかやばい感じがするのだけど。
レイアに返そうかと思ったのだが、彼女は期待のこもった目で俺を見つめていた。
「………………」
ええい、ままよ!
嫌悪感に蓋をして、液体を一気に胃に落とした。
粘ついた液体がのどに絡み付き、一瞬むせかけたがぐっと我慢。
「うぐ……飲みましたけど、一体これから何を……ッ!ぐぐうッ!!」
瞬間、燃え上がったかと思うほど全身が熱くなった。
胃を中心としてぐつぐつと煮えたぎるような熱を感じる。
「くはぁッ、ぐぐぐ……!」
熱い、熱い、熱い!
喉が、胃が、頭が、全身が!火あぶりにされたかのような熱を全身から感じた。
とても立ってはいられずに俺はその場でみっともなくうずくまっていた。
不快感が尋常ではなく、飲んでしまった液体を吐き出そうとのどに指を突っ込んだ。だが、出てくるのは唾液だけで嚥下したはずの青い液体は目に見えてこない。
まるでその液体が全身にしみこんでしまったかのようだ。
喉をかきむしり、その場をのた打ち回る。
それで痛みも熱も治まったりなどしなかったが、とてもじっとしていることが出来なかったのだ。苦鳴をもらしながら、ただただ俺は呻いていた。
視界がぼやけ、意識が途切れそうになる。
こ、この感覚はヤバイわ……マジで、死ぬのかもしれない。
意識を手放しかけ、三途の川が見えそうになったとき、不意に背中に温かい何かが触れた。
労わるように優しく撫で回しているレイアの手。
「……大丈夫?」
大丈夫じゃありません、そもそも貴女のせいでこうなったんですよ!
そう心の中で吠えたが、背中に感じるぬくもりを手放すことはできず、それを支えとして燃えたぎるような熱さに耐えていた。
どれだけ経っただろう、三十分?一時間?それとももっとか?
やがて暑さも痛みも徐々にだが消えていき、不快感が解消されていった。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
いくら呼吸を繰り返そうとも動悸が収まることはなく、ほうほうの体で何とか立ち上がったのだった。
いや両足が震えるせいで膝から崩れ落ちる。
「よく頑張ったね……えらい」
レイアは立てずにふらつく俺の頭を子供のように撫でる。
何だろう、複雑な気分だ。礼をいうべきなのか、それとも罵声を浴びせかけるべきなのか……?
判断に迷う。
怒鳴りつけてもいいのかもしれないが、初めて見た彼女の優しい微笑みに怒りは霧散してしまった。
とりあえず聞くべきことは……
「……今の液体は……一体何なんなの?毒か何かか?」
「ううん、毒じゃないよ……蒼の神血っていう魔道具。生前の魔王様の血だよ」
おいおい、道理で粘ついていると思ったら、まさか本当に血液だったなんて!
「なんだってそんなものを!」
「……魔法を使えるようになるためだよ。魔族はね、強力な魔法の使い手なの。だからその血を呑んで適合したのなら、同じような力を手にすることが出来る。歴代最強といわれた魔王様の血ならなおさら効果が高いよ……」
「そ、そうだったのか……でも、そんなもの飲んでも大丈夫なのかな?」
「うん、適合できたからもう大丈夫……適合できなかったら死んでたけど」
「はあッ!!!!?」
死んでたって……死んでたッ!
「魔王様の血はすごい力が込められているけど、反面、劇薬だから……普通の人間なら、ううん、魔族も一滴でも飲んじゃったら全身から血を吹き出しながら死んじゃうの……」
「そ、そんな危険なものを飲ませたのかよ……」
「魔王様がタケミツならきっと平気だからって言ってたよ……?」
いやいや、平気って……そんなところで信頼されても嬉しくないぞ。
今更ながらに震えてくる。
全身を覆ったあの激痛と熱。あれは正真正銘、俺を殺しうるものだったのか。
くそっ、今さながらに体が震えてきた。
あらかじめ、言ってくれれば良かったのに……
いやもしその事実を先に告げられればおそらくビビッて俺は飲んだりなんかしなかったはずだ。
こうして生きているんだからよかったものの……う~ん、複雑な気分だ。
「じゃあ、タケミツ……魔力を生成してみて。きっと今なら出来るはずだよ」
生成してみてって言われてもどうすればいいんだか。
とりあえず、目を閉じて自分の生命力【オド】とやらを感じ取ってみる。
集中、集中、集中……。
外界の情報の一切を遮断して、自己の世界に没入する。
五感の全てを切り取ってただただ自分の内側だけを見つめていた。
……心臓の音が聞こえる、空気を取り込む肺の動きも、そして自分の血が全身を流れる感覚も掴んだ。しばらく瞑想していると血液以外にもう一つ、脈動をしている存在に気づいた。
これが【オド】ってやつなのかな?
うん……多分、間違いないよな?俺の本能がそうだって確信しているみたいだし。当てになるかは分からないけど。
オドとやらは感じ取れた。次はマナか……。
集中を決して切らさないまま、ゆっくりと目を開ける。
そして五感の全てを酷使し、空間に満ちた力とやらを見ることに全力を尽くす。
ただじっと石像のように固まる。ピクリとも動かない。
マナ、マナ、マナ…………あかんわ、全然、わからへん!マナってなんやねん!
「……目で見ようとしないで、心の目を使うんだよ」
はははっ、心の目ときましたか。随分、抽象的な表現ですね。
だが、文句を言っていても仕方がない。
集中集中っと……。
そして神経が擦り切れそうなほど五感を酷使した後、視界に点滅する光の粒が入り込んできた。
幻か?一瞬、そう思ったが光の点滅はどんどん増えていき、視界を埋め尽くすほど。
しかもそれは自分の意思で多少だが、動かせるようであった。
マナ……なんとなく分かった。これがそうだろうか。
あとはこの二つを混ぜ合わせるんだっけ。
頭の線が焼き切れそうなほどの神経を張りつめて、このオドとマナを融合させるイメージをする。
そして、ついに……
「これが、魔力……!」
右の手のひらが熱い、無色のエネルギーが生み出された。
その達成感、開放感に思わずガッツポーズを仕掛けたが……
「駄目、ただの魔力は体に有害で暴発しやすいの……だから早く魔法にして吐き出さなくちゃ」
「えっ!そ、そんなこと言われても、どうすれば!」
「さっき私が詠唱した通りに言ってみて、早く」
えっとえ~と……何だっけ?確か……
「我が手に集いて、万象を灰に帰せ。【業火球】」
瞬間、無色な魔力の塊が赤い炎へと変換され、すさまじい熱を大気に放った。
とても、とどめてはいられない!
押し出すようなイメージで火球を何も存在しない空間へと飛ばす。
火球は凄まじい速度で熱を吐き出しながら突き進むと、ついに壁にぶち当たった。
そして鼓膜を破壊し、脳を揺らすかのような爆音がほとばしる。
赤い火は一気に空間を赤く染めて、何もない空間を燃やし続けたのだった。
「…………」
そしてそれを呆然と見続ける俺。
何この破壊力?レイアの放った火球とは比べ物にならないぐらい威力がえげつないんだけど。
すごいと思うよりも……軽く引くわ。
「おめでとう、タケミツ、よく出来た……凄いね、さすが魔王様が選んだ人。もう魔法が使えるなんて……」
パチパチと頬をわずかに緩ませながらレイアは拍手をしていた。
ほんのりと頬は赤くなっている。
「あ、あはは……どうも」
だが、俺という生き物は単純なようでレイアに褒められた途端、戸惑いは吹き飛んでしまった。そして胸に満たされたのは喜びと達成感。
そうか、俺、今……魔法を使ったのか!
強くなれ、魔王様にそう言われた時、自信なんかかけらも無かったけど、もしかしたら……!
うっし、何か気合が入ってきたな。
その後も、疲れ果てるまでレイアと訓練に打ち込んだのだった。