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尖角

「…………」


『どうした?そんなにみっともなく口を開けて、我の姿がそんなに衝撃的か?』


 衝撃的か、だって!そんなもの当たり前だろ!


 いくら異世界とはいえ、骸骨が動き、話すなんて……さすがに俺の脳の容量をオーバーしている出来事だったため、思考がフリーズしてしまう。


 それでも、失礼にならないようにすぐに正気に戻る。


「あっ……い、いえッ!そ、そんなことは……!」


 お、落ち着け、落ち着けよ。ここは異世界なんだ。骸骨が話したぐらいで驚いていてたらキリが無いぞ?


 とはいったものの、死体が話しているというのは何とも衝撃的だった。


 俺は逸らした視線をもう一度上げて、玉座に座っている男を見る。


 うん、やっぱり骸骨だよな。慣れるにはしばらく時間がかかりそうだ。


 だが……今はそれよりも別のことが頭に引っかかっていた。


 今、確か……自分のことを魔王って……。


「あ、あの……その、アグバイン様は、今、魔王って言いませんでしたか?」


『然り、我こそが魔族の王。この世界で魔王と言われればそれは我のことを指しておる』


 魔王……つまりは悪役?残虐非道の魔物の王様?

 漫画やゲームでもよく出てきたあの?

 

 ぷふっ!


 思わず笑いがこみあげてしまった。

 やばいと思ってもなかなか抑えきれない。


「は、はははっ、これまた何を馬鹿なことを、っておおおおおッ!」


 一瞬だった。笑い飛した瞬間、背後で息をひそめていた二人の少女が牙をむいた。


 闇に溶け込んでいた黒い凶器を突き付けながら、臓腑まで凍りつくような冷たい声をささやく。


「……あんた、今、アグバイン様を笑ったわね?万死に値するわ」

「…………駄目だよ、ご主人様に失礼なことを言っちゃ」


 冷たい刃の感触を背中と首筋に感じて震え上がった。


「い、いや、今のは本当に冗談だったんですよ!悪気は無かったんですよ!」


『タケミツはそう言っておるぞ。ミュルミル、レイア、離してやれ』


 懐の広いアグバイン様が呆れたように呟くと二人はすぐに武器を下した。

 ミュルミル、そう呼ばれた少女はもちろん怨念のこもった舌打ちを残していく。


 ふう……これから言葉にはしっかり気を付けよう。

 魔王様じゃなくて、その配下に殺されかれないからな。


 さて、俺の主様が魔王だと分かったのだが……。


 いやね、そりゃ俺も半信半疑だよ、でも本人がそういう以上、信じるしかないじゃない!


 とにかく魔王様だとしたら、俺なんかを配下にして何をさせようとしているんだろう?


 う~ん、激しく気になるぞ。


 魔王と言ったら、やっぱり支配か虐殺?

 ……世界の半分でもくれるのだろうか?


 これまでの会話からしてアグバインさんが紳士で礼節のある方だとはなんとなく分かるのだが……魔王を自称するぐらいだしな。


 仮にそうだとしたらマジで困るぞ。

 俺、スプラッター系とか嫌いだし、人から憎まれるのも御免こうむるし……。


「あの~、それで魔王様?配下になったものの俺は一体何をすればいいんでしょうか?」


 俺が出来ることと言ったら炊事洗濯家事掃除ぐらいだぞ?


 とても魔王様を支援できるようなスキルも資格も持ってはいない。


『実はだな、人間である汝を配下に加えたのは、とある物を人間の王国から持ち帰ってもらうためだ。そして、その目的は汝が元の世界に帰るためにも必要なことでもある』


 元の世界に帰るために必要なこと!気が付けば俺は身を乗り出していた。


「そ、それは……?」


『ふむ、それを説明するにはまず我の置かれている状況について話さねばならぬな。

汝も不思議に思っただろう?魔王、魔族の王と呼ばれている割には、このようなみすぼらしい躯の姿をさらしており、居城たるこの城も朽ちているのだからな』


「はい……って、いえいえ、そんなことはありませんよ!そんな無礼なこと、私は考えていません!」


 カキンっと背後で金属がこすれあう音が響く。


 ふう、危ない危ない、発言には気を付けようと決めたばかりなのにこんなヘマをするなんて。


『このような無様を晒す羽目となった原因は二百年前まで遡る。かつて魔族と人間の間で大きな戦争が行われた。人魔戦争と呼ばれたその戦争に我は魔族の王、魔王として指揮していた。戦争の初期は我らの陣営が優勢であり、人間の領土の半分を奪ったのだが……』


 なるほど、創作などでよく聞く話だな。


 もし、この世界の話が王道を行くなら魔王が猛威を振るった後、出てくる存在といったらやっぱり……


『勇者と呼ばれる人間の中の異端者どもの出現によって一気に戦況は覆された』

 

 ほら、やっぱり来た、勇者様。この世界にもいるのか。


『勇者と呼ばれた四人の人間たちは、人と思えぬ力を振るい、我が配下をことごとく殺していった。

そして戦争の末期、我が居城にまで入り込み、この玉座まで侵入してきたのだ』


 そして、天が裂け、地が割れるような激闘が繰り広げられたという。


 勇者、魔王。

 双方とも強さの極致を体現しており、その苛烈すぎる戦いは三日三晩続いた。


『結果はこの通りだ……我は勇者共に負け、力の一切を奪われてこのような無様を晒すことになった。こうして躯を動かせるだけ回復したのもごく最近のことだ』 

 どうやらこうして話すだけで精一杯のようで、身動き一つ取れない身らしい。 魔王と呼ばれ恐れられたのも過去の話。  


『そこでだ、タケミツには二百年前、勇者共に奪われた我の四つの尖角(ホーン)を取り返して欲しいのだ』


「えっと……尖角……つまりは角ですか?」


『あぁ、我を魔王たらしめていた魔力の源たる角だ。二百年前、勇者共に折られ、勝利の証として奪われてしまったからな。これを四つ、人間の王国から我が下へと持ち帰ってきてくれ』


 これはまた途方もないことを言われたような気がしたぞ。


『これを取り戻しさえすれば、我はかつての力を完全に取り戻し、復活することが出来る。今は動くことも満足に出来ぬ躯のままだが、それさえあれば……膨大なる我の魔力をもってタケミツを元の世界へと戻すこともできるだろう』


「え!そ、そうなんですか!」


 元の世界に帰れる!その言葉を聞き、俺の心は激しく沸き立った。

 だが、冷静な自分の一部がつぶやく。


 おいおい、俺にそんなこと出来るのか?


 この世界について無知も同然だが……二百年も前に喪失したものを取り戻してこいだなんて困難を極めるのは明白だろう。


『どうだ?やってくれるか?』


「ちょ、ちょっと待ってください!アグバイン様ッ!」


 返答に窮していると再び割って入ってきたのはミュルミルという少女だった。


「そのような重大な役目を人間に託すのですか!それはいくら何でも無謀すぎます!こんな人間より私に命じてください!火の中、水の中!地獄の底までも総ざらいにして魔王様の至宝たる尖角を必ず見つけて見せますよ!」


「……うん?ミュルミルちゃんがやるのなら私も手伝うよ?」


『たわけ、お前ら魔族二人が行ったところで人間どもに狩り出されるのがオチだ。我が角を探すどころの話ではない』


「くう、ぐう……!」


 悔しそうにミュルミルは激しく俺を睨んでいる。

 おいおい、勘弁してくれ。俺は何も悪くないし、言ってないぞ。


 そんな涙目で睨まれても困る。


『人間の世界に入り込み、人間共から我が角を取り戻すのは人間しか出来ない。どうだ、タケミツ。お前自身のためにもやってはくれないか?』


「…………はぁ、自信はまるで無いですけど、やるしかないでしょう」


 それしか俺が帰るすべが無いのなら……どんな困難でもやり遂げるほかない。


 俺の言葉に魔王様はくつくつと笑う。

 どうやら俺の返答はお気に召したようだ。


『……契約成立だな、取りあえず当面の間、タケミツにはここで力をつけてもらうことにする。ミュルミル、レイア、ここに』


「「はッ」」


 背後に控えていた二人の少女が魔王様のそばに控える。


『この二人は我に残された最後の配下だ。魔族の双子の姉妹にして、忠義も実力も申し分ない者たちだよ。二人とも、名乗ってやれ』


「ちッ……ミュルミル、よ。一応教えておくけど、気軽に呼ばないでよね。殺したくなるから」


「……レイア、よろしくね……タケ……タケ、ノコ?」


「たけみつ、です……よろしく」


 ミュルミル、そう名乗った少女は忌々しげに舌打ちをしながら睨み、レイアは感情が抜け落ちたような顔で名を名乗った。

 

 なるほど、二人は双子なのか、道理で容姿が似通っているわけだ。


 それでも俺に向けられている表情は正反対のわけだが……ミュルミルについては今にも俺を食い殺しにかかってくるんじゃないかってほどの殺気を目に宿している。

 

 レイアはよく分からない。敵意は感じないけど、感情表現が薄い子なのかな。

 

『当面、貴様の面倒を見ることになる。二人とも、タケミツが使い物になるまでは鍛えてやってくれ』


「……はい、分かりました」


「なッ、アグバイン様ッ!私は……!」


『何だ?ミュルミル、不満か?』


「い、いえ……わ、分かりました」


『ふふ……これからよろしくな、ムトウタケミツ』


 ひょっとしたら俺はとんでもない契約をしてしまったんじゃないか?

 愉快そうな魔王様の声を聞きながら、俺は顔を引きつらせていた


 つい昨日まで俺はどこにでもいる学生だったのに……それが今では異世界に飛ばされ、どことも知れない廃墟をさまよって、しまいには魔王なんて胡散臭い存在の配下になってしまっている。


 突然の事態の変遷に整理などなど出来るわけがなく、俺はただ流されるままに従っているだけだ。


 これから自分がどうなっていくのか、考えようとしてすぐに止めた。


 魔王様の部下になったんだから、ろくなことにならないのは確かなんだから。


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