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異世界の魔王様

 鎌はまさに俺の首を吹き飛ばす寸前の位置にあった。目にも止まらない速度で振り下ろされた刃は今はピタリと静止している。


 助かった、のか……。


 体中から汗が吹き出し、全身に震えが奔る。


 危うく死にかけたという実感が今更ながらに湧き上がってきて、俺はみっともなく腰を抜かしてしまった。

 

「アグバイン様ッ!お目ざめになったのですか」


「…………ご主人様、起きたの?」


 少女達は俺の存在など忘れてしまったかのように声の主に返答する。

 

 俺も命の恩人はどこかと周囲を見渡したのだが、姿は見当たらなかった。


 あれ?確かに老成した男の声が聞こえた気がしたんだけど……


 少女達が目を向けているのは謁見の広間の奥にある玉座。

 薄汚れた簾が引かれていて、その奥には何やら人影のようなモノが見える。


『ミュルミル、レイア、何事だ?』


 再び男の声が広間に響き渡る。


「侵入者です!この者が城で騒ぎを!ですがご安心ください。すぐに処理しますので」


「ひいいいッ!」


『少し待て。侵入者だと……』


 内側まで覗かれているような強い視線を感じ、俺はおろおろと玉座の方向へと目を向けた。


 一体に何が起きているのか、びくびく怯えながら次の言葉を待つ。


『ほう、変わった服装をしておるな……面白いな、こちらへ連れてこい』

 

「なっ、危険です!こいつは得体のしれない人間ですよ!何かを企んでるやもしれませんし!ひょっとしたら狙いは貴方様かも!」


『こんな廃城の敗残者相手に企むも何もあるまいて。武器も持ってはおらぬようだし、危険はないだろ。数百年ぶりの客人なのだ、そんな邪険にすることもあるまい』


 何という懐の広い言葉だ。

 きっとこの声の主は理知的で聡明な紳士に違いない。


 ミュルミルと呼ばれた少女はわずかな迷いを見せた後、俺の襟をつかみ玉座まで引っ張っていった。服がのどに食い込み、一瞬、息が止まる。


「ちょ、首、首が閉まりま、す!自分で歩きますから!」


 何て力だよ。男一人をまるごと引きずっていくなんて!とても少女の細腕とは思えない。


 銀髪の少女も相変わらず後ろに控え、熱のこもらない視線を俺に向けていた。


「ねぇ、余計な真似はしないでよね。もし主様に無礼があった場合、その首を跳ね飛ばすから」


 少女は冷え切った目と声でささやいた。

 無言でそれに何度も頷き返す。


 この女はヤバいわ。

 目がイっている。冗談なんかじゃない。たぶん、下手なことしたらマジで殺しにかかってくるぞ……

 

 そして地面を磨りながらも玉座の前まで連れてこられた。


 少女二人は一歩後ろに下がり、俺の挙動に注視している。

 余りの居心地の悪さに吐き気を感じながら俺も、玉座へと視線を上げた。

 

 カーテンで仕切られたその奥の玉座に影が見えた。


『さて、まぬかれざる者よ。汝は久方ぶりに我が城に来られた客だ。もてなしてやりたいが、何分この城は朽ちて久しい。茶も用意できず、申し訳ないな』


「あ。いえいえ、どうやら勝手にお邪魔してしまったのは俺のほうですから」


 引きつりながらも口元には精一杯の笑顔を浮かべて声に応える。 


 やっぱ礼儀正しくいかないとね……。この人の機嫌を損ねたら間違いなくあの世行きだからさ。


『我が名はアグバイン。この城……いや廃城と言った方が正しいか。まぁ、ここの主だ。汝の名を聞かせてはもらえぬか?』


「は、はい、俺は武藤武光っていいます」


『ムトウ……タケミツ、か。変わった名前だな』


 はい、よく言われます……。


『さて、なぜこの城に来た?簡潔に答えてもらえるか?』


「その……俺にも分からないこと多いですけど……」


 これまでの経緯を思い出しながら話していく。


 自分でも信じられない話だが、アグバインといった男?は口を挟むことなく聞いていた。


 たどたどしくも語り終え、何らかの解を示してくれることを切に祈る。


「信じられないわね、そんな話……アグバイン様、この者はおそらく嘘を言っています!即刻、首をはねましょう!」


 どうやら背後の少女はよほど俺を殺してしまいたいらしい。


 それとも何事も否定から入る性質なのだろうか?


『落ち付け、ミュルミル。……ふむ、召喚魔術の暴走か、それとも昔の魔法陣が勝手に発動したか……門を開いたのはそちら側で間違いないとは思うが……』


 ぶつぶつと男が何やらと訳の分からないことを呟いている。

 俺はそれには突っ込まず、ただ男の返答を待った。


『ふむ、客人よ。汝が置かれている状況を説明すると、どうやらここは汝が住んでいた世界とは根本的に異なる世界ということになるな。何らかの要因で流されてしまったらしい』


 異なる世界……普段だったら一笑に付すような言葉だったが、あり得ない事態が多すぎて否定することが出来ない。


 異世界か……一時は憧れてこともあったが、今は喜びなんかは欠片もなく、不安のほうが遥かに大きい。


『ここは汝の住む世界とは住む人々も、環境も、理も全く異なっていると言っていいだろう。汝の常識はこの世界では通じぬと思った方が良い』


 なるほど、月が二つあったりと骸骨がが平然と動いたり明らかに俺の世界ではあり得ないことだからな。


 正直、半信半疑だが、ここが異世界だろうとどこだろうとどうだっていい。


 俺が本当に聞きたいのは……


「それで、その……俺は帰れるんですか?」


 この一点に尽きるだろ。


『……残念ながら現状では汝を元の世界へ帰す方法は存在しないだろうな』


「そ、そんな……!」


 じゃあ、何か?

 ずっと俺は自分の家に帰ることができないのか?

 知り合いも頼る当てもないこの世界で生きていくしかないと?


 それは無いぜ、こんちくしょう……!


 のたれ死にしろって言っているようなもんじゃないか。目の前が真っ暗になり、絶望感が胸の内を黒く染めていく。


 視界が滲み、思わず泣き叫びそうになってしまったとき、不意に男の笑い声が広間に轟いた。


『ふふっ、そんなに肩を落とすことはないぞ、現状では、と我は言ったぞ。時間と手間はかかるが帰る方法が無いわけでは無い』


「え?ほ、ほんとですか……!」


 首がちぎれそうになるほどの素早さと勢いで顔をあげ、熱のこもった視線を簾の奥に向けた。


『あぁ、汝は幸運だった。この世界に来てすぐに我と会えたのだからな。我のかつて持っていた膨大な魔力があれば汝を元の世界に返すことが出来るだろう』


「おおっ!じゃあ、俺のことを帰してくれるんですか!」


『……そんなに興奮するな、何度も言っているだろう?現状では無理だと。事情があってな』


「そんな……そん、な……!」


 何だよ、それ!じゃあ期待させるようなこと言わないでくれよ!


 再び膝をつき、うなだれてしまう。


 この世に神様はいないのか……善良な一般市民に対する仕打ちがあまりにひどいんじゃないか?


 俺はこれからどうすればいい。

 やっぱり死ぬしかないの?のたれ死に、それとも飢え死に?……どっちも変わらないか。


『そこでだ、なぁ、タケミツ……貴様がもし元の世界に帰りたいのなら、我に協力しないか?』


「え?」

「な、なななな!」

「………へぇ」


 想定しなかった言葉に俺は首をひねり、背後の少女は焦ったかのように身を乗り出してきた。


「協力、ですか?」


『あぁ、そうだ。汝は着の身着のまま、住む家もなくこの世界で生きていく術もない。そうだろう?』


 思わず視線を下に落としていた。


 うん、認めたくないが事実だな。俺は何一つ持っていない。


 この世界がどんな世界なのか俺は知らないが無知な若者が一人で生きていけるほど甘くはないだろう。


『我は汝に住む場所も糧も提供しよう。その上、この世界で生き残るための力もくれてやる。タケミツのいた世界がどうだかは知らないが、こちらの世界はただ生きるためでも力がいるぞ、魔物がいる、弱肉強食の世界だ』


 魔物というとやっぱりあれか?ゲームや漫画でも出てくる人を襲う化け物?

 そんなん普通に死ねる! 


「そして協力の報酬としていずれは元の世界に返してやることも確約してやる。どうだ?」


 あまりに破格の申し出だ。


 勢いに駆られて頷きかけたのだが……ふと気づく。


 これは……あまりの都合が良すぎないか?

 逆の立場になってみろよ。


 突然、自分の家に現れた不審者、違う世界から来た変人に心優しく手を差し伸べたりするだろうか?


 何か……裏があるんじゃ……?


『……まぁ、汝が疑うのも無理はないな。我らはこうして出会ったばかりなのだからな。このような申し出、二つ返事で受けるわけがない』


「え!あっ、その!」


 まるで思考を読んだかのような言葉に思わず声が上ずってしまった。


 しまった!俺、そんなに顔に出てたのか!謝らなければとあわてて口を開きかけたが……


『何、強制はせぬよ。不服なら断ってくれても構わない。この城からも無傷で出すことを約束しよう』


「え?」


『ただ、な……窓から外を見てみるといい』


 男の意図が読めぬまま、窓から外を眺めていると木々が捻じ曲がったかのような不気味な森が眼下に広がっている。


『この廃城は大陸の南、辺境とも呼べぬほどの世界の果てだ。人里まで一週間は歩き続けねばたどり着けぬだろうな。しかもこの森には獰猛な魔物が跋扈しておる。さてさて、武器も持たない汝に超えられるだろうか?少し心配だな……』


 わざとらしい男の言葉に額からは冷や汗が流れてくる。


「あぁ、そうですか……」


 なるほど、俺には初めから選択肢がなかったわけか。生き残りたいのならこの声の主に従うほかないわけで……


「アグバイン様ッ!どうかもう一度ご再考を!こんな男を配下に加えるなど……こいつは人間ですよ!」


「うわッ!び、びっくりしたッ!」


 突然、響き渡った女の子特有の甲高い声に体が飛び上がった。


 背後を見ると必死な形相でミュルミルさんが玉座に向かって声を荒げていた。


「ミュルミルちゃん……落ち着いて……ご主人様の前だよ」


「落ち着いてなんかいられないわよ、人間よ人間!認められるわけないでしょ!」


 隣の子が相変わらずの無表情で止めようとするが聞く耳を持っていない。


 さっきからこの子は何なんだ?何故、俺をそこまで毛嫌いするんだ?

 いや……俺というよりも単純に人嫌い?


「アグバイン様!こんな怪しい男を受け入れてはいけません!それに……」

 

 少女は俺の方をちらっとだけ見て、刺すように睨みつけてきた。


「こんな吹けば弾け飛ぶような貧相な男、配下に加える価値もありません。きっと植物にも劣ります!」


 おい、ちょっと待て!それはいくら何でも言い過ぎじゃないか!


 いくら俺がまともに喧嘩もしたことのない軟弱でもさすがに植物には……


 いや、待てよ……ここは異世界らしいからひょっとしたら植物なんかも強いのかも?


『落ち着け、ミュルミル。こいつは外見上強そうにも見えないが……潜在能力は分からんぞ、鍛えればひょっとしたら化けるやもしれん』


「だとしても人間です!」


『人間だから良いではないか?こいつはこの世界の常識に染まってはおらんのだぞ?それに元の世界に帰るという目的があるのだから、こちらが約束を違えぬ限り裏切ることもないだろう。こんな人材、貴重ではないか?』


 うん、そうだな。元の世界に返してくれるのなら裏切るはずもない。


「ですが……それでも……」


 なおも少女は金の髪を逆立てながら訴えかけるが、男は聞く耳を持たなかった。


『ミュルミル、いい加減にしろ。これは我の決めたことだぞ?まだ文句があるのか』


「いえ……その……ありません」


 強くたしなめられ、少女はうつむきながら後ろに下がる。

 だが、最後に俺を一睨みするのは忘れなかった。


『それで、どうする?タケミツ、我の提案、受けるか否か?』


 二択の選択肢を突き付けられているように見えたが、俺の答えは決まっていた。


「はい……元の世界に返してもらえるのなら何だったしますよ」


『ふふっ、よかろう。何、そんなに警戒することはないぞ。決して後悔はさせぬよ』


 何かとんでもない決断をしてしまったのではないかと心が警鐘を鳴らしていた。


 けど、生き残るためにはこの人に援助を求めるしかないだろう?


 話している限りそれほど変な人には思えないし、口調は少し偉そうだが礼儀作法はしっかりしている。


 そう考えると本当にこの人と出会ったのは幸運だったかも。

 

『さて、契約が成立したところで改めて我の姿を見せようか』


 そういえば、俺は未だにこの男の姿について見ていないな。


 声からしてかなり渋いから成熟した男性に思えるけど……徐々に玉座の間を区切っていた簾が上がり、男の姿が露わになっていく。


 そして、ついに俺が仕えることになった男の姿が目に飛び込んできたとき、衝撃で開いた口が塞がらなくなってしまった。


「…………」


 男は黒い鎧を身に着けていた。


 刺々しく、守るというよりも見るものに威圧感を与えるそんな鎧。

 玉座に座っているため正確な身長は分からないが、それでも二メートルはあるんじゃないか? 


 そして……兜から覗くその顔は肉も皮もなく骸骨だけだった。 

 むき出しになった歯だけがカタカタと動き声を発している。


 男、アグバインは瞳のない穴だけの眼孔を俺に向けると、厳かに語りだす。


『改めて名乗ろうか、我が名はアグバイン・ドレスティア。かつて魔王と呼ばれ世界を征服しようとしたが、あえなく滅ぼされた愚か者だよ』


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