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勇者達

 そしてたどり着いた教会。草木で編まれた塀に囲まれるその建物は周りと比べても巨大で、漂う空気も静謐に感じられた。


 何となく踏み込みがたい空気を醸し出していたが、ここまで来て逃げるという選択肢は無い。


 木製の肌触りの良い扉に手を掛け、いざ開こうとした時、レイアに肩を叩かれた。


「タケ……私は外で待っているね」


「え?何でだ?一緒に来ないのか?」


「うん……協会は少し苦手」


「分かった、じゃあ適当にその辺りで待っててくれ。話を聞くだけですぐに戻ってくるから」


 レイアが小さく頷くのを見届けた後、教会の中へと入っていった。


 足を踏み入れると、色とりどりの光が頭上から降ってきた。ステンドグラスを通過した陽光は様々な色にに変わり、極彩色の光が教会に満ちている。


 中央の通路を挟んで、信者達が腰かけるための長い椅子が何列も並んでいた。ぽつぽつと人が座り、目の前の祭壇に向かって祈りを捧げていた。


 まさに俺が持つ教会といったイメージを具現化したような光景だった。


 都市の喧騒もここには届かない。


 身が引き締まる思いがするというか、あまり信仰心を持ち合わせていない俺でも不思議と背筋がピンと伸びてしまう。


 祈りの声だけが響く神聖な空間。


 邪魔をしてはならないと本能的に察して、足音を立てないように気を付けながら教会内を歩いていく。


 上を見上げると天使を思わせる美しい子供たちがラッパを吹きならす荘厳な絵画が描かれていた。こういう所は俺の世界とあんまり変わらないんだな。


 やがて、教会の中央に飾られた三つの銅像を目に留めた。剣やら杖、様々な武具を掲げるその銅像達は教会の主役のように居座っている。


『……間違いない、あれだな』


 首元から苦渋の色が満面にちりばめられた声が届いた。あれとは一体?っと一瞬、尋ねようとしたがすぐに気づく。 


「え?……ってことはあの銅像の元になった人が……」


『そうだ……見間違えるはずがない。勇者と呼ばれた人間の精鋭共。二百年前、我を殺した者たちだ』


 あれが……そうなのか。


 なるほど、銅像を見る限り、百年以上経過した後でも英雄と称されているらしい。よく手入れされているのか、彼らの銅像は未だに光沢を放っている。


 威風堂々としたその様はまさに勇者そのものだった。


 でも、ちょっと待てよ……何かおかしくないか?

 勇者って確か……。


「あの魔王様……勇者って四人いたんじゃなかったんですか?」


『そうだな……勇者共のリーダー格であり、我に止めをさした男の銅像がここには無い。妙だな……奴こそ勇者という存在を形にしたような者だったのに』


「それはまた……何ででしょうね?ちなみになんて名前なんですか?」


『確か……カーヴィス。カーヴィス・クロイツと名乗っていたな』


「おや?貴方は勇者様に興味があるのですか?」


「え?」


 突如、かけられた声に振り向くと穏やかな笑みを浮かべた男性がすぐ後ろで佇んでいた。


 様々な銀細工を付けられた法衣を着ているところ、おそらく神父様だろう。外見からも知的で穏やかな雰囲気を醸し出しており、人の警戒を自然と解いてしまう人物に見えた。


 突然の問いかけに戸惑ってしまう。

 さて、どう返答するべきか迷っているところ、神父様はさらに笑みを深くした。


「あぁ、すいません。見かけない顔でしたし、じっと勇者様の銅像を見ていたのでつい声を掛けてしまいました。ご迷惑だったでしょうか?」


「あっ、いえいえ、そんな!こちらこそすいません。やっぱ勝手に入ったのは不味かったですか?」


「構いませんよ、教会の門は誰にでも開かれていますからね」


 何とも人の良さそうな方だ。まさに神父になるべくして生まれた人なんだろう。穏やかな気質といい、話しやすい雰囲気といい、こちらも俺のイメージ通りの聖職者だ。


 この人になら勇者のことを聞けるかもしれないな。


 神父様の笑顔に同じく笑みで返しながら、そんな打算的な考えが頭に浮かんだ。


「ありがとうございます……立派な銅像があったものですからつい見入ってしまって……この銅像が勇者様なんですか?」


「えぇ、そうですよ。『剣聖』ガル・フォンド様、『導師』シェーン・グラム・ハイド様、『聖使』シリル・エリア様。この銅像こそ二百年前、混濁の魔王を打倒した勇者様をかたどったものです」


「……混濁の魔王?」


『我の異名だな……人間共の間ではそう呼ばれていたのを覚えている』


 ほんの小声で魔王様が呟く。所謂、二つ名ってやつなのかな?


「この銅像は勇者様たちが魔王を討った百年後に作られた物です。有名な銀細工師に頼んで制作した逸品で、ほかの教会を回ってもこれほどの物はそうはないでしょう」


 自慢げに語り掛ける神父様。言葉に誘われるように再び銅像を見るが、なるほど、確かによく出来ている。


 まるで今にも動き出しそうなほど真に迫っており、制作した者の腕前が素人の俺にも分かった。


「やっぱり勇者様ってのは世界でも尊敬されているんですよね?」


「そうですよ。魔王征伐から二百年経過した今でも冒険譚として彼らの偉業は子供たちに伝えられています」


 ほっと一安心する。これなら情報集めも比較的、楽に行えるだろう。


「実は、その……俺、勇者様に興味があって、もし良かったら聞かせてもらえませんか?勇者様の話を」


「えぇ、構いませんよ。私が知っていることならいくらでもお話しします」


 躊躇うことなく穏やかに頷くと、神父様はこの世界で勇者と呼ばれた存在について語り始めた。


 今の時代より遥か昔、およそ二百年も前のこと。魔族がこの大陸の支配者として君臨していた時の話だ。


 魔族という種族の頂点、魔王に一人の男が即位した。


 その人物は混濁の魔王と呼ばれ、歴代の王から見ても隔絶した魔力を持っていたという。


 その力のままに混濁の魔王は世界を我が物にせんと、侵略を開始した。

 人間、獣人、エルフ、様々な種族が魔王の手によって絶滅の危機にさらされた。


 人間は一致団結して魔王軍に抗ったが、強力な魔法を操る魔族の軍団と規格外の力を誇る魔王に太刀打ちすることが出来ず、あらゆる国が滅んでいった。


 世界が闇に包まれ、誰もが希望を無くしかけたその時、神がこの世界に降臨したという。


 この世界の守護者とされる女神は四人の若者を選び出し、己の権能の一部を与え勇者とした。


 勇者は強力な武器と魔法を駆使し、魔王軍を蹴散らしていく。

 そして、ついに大陸の最果てに位置していた魔王の城までたどり着き、歴代最強と言われた混濁の魔王との激闘が始まった。


 本当なら魔王の下まで着くまでに本が何冊も書けるほどの冒険があったらしいが、割愛するらしい。キリがないからだ。


 魔王と勇者の戦いは三日三晩続いたという。


 強さの境地に達していた両者の戦いは熾烈を極め、天を裂き地を割った。

 だが、最後には魔王は玉座の間にて力尽き、光の戦士、勇者が勝利した。 


 まぁ、ここまでは良くある物語だろう。

 最後はめでたしめでたしで終わり、戦いの後には平和が訪れる。


 話慣れているのか神父様の言葉は分かりやすく、よどみなく俺の頭に吸収されていく。


 ただ、明らかに魔王様が悪の首領として語られていて、思わずやきもきしてしまったが、意外にも魔王様は口を出すことは無かった。ただじっと神父の話を聞いていた。


 怒り出すんじゃないかと気が気で無かったのだけど……一体どうしたんだろう。疑問を覚えながらも神父に質問していく。


「魔王が打倒された後、魔族はどうなったんですか?」


「ふむ……王という求心力が無くなったため、大陸各地に散らばったと聞きます。魔族は単体でも強力な力を有しているため、一時、教会の名において魔族の征討が行われました。その甲斐あって大幅に勢力を削り取ることに成功したのですが……逃れた魔族も多くいるそうです。嘆かわしいことですが、現代においても辺境などで数多く潜んでいるのでしょう」


 なるほど、魔王様が死んだからと言って決して絶滅したわけでも無いんだな。

 この際だ、聞くべきことは神父様にすべて尋ねてしまおう。 


「ちなみに勇者様の子孫っているんですか?」


「おや?ご存じないのですか?勇者様の血を引く方々の話は有名だと思うのですが……」


「あ、あはは……すいません。俺は田舎から出たばかりで全然知らないんですよ」


 苦し紛れの言葉だった。 

 まぁ、暢気なお上りさんみたいな俺の顔はまさに田舎者そのものだったわけで、神父様も疑いを持つことは無かった


「なるほど、そういうことですか。勇者様の子孫については広く知れ渡っていますよ。まず、グレイハーツ冒険者学校に通うリファス・ファンド様に同じく学校にご在籍さなっているリーザ・G・ハイド様。

そして我ら教会の誇り、『聖女』と呼ばれ絶大な癒しの力を持つクレア・エリア様。お三方皆が勇者様の子孫に相応しい才覚と力を秘めていると私は聞いています」


 これはまた重要な情報を得ることが出来たな。まさか三人共、一気に分かってしまうなんて。

 忘れないように心の中で何度もつぶやきながら胸に刻み込む。


「……グレイハーツ冒険者学校というのは?」


「文字通り大国グレイハーツに存在する冒険者の育成を目的とした学校ですよ。優秀な子供達でしか入学が許されない名門校です」


 なるほど、話を聞く限り二人の勇者の子孫は俺と同じぐらいの年頃なのか。

 そして、癒しの力を持つという聖女様、か。きっと美人なんだろうな、何てくだらないことを考えながらもしっかり覚えていく。


「……あとこれはちょっとした疑問なんですけど……勇者様はホントに三人なんですかね?」


「は?それは一体どういう意味ですか?」


「あっ、いや大した意味は無いんですよ!ただ昔、勇者は四人いたって聞いたことがあったので……まぁ、神父様がそう言うのなら聞き間違いだったんでしょうけど」


「そう、ですね……教会に聖者として記されているのは三人なのですから。勇者が四人いたなど私は聞いたこともありませんね」


 神妙に頷きながらも心の中では疑問符に満ちていた。


 実際に勇者たちと戦った魔王様の言葉と伝承として語り継がれてきた神父様の話、どちらを信じるのかは明白だ。


 一体どういうことだろう?何で四人いた勇者が減っているんだ?

 神父様に簡単な礼を告げると、俺は教会を後にしたのだった。


「……どういうことなんですかね?魔王様」


 教会から外へと出ると早速魔王様に尋ねてみた。どうも先ほどの話がシコリとして胸の片隅に留まっている。


『さぁな、我に聞かれても答えようがないぞ。だが、確かに勇者は四人いた。これは間違いがない……。恐らくだが、その者が問題でも起こし、歴史から抹消されたのだろう』


「そう、ですか……」


『まぁ、今はいくら考えても答えは出てこないだろう。取りあえず、三人の勇者の子孫についての情報は得ることが出来たのだ。その者達にどうアプローチを掛けるのか、まずはそれに専念しよう』


 まぁ、魔王様の言う通りだな。今は考えても仕方がない。

 歴史から名が消された最後の勇者、カーヴィス。その名前を心の中に刻み込んで教会を後にしたのだった。  



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