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隷従の首輪

「この部屋ともお別れか」


 しみじみとした心持ちでポツリと零した。今日、俺は城を出ることになる。数か月間、過ごしたこの部屋ともお別れだ。モノが少ない簡素な部屋だったが、いざ出るとなると思い出がかなり詰まっていることに気付く。

 

 忘れ物なんかないだろうか?改めて自分の姿を見回してみた。

 体にはマント、腰には剣を差している。


 革製の頑丈なだけが取り柄のバッグにはナイフやら様々な雑貨が押し込められていた。そして、宝物庫から頂戴した宝石類も少々。


……もちろん、魔王様の許可は貰っているぞ。旅をするにはお金は必須だ。換金のために頂いただけだ。


 そして胸には昨日、魔王様からもらったルビーのような宝石が掛けられていた。どんな効果があるか分からないが、身に着けと言われた以上、持っておくだけだ。


「よっし、全部、持ったな……」


 完全装備をした上で俺は部屋を後にした。廊下を渡り階段を下って、城の中央にある玉座の間へ。


 巨大な柱が両脇にいくつも連なっている荘厳な通路を渡っていく。と、その柱の一つにもたれかかっていたレイアを見つけた。


 退屈そうに髪をいじくっていたが俺に気付くと、とてとてと駆け寄ってくる。


「……おはよう、タケ」


「レイア……おはよう。こんな所でどうしたんだ?」


「タケを待っていたの……だって、私もタケについていくんでしょ?」


「あぁ、うん。魔王様からはもう聞いたのか?」


「うん……びっくりした」


 だろうな~。だって急だもんな。


 俺は覚悟していたから良いものの、二人に至っては寝耳に水の話だろう。驚きもする。


「それでミュルミルは?」


「この先の玉座にいるよ、旅に出るのが嫌みたい……魔王様に直訴してる」


 ホント、予想を裏切らないやつだな。レイアに促されるままに背後に広がる玉座を覗いてみる。


「どうして私があんなやつと一緒に行かなけれならないんですかッ!それに人間がうじゃうじゃいる巣穴まで一緒にッ!嫌です!私達はここに残りますッ!」


 凄まじい怒声が耳朶を叩いた。わあ~おッ、めちゃめちゃ怒鳴り散らしているじゃないか!


 昨日の落ち込みようが嘘みたいだ。あれほど魔王様に言われたのに、またしても偏見丸出しで食い下がっている。

 まったく、図太い奴だな。


 とばっちりを食らわないように背後へと下がり、レイアの横に並ぶ。


 俺が下手に出ていっても何も解決しない。むしろ騒ぎが大きくなるだけだ。説得は魔王様に任せるのが一番だろう。


 ふと隣で欠伸をかみ殺しているレイアを見た。


「ミュルミルはああ言っているけど、レイアは嫌じゃないのか?この城から出ることがさ」


「嫌じゃないよ。私は……少しだけ楽しみ、かな?」


 予想外の言葉に思わずレイアをまじまじと見つめてしまった。


「楽しみ、なんだ?」


「うん……外にはどんな世界が広がっているのか、私はずっと知りたかった。本で読むだけじゃ分からないことはたくさんあるから……それに人間達の暮らしぶりとかも興味ある」


 無表情の顔を少しだけ綻ばせながらレイアはたどたどしく呟いた。意外だな、てっきり彼女もレイアと同じようにこの城から出るのは嫌だと思っていてたのに。


「魔王様のことは心配だけど……魔王様自身が大丈夫だって言ってるから。魔王様は私なんかの思慮に及ばない方。魔王様が平気だっていうのならきっと平気」


「へぇ~、信用してるんだな」


「うん、魔王様だからね…………それにタケと旅ができるのも、楽しそう」


「そ、それは……はは、光栄だな」


 相変わらず返答に困る言葉をさらりと言う子だな。嬉しくないと言ったら嘘になるが、はっきり言って戸惑いの方が大きい。だって女の子にこんな風に言われたの初めてなんだから。


「出来ることならミュルミルちゃんも一緒だと嬉しいし、心強いんだけど……」


「私とレイアは残って魔王様の元にいますッ!ここから離れません!」


 ミュルミルの怒鳴り声がここまで届く。あいつ、まだやってらぁ……。


「中々、難しそうだね……そろそろ私達も行ってみようか?」


「……そうだな」


 レイアと並んで玉座の間へと入っていく。薄暗い広間に足音が響くと二つの顔が俺たちを見る。


『おぉ、来たか……タケミツ』


 魔王様はひどくげんなりした様子で俺達を迎えた。まぁ、それも仕方がないか、ミュルミルの金切り声にずっとさらされたんじゃあな。


『準備は出来たか?』


「はい、俺はいつでも出立できますけど……」


 ちらりと仁王立ちしているミュルミルの方を見る。瞬間、ガバっと視線を逸らされた。


「……こっちはまだかかりそうですね」


『そうだな……』


 その後も魔王様は根気強くミュルミルを説得していった。レイアも加わり二人で頑な彼女に語り掛けていく。ちなみに俺は大人しく端で黙っていた。どうせ、俺が口出ししたところで激昂させるだけだ。


 それに……俺としてもミュルミルに無理してまでついてきてほしいとは思ってはいなかった。


 当然だろう?なんたって昨日は本気で殺されかけたんだからな。正直、一緒に旅をするなんて想像するだけで頭痛がする。


 説得を続けていき、初めは穏やかだった魔王様の声も徐々にキツイものへと変わっていく。


『いい加減にしろ、ミュルミル。これは魔族の王たる我の命令だぞ。お前はそれが聞けぬというのか?』


「そ、そういうわけではありませんが……私は魔王様の身が心配で……!」


『いらぬ世話だ、このような辺境とも呼べぬ場所に来る物好きそうはいない。城を隠す魔法もすでにレイアが展開した。人間の上位の魔法使いすら見破れぬほどのとっておきの魔法をな。お前が心配することなど何もない』


 反論しよう口を開くが、言いよどむ。その様を見た魔王様は嘆息をつくと、黙り込むミュルミルを置いて話を進めていった。


 これは、納得したと思っていいのか?


『それとだ……ミュルミル、レイア二人はこれを付けろ。そしてタケミツにはこの腕輪を』

  

 魔王様が差し出したのは二つの首輪。それをレイアに渡すと、今度は俺にも黒い腕輪を差し出してきた。武骨なデザインをした変わったアクセサリー。


 何だ、これ?随分とセンスの悪いデザインをしているな。


「こ、これは……まさか!」


 レイアは首輪をじっくりと見回すと、徐々に顔が青くなっていく。今にも倒れそうなほど顔色を変化させると震える声で魔王様に尋ねた。


「ま、魔王様……!じょ、冗談ですよね?私達に人間の奴隷になれというのは……?」


「は?……奴隷?」


 こりゃまたずいぶん、物騒な言葉が出てきたな……。人間の奴隷?それは一体どういう意味だ?渡された腕輪を手でいじくりながら魔王様の方を仰ぎ見た。


「魔王様、一体これは何ですか?」


『レイアとミュルミルに渡したのは隷従の首輪、タケミツに渡したのは支配の腕輪だ。文字通り、首輪を付けている物を奴隷とすることのできる魔道具だな』


「ぶふッ!えッ!奴隷ってまさか、そんな……!」


『この首輪を付けた奴隷は重度の束縛を受け、主に危害を加えることは出来ない。そして命令に逆らうこともな。簡単に言うとミュルミルとレイアはタケミツの奴隷となってもらう。タケミツの命令は私の命令と争同義である心得えて、尽くせよ』


 これはまた……随分、大胆なことをおっしゃられる。ミュルミルなんか口をポカンと開けて固まっているじゃないか。


 しかし……奴隷、か。命令は絶対順守らしい。つまり俺が命じればその通りにレイアとミュルミルが動いてくれるらしいが……。


 駄目だな、こんな美少女二人を奴隷に出来ると聞いたらどうしても桃色の想像をしてしまう。逆らえないってことはあんなことやこんなことも!


 ……あっ、俺って最低だったんだな。


 自己嫌悪に駆られ自分の頭を全力で何度も殴っていると、やがて、彫刻のように固まっていたミュルミルがようやく現実に戻ってくる。


「な、何故、魔族たる私に下等で傲慢で貧弱の人間の僕になれと!」


『言わなければ分からんか?……これぐらいしなければ、お前は隙あらばタケミツを殺そうとするであろう?それにおそらく人間共の都市で騒ぎを起こすのは目に見えている。多少、強引だが……仕方のない処置だ』


 うん……そうだな。確かに魔王様の言っていることは容易に想像できる。


 ましてや、魔王様の保護下から俺が離れたら喜々として殺しに来るだろう。


 人間嫌いのミュルミルが街中の人込みなんかを見てしまったら……うわッ、考えたくない!


『ほかにもメリットもあるぞ。首輪を付けていれば主はどこにいようと奴隷の居場所を知ることが出来る。はぐれる心配も無い。それに人間の世界で魔族であると知られてしまったらどうしても迫害され、狩られてしまうだろう。だが、誰かの所有物だと分かれば、手出しは容易に出来なくなる。

……人間の世界では奴隷というのは財産であるらしいからな』


 うぐっとミュルミルは冷や汗を流しながら後ずさる。何とか否定の言葉を探しているようだが、なかなか見つからないようだ。


 視線が泳いだ末、隣で同じように首輪をいじっていたレイアに視線を固定する。


「れ、レイアももちろん嫌よね?」


「私は構わないよ」


 戸惑うミュルミルとは対照的にレイアは躊躇うことなく首輪をぱちりと付けた。

 凄いな、今の話を聞いてよくその首輪を付けられたものだ。

 予想外の返答を受けたミュルミルは呆然としながら尋ねた。

 

「え?……な、なんで?」


「タケだったら信用できるから、奴隷でも大丈夫……良い人だし、酷い事なんか命令しないよ、ね?」


「あぁ、うん……ソウダネ」


 うわッ、下手に否定されるよりこっちの方がしんどいわ。


 ここまで信頼されていると、やましい想像をした自分が酷く情けなくなってしまう。


 まるで動揺のないレイアの受け答えを聞いて、ミュルミルは頭を抱えていた。葛藤するように顔色を赤から青へ、目まぐるしく変えながらやがて親の仇のような視線で手元の首輪を強く握りしめる。


「ぐう……くぅ~!……そ、そうよ!これは魔王様のため!魔王様のためならば、この程度の屈辱、耐えられなくてどうするのよ……!」


 額から脂汗を垂れ流しながら亡者のように呻くミュルミル。


「お、おいおい……そ、そんな無理しなくてもいいんだぞ?嫌なら嫌で……」


「うっさいわね!嫌だけど、最悪だけど……魔王様の命令なんだからッ!仕方ないでしょ!魔王様のためならば人間に……従うぐらい、わけ……ないわよッ!」


 顔を真っ赤に染めて、瞳からは涙を流しながら、断腸の思いでミュルミルは首輪を付けた。


 そんな様を俺は複雑な感情を渦巻かせながら見ていた。

 

 そりゃ~ね、奴隷なんて身になるのは辛いことだってのは分かるよ。でもそんなに嫌がらなくてもと思ってしまう。


 俺って信用無いんだな……。例え、奴隷にしたとしても俺はひどい命令なんかするつもりは無いんだけどな……多分。 


『よし……タケミツ、お前もさっさと腕輪を付けろ、そしてこう唱えるのだ』


 魔王様の言葉に従い、慌てて腕輪を付けると、言われた言葉のように詠唱を唱える。ミュルミルからは泣く子も凍り付く凄まじい形相で睨み付けてくるが、俺は気にしないように自分に言い聞かせた。


 そんな目で俺を見ないでくれよ、俺だって好きで二人を奴隷にしようとしているわけじゃないんだから。そりゃ少しは、やらしい妄想したけどさ……。


「ミュルミル、レイア、両名に告げる。血肉を、魂を、未来を我に捧げよ。汝らの全ては我の一部。ドミネーションッ!」


 唱え終わると俺の腕輪と二人の首輪が赤い線で結ばれ、そして俺の頭に情報が流れ込んできた。それは二人の魔力やら感情といったもの。一瞬、ふらつきながらも何とか踏みとどまる。


 頭の中を攪拌されたかのように思考がバラバラにされてしまった。

 気が付くと腕輪から発した赤い光はとうに消えていた。


 ええっと、これで儀式は完了したのかな?


「…………?」


「特に……変化は無いようね」


 何だか実感が沸いてこない。本当にこの二人は俺の奴隷になったんだろうか?


「ふむ……タケミツ、試しに何か二人に命令してみろ。ちゃんと腕輪が作動するか確認するためにもな」


 と、無茶振りされたものの何を言えばいいのか?取りあえずレイアの前に立つ。キョトンと小動物のように首を傾げるレイアに向かって一言。


「…………お手」


「はい……」


 差し出された手にポンと乗っかるレイアの手の平。これは命令したと言っていいんだろうか?レイアだったら首輪が無くても応えてくれそうだけど。


 まぁ、いいや、今度はミュルミルだ。こいつだったらお手なんて真似、絶対にするわけがないと分かっている。こいつなら腕輪が作動しているかどうかすぐに分かるだろう。

 

 強制的に犬のような扱いをするのは少し可哀想かと思ったが、俺だってこいつには苦労させられたんだ。少しぐらい屈辱的な目に合わせても……


「殺す殺す殺す殺す殺す、許さない、絶対に殺してやるから……ミンチにしてやる、肉団子にしてやる……!」


「……………………あ、握手なんて、どうかな?」


 あかんわ、怖すぎる。殺意の波動が半端ない。とてもお手なんて言えないよ。

 命令とも呼べないことだが俺にはこれで精一杯。それでもミュルミルにとっては受け入れがたいことであり、無視しようとしたのだが……


「え?なッ!……う、う~ッ。そんな……!」


 手が勝手に動いたように震えながら右手を差し出された。ミュルミルは顔を真っ赤にさせながら踏ん張ってはいるが制御が出来ていないようだ。


 凄いな……!本当に俺の命令に従ってくれる!まさかミュルミルと握手をすることが出来るなんて!差し出された手を重ねるように握りしめる。


「こ、これからよろしくな……ミュルミル」


「く、くそ~~ッ!何よ、これ!人間なんか触りたくもないのに!」


 言葉とは裏腹にミュルミルの手は俺の手を離さない。あまりの屈辱に泣き出しそうなほど瞳を潤ませながら睨み付けてくる。


 怖いと思う反面、何だろう、この背徳感は……!正直、ゾクゾクします!


 魔王様はその様を満足げに見届けた後で厳かに告げた。旅の始まりを……。


『これより先はタケミツの指示を我の命令だと思って、聞くように。タケミツに協力し、我が力の根源である尖角をこの城へと持ち帰れ。さすれば、我は再びこの大地に降り立ち、種族の繁栄を約束しよう』

 

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