蹂躙
今にも破裂してしまいそうな緊張感が場を満たす。
迸る殺意は森の動物を退け、魔物すらも震えさせるほど強烈だった。
相手の出方を伺う鋭い視線が交錯する。争いの火蓋を切ったのは未だに怒り冷めやらぬモルガンだった。
「うおおおッ!死ねよ、この化けもんがぁッ!」
片腕を無くしながらも、重戦車のように特攻していく。
その姿は狂戦士のような有様だったが、無論、モルガンにも痛みはある。傷口からは血は流れ出しており、絶え間ない激痛が神経を貫いている。
だが、それでも闘志は漲っていた。その燃料はもちろん怒り。
プライドが高いモルガンにとっては激痛などよりも、魔族の、しかも少女に片腕を奪われた屈辱の方が耐え難いものだった。
並みの人間であったのならその気迫に怯えて怯んでいただろう。だが、ミュルミルは薄く笑みを浮かべた後、ひらりと避けただけだった。戦いなれた彼女にとって考えなしの無謀な突撃が通じるはずもない。
「はっ、まるで獣ね!突っ込むことしか知らない!」
ひらりと横に回り込むと、モルガンの剣を弾き飛ばした上にさらに鋭い回し蹴りを顎へと叩き込んだ。予想外の一撃に呆気なく昏倒した巨漢の体。
「が、がぁッ!」
「馬鹿ね。力の差も分からないような劣った脳なら、必要無いわよね?切り飛ばして身体を軽くしてあげるわ!」
器用に腕の中で鎌を旋回させると、容赦なくモルガンの首に向かって振り下ろす。
確定されていたモルガンの死。それを覆したのはラルバートだった。
鋭利な刃が肉を裂く瞬間、鳴り響く銃声。少女の体が残像だけ残し、凄まじい速度でその場を飛びのく。
「くっ、今のを避けるのか!」
まったく何という反応だ。銃声に反応し銃弾を避けるなんてさすがにありえないだろう。
だが、驚いたのはミュルミルも同じだった。
「ちッ……面倒なおもちゃを持っているようね」
魔族の鋭敏な目は銃口から猛烈な速度で吐き出された銃弾をはっきりと捉えていた。
どうやらあの男が持つ武器は弓よりも遥かに高性能な飛び道具らしい。
二百年前の戦争では存在しなかった武器だ。
ラルバートは後退するミュルミルに向かって銃を乱射していく。狙いは的確だ、一寸の乱れもなく銃弾は少女に向かう。
鎌の旋回によってそれらは弾けれていたが、牽制にはなる。
「シームッ!今のうちにモルガンをッ!」
「あ、あぁ!わ、分かったッ!」
攻防を呆然と眺めていた同行者に向かって一喝すると、すぐに視線を魔族の少女へと向ける。
「くッ、いい加減……うっざいわ!いでよ【黒槍】ッ!」
業を煮やしたミュルミルが無詠唱で魔法を放つ。掲げた手から魔法陣が展開した直後、渦を巻いた黒い槍が三つ出現し、ラルバートへと殺到する。
轟音を上げながら目にもとまらぬ速度で疾走する黒槍は、瞬前、体を捌いたラルバートをかすめ、背後へ突き抜けた。
槍は背後の木々に激突しても勢いを殺すことなく直進し、森を蹂躙する。百メートルも突き進んだ所でようやく勢いが収まったようだ。
(これは……当たったら即死だな)
これほどの魔法を、しかも無詠唱で放つとは。さすが、魔族といった所か。
額から冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
だが、ラルバートはすぐさま気を取り直して、銃を装填。少女に向かって引き金を引き続ける。
ミュルミルの動きは早く、銃弾はかすりもしない。
だが、それでもラルバートは卓越した技巧で照準を修正し、ミュルミルを追い詰めていく。いくら早く動けてもここは障害物の多い森の中。線ではなく点で捉えていけば、当てることも可能だ。
徐々にミュルミルの体へと迫っていく銃弾。狙いを定めていき、直撃できると確信した時、ガキンっと愛銃が悲鳴を上げた。
撃鉄が落ちるだけで銃口から弾は吐き出されない。
弾切れかッ!鋭い舌打ちを一つ零す。まさか、こんな間抜けなミスをしてしまうなんて!やはり、旅の疲労が溜まっていたのだろうか?
慌ててシリンダーに弾を装填するが……。
「ふふッ、どうやらその玩具は打ち止めのようねッ!」
にやりと笑ったミュルミルは即座に反転し、ラルバートに斬りかかる。大鎌は慌てて伏せたラルバートの頭上を通過し、背後の木を絶ちきる。
そして今度は下から、両端の刃を器用に使い分けラルバートを追い詰めていく。
ラルバートは避けながら銃の装填という離れ業をやってのける。
が、銃を構えるよりも早く斬撃が放たれ、体が両断される寸前……割り行ってきた人影が凶刃を止めた。
鉄と鉄が激突する異音が周囲に鳴り響く。
「大丈夫かッ!ラルッ!」
鉄甲で大鎌を受け止めながらダグは叫んだ。
「ちッ!何!あんたも自殺志願者ッ!そんなに死にたいなら殺してあげるわッ!」
目をカッと見開くと大鎌を轟音と共に縦横無尽に振り払う。その一閃一閃がラルバートやダグの首、心臓など急所ばかりを狙ったものであり、二体一ながらも気付けば防戦一方となっていた。
「おらぁッ!」
ダグが岩石をも打ち砕く拳を振るうが、当たらなければ意味はない。ミュルミルは触れる寸前で空へと逃れ、その上、急降下しながら襲い掛かってくるのだ。
土台、ダグとラルバートは地に足が着いた人間であり、空を自在に飛び回れる魔族とは相性が悪かった。
打ち合うダグとミュルミル。その合間を縫うかのように銃撃を放つが、旋回する大鎌に弾かれて体には当たらない。
「……【地崩し】!」
再び放たれた無詠唱の魔法。大地を揺らす地割れが二人に迫る。瞬時に後ろへと跳ね、木へと飛び移る。木の根をちぎり、地面は粉塵をまき散らした。
下は無惨に崩れ落ちており、その威力の高さがうかがえた。
「ったく!可愛い顔しておっかないねぇちゃんだな」
「……あぁ、まったくだ」
何という凶悪さか。魔法の威力といい、その身体能力といい人間とは並外れている。
さて、どうしたものか……やはり、ここは一度逃げるべきか?しかし、怪我人がいる。そう簡単にはいかないだろう。
ラルバートは頭を悩ませたわけだが不意に少女の姿が消えていることに気付く。
辺りに立ち込める粉塵のせいで、見失ってしまった。
「ッ!?ラルッ!上だッ!?」
ダグの悲鳴で弾かれるように見上げるが、目に飛び込んできたのは黒い大鎌の煌めき。反射的に手をかざしながら横へと飛んだのだが、反応が少し遅れてしまう。
「ぐあぁッ!」
鎌の刃は手にある銃ごと腕をばっさりを切り裂く。鮮血が飛び散る。激痛が思考を漂白させ、ラルバートはその場に崩れ落ちた。
幸いにも切断は免れたようだが……利き腕に傷を負ってしまった。これでは銃を扱うどころではない。
「ふふッ、これでもう腕は使い物にならないわね」
「て、てめぇッ!」
怒りの炎をたぎらせながらダグは再びミュルミルに殴り掛かるが、全ていなされてしまう。
「そんなに目を血走らせて、一体どうしたのよ?何?仲間を傷つけられたのが許せないわけ」
「ちッ、ったり前だろッ!よくもやってくれやがったな!おい!」
「あっそ……くだらないわね」
そしてミュルミルはさらにダグにも稲妻のような黒閃を放つ。浅く胸に傷を負ったダグも地に落とされラルバートの横へと落下してきた。
「……勝負はついたようね、まぁ、当然の結果だけど。人間なんかに私が負けるわけないからね」
「くっそがぁ……!」
血がしたたりおりる腹部を抑えながらダグは立ち上がったが、その足取りは仔馬のように頼りない。
自分は得物を無くし、ダグは重傷を負った。モルガンは最初から戦闘不能であり、シームは怯えているばかりで話にならない。
少女は空に浮かべながら満身創痍の人間を満足げに見下ろしていた。
多少、手こずってしまったが所詮は人間。崇高な一族である魔族に勝てるわけがない。
さて、どう料理してやろうかしら?抑えきれない邪悪な笑みを口元に浮かべながら冒険者たちを見下げていると……不意に一人の男が前に進み出てきた。
ラルバートだ。……赤く染まった手をあげ、彼は降伏した。
「俺たちの負けだ……欲しいものは何でもくれてやる。ここにも二度と立ち入らないと約束しよう。だから、見逃してくれないか?」
「…………ラル」
「はッ!今さら命乞いかしらッ!四人も雁首を揃えておいて、みっともないわね!あんた達は負けたんだから大人しく死んどきなさいよ。うだうだ言って恥ずかしくないの?」
「何とでも言ってくれ、俺達は……俺は死ぬわけにはいかないんだ」
そう、こんな辺境で素性も知れない相手に殺されるわけにはいかない。
例えどれほど恥をかこうとも生きなければならない。待っている人のためにも。
「ふ~ん……人間にしては戦える奴かと思ったら、何よ。戦いの中で死ぬ覚悟も無い臆病者か。なら家に引きこもってこんな場所まで来なければいいのに……」
少女の罵声にもラルバートは表情一つ変えることなく耐えていた。その静謐な顔には覚悟のような者も見て取れてミュルミルは何とも面白くない。
何よ……命乞いをするにしても、もっと無様に泣き叫び、這いつくばってしなさいよ。
人間が情けなく死んでいく様を見たいのにこれでは面白くない。
「まっ、何をしたところで私はあんた達を見逃すつもりは無いからいいか」
少女の瞳に燃える憎しみの炎を見てラルバートは交渉は無理だと悟る。何を言ってもきっと聞き入れてはもらえない。
それほどまでにこの少女の憎しみは深いようだ。7。
「さぁ、祈りなさい。次は人間以外の種族に生まれ変わるように!」
今までよりもさらに巨大な魔法陣が展開し、紫の不気味な光が周囲を照らす。どのような魔法かは知る由も無いが、ほとばしるエネルギーから威力を察することが出来る。
放たれた瞬間、周囲の生命体は一掃されるのは間違いない。
ここまでか……冒険者としての経験からラルバートは逆転が不可能だと知る。もはやあの魔法から逃れるすべはない。
「すまない……!ミリアーナッ!」
最後に頭をよぎったのは最愛の妹の顔。帰らなかった自分のことを彼女はどう思うのだろうか?
ずっと待ち続けるのか?病院の寂しいベットの上で?
それを想像した途端、胸が張り裂けんばかりに痛んだ。
心の中で妹への謝罪を繰り返し、目を閉じた時、不意に聞き覚えのない男の声が耳に轟いた。
「ま、待て、待ってくれ、ミュルミルッ!」
新たな闖入者の出現によって状況は変わる。
ラルバートらを庇うかのように割り行ってきたのは黒髪黒目の黒マントと全身が真っ黒の青年だった。




