冒険者達
冒険者、ラルバート・ミンクスは一向に変わらぬ森の風景に飽き飽きしていた。
この薄暗い森林、暗月の森に入ってもう二日が経つ。
未だに目的地は見えてこず、同行者達の顔にも焦燥と不安が見え始めていた。
度重なる魔物との戦闘、休む間もなく歩き回る状況、そして薄暗く陰鬱な空気を醸し出すこの森に皆が辟易している。
つまりこの場を占める空気は最悪の一言だった。
「おい……まだ魔王の城とやらは見つからないのかよ」
最後尾を歩いていた冒険者の一人、シームがため息交じりに呟く。答えをまるで期待していない口調だった。その言葉を返したのは最前列で地図と睨めっこしていたモルガン。
「見りゃ分かんだろッ!まだ見つかってねぇよ!」
「ちッ、一体、いつになったら魔王の城に着くんだよ!もう二日も歩き詰めだぞ!」
「うるせぇなッ!だったらてめぇも目ん玉おっぴろげて探せってんだよッ!人にばっかり頼ってんじゃねぇ!」
モルガンの酒焼けしただみ声が森に響き渡る。
無駄な大声は魔物を引き寄せるだけだというのに、その程度のことすら気が回っていないようだった。
モルガンとシームの言い争いは過熱していく。無駄な争いを避けるためにも、すぐに止めるべきなのだが、疲労していたのはラルバートも同じだった。
下手に口出しして無駄に体力を消費するだけの口論に巻き込まれるのは御免だ。
うんざりしたような表情で仲間同士の喧騒を見つめていた。
やはり、こんなバカな話に乗ってしまったのがそもそもの間違いだったか。
甘い考えをしていた過去の自分を殴り飛ばしてしまいたい衝動に駆られ、ラルバートは嘆息を漏らした。
事の始まりは一週間前、辺境の都市グリューンの酒場でのことだった。
金に困っていたラルバートの元へと、ある儲け話が持ち掛けられたのである。
その話を持ってきたのは同じ冒険者であるこの巨漢のハゲ坊主、モルガンだ。
モルガンは闇市で、かつて勇者が所持していたという魔王の城が記された地図を入手したと声高に叫んでいた。
何でも魔王の城には金銀財宝が手つかずのまま放置されているという伝説があった。
その城を見つけ出して一獲千金を掴んでやろうと、モルガンはラルバートを誘った。
未だに伝説として語り継がれる混濁の魔王。
魔王の城には古今東西あらゆる財宝が今なお眠っており、それを手に入れたのなら国すらも買える富を得られるらしい。
所詮、酒場で酔った時にだけ話す与太話であり、真に受ける者など新生のたわけしかいない。
鼻で笑ってしまうほどのくだらない話だ。
ましてや、その話を持ち掛けてきたのは、短絡な思考と荒い気性で冒険者の間では敬遠されているモルガンなのだ。
普段のラルバートなら確実に断っていただろう。
だが、この時は金がどうしても必要だったのだ。そんな馬鹿げた夢物語にもわずかな光明を見出してしまうほどに。
その原因はラルバートの妹、ミリアーナの存在だった。
目に入れても痛くないほど可愛がっていた妹、自分にとって唯一の家族である存在が大病を患ってしまったのだ。
現代の医術では完治は不可能であり、延命の措置しか出来ない病気だと医者は言っていた。
病状が進行してからは満足に歩くこともできずに衰弱し切っており、今も医院のベットで寝ている。
ラルバートは冒険者の腕を最大限に活用してあらゆる治療方法を探して回ったが、いつも無駄足に終わった。
途方に暮れたラルバートがその果てに頼ったのは今、各国で話題となっている聖女の噂だ。
大陸の北に位置する大国、レヴィアス聖王国の聖女はどんな病であろうと傷であろうと手をかざしただけでたちまち治してしまうという話だ。
最初は疑ってかかっていたラルバートだったが、その聖女があの勇者の子孫の一人と聞いて考えを百八十度変えた。
今もその偉業が寝物語で語られる世界の英雄。歴代最強と名高い混濁の魔王アグバインを打ち倒した者たちの子孫ならば、可能性が高いのではと考えたわけだ。
早速、教会の聖女様に妹の治療を頼めないかと調べてみたのだが、聖女に謁見するためにはそれはもう莫大な寄付金が必要となる。
ラルバートは冒険者の中では腕利きとされている。
だが、それなりの額を稼いでいた彼にとっても寄付金は立ちくらみがしてしまうほどの大金だった。
そのため一攫千金を狙い、藁にもすがるような気持ちでモルガンの提案に乗ってしまったのだった。
モルガンをリーダーとしてこの話に乗ったのは四人の冒険者。
まずはモルガン。実力は確かだが、激情家の顔を持っており、何度もギルドから警告を受けている荒くれ者の問題児だ。
そして彼の腰巾着である青年、シーム。以前は盗賊をしていたという小悪党。
三人目はダグ。ぼさぼさの金髪頭が特徴的な気の良い男で、ラルバートの友人でもある。依頼を受けるときもよくコンビを組んでおり、気の知れた仲だった。
そして妹の治療費を稼ぐためにこんな無謀に挑んだラルバートの四人だ。
過酷な旅の果てに、魔王の城があるとされるこの暗月の森にたどり着いたのだが……どうやらこの旅に出たのは失敗だったようだ。
地図の通りであるならもう既に城が見えてきていても、おかしく無いわけであり導き出される結論は……
「なぁ、モルガン……やっぱその地図は間違ってたんじゃねぇの?」
シームが馬鹿にしたかのような口調で吐き捨てる。まさにラルバートが思っていたことを代弁するように。
「うるせえな!この地図が間違っているだとぉ!これはな、相当な金を積んで手に入れたものなんだよ!偽物のはずがねぇ!」
高い金を支払ったからといってそれが本物であるという根拠にはなら無い。そんなことはモルガンも分かっているはずなのだが。
もはや意地になっている。引くに引けなくなったのか。
「はぁ、こりゃダメだな……モルガンのやつ、外れを掴まされやがったか」
隣で呆れたかのように頭をかいたのはダグだった。
「まっ、分かっていたことだけど、それでもショックはでけぇな。こんだけ準備して手間かけて空振りかよ」
「そうだな……」
「残念だったな、ラル……せっかくミリアーナちゃんを聖女様とやらに見せることが出来たかもしれなかったのに」
ダグはギルドに入団した時からの付き合いで今でも親友と呼べる間柄だった。当然、ラルバートの事情も知っており、彼なりに協力もしてくれている。
「よく考えてべきだった……いくら金が必要だったとはいえ、くだらない与太話に惑わされてミリィを置いて出てしまった。情けないな」
本当に自分は何をしているのだか……旅に出るからしばらく会えないと告げた時の妹の顔が頭によぎる。
寂しさをぐっとこらえながらとても痛々しい笑顔を浮かべていたな。
その表情を思い出すと胸を掻きむしるほどの自責の念に襲われる。
「はぁ~、そんなこと言うなって……普段のお前が冷静で慎重な奴だってことは俺がよく知ってるよ。それに何度も助けられたわけだしな……そんな思考がぶっ飛んじまうほど妹さんが大事だったってだけじゃないか」
「だと、いいがな……」
慰めてくれるのは有り難かったがそれでもラルバートの気は晴れないままだ。
ちなみにダグは生粋の冒険家だ。生活のためではなく、夢のために冒険者家業に飛び込んだという経歴の持ち主。
常にロマンを求めている彼にはこの程度の空振りは大したことではないのだろう。
四人の中では比較的、平静を保っており、人に気を回すだけの余裕があるようだ。
まぁ、後悔しても仕方がない。
どのみちここで右往左往していてもいずれは野垂れ死にだ。
こんな世界の果てまで足を延ばしておいて、諦めきれないのは分かるが、どこかで切りを付けなければならない。
まったく、高い授業料を払わされたものだ。
装備品を整え、食糧を買い込み、少なくない金をこの冒険に費やした。
一ヶ月もの間、辺境とも呼べぬ世界の果てまで放浪し、結果、得たものは何も無し。
(やってられないな……)
やはり、一発大きく儲けようとしたのが間違いだったのか……病床の妹を残して馬鹿げた旅に出た自分自身を恥じた。
モルガンを除く三人はもう諦めの境地に達している。
だが意固地になっているモルガンを説得して、来た道を戻るのは困難を極めるだろう。
これまでしてきた徒労、そしてこれからあるであろう一悶着を想像し、ラルバートが老人のようなため息をこぼした。
瞬間、前方の木々が激しく揺れる。
「ちっ!また魔物か!」
四人の間に緊張感が奔り、各々の武器を構えた。
この森は魔王の領域と言われた通り魔物との遭遇率が非常に高かった。
気を引き締めたラルバートが己の得物に手を掛けたのだったが……
警戒する四人の前にゆっくりと降り立ったのは魔物ではなく、見目麗しい一人の少女だった。