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レイナと勇者と下僕録  作者: くるい
一章 ~盗賊団退治の下僕録~
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六話 レイナの目的

 ――その帰り道。


「アンタを下僕にした理由はね、そのまま放置してたら死ぬと思ったからよ」


 唐突に話を切り出したレイナは、俺を無理矢理連れ回す理由を口にした。

 思わず「え?」と聞き返してしまったが、彼女はお構い無しに続きを話す。


「自分の負担を減らすためにも下僕が欲しい側面はあったけどね。ただの死に損ないなら助けてやる必要はない。でもアンタは魔王を倒すんでしょ? その気概があるだけ全然マシよ。でも勇者にはなれない、勇者になるには無謀過ぎる。だから、まずは私の下で強くなりなさい」

「は……なんだよそれ、耳障りのいい言葉ばっか吐いて実は言いなりの下僕が欲しいだけじゃないだろうな」

「違うわよ! なんでそう邪推しかできないわけ?」

「お前が強引だからだろ! 気絶させたり部屋に縛り付けたり魔法で痛めつけたり、やってることが酷すぎて全く信用ならないんだよ」


 そう捲し立てると、彼女にしては珍しくしおらしい態度を取った。口はつんと尖がっていたが、若干俯いた様子で俺に言葉を返してくる。


「……悪かったわよ。でもそうしなきゃ、ユートは先に進んでたでしょ」

「あ、ああ、そうだろうけど」


 何故か名で呼ばれたことにドキリとしてしまった。いつもアンタ呼ばわりされていただけに、普通に呼ばれると少しむず痒い。

 こいつ、顔は可愛いのだし。


「そうなったら遅いの。スライムならともかく、ゴブリンとかオークとかフォレストウルフに出会ってみなさいよ。そのだっさい木の棒や調理器具で戦えるわけがないでしょ? そうなったら今頃死体になってそこらを転がってるわよ、確実にね」

「……う」


 確かに間違ってはいない。この森にそいつらがいるかは別にしても、まず俺の実力じゃ一瞬でお陀仏だ。

 それがゴブリンなら集団リンチに遭って丸焼きにでもされているだろうし、オークならその巨体で潰されて死体は虫の餌、フォレストウルフに至っては生きたまま肉を喰われることになるだろう。

 想像したくもない光景だ。まだスライム地獄で生き埋めに遭った方がマシに見えてくる。


 いや、でも。旅に出た時は倒せるかなって勝手に思ってたんだよ。倒せる気がしてたのに……。


「ユート、私は冒険者協会ギルド“英雄団”から派遣された魔術師レイナよ」


 なん、だと。


 俺は目を見開き、半信半疑でレイナを凝視した。


 冒険者が作るギルドなんてのは腐るほどあるが、“英雄団”の名は各地に轟くほどの有名ギルドだ。

 何せそのギルドは現在の魔王の先代にあたる魔王を討伐した勇者ユーテイ・エインリルが所属していたのだ。

 知らない奴の方が少ないに決まっている。


 魔王との戦いで勇者も死去してしまったが、現在でも残るそのギルド“英雄団”の一員は粒揃いのメンバーで構成されている。最近では人員確保のためにギルドメンバーの募集をしているとの噂は聞いていたが、少なくとも弱者はそんなギルドに入ることはできない。

 レイナはそんなに強いのか。


「私がここに来たのは、村外れのどこかに身を潜める盗賊団を壊滅させるため。なんだけど、思うように奴らの居場所が見つからなくてね……ユート。私の任務が終わるまででいいの。少しだけ、下僕としてお願いできるかしら」


 彼女は隈のできた眼で笑い、俺に手を差し伸べた。


 ああ。

 レイナが毎晩疲れて帰ってきたり忙しかったりしていたのは、盗賊団のアジトを見付けるためなのだろう。それなのに、今日という時間を無駄にして俺を助けてくれた、のか。

 

「勿論、嫌ならもう無理は言わない。下僕のことも冒険者協会へ通達を出して取り消して貰うよう取り計らうし、そこはユートに任せる。でもこれだけは言わせて、このままじゃ何にもできないよ、今のユートじゃ」


 そうして手を俺の方へ伸ばしたまま、レイナは再び微笑んだ。静寂が森を流れる。

 そう。俺は魔王を倒す。


 そのためには強くならねばならない。そして、目の前にはギルド英雄団の魔術師レイナがいる。下僕だろうがなんだろうが、ここで研鑽を積んで損は――いや、違う。

 ここでレイナの提案を断ったとして、弱いままの俺はこれからどうしようというのか。


 なら答えは決まったようなもんだ。

 レイナの差し出す右手を掴み取って、俺は言う。


「悔しいけど。下僕なんか認めたくないけど、お前の下僕になるよ。でも、盗賊団を捕まえるまで、だからな」


 その時までには一人で旅くらいはできるように成長する。それまではレイナの下で経験を積む。

 魔王を倒すためなら、なんだってする覚悟はできているのだ。


「フン。アンタから宣言したのよ。しっかり働きなさいよね」


 刺々しい台詞の割には、レイナは透き通った笑顔で言い放った。


 びゅお、と吹いた風が俺の背でも押すかのように吹き付ける。

 下僕だろうがなんだろうが、やってやるさ。


「あれ……そういや、盗賊団は一人で退治するのか? お前以外に他のギルドメンバーらしき人は見当たらないけど」

「……」


 あれ。

 しかしレイナから返事はなかった。俺の方を見て微妙な顔をし、眉間に皺を寄せてしまう。


 普通、魔術師というのは単体では動かないものだ。戦士などの前衛に守って貰い、遠距離から敵を攻撃するのが役割であって一人で戦うことは滅多にない。実力差があっても、機動力のある魔物に距離を詰められれば命を落とすことだって有り得るし、何より今回の場合は相手が人だ。

 だがこの三日間、レイナ以外にメンバーらしき人を見たことはなかった。


「もしかして……お前」


 黙ったまま俺を睨んでくる彼女へ、思ったことをそのまま告げる。


「ぼっちなのか?」

「――はぁ?」

「ひょっとしてギルドではぶられて友達がいなかったりするのか? そりゃこんな横暴な性格してりゃ人も寄り付かないだろうけど、だからって一人で盗賊団退治とか無理あるだろ」

「殴るわよ」


 飛んできた拳が俺の腹部を抉った。魔術師なのに腕力が凄い、その場で腹を押さえた俺は喉までこみ上げた胃液を必死に抑える。


「……い、いや、別に冗談は言ってない、けどな。はぶられた云々はいいとして、マジで一人だったり、するのか?」

「そうよ。この任務に参加するのは私一人。英雄団にいる以上、このくらいは魔術師一人でどうにかできなきゃお話にならないでしょ」


 レイナは、そう訳の分からない理屈を口にする。


「いや役割ってのがあるだろ。魔術師は剣士や武術士には敵わない。一人じゃ満足に力を発揮できないんだ。そんな基本的なことは俺でも知ってる。どうしてそんな無茶な任務を“英雄団”が」


 あれだけ有名なギルドなんだ。そんな無謀なことをやるところではないはずだが……。


「試験よ、最終試験。英雄団の精鋭は魔術師であっても戦士に遅れを取ることは許されないの。だから、この盗賊団をとっ捕まえて初めて一人前ってこと」


 それってつまり。


「お前まだギルドメンバーじゃねぇじゃん!」

「っさいわね、これからなるのよ! いいでしょ先取りしたって何か文句でもあるの?」


 逆切れしたレイナは寧ろ堂々と宣言した。そりゃ文句なら大有りだろう、まだギルドメンバーですらないのに一員みたいなこと言ってるんだから、勘違いもする。……だが、となると。


「なぁ。それが任務って、おかしくないか」


 俺は当然発生した疑問に目を瞑ることはできず、彼女に聞くことにした。英雄団はそれこそ強者が集うギルドだ。数々の偉業を成しているし、だからこそ有名なのだから。

 だけど。


「一人でもなんとかできるような魔術師ならともかく、お前はまだギルドメンバーですらない。いくらなんでも危険すぎると思う」

「そうね。でもそれが試験ってんなら、受けて突破するまでよ。私にできないことなんてないって、証明してやるんだから」


 尊大に言ってみせる彼女の声は、少しだけ震えていた。それが何から来るのかは分からないが……無茶だとしか思えない。

 少なくとも試験にする任務ではない。失敗した時のことを考えていないのか?

 違うだろ。


「いっやぁいくらお前でも、仮にも女の子を荒くれ者が集う盗賊団の下へ単体で派遣するなんて、おかし」

「……アンタ今なんて言った?」

「へ」


 俺の胸倉を勢い良く掴み、レイナは物凄い形相で睨んできた。翡翠の瞳が怒りに火を燃やし、(まなじり)がぴくぴくと動いている。


「いや、だからお前」

「まずね、“お前”じゃなくて私はレイナよ。下僕なんだから主のことくらい敬称で呼びなさいよ。そ、れ、と」


 ずい、と目と鼻の先まで彼女が近付いてきた。息が掛かるんじゃないかってくらい突き合わされ、彼女の整った顔が目に入ってくる。


「“仮にも”って何? 私は立派な女の子よ! ふざけてんの?」


 改めて可愛いな、とか思わされた瞬間。雷撃が俺の全身を覆い尽くした。情けない断末魔の叫びを上げた俺は、後方に吹き飛ばされて地面にのされる。

 こいつは悪魔だ。


「そ、そういうことすっから、言われる、んだ、よ……」

「ああもう苛々する、私を見てそんなこと言う奴はアンタ以外いないわよ」


 雷とは言ってもある程度加減はされていたのだろう。痙攣しながらも立ち上がることはできた。一体、今日だけでどれだけ感電したんだろう。寿命の十年は縮まってそうだ、責任取りやがれ。


「まあいいわ。とりあえず時間が惜しいから帰るわよ、下僕」

「俺の名前はユートだ、せめて名前で呼べ!」

「うっさいわね、アンタが私に敬意を払うなら呼んでやるわ」


 そう吐き捨て、立つのもやっとな俺の襟首を掴んで引き摺るように引っ張りあげた。


「いだだ! 苦しい、苦しいから、自分で歩くから!」

「時間は有限なの。早くしなさい」


 ――この女あああああ! テメェが俺を瀕死にさせたんだろうが!

 とは思ったが、口にした瞬間殴られそうだったので心の中だけで悪態を付き、先を行くレイナの後を追う。


 まあいい。一まずの目標はできた。


 レイナの背中を見て、俺は決意する。彼女は気丈に言って退けるが、本当はかなり切羽詰まっているはずだ。だから不安が声に出ていたし、盗賊団を捕らえるのだって実際は怖くてたまらないはずだ。

 俺は勇者になる。目の前に人間一人救えず、何が勇者だろうか。


 まずは第一歩。俺はレイナの手助けをする。

 盗賊団を倒すまで、な。

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