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レイナと勇者と下僕録  作者: くるい
一章 ~盗賊団退治の下僕録~
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四話 不本意な契約にて

 俺ことユート・ラスタードは、三日前に下僕になった。

 ――勇者になって森のスライムを倒し、返り討ちに遭い、美少女に助けられ、その美少女に下僕にされてから、だ。


 ここ最近の世では下僕を従えることはそう珍しくない。


 ――奴隷とはまた区別されるのだが――金持ちは当然のように下僕を何人も従えているし、冒険者家業をする者達が身の回りの世話に旅のサポートまでしてくれる下僕を連れて旅をする、だなんてことも往々にしてある。

 無論貧乏人には縁遠い話ではあるが、話によっちゃ下僕にもその主にもウィンウィンな関係も築ける、ということだ。


 だが――俺はそんなものは全く認めていなかった。

 何が下僕だ、どうして俺があんな女の下僕として宿で雑用させられなきゃいけないんだ。だが冒険者教会から正式な通達があったことで俺の肩書きは『下僕』になっているのも確かで、村人からもレイナの従僕としか見られていない始末である。


「部屋汚いし……」


 現在、俺はレイナが借りる一室を綺麗にしていた。

 何故か男のロマンである下着を除く彼女の着替えが部屋に散らばり、俺はそれらを片付けて籠に入れるなどをして整理整頓をしている。

 因みに俺もこの部屋で生活をしているが、基本的にベッドには入れず地べたで睡眠を余儀なくされている。

 まあこれに関して俺は全面的に賛成、というか同意だ。形式上下僕であるからこそ彼女の部屋に寝泊まりしている次第ではあるが、ベッドを使ってもいいと言われても使いたくはない。色んな意味で嫌だ。


「掃除終わった?」

「終わったけどな。お前、着替えくらい自分で片付けろよ」

「うるさいわね、こっちの仕事が忙しくて疲れてんのよ、毎日綺麗にしてる暇はないの」


 ぶつぶつ愚痴をこぼして部屋に顔を出したレイナだが、またすぐに外へ出ていく。俺は溜め息を洩らし、床に座った。


 確かにこの三日間、レイナは忙しそうに外を動き回っている。何の仕事をしているのか知らないが、ザコル村で宿まで借りて滞在しなければ遂行できないようなことなのだろう。

 そこは認めるさ。忙しくて身の回りまでやり切れないってことは三日も見ていれば分かる。だから食事も出してくれるこの宿は重要なのだろうし。


「でも雑用が欲しいからって俺を下僕にするとか、冗談じゃねぇぞ」


 俺は早く旅立って魔王を倒すっていう使命があるんだ。スライムにやられたのはちょっと……そう、ちょっと油断したからに過ぎない。

 こんなところで時間を潰している暇はないんだ。


 だから俺はこの日、脱走を決意した。

 手荷物だけを纏め、旅の格好をした俺は部屋から廊下へ出る。受付に立ってる従業員には「買い物に行ってきます」と嘘を吐き、それで難なく外に出ることができた。


 久々の外だ。あれ? 案外簡単に逃げられるんじゃないか? 肩書きは下僕だけど別に焼き印されてるわけじゃないし、一回逃げてしまえばこっちのもんだ。レイナは日常的に忙しい身だし、俺に構っている暇などない。


「やったぁああああああ! 俺は自由だー!」

「あの、何が自由なのですか?」

「ああ、変な女の呪縛からやっと逃れられるんだ、だからじゆ……え?」


 振り向くと、そこにいたのはレイナだった。


「じゃあ聞き直すわね。アンタここで何やってんの?」

「……どちら様ですか?」


 ボコボコにされて宿に引き擦り戻された。






「く、くそ……声変えて後ろから接触してくるなんて……畜生」


 全身に青痣を作った俺は、部屋の床でくたばっていた。外側から鍵を掛けられて廊下にも出られないようにされ、またレイナはどこかへ出掛けていった。


 幸い、俺自身に鎖などの枷は付けられていない。なので部屋の中であれば自由に移動できる。

 部屋に軟禁されたわけだ。レイナには無駄に抵抗するなと口を酸っぱくして言われているが、それで大人しくしている俺ではない。


「扉が駄目なら窓だ……」


 ベッドの横にある窓は小さいが、無理矢理身体を突っ込ませれば抜けられなくもなさそうだ。まさかこんな窓を通って逃げるとは誰も思わないだろう。

 窓枠を外してぎりぎりか? 少しの間ベッド横の窓を眺めて思考し、決断した俺は青痣で痛む身体に鞭を打って移動する。


「――どうせやると思ってたわよ、お馬鹿さん」


 窓を覗いた瞬間、その先にはレイナが笑顔で立っていた。

 しかしその目は全く笑っておらず、濁った翠の瞳が怜悧な圧を孕んで俺を睨み付けている。

 さんざん忠告したのに、とレイナは呆れた声音で呟いた。


 出掛けたはず、じゃ。


「言っても分からないなら、分からず屋の身体に言い聞かせるしかないわよね?」


 ぞわり、と肌に悪寒が張り付いた。この怖ましい感覚は、体内魔素が魔力に変換された時と同じ――まさか。

 え、いやちょっと待って魔法ってモンスターに使うものであって人間相手に使っていい代物じゃないからね、だから止めよ?


 レイナの翳した左手の平に雷が収縮し、ばちりと弾けて乾いた空気に溶け込む。あれは雷系統の初級魔法だ、それなら人間が喰らってもまあ大丈夫――って馬鹿。


「いやちょっと落ち着こう! わか、わかったもう逃げない! 逃げようとしないからその左手の収めぐぎゃああああああああああああああああああああああああああああ」


 窓枠に手を掛けた状態でレイナの魔法が直撃して、俺は黒焦げになって部屋に仰向けの状態で痙攣する羽目になった。






「く、くそう……ふざけやがって……俺は負けんぞ……負けんぞ!」


 雷の魔法にやられてからどれほど時が経過したのだろうか。気絶から立ち直った俺は、両手足を開かれて仰向けの状態でベッドに縛り付けられていることに嘆息した。


 さっきまでは軟禁だったが、抵抗したからなのかもはや監禁状態である。

 なんだこれ、俺こんな鎖で縛られてたら全く身体動かせないじゃん。


 トイレ行けないじゃん、ご飯食べられないじゃん! 俺ペットとかじゃなくて人なんですけど!


「おいおい……洒落んならねぇよ……まじで」


 手足を動かそうとする度にがちゃがちゃと音を立てる鎖を睨み付ける。

 どうする。逃げるにしたって鎖からなんとかしなきゃならない。その鎖をどうにかしても窓には常時雷魔法が仕掛けられているのかばちばちと青色に光っている。触れたら間違いなく感電して気絶コースだ。

 オマケに部屋の扉は外から鍵を掛けられているに違いない。


 恐ろしきクソ女め。

 大体どうして俺が下僕なんだ……? スライムに負けるような奴だぞ、下僕なんかにして何の得があるっていうんだ。普通に考えてタダ飯食らいで毎日の宿代まで彼女が払っているのだ。

 何も下僕だからといって宿代が浮くなんてことはない。


 まあ、今はそんなことを考えても仕方ないのは確かだ。アイツの考えなんか俺には分からないし、俺は一刻も早くここを抜けたい。

 こうしている内も、魔王はどこかでのさばっている。許すわけにはいかないんだ。


「だが……どうする」


 俺は魔法を使えない。かといって腕力にも秀でているわけじゃないので鎖を引きちぎることもできない。

 はい、詰みました。どう考えても無理っす。


「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 俺の叫びが室内に木霊する。丁度その時、扉が開かれた。


「うるさいわね」


 レイナだった。というか基本的にはレイナ以外に人が入ってくることはないのだが……。

 彼女は顔をどことなく窶れさせていた。口調に疲れは見えないが、目の辺りが疲れている。激務でもこなしてきたのだろうか。


「今すぐこの鎖を外してくれ。俺はここから出たい」

「はぁ……アンタさ、外出るのは別にいいけど。何をする気なの?」


 ……?

 いつもなら突っかかってくるはずなのに。やけに素直な反応だな。そろそろ飽きたから解放してあげる、とかだったら嬉しいのだが。


「言っただろ。俺は魔王を倒す、そのための旅に出てるんだ。こんなところで時間を潰している暇はないんだよ」

「あっそ」

「分かったなら俺を外に出してくれ。助けてくれたのは素直にありがたいが、立ち止まってるわけにはいかない」


 レイナは疲れた様子で俺を睨んだ。


「いいわ。出したげる。現実を見せてあげるわ」

「……やけに物分かりが、いいんだな」


 なんだなんだ、本当に出られそうだ。


 レイナは俺の枷を手際よく外していく。がしゃりがしゃりと鎖が床と衝突して、とうとう俺は自由の身になった。


「どこへなりと行きなさいよ。私は疲れたの、寝るわ。そこ退きなさい」

「本当にいいんだな? 帰らないぞ」

「何、止めて欲しいの? さっさと行きなさいよ、下僕」


 下僕、か。


「俺はもうお前の下僕じゃない――じゃあな」


 三日間世話になった。それだけ告げ、俺は元々の持ち物だった鞄に樫の棒とフライパンを抱え、宿を後にした。

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