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レイナと勇者と下僕録  作者: くるい
一章 ~盗賊団退治の下僕録~
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三十一話 優しさと温もりの中で

 柔らかい。

 後頭部が柔らかい感触に包まれていた。


 どこかを流れているみたいな浮遊感の中で、俺はもやもやとする意識を繋ぎ止めようと唸ったりしてみる。


 身体が思うように動かないのだ。どうしていいか分からず、浮遊感に流されるまま漂っていると。


 ぽつり、と。雨が降ってきた。頬に滴が垂れ、俺は何事かと目を開ける。

 目を開ける。


「…………………………え?」


 視界一杯に広がっていたのは、レイナの顔だった。柄にもなく泣いている彼女はしっかりと俺を抱き寄せている。

 俺の後頭部にあるのは……太股だった。


「レイ――いで、いでで……ででで!」


 思わず起き上がろうと身体に力を入れようとするけど、動かない。代わりに激痛が全身に走って妙な奇声を発してしまった。

 ようやくレイナが俺に気付く。


「ユート……アンタって奴は、本当に馬鹿よ」

「え……えっと、何が? ってか何でこんな痛……っうぐ」


 わき腹辺りがじんと来たと思ったらつられて他の部位も痛みだしたじゃありませんか。

 いや待って痛い、なんで痛いんだろう。


 ってかここどこだ?

 俺さっきまで何してたんだっけ。まるで思い出せない。


「まさか何も覚えてないわけ?」

「レイナお前何言っ……あ、マジ、ちょ、無理……喋る度に痛い」

「……そう。痛いなら喋らなくていいわ。ただでさえ重傷なんだから」


 柔らかい太股に完全に身を任せつつ、俺はレイナを見上げる。

 うーん、この位置からなら小振りなレイナの胸がばっちり拝謁できる。慎ましやかに布を突っぱねる胸の感じ、これはこれで大きい物にはない魅力が……。


「【ヒール】」


 レイナが回復魔法を唱えると、痛みが少しだけ和らいだ気がした。どうやら定期的にそうしてくれているらしく、だから付きっきりなのか……。

 ……。


 なんで俺こんなんなってんの?


 今は胸なんて言っている場合じゃなかった。レイナには悪いが胸とかどうでもいい。

 俺はレイナの胸元から目を一切離さず直視し続けながら、そんなことを考える。


 それと一緒に、段々記憶が蘇ってきた。


 そうか……俺は盗賊団のアジトにやってきて、ボコボコにされて……それで……。


 結局レイナに、助けられたのか。


「……悪い。勝手なこと、したかな」


 気が付けば謝っていた。

 それに罪悪感が勝り、俺はレイナの胸から視線を逸らす。

 またレイナに迷惑をかけたのだ。


 多分、俺の登場は囮くらいにはなったのかもしれない。


 ぶっ倒れた俺に集中する盗賊団の隙を見計らい、縛り上げられたレイナが魔法を使ったんだ。

 でも俺は、結局何もしてない。ロングブレードで最初の一撃を不意打ちで食らわせただけだ。


「本当に、勝手な奴よ。村から出るなって言いつけも守らないで、今まで何してたわけ」

「それは……その……ごめん。色々、村長から聞いて」

「でしょうね。後で村長も絞めるわ」


 それは止めてあげて。


「ユート」


 再度ヒールを掛けてくれた彼女は、俺の目を覗き込むようにして見てきた。


 翡翠の瞳。目元は少し赤く、金色の一房が俺の顔に触れる。

 ドキリ、とした。


「ねぇ。何も覚えてないの?」

「だから何が……いづっ……」


 冗談抜きで全身が軋むように痛い。

 これ骨の数本じゃ済んでないだろ、どうなってんだ俺の体。

 でも見たくないな。見たら痛みが倍増しそうだし。


「どこまで覚えてる?」

「……まぁ、無様にやられたとこ、まで」


 分かってはいた。どうせ俺が行ったところで力にはなれないことくらい。それでも、俺は必死だったのだ。どんなに弱くてもここで行かなきゃどうするんだって自分に言い聞かせた。


 結果は見ての通りだけど……。

 でもレイナが助かったんだったら、それもいいか。

 俺が来た意味も全くなかったわけじゃないって思える。


 ほとんどレイナの力なことに変わりないけど。レイナが俺ぐらいぼろぼろにはなってなさそうなのが、一番良かった。


「……はは。ほんとはもっと格好付けたかったんだけどさ……こう、綺麗に助けて傷だらけのレイナにディヒールとか掛けてあげられたら、格好いいじゃん?」

「まるで逆じゃない。それにディヒールはあくまでも体調を治すものよ、ほんの擦り傷程度じゃなきゃ意味ないからね」


 それは知ってるけど、魔力足りないんだから仕方ないだろ。

 とは言えなかった。魔力足りない以前にディヒールも覚えていない俺が言っていい台詞じゃない。


「でも、来てくれてありがと。十分格好良かったわよ、ユート」

「うるせぇよ……膝枕されてヒール掛け続けられて、何が格好いいもんか」

「それでいいのよ。身の丈に合った格好良さで十分なの、アンタにはそれがお似合いよ」


 レイナは微笑む。その顔は、天使と見紛うばかりの可憐な美しさだった。


「ユートが動けるようになったら、帰りましょうか」

「……ごめん、なんか最後まで足手まといで」

「勿論そのことに付いては帰ったら説教だから」

「……え」

「えじゃないわよ。私を助けに来たのと言いつけを破ったのは別よ」


 その笑みを維持しながら言うレイナを見て、俺は痛みに呻きながら苦笑するのだった。

 それも受け入れようかな、と素直に思いながら。

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