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レイナと勇者と下僕録  作者: くるい
序章 ~私は僕は、今日から『下僕』~
3/44

三話 そして証印も取られました

 次に目を覚ました場所は、森ではなかった。


 どこかの部屋か、天井が見える。背中の感触は柔らかく、そこがベッドの上だと気付くのにそう時間は掛からなかった。


「ちく、しょう」


 首元に鈍痛が走り、俺はあの美少女にしてやられたことを思い出してそんな言葉を口にした。助けてくれたのだけはありがたいが、なんてことしやがる。

 とっちめてやる。というか下僕なんて物騒なこと言いやがって……絶対ならないからな。


 ひとまず起きあがろうと上半身を起こそうと力を込めた。


 ちゃり。


「……はい?」


 だが、身体は動かない。代わり、ちゃりちゃりと鉄と鉄が擦れ合う音だけが耳障りに鳴るばかり。

 不安を覚えて恐る恐る首を横に向けると、俺の左腕には鎖が付いていた。いや、違う。右腕にも鎖が付いている。両足にも付いている。

 なんだ、これ。正気か? 嘘だろ。


 最後の首輪が付けられていたことに気付くと、俺は盛大に溜め息を付いた。

 これが下僕の証って、ひょっとしてあの女はそう言いたいのか? ふざけんな。


 小悪魔どころの騒ぎではない。

 下僕にするためだけに人を助け、しかも断ったら気絶させて両手足を広げて四肢を鎖で縛り付けて首輪を付ける所業だ。洒落にならないぞ。


 ぎゅるり。


「ぁあ……」


 こんな時にも俺の腹は正直だった。そういえばまだ飯すら食べていない。スライムのお陰で食欲は減退していたが、一度腹が減ったと分かると抑えられない。そんなことよりも大変な目に遭っているというのに、空腹ばかりに気を取られてしまう。

 なんか胃がきりきりと軋んで痛い。ストレスと空腹が同時に来てるやつだこれ。


「あ、起きてたのね下僕」


 部屋の扉を乱暴に開け放った彼女を俺を見るなりそう言い放った。諸悪の根源が現れやがった。


「語尾に下僕を付けるのは止めろ、俺は下僕なんかにはならないぞ」

「あら、その口の聞き方はなっちゃいないわね」


 聞いちゃいない。


 彼女は俺の前まで近寄り、にんまりと笑った。笑顔だけは眩しいほどに可愛い。くそ、こんな状況じゃなきゃ惚れてるんだけど……。くそ。こんな状況なのに可愛いと思ってしまう男の本能が許せない。くそ。


「ここはザコル村の宿よ。ちなみにそのベッド、私が普段寝てるベッドなんだけど……どう? ムラムラしない?」


 この女はいきなり何を、と思った瞬間彼女は俺に急接近。またもや顔が至近距離に。可愛くない、可愛くない、可愛くない……! ああああああ!


「さっき私の胸見て興奮してたわよね。助けてくれた女の子の胸を凝視して興奮するとか男としてどうなの? 最低よね。恩を仇で返すとはこのことだわ変態」

「別に、助けてくれとか言ってな」

「じゃあスライムに殺されたかったの?」

「ちが」

「じゃあ助けた私に感謝しなきゃね。丁度足にできそうな手頃な下僕が欲しかったのよ。お願い?」


 そう甘い声で囁き、彼女はより一層顔を近付けてきた。もう後少しでも動けばいいというところで止まり、彼女の妖艶な唇が、息が、匂いが、瞳が、俺を貫いて離さない。

 明確な意志を持って誘惑しているのは間違いなかった。そんな甘言に俺は騙されないぞ……騙されないんだから!


「いや、だ」

「ん? なんだか言葉が弱々しいわね。もしかしてまた興奮してるの? ふふ。ねぇ……もし下僕になってくれるなら、わたしのこと……」


 俺の上に重なった彼女は、とろんとした瞳で俺を見つめてくる。


 なんだよ、これ。なんだよこれええええええええええええええええ!


「好きにして……イイわ……」

「あ……」


 俺は硬直した。童貞魂が彼女の言葉を受け止められずに言葉だけがさまよい、それを身体で如実に表現した俺は指先をぴくりとも動かすことができずに。

 ただ、理性を抑えるために目を閉じることしかできなかった。


 その瞬間。

 ぴとりと右手の親指に何かが付着し、湿った感触がして。


「……け、ないでしょ?」


 あっさりと彼女は俺から離れてしまった。

 何事かと目を開ければ、悪魔のような笑顔をした彼女は何かの紙を見せびらかすようにして俺に突き出しているのが確認できた。

 それは、契約書。


「分からなかったかもしれないからもう一度言ってあげるわね。好きにしていいわけないでしょ? げ、ぼ、く」


 その紙には確かにこう書かれていた。


「わたくしユート・ラスタードは本日をもって魔術師レイナの下僕になることを誓います……、はい、これでアンタは正式に私の下僕ね? 決まり。これ冒険者教会に公式な書類として提出するから」


 わざわざ文面を読み上げた彼女。俺は青ざめた顔でその文面を見やり、その下にある俺の指紋を見て更に血の気を引かせた。

 色仕掛けは、俺に下手な抵抗をされないように、か。畜生……ちくしょう!


「てめぇ、今すぐその紙渡しやがれ! ってか俺の名前どこで調べやがったァ! あと鎖ほどけ!」

「黙りなさい、ユーゥト?」

「あだっ!?」


 どこからともなく持ち出された鞭が振るわれ、俺は悲痛な叫びを上げた。


「アンタの名前を調べるのはとっても苦労したんだから……ね、ユート?」


 あははははと悪質な笑い声を残して、女はそのまま部屋から去っていく。


「うわああああああああやめろおおおおおおおおおおおおおお!」


 残された俺の悲しき叫びが閉じられた室内にただただ木霊し、勿論誰からの返事も返ってはこない。


 勇者ユート。今日をもって下僕となる。物語は、ここから幕を開ける――。

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