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レイナと勇者と下僕録  作者: くるい
一章 ~盗賊団退治の下僕録~
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二十二話 リリア先生の魔法講習

 ところ変わって室内。ディヒールのような魔法を外でやる必要はないということで、宿屋の休憩室に連れてきて貰っていた。


 勿論中庭に書いた魔法陣は消してからきた。リリア曰く、直接掘ったのだと形が多少崩れてしまうので質が悪くなったり上手く魔法を発動させることができなかったりするのだとか。ちなみに本に描かれてある魔法陣は小さ過ぎるし、使用すると劣化するので使えないのだ。

 全く、俺の努力は一体……。


「はい」


 机の上に広げた皮紙。リリアはたった数分の時間でそこに魔法陣を描き上げてみせた。

 うおおお、俺の努力は一体……!


「さて、それでは魔力を流す練習からです!」


 何故か俺よりもやる気に満ち満ちとしてるリリアは、両手の裾を半ばまで捲って魔法陣に手を翳す。

 すると、手の内? だか辺りから青い粒だか何かが放出され、それらがリリアが描いたばかりの魔法陣に吸収されていった。黒い線が鈍く光り始め、術式が宙に浮かび上がり――。

 霧散した。


「失敗ですね……と、実践してみましたが、こんな感じなわけです」

「ほう、なるほど」


 さあさあユートさんもと言う声に合わせ、俺も手を差し出す。やってることはさっきと変わらないが、リリアのを見たからかやる気が出てきた。


「物理的な力を入れる必要はありませんよ、まずは意識を魔法陣に傾けて下さい」

「はいはい……ん、これでいいのかな」

「そうしたら、ディヒールのイメージをするんです。そうですね……じゃあ」


 リリアは思いついた様子でポンと手を叩き、右手の人差し指に魔力を纏わせた。その指を、何の躊躇いもなくもう片方の手の甲にすっと引く。


「えっ? ちょっ受付さん!」

「大丈夫ですよ、じゃあこの傷をディヒールで治して下さい」


 取り乱した俺をまぁまぁと押さえ、リリアは白い布で血を拭う。薄皮が切れた程度の傷だったが、まだそこから少しだけ血が滲んでいた。


「何もないよりは、実際に出来ることが目の前にあった方が成功率上がるんですよね」

「それなら俺の手に傷を付ければよかったんじゃ」


 そこまでしてくれるのは嬉しいっていうか、嬉しいんだけど……それ以前に罪悪感が凄まじいんだけど。


「自分が傷付いたんじゃ痛みで集中力が乱されちゃいますよ? 掠り傷ですし問題ありません! それに……心配してくれるなら、ほら」


 彼女は傷の付いた手を差し出す。丁度魔法陣の上に出してきたため、俺の目の前の位置。

 そこまでしてくれるんだ。やらねばならない。


「……よし、分かった。絶対治してやるからな」


 意気込みの一言を呟き、再び両手を魔法陣へ翳す。まずは魔法陣へ意識を移すんだ。移して――それから、イメージ。

 リリアの傷を癒す、イメージ。

 傷を縫合し、癒着させ、癒しの力で傷を塞ぐ。


「……ぐ」


 しばらくそうしていると、俺の手から力が抜け落ちるような感覚が僅かにあった。意識を乱さずに注視すると、青白い魔力が形を成して流れ出ているのが分かる。

 うっすらとだが、魔力の粒が吐き出されて魔法陣に溶け込んでいく。この何とも言えない気持ち悪さに顔をしかめたが、歯を食いしばることで雑念を追い払った。

 精神統一。今俺がするべきはイメージの集中のみ。


 リリアの手の傷を治すため、ディヒールを発動させること。


 魔力が魔法陣へ流れ出す。

 宙へ、術式が現れ始めていた――。


「ディヒール!」


 リリアの傷へと意識へ集中させ叫んだ。すると、俺の中に溜まった何かが抜け落ちる感覚と共に術式が展開する。

 それが緑色の光となってリリアの傷を覆い――みるみる内に、傷が癒えていった。


「あれ、え……?」

「おめでとうございますユートさん! 一発だなんて凄いですよ!」


 ぱちぱちとリリアの拍手を受けながら、妙な感覚が俺を包んでいた。

 しかめた顔で両手を眺め、その確かな感触に数度頷く。


「やった、やったよ俺!」


 確かに今、ディヒールを発動することができたのだ。覚えるのが難しいはずの魔法を、たった一発で。

 今ので魔力が尽きてしまったのか、若干力の抜けた感覚はしていたがそれはいい。

 今はただ、喜びに身を任せよう。


「はい、やりました! 見て下さい、私の傷もばっちりですよ!」

「おお、おお……跡が残ったらどうしようとか思ったけど、よかった……」

「ユートさん才能あると思いますよ!」

「そうかな? はは、はははははっはっはっはっは」


 リリアの傷は見事に塞がり、元の綺麗な肌に戻っていた。確かに掠り傷ではあったものの、それを俺が治すことができたのだ。

 ディヒール自体は傷を治す役割がメインではないが、俺の魔力でも一発は唱えられると分かっただけでも充分。


 ディヒールをマスターしたのだ! こいつはレイナに報告してびっくり仰天して貰わねばなるまい……レイナが使えない魔法を覚えたってのはでかい、アイツの驚く顔が目に浮かぶぞ……クククク。


「さ、これで感覚は掴めましたか? 次は魔法陣無しで練習しましょう!」

「………………え?」


 リリアの言葉に俺は固まった。

 え、ちょっと待って。

 もしかして。


「俺、まだ習得したわけじゃ……」

「はい、これからですよ、魔法陣のサポート無しで使えるようになるまでは結構時間掛かるんですからね! さあバリバリやりましょう!」

「……ないよね! そうだね知ってた! ちょっと調子に乗り掛けてた心を取り戻してくれてありがとう!」


 どうやらまだ覚えたわけではないらしい。あの感覚を魔法陣の手助け無しで、全て一人で生み出せるようにならなければならないのだ。


「でも俺、魔力切れちゃった」


 一つの魔法をマスターするには膨大な数の反復練習が必要となる。ディヒールは魔力の消費こそ少なくて済むが、極少の魔力を変換するという繊細な行程のため通常の魔法よりも遙かに難しいランクに位置するのだ。


 だが、魔力総量が圧倒的に少ない俺は反復練習などできやしない。


「畜生ぉおおお……」

「だ、大丈夫ですよユートさん、そんなに落ち込まないで下さい。また明日も頑張りましょう!」

「……おう」


 この日、俺はレイナの言われた通りに魔力を増やすことを心に決めたのであった。

 やっぱり基礎って大事ですね……。

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