二十話 目的と行動
盗賊団はこの村に度々やってきては金品を強奪したりと、典型的な悪事を働く者達であった。
今回はたまたまレイナに撃退されたことの逆恨みで使役魔獣をけしかけてきた次第ではあったが、それは例外として。
レイナの捕縛した男が吐いた言葉に重要なキーワードが点在していたのだ。
「この村を滅ぼせば力が手に入るだとか、絶望を力に変えるだとか、そういったことを虚ろな目で何度か言っていたのよ」
「……なんだそれ?」
意味が分からん。
村を滅ぼしてどうやって力を得ようと言うのか。絶望ってのも、気になる。
「素直に受け取る必要はないわ、どうせ無駄だもの。私が気になったのは、その口からしきりに“力”という単語が出ていたことね」
――力。
俺は首を傾げた。盗賊団が言う力の意味なんてそのままの意味でしかないのだろうが……力がどうしたというのだろう。
「あの男に吐かせた内容は、どれも一貫して同じだった。力が欲しい。この村に何かしらの秘密があり、この村を消すことで力が手に入る。――具体的なことは何一つとして得られなかったけど」
俺に顔を接近させ、レイナは耳打ちするような声のトーンでこう言った。
「何故かどの話の内容にも“この村に力がある”と確信しているのよ。私が調べても何も出ないから恐らくザコル村には何もないのだけど、じゃあ何故盗賊団は根拠もないのにそうハッキリと言えるのかしらね?」
「考えてないんじゃね? ……とかはないよな」
「それは今のアンタ。盗賊団は恐らく、“誰かに吹き込まれて操られている”のよ」
自信満々そうに、だが複雑な顔をしてレイナは続ける。
「男の言葉はどれも盲信的と言わざるを得ないほどに一貫していた。適当にはぐらかしているのだとすればどこかでボロが出るはずなんだけど、この二週間でその兆しは見られない。だとすると、男は一切の嘘を吐いていない可能性が考えられるわ」
「それが第三者が登場する理由ってことか?」
「ええ。不気味なことに、盗賊団以外に不振な動きは全くないんだけどね――でも盗賊団が村を滅ぼす利点が見当たらないのよ」
いやいっぱいあるように思えるけどな。
たかが返り討ちにされただけで魔獣を送ってくるほどだ。レイナがいなけりゃ全滅だったかもしれないんだぞ。
「さっきの襲撃は盗賊団の総意じゃないでしょう、一部の独断よ。あんな規模の魔獣を動かすなら秘密裏にはできないけど、敢えてその行為を止めなかっただけなんでしょうね」
「止めない理由があるのか? あんな派手な動きをしてしまったらこっちが警戒するのは分かってるはずなのに」
盗賊団がレイナの滞在を疎ましく思っているのは確実だ。レイナがいる限り村を襲うのは厳しくなるし、排除したいとも考えているだろう。
それならば、単独行動で相手の警戒心を煽る必要はないはずだ。魔獣一匹送りこんでどうにかなるレベルだと思っていたのなら話は別だが……。
レイナはそんなに甘くはない。間近で見てきた俺が言うんだから間違いない。
「向こうにはそれでいい理由もあったんでしょ。一つ、心当たりがあるんだけど……盗賊団は――いいえ、それを動かす第三者は“絶望”を集めたいんじゃないかしら?」
「はぁ? そんなもん、どうやって集めるんだよ」
「知らないわ。でも、昔読んだ魔術書に書いてあったのよ。今は消滅してしまって誰も使わない“魔禁術”っていう魔法の一つに、人々の絶望を媒介に発動させる恐ろしいものがあるっていうのはね――」
難しい顔をした後、レイナはそれを振り払うように立ち上がった。ロッドを手に持ち、小さな鞄を肩に掛ける。
「ごめん、今のは忘れていいわ。あくまでも私の推理であって正しいかどうかの保証はないし、全然別の可能性もあるしね。でも、そろそろ盗賊団が動き出すっていうのは確実だから、ユートは森に出ちゃ駄目よ。鍛錬は村の中で頼むわ」
「分かったけど、なぁ、レイナ。お前そんな荷物抱えてどこ行くつもりなんだ」
村長と話すだけならその鞄は要らないだろう。前々から準備をしていたみたいだから、大切な道具が中に入っているんだろうが。
自衛のためにロッドは必要かもしれないけど、それではまるで今から盗賊団と戦いに行くような……。
嫌な予感がした。
脳がぴりぴりと危険信号を発する感じの気持ち悪くて怖ましい何かが肌に突き刺さって、俺は唾を呑み込んだ。
「さっき言ったじゃない。村長にも話をしに行くのよ。アンタにしたような不確定な部分は言わないけど、別の話もあるからね。少し帰りは遅くなるかもしれないわ」
「……本当に、それだけか?」
「何、私の心配でもしてるの?」
「当たり前だろ」
これから一人で危ないところに行くつもりだったら、俺は絶対に付いていくぞ。役立たずだって分かってるけど、そんな場所にレイナを一人で行かせるわけにはいかないだろ。
そんなの俺が俺を許せない。
「……ふぅん」
レイナは目を細め、俺の頭を左手で優しく撫でてきた。思わずドキりとしてしまった俺に優しく微笑みかけ、彼女は固まった俺の横を通り過ぎる。
「本当にそれだけよ、安心しなさい」
それだけ言って、彼女はいつも通り何事もなかったように部屋から出て行ってしまった。
「嫌な予感がすんだよ……」
一人誰にも聞こえない呟きを吐き捨て、俺はショートソードを握る。
辺りはすっかり静かになって、火事の騒ぎも完全に収まっていた。これから盗賊団が襲撃してくる気配もなく、涼やかな空気が流れているが。
レイナは恐らく、俺に全てを話してはいない。だから今回の盗賊団の事件も、単純な話じゃないはずだ。
これから戦いは激化する。
それまでに、俺は少しでも強くなってレイナの助けにならなきゃいけない。守られてるだけじゃ駄目なんだよ。
「絶望……くそっ」
ふと、魔王が襲ってきたあの日を思い出した。為す術もなく殺されていく皆を見ているしかなかった俺達は、絶望に心を染め上げられていた。
ただただ奴らの蹂躙を見ているしかできなかった俺達は、皆怒りや悲しみや嘆きに満ちていた。
まさか。いや、まさかな。
だが。
もしそれと関係あるってんなら――。
「絶対、許さねぇ」
構えたショートソードを上から下に振り、俺は覚悟を確かなものへと変えていた。




