十九話 村を襲うモノ
炎上する村の中央。
一匹の巨大な獣が暴れていた。
真っ赤に染まるたてがみを揺らし、頭部から生える三本の角が熱を帯びる。その獣が高らかに吠えると、角の先から三方向に熱線が発せられた。
それらは逃げ惑う村人を狙ってのものだったが、しかしどれも途中で相殺され形を失って霧散する。
獣が唸り、その方向へぎょろりと剥き出しの目を向けると。
「私が相手になるわ――化け物」
そこには金髪を靡かせ、緑の瞳を烈火の如くたぎらせる一人の少女――魔術師レイナが仁王立ちで構えていた。
天高く突き出されたロッドの先には風が塊を成して回転し、圧縮されている。
「【ストーム・ボム】」
上位の風魔法を言い放ち、レイナは風弾を撃ち出した。炎の獣が危険を察知して横へ飛び退けば、回転する風弾が地面を抉り取って凄まじい勢いで暴風を生み出す。
当たれば三メートルはあろう大型の獣であっても致命傷となる威力。そこで初めレイナを敵と見なしたのか、炎の獣は威嚇の咆哮を上げ、炎のブレスを口から吐き出す。
炎の獣の体内で生み出された超高熱の火炎だ。触れれば一瞬で炭と化すような凶悪なブレス。
通り道の大地は黒く焼け付き、空気すらも燃えそうな熱風がレイナに襲い掛かるが――。
「馬鹿ね」
しかし、レイナは不敵に笑った。
涼しい顔で空いた左手に鞭を構えて振るえば、ひゅんと風斬り音を鳴らしてブレスを薙ぐ――瞬間、吐かれた炎が消滅した。ブレスの残滓は行き場を失ったように辺りへ霧散し、完全に消え去る。
何故――とでも言いたげに目を見開く獣に対し、レイナはもう片方のロッドを突き付ける。
「魔戦紐。別名、魔喰の鞭。己の炎に焼かれ、その業、身を持って背負いなさい」
ロッドから風が放たれると同時、鞭から紅蓮の炎が吐き出された。その炎の質は、今正に炎の獣が放ったブレスと同じ――それが風に乗り、威力を増して炎の獣を蹂躙する。
苦痛に呻く獣の叫びは誰にも届かず宙に溶け、尽きた炎の中心で焼け爛れた死体がどしゃりと身を崩し落とす。
「レイナ! 俺も――えっ」
そこに、険しい顔をしたユートがショートソード片手に駆け込んできた。
◇
「来るなって言ったでしょ、ユート」
「いやだって、お前一人……って、終わったの?」
「終わったわよ。アンタが来ても無駄だから部屋に居ろって言ったのよ」
俺が決死の思いで部屋を飛び出し、外に着いた瞬間には事は片付いていたらしい。先程まで暴れていたはずの獣は丸焦げになっていて、消化活動を始める村人がちらほらと見えてきた。
鞭を懐に仕舞い、レイナはやれやれと首を振って辺りの惨状を眺めた後、俺にこう説明した。
「盗賊団の奴らが魔獣を使って村を襲いに来たのよ。理由はどうせこの前の報復でしょうね――奴らの人影が見えない辺り、使役魔獣が単騎ってところ。だからもう危険はないわ」
「盗賊団って……」
俺の腕を折ってくれやがったあの盗賊団……その一味が、報復をしにこの村に来たってことなのか。向こうから仕掛けておいて、仕返しも何もないだろうに……んなこと言っても仕方ないのだろうが。
それよりも、使役魔獣ってのは――。
「盗賊団も魔法の腕に覚えがあるのかよ」
「下調べではそれなりにあるみたいね。ま、私の相手じゃないけど」
俺とレイナがそんな話をしている中、村人の一人がこちらへ走り寄ってくる。
これ持っててとロッドを俺に手渡すと、レイナは村人の老人へ声を掛けた。
「怪我をしている人はいる?」
「いや、怪我人は幸いにも居ません。旅の魔術師様、村をお救い下さりありがとうございました。このご恩は――」
「気にしなくていいわよ。それで、少し話があるわ。後で伺いにいっても?」
「ええ、構いません……もしや、この件に関することでしょうか」
「そうね。そうなるわ。それじゃ」
老人は一礼をし、忙しそうに反対方向へと走って去っていく。元気な爺さんだけど……あれは村長か。
「これからさっきの村長にも話すことだけど、その前にアンタにも一応話しておいてあげるわ。でも、変に聞かれたりとかして不要な混乱が起こるのは避けたいから……一旦宿に戻るわよ」
「わ、分かった」
鎮火する火事現場を見回しながら、俺は頷いた。
それにしても、レイナって本当に強いんだな……。まだ英雄団メンバーではないにしたって、あんな怪物みたいなのを一人で倒してしまうような強さだ。
それも一瞬目を離した程度の時間で。
彼女はどうしてそこまで強くなったのだろう。少し、知りたい。
でも今訊くようなことじゃないのは確かだ。その内、話してくれる機会があったら訊いてみることにしよう。
結局俺が何もすることはなく。
レイナのロッドを空いた右手に握りながら、宿屋に戻るのであった。




