十八話 魔法を教えてくださいレイナ先生
「早速だが、頼みがある――」
「魔法? 無理よあんな量の魔力で何を使いたいっていうの、出直して来なさい」
「……」
いきなり出鼻を挫かれた宿屋の一室。
言ってもいないのに頼み事がばれ、なおかつ断られた上で――俺はそれでも諦めずにレイナに喰って掛かっていた。
「お願いします高名な魔術師のレイナ様! どうか俺に、ご指導ご鞭撻を!」
「普段はお前お前言ってる癖に、手の平返しが凄まじいわね」
俺は今まで魔法を使いたいなって思っていたんだ。確かにこの魔力でそれを願うのは早いのかもしれないけど、魔力なんてどう効率良く上げればいいのか分からない。
それには魔法の練習が一番だって、そう思うんだよ。
「分かった分かった……で、何を覚えたいわけ? 参考までに聞かせてみなさいよ」
「雷魔法とか使いたい」
「諦めなさい」
「じゃあ火」
「無理ね、諦めなさい」
「最後まで言わせて!?」
レイナは呆れた顔で俺から目を離し、深い溜め息を吐く。それから棚に何冊か積まれている本の真ん中辺りを引き抜いた。
「ジャラートはあんな風に言ったけどね、魔力ってのは元から持ってる資質がかなり関係してるの。……嫌味じゃないわよ?」
「嫌味にしか聞こえねぇよ」
魔法。それを行使する為には必ず“魔力”というエネルギーが必要になってくる。しかし、元から魔力を持っていない人間というのも中には存在するのだ。
全く魔力を有していない人間は稀ではあるが、戦闘で使える程の魔力を有する人間はもっと稀な存在である。
そして魔力の最も特徴的な部分は、その成長度が最初の魔力総量に依存するという点だった。
「アンタの初期魔力が2だとすると、これから死ぬ気で魔力を高める為に修行を重ねても実践で使えるレベルにはならないわ。それでも覚えたいって言うのであれば、候補はあるけど」
「なんて魔法なんだ?」
「それは……」
ぺらぺらとページを捲っていた手が、ある所で止まる。それを俺にも見えるように逆側に向け、レイナは苦い顔で言った。
「ディヒールね」
ディヒールとは、単純に言ってしまえばレイナの使用するヒールの下位互換である。応急処置に使う程度で掠り傷ほどの怪我しか癒やす事の出来ない最下級魔法の一つだが、頭痛や吐き気などの症状を癒せることから生活魔法としては汎用性が高い。
しかし、習得難易度がヒールより難しいので専門の医術師以外に習得者は少ないのが現状だ。
「なんでヒールより難しいんだ?」
「ヒールじゃ傷は修復できても状態異常は治んないのよ。まぁ、吐き気くらいならヒールでどうにかなるけど……毒とかはディヒールでないと無理ね。こっちの魔法は繊細な調整が必要だから」
「レイナは使えるのか?」
「使えないわよ」
「教えられねぇじゃん……」
とは言え俺の持ってる魔力じゃ他に大した魔法なんてのは使えないらしい。その本には他にも様々な魔法が使い方と共に記載されているが、後使えそうなのは小さな光を灯したり汚れを綺麗にする……お、これは便利そう……違う!
そんなもん雑巾で拭けばいいだろうが!
「うーん、別に教えられないことはないわよ。この本に書かれている術式を実際に地面に描いて、詠唱しながら魔力を術式に流すの。そうやって感覚を掴んで自分の物にしていくのが最近の主流ね」
「……魔力ってどう流すんだよ」
さっき魔力があることに気付いたばっかりなんだぞ。
右手の平に力を込めたり指先に意識を集中させてみたものの、変化が起きる様子はない。魔力総量が少なすぎて感覚が分からないのかもしれないが。
「そういうこと。魔力の操作もできないのに魔法が使いたいなんて高望みもいいところだわ。魔法を使う前に基礎をなんとかしなさい。頑張って魔力総量を10くらいまで増やせば下級火魔法の一発は撃てるようになるから」
「そうだな……」
魔法を放つにしたって、魔力の操作すらできないんじゃ話にならないからな。
それに、術式から感覚を覚えるのだって一回じゃ無理なはずだ。俺の魔力じゃ一発撃つのが限度。
俺は静かに本を閉じ、積まれた本の一番上に置いた。
しばらくはレイナの言うとおり、今まで通り基礎を固めて地道に魔力を増やすしかなさそうだ。
ただ、やるだけはやってみたい。
「なぁ、レイナ。この本、時々借りてもいいか? 一応暇な時に練習してみるよ」
「へぇ? 別にいつでも見ていいわよ。私はあまり覚えるものもないしね」
「よしきた」
骨折も治ったし、俺のトレーニングも本格的に始まるんだ。元々少ない魔力を少しでも有効活用するなら、毎日こつこつがいい。
俺は一つ伸びをし、明日からの鍛錬に思いを馳せる。
「でもそろそろご飯出てくる時間だから、今はから駄――」
――爆縮。
レイナがそこまで口を挟んだ辺りで、一瞬世界が赤く染まり――爆発音に全てを掻き消された。立ち込める硝煙が窓の外一面を覆い、次いで村人の喧騒が聞こえてくる。
「――ユート、あんたはここで待ってなさい」
「お、おい!」
一瞬で顔付きを鋭くしたレイナは、立て掛けてあるロッドを構えて部屋を飛び出してしまった。
一人残された俺は突然の事態に動揺しつつも、ショートソードを掴んで鞘から引き抜く。窓から外を眺めると、大型の獣が炎を吐きながら村を暴れ回っていた。
――そこにレイナが単身飛び込んでいく。
「何がここで待ってろだ……!」
足はがたがたと震えている。手に張り付く脂汗だって酷い。だけど。
「そんな場面見せられて、素直に黙って待ってるわけにいくかよ!」
抜き身の剣を左手に構えて、俺も部屋を飛び出した。




